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悪夢の夜に  作者: 赤さん
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第1節 10章 終末編Ⅲ

源二は、もがいていた。何もない無機質な世界。全てが自分の思い通りに行く思考の世界。自分だけの世界にある大きな外敵にただ争うようにして立っていた。


遷り変わる世界の姿。自分の思考。


「これが、魔法の酷使による反動...」

「さぁ、どうかな。」


「お前は...」


「また会ったな、ゲンジ。」


「狂戦士...お前!」

「お前の魔法は、何なんだ。これは、闇の魔法ではない。」


「何のことだ。」


「お前に受けた槍は全てを取り去った。私の中にある怨恨、身体、束縛と誓約さえも...」


「何が言いたい。」


「お前は私に支配されるしかない。それが絶対の理、魔法なのだ。」


「何が言いたい。お前が俺の中に入ってきたんだろ!」


「それは、半分正解で半分間違いだ。この世界にはお前しかいない。万物が思い通りにねじまがり、一刻にも満たない時の存在でさえお前に従う。

お前がみたものは自分に過ぎない。観測したに過ぎない。

お前が私に出会い、こうして喋っていることさえもお前が生み出した精神世界のせいなのかも知れない。」


「そもそも、俺はお前のことなんて知らなかった!」


「そう、故に私は困惑した。生き恥を晒し、お前と共に生きることにした。」


「お前が全員殺したせいで何もかも無茶苦茶だ!」


「それが剣を取るものの定。一度刃が振るわれれば謀略や政治なんて関係ない。そこにはただ強いか、弱いかしかない。」


「じゃあお前は弱い。俺に負けたんだ。俺の言うことを聞けよ!」


「私はお前に食われた。何もしてはいない。力は与えたがな。」


「何が言いたい。」


「ああして殺して回っているのはお前自信だ。」


「そんなわけ...」


しかし、源二の動きが止まる。


「お前の心は歪んでいる。仲間に会えない孤独。体を裂かれる痛み。戦いの恐怖。

私と同じだ。

いくら概念ごと消失しようと、名前もつかない心情が心を支配し、無限に闇を落とす。

体は再生され、意識が繋がる。

その度に自分は誰かを傷つける。お前は優しいよ。私の弟子だったあの男のように。


今や私もお前だ。解るよ。」


「じゃあ何で俺はあんなに...」


「それが魔物というものだ。自己を守るために戦い続けるものだ。

だが、手綱はついている。今お前がそれを手に再び向き合うか。

私とここで、世界の終わりまで共にいるか...」


「何で知らない人と...」


「それは仕方あるまい。誰かがお前の中に私を入れたんだから。」


源二は白くも黒い、虚空の世界でうずくまる



「怖いだろう。全てが。」


「俺は、何をしたら良いんでしょうか。」


「お前はそうは言っても私にそれを言われるのは望んでない。そうだろ?」


「でも、もう戦いたくない...」


「お前は戦いたくないのではない。失うのが怖いだけだ。」


「うるさい。」


「私が知っているということはお前が知っていることだ。当たり障りの良い世界が見たいだろうが、お前はもう逃げられないことを誰よりお前が知っているようだぞ、源二。


なぜ好かれてるかも分からず女に言い寄られ、旧友を救い、元の世界へ戻ろうとするお前の意思を通すために、お前自身に絡まる怨恨の縄を取り去る。そう決意したことが今になってまた新たな厄介ごとを巻き込んで行先を失った。


痛いとも、苦しいとも、逃げたいとも。だがそれが人間だ。私はそれさえも逃げた。そのツケをお前に払わせるのは心苦しい。だから行けとは言わん。だが、お前には待っていてくれる仲間がいる。戻る場所がある。お前は誰より人だ。身を裂く痛みを味わい、恨まれ、傷つき、逃げようとする。

お前はどうする。ゲンジ。

このまま魔物になるか、私と共に立ち上がるか。」



誰もが勇者の死を覚悟した瞬間、剣の動きが止まる。


「殺せるわけ、ないだろ。」


そう呟くと、勇者の相貌が源二へ向かう。

「ゲンジ...君。」

「お前が俺を助けてくれた。弱かった俺を変えてくれた。


何より、お前は俺を見逃した。これでおあいこ、だろ。」


「ゲンジ君...でも、僕は...」


「お前が悪いんじゃない。元凶がお前でも、お前はただいいように使われただけだ。

誰かのせいで戦わされてるのはお互い様、だろ?」


源二は抉れ、荒れ果てた地面に横たわる勇者に手を差し伸べる


「すまない、」


勇者ルカはかすかに笑みを零し、その手を取ろうと、手を伸ばそうとしたその時二人の前に一人の人物が襲いかかる


その姿はマントなのか、ローブなのか、全身を覆う布が風に舞い大きな鳥が襲いかかってきたような躍動感を覚える

源二はその姿に見覚えがあった。そして、その目論みも大方見当がついていた。

それは芽亜利が自分に教えてくれたこと。


「クリス!」


赤い相貌が源二を除くも、すぐさま違う方向へ向かう。

源二は咄嗟に勇者の影へ潜り抱え込んだまま飛び退く。

寸分狂った鋼鉄がレンガの上を駆けると凄まじい破壊が起こる


「退け、ゲンジ。」


「どうして!」


「そいつは生かしておかん。」



「そうはさせない!」


「ならば、お前ごと死ぬか!」


クリスが急迫すると、寸分たがわぬ速さで源二の剣が弾かれる。

クリスの赤い双眸はさらに強みを増すが、源二の双眸も確実にクリスの姿を捕らえていた。


「ついに我が物としたか!」


幾重にも鉄塊が交わる。


「こんな力!必要ない!」


「お前は必要なくとも、この世界には必要だ!それが闇の魔法使いに与えられた使命なのだ!」



その瞬間一つのことが源二の中に過る。

それは芽亜利の言っていたこと。狂戦士の遺体の場所や、因子が一体どこから来たのか、どうやって教会派が皇帝派から奪ったのか。


「まさか、クリスさん、貴方なんですか。俺をこんなにしたのは。」


「そうだと言ったら?」



その問いかけに源二の中に沸々と何かが湧き出てくる。

いまだかつてないような熱い何かが腸を駆け巡る。


「俺を助けたときから、こうするつもりだったのか!」


源二が音を置き去りに目前へ迫る。


凄まじい迫力と共に、二人を中心に地面ごと跳ね上がる。


「お前が!お前がやったのか!」


「お前にはわからん。お前を強くするためにはこの道しかなかった!」


「余計なお世話なんだよ!」


剣が弾かれ、源二の姿が消失する。

次の瞬間、背中側から現れ抉るような蹴りの軌道が描かれる。


しかし、水をばらまいたように鮮血が舞うと源二とクリスの距離が開けられたまま、水音の鼓動だけが場を支配していた。


源二は苦痛に顔を歪め、その様子を淡々と見つめるクリス。


「お前が、俺にこんなことしなければ、宮廷魔法士も、シャジールも。こうして教皇派と皇帝派が争うこともなかった。」


「否定はしない。だが、たかが一国の争いに躊躇する程この世界は甘くはないぞ。」


「何が言いたい。」


「我々が目指す場所は定められている。それは死でもなければ生でもない。魔という世界。すべてを湾曲させ、屈服させる力に到達することだ。」


「そうやって、お前らは大戦時代から何人も人を殺してきたのか!

俺を助けたのだって!俺だからじゃない!闇の魔法を使える人間が増えたから、俺の体を乗っ取らせようとしたんだろ!」


「驚いたぞ源二。こうして理性を持ち、私に立ち向かうだけでもお前の魔法はこの世の理から尽く外れている。

だが、それに加えて洞察力も増したようだ。」


「おまえ!!!」



源二がクリスの懐へ飛び込んで行くと、鼓膜が張り裂けそうなほど激しい音が重なり合う。


「今更これを殺そうとも変わりはない。」


「変わらねえよ!そりゃあ殺したほうが楽だよ!でも俺は自分の意思でそうしたいんだ!


必要ない人間を殺すなんて間違ってる!」


「お前がそれを言うか。」


「俺だから言うんだ!もう俺は逃げない。だからクリスさんそこをどけ!!」


源二がクリスの剣を跳ね除け、大きく振りかぶる


「落ちろ!」

源二がそう叫ぶと、黒の鉄塊が音を置き去りに地面に向かって叩きつけられる。


まもなくクリスの身体に差し掛かろうとしたその時、その姿が消失し勇者の前へ、源二の背後へ現れる。


しまった。


熱くなりすぎて冷静さを失った源二がそう声を漏らすが、クリスは勇者の前から咄嗟に何かを拾い上げる



「我が盟約に従い、その力を我に授けたまえ。ソル・サルベージ。」


クリスがアトラスを手にし、大きく叫ぶと共に、辺りには白い花のようなものが狂い咲く

源二は一瞬気を取られながらも、近づいてくるクリスへ身体を捻る。

次の瞬間、背後から気配を感じる

しかし、源二はこの攻撃パターンを嫌と言うほど味合わされていた。闇の魔法使い対闇の魔法使いは普通の戦い方とは全く違う。

力比べではあっても筋力勝負ではない。欺き合いのようにお互いがお互いの背後を取り合う。


源二が咄嗟に背後を見ずに、気配を頼りに後ろへ斬りかかる。


すると、目の前にはクリスが立ちはだかっていた。


取った!


そう心の中で叫んだ瞬間、源二の身体に衝撃が走る


「どう、して。」


「光の魔法!?ありえない。あの人は闇の魔法使いじゃなかったの!?」

ペトラが驚愕の顔に包まれる。


「闇を持って闇を祓う。教会が生み出した決戦兵器、勇者...」

シャルロットがそう口を零すと一同はさらに驚愕を浮かべる



「クリスさん...どうして...」

腹部のあたりを鉄塊が貫通し、滴る血が光を浴びて輝いていた。

身体は僅かに持ち上がり、痛みのない痛みが脈を追うごとに現れてくる。

「お前をあの宮殿へ救いに行った時から、これは決まっていた。」


「どう...して...」


「この世界には新たな闇の魔法使いの存在が必要だった。それだけだ。」


「俺は、最初から用済みだったんですか...」


「すまないな。お前もこの剣の贄となれ!」


クリスが剣を引き抜くと、激しい痛みに襲われ、再び身体が激しい衝撃に包まれると同時に視界が歪み、思わず涙さえも溢れだす。


何の魔法を使ったのかは知らない。だが、これが源二にとっての最期になった瞬間であることは分かった。


源二の体が白い花園へ墜落する。その僅かな時間の間、源二の目に溢れていたのは後悔だった。


何で、何でいつもこんな事に。今更こんな事になった自分を恨みはしない。でも、今回だけは自分で選んだ人生だと思ってた。

次の人生なんかどうでもいい。俺はただ、みんなの期待に応えたかった。でも現実はそんな甘くなかった。自分が人より強い魔法を使えるからって、人の上に立つ人間になったわけじゃない。人より考えが及ぶわけじゃない。

無力だった。せめて、足掻きたかった。家に帰れないことを、自分のせいで多くの人が死に、それに報いることもなくただ自分もあの冷たい肉塊に変わるのだ。


いや、まだ終わらない。俺はまだ終わらない。みんなと家に帰るんだ。ペトラ達の期待に応えるんだ。

ここで死ぬわけには行かない。今ここで俺が死ねば、勇者も死んでしまう。俺が死んでも喜ぶ人は多い。でも、勇者が死んだらもっと多くの人が悲しむんだ。動け!俺の体。抗え!


元の世界に、戻る為に!



源二が墜落しようとした時、クリスが咄嗟に振り返ると、凄まじい衝撃が駆け抜け、白い花園に二つの鮮血が舞う


「お前も連れて行くぞ!!クリス!!!」


源二は止めどなく流れ出る血をそのままに獣のようにクリスの体に槍を突き穿つその姿にクリスが衝撃の顔を浮かべる


「俺はまだ、死ぬわけには行かない!」

クリスが強い痛みに晒されているのか、歪んだ顔が目に飛び込んでくる。




しかし、源二の咆哮は虚空へ消え、源二の背後で肩で息をしているクリスだけがアトラスの刀身をただ見つめていた。

足元では鮮血が垂れているものの、やがてそれも止み、あらゆる感情の叫びが物々しい静寂をもたらしていた。


そこへ音もなく、フォールンがやってくると花園へ踏み入れることもなくクリスを見つめる


「これ以上は野暮だ。」


「分かっている。」

そういうと、フォールンは闇の中へ消える。

クリスはアトラスを掴み、立ち上がりかけている勇者ルカの元へアトラスを放り投げる


「ゲンジに報いて此れを返す。ルカ、決めるのはお前だ。今その剣はお前のためにある。

それで多くを救うか、多くを殺すか。お前が決めろ。」


「僕...には...」


「それが勇者の使命だ。私が生き恥を晒してまで生きる理由だ。

私がこの世界を元に戻す。その世界に、私たちは必要ない。わかるな。」

そういい残すと、クリスも姿を闇へ溶け込ませた。


やがて緊張が解け、ペトラがフラフラと源二へ歩み寄る


「そんな、いやだよ。嫌!」


泣きじゃくるペトラを尻目に、芽亜李やエレーナ達もしびれを切らしたのかその場へたどり着くと、すでに源二に覆いかぶさるようにしてペトラが崩れ落ちていた。



「そんな、源二君...」


そこへ、勇者ルカが苦しみを滲ませながら語り始める。


「僕のせいだ。僕が、彼をこんなにしてしまったから...


ソル・サルベージ。ピラーになった魔法使いをアトラスの中へ取り込む魔法...これを受けたものは永遠をこの剣と共に過ごす...事実上の死...」


「なにか、手立てはないの?ゲンジ君は闇の魔法使いなんでしょ?」


エレーナの必死の問いかけにシャルロットが顔を振る。


「ありませんわ。魔族だけでなく、闇の魔法そのものを殺すことに特化した勇者、固有武器のアトラスは命を取り込むことで闇の魔法使いが持つ永遠とも言われている生命力を奪い去ってきた...


肉体は滅びずとも、精神を破壊され得ない器に閉じ込めることで事実上の死を迎えさせる...

知性のないものは例外なくこの剣に取り込まれ、抵抗力のある人間はピラーとして魔法を操る機関を侵食し、無防備にすることでこの剣へ取り込ませる。


やがて、この剣が取り込んだ使用者の異能と呼ばれる汎用性の高い魔法ではない、特殊な固有魔法を発現させることがわかると、教会はピラーの研究を進め身寄りのない者や、貧しい者を贄として研究していた...」



「シャルロット様?」


驚愕の事実を語りだすシャルロットに正気かと問いかけんばかりの表情を見せるミーシャ


「皇帝派は教会と合流した時、ある約束をした。二度と戦いを繰り返さないために、異能の者を剣の中に収容すると。」


「じゃあママは...」


「ペトラ、貴方の母君もその一人です。召喚、並びに大召喚魔法。この世にないものをこの世界に呼び出す能力は、この世界にとってはパンドラの箱そのもの。

私たちとて苦渋の決断でした。人類を勝利に導いたものを裏切り、追いかけ、殺す。

それでも、勝ち残った人類が今度は人類同士で争うというのなら、それを止めるためならと。私たちは異能の者達をアトラスへ封印すると決めました。


ですが、結果はご覧の通り。私たちはまた新たな犠牲者を突く出してしまった。」


「どうして...どうしてゲンジが!」


エレーナがペトラの元へ歩み寄り、肩を抱く

芽亜李も源二のそばへ近寄るとしゃがみ込み、身体を自分へ預けさせるようにして撫でていた。


「サイファーは私がもらい受けますわ。二度とこのようなことが起きないよう、帝国には人類を。生み出された召喚者を導かなくてはならない。」


「シャルロット殿下、その、ラインハルト様は既に狂戦士討伐に向けて動かれております。」


「それも、私が進言致しますわ。早馬を出して、我が騎士団が狂戦士及び、勇者、教皇を拘束し、パラトスにて監禁すると伝えなさい。」


「はい。」

ミーシャが駆け出すと、再び辺りには静寂が訪れる。


そして、シャルロットもやがて何も言わずにただ顔を歪め立ち去って行ったのだった。



源二の傷がやがて消え去ると、ペトラ達も源二と共に帰路へ着いたのだった。


その帰り道はただ風の音だけが鳴いていた。







暗い部屋の中、和風な様式をおもい起こさせる中に赤い目を光らせるクリスとツバキが向かい合っていた。

二人は黒い闇に覆われ、その間には月の光が差し込んでいた。

二人の間をつないでいたのは鋭く、妖しい眼光だけだった。


「そうですか。では、当初の予定は済んだのですね?」


「ああ。」

「私個人のことでは御座いますが、この世界も随分と変わりましたわ。今更こんなことしなくとも...」


「すでに、決まっていたことだ。」


「あなた様はあくまで、世界平和を望まれるのですね?」


「平和ではない。この呪いを断つ。それだけだ。

確かに、ゲンジを失ったのは大きい。造られたからとて、人でなくなった覚えはない。

だが、私にも私の使命がある。」


「根源、ですか。」


「ああ、」


「それにしては、私たちは多くを失いすぎましたわ。」


「構わない。後の世界の為だ。」


「人はそんな大層なことに身を窶したりなどしませんわ。」


「ならば、私は勇者だ。自分のケリは自分でつける。」


「私には分かりませんわ。せっかく助け出したあの子を再び殺すなんて。」


「ツバキ君?それは少し違うよ。

彼はいずれこうなっていた。僕らがエイレーネの宮殿へ行った時から、彼が狂戦士のピラーになることは決まってた。

ただ、彼の異能が少しだけ僕らの想像を超えただけだよ。」


「固有武器を破壊する異能ですか?」


「どうやら固有武器だけじゃなかったようだよ。源二君は人が作り出す精神に多大な影響を与えるでもない。使われた人間が著しい変化を遂げてないからね。

つまり、彼は魔法そのものに作用する異能。この世界にとってパンドラの箱になりかねない。」


ツバキが頭の上に疑問符を浮かべる

「どういうことでしょうか。」


「僕たちは確かに魔法は使えるけど、根源という力の源みたいなのから力を借りてるにすぎない。

だから、僕たちの魔法はどれだけ頑張っても根源に設計された魔法。現実に起こりうる現象を再現するに止まっている。


魔法を使って現象を再現するにすぎない僕らの魔法とは違って、彼の魔法は魔法そのものに作用している。


人の精神を司る、破壊や拒絶のような感情を抱いたり、それを増幅するだけならまだ魔法のなせる技に近い。

でも、魔法そのものが消え去ったり、誓約がもたらされる、使えなくなるのはこの世界のどこにもない。」


「でしたら、尚更。彼を殺さない方が良かったのではありませんか?」


「だからこそだ。

あれに戦う意思はあっても、真の意味で世界中を敵に戦えるはずがない。あれは、優しすぎる。」


「そろそろ真剣に応えたら?普通に失敗したって。


狂戦士の因子も一緒に持ってきたけど、まさか自分の意思でピラーになっちゃって、挙げ句の果てに魔法そのものを揺るがしかねない力のせいで、彼がいろんな人たちに狙われるから無理矢理にでも殺して僕たちでその責任を取ろうとしてるって。」


「とりあえず、事情は把握しましたわ。源二様の亡骸は私の屋敷で保管いたしますわ。」


「すまない。」


「いいえ、私にとっても大切なお方でしたから。」


「ツバキ君、結構源二君のこと気に入ってたよね。」


「ええ、好いておりました。彼は優しいですから。共にいると、まるで自分が小娘になったようですもの。」



クリスは目をぐっと閉じるとしばらくの静寂がその場に訪れる。


「源二のことは頼む。」


「承りました。」


ツバキが恭しく一礼すると、その間にクリスたちはいつの間にか部屋から消え去っていた。





大きな屋敷のとある一室。窓が開け放たれ、透けたカーテンが風に靡く。

白いベッドの上には横たわった一人と、啜り泣く少女の姿があった。


その様子をかすかに扉を開けて覗くエレーナがため息を漏らす。


「芽亜利ちゃん、どう思う?」


「どう?とは。」


「何で源二君がこんな事に」

「恐らくですが、狂戦士の因子を入れたのは教会側ではなく、クリス様達第三権力機関によるものですわ。」

「え?」


「源二様が行方を眩ませて以降、彼らは源二様の動向を完全に把握しておりましたもの。

それに、狂戦士の因子はエイレーネの心臓部、宮殿にあるとすると、立ち入れるのは教皇だけではありませんわ。」

「だから、あの人と戦ったって事?」

「恐らくは。ですが、私もあの方が勇者だとは思いませんでしたわ。」


「もう、何がどうなってるの...」


エレーナが頭を抱えると、どの隙間から芽亜利がペトラを覗く


「ともかく、あのままでは持ちませんよ?」


「そうね。そう、まずはペトラが先よね。」



「そこのお二人?よろしくて?」


芽亜利が声の主の方へ視線を向けると、その視線の先にある闇から、かすかに華やかな服の柄が浮かび上がりすらりと伸びた桜色の髪が揺れる

「ツバキ...源二様を殺した張本人が、何の用かしら。」


「私は張本人ではありませんわ。人聞きの悪い。

私はただ私のために情報を伝えているにすぎませんわ。」


「この人は...」


「ここの主人、エイレーネ領の裏社会にいる日陰者ですわ。」


「黙りなさい小娘、彼の傷も癒せない半端者に聞く口などありませんわ。」


「私はただ、源二様の指示に従ったまでよ。」


「その結果、あなたの主人は死んでしまった。

人を救ったこともないあなたに、そばに仕えるという意味など、わかるはずもなくてよ。」


「芽亜利ちゃんはそんな子じゃないわ!」


「あら、ならばこの者が私の餌に釣られてノコノコと闇の魔法使いに討伐され、死んだ事にされていることも、ゲンジさんがピラーになろうとしているところを黙認していたことも嘘だと?」


「私はあのお彼方に仕えていた訳ではない。ただ...ただ...」


「ただ、なにかしら?」


「闇の魔法使いとの間に子を成したかっただけですわ。」


「だったらとっとと襲えば良いではありませんか、子を成したいのであればいくらでもやりようはありましたわ。

あなたも甘えていただけなのですよ。芽亜利。ゲンシさんの優しさにかまけて、拾い上げられたゴミのような命を第二の人生に。」


芽亜利から言葉が生まれることはない。

その代わりにツバキの言葉が重なるごとに鋭い眼光がその場を完全に支配していた。

「どうせ、私にここの場所を聞きにきたのも、戻ったゲンジ君を重ねて安息を得たかったのでしょう?100年近くにも渡る戦いから。」


「なにか、悪いでしょうか。」


「いいえ、貴方とて人ですもの。悪くはありません。ただ、彼のことを考えずに身を委ねたことは間違いですわ。」



芽亜利は顔を顰めるとツバキが暗闇の中から姿を現す。

その美貌にエレーナはハッと息を呑むしかなかった。


「そこをどきなさい。」


ツバキが芽亜利の横を通り過ぎていくと芽亜李の作った拳がぐっと握りこまれる


「芽亜利ちゃん...」


エレーナは芽亜利の見たこともない歪んだ表情と苦痛に満ちた雰囲気を感じ取り、ただその様子を見つめるしかなかった。



殺風景な部屋の石の床を素足で踏んでいくと、ツバキは顔を顰める

ゲンジに近づけば近づくほど、禍々しいような空気が重くなるような感覚を覚えていた。


「おかしいですわ。何かが...」


そう口を零すものの、ツバキは裾を抑えながらペトラの肩を叩く


ペトラが振り返ると目元が赤く腫れ、少女のように鼻をすすっていた。


「傷は、治ったようですね。」

「あの人に切られてから、すぐに治った...ゲンジはまだ生きてる。」


「それが、今いる闇の魔法使いにとっての死。精神と肉体が乖離して、片方が永遠に束縛される。

例え体が癒えようとも、肉が腐らずとも。それはただ、溢れた闇の魔素が流れ込んでいるのに過ぎません。」


「わかってる...わかってるわよ!」


「そうですか。でしたら無粋なことは致しません。一瞬だけ、彼の身体をお借りしてもよろしいですか?」


「何をするつもり?」


ツバキは妖しい笑みを浮かべると、ペトラの横を通りベットに軽く腰掛ける。


「この姿を見るのは、何度目でしょうか。ゲンジさん。」


桜色の髪を抑えながら源二の身体に枝垂れかかるとツバキは源二の首元へ顔を埋め、口を開く。

一目見れば蛇がトドメを差しているようにも見えるその光景はなんとも煽情的で、思わずペトラは顔を赤らめる


「なっ、なっ...」


そう言葉をつっかえているうちに、やがてツバキが源二の元を離れると、口の辺りを指で拭うと、クスクスと笑い始める


その様子に、ペトラ達は疑問符を浮かべながらも普通じゃないその反応に圧倒されていた。


「あなた達も私の屋敷にお住まいになるといいですわ。

私は用のある時しか来ませんので。」


突然の問いかけに思わずおどおどとするも、ツバキはその反応を聞かずに部屋を後にしようと歩き始める。


女がいなくなると、しばらくの間風の音だけが部屋に響いていた。


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