第1節 10章 終末編Ⅱ
そして、もう一つこの光景を視界に収める者達がいた。
「やはり、失敗だったかな?」
「そのようだ。」
「芽亜利君の固有武器を破壊した新たな闇の魔法の誕生。あるいは固有魔法の誕生。魔法という絶対的な力を根本から覆しかねない異能だと思ったんだけど...どうやら僕らの期待外れだったかな」
「期待外れなどではない。あれはあれで当然だ。ゲンジもまた人だ。これで呪縛からも解き放たれる。」
「でも彼、死んじゃうけど」
「遅かれ早かれ人は死ぬ。」
「そうだね。僕らとは違う。彼はまだ死ねるからね。」
「我々はこのまま監視を続ける。事態が思わぬ方向に傾かない限り介入はしない。」
「もちろん。僕もゲンジ君の最期の戦いを邪魔するつもりはないよ。まあ、もう本人は死んだも同然のようだけど」
その視線の先では、先ほどとはさらに桁違いのスピードと剣戟を勇者に繰り出していた。
幾重にも弾き合い、ギリギリで軌道を躱すものの勇者の厚い鎧が意味をなさないようにバターのように裂けていく。
「なに...あれ...」
ミーシャが声を漏らす
「あれが狂戦士の姿...」
「こんな力が...」
「でも、おかしい。私もまじかで見たことはありませんが、彼女の使う魔法は大胆不敵で恐れ知らず。一度暴れだしたら止まらない広域魔法の連続攻撃と剣撃の数々。
痛みをもろともしない、人間離れした戦い方と聞いています。」
「そんなことが!?」
「それが、全盛期の闇の魔法使い。狂戦士の力です。闇の魔法を使うものの絶対数が減ると、勝手に力が上がるのが魔法の原理ですから。」
「じゃあ...」
「でもそれはゲンジも同じ。あいつは人の固有武器を破壊することができる。それも一切の小細工なしで、正面から。」
「まさか、ありえない。」
「私にもわからない。でも、確かにあいつは固有武器を破壊した。それもタダ者じゃない、芽亜利の物を」
シャルロットの耳にも届くと心の中で一つの整理がついた。
何故、関係のないはずだった芽亜李がゲンジの傍にいたのか。
彼女は風のうわさで強さだけを求めた狂気を体現したような存在と聞かされていた。
戦い方、魔法、出生に至るまでも黒く血に染まった彼女はただ力だけを求め、本能に従い戦うと。
もし本当に彼がその魔法を使うのであれば、芽亜李がゲンジに敗北しその力を求めるのにも納得がいったのだった。
そして視線を源二の方へ戻すと、やはりどこか所作がぎこちなかった。
相手を一切の隙なく追い詰め、簡易の魔法の使用さえ許さない。
事を荒立てないために広域魔法を使わない理由はわかるがそれにしても、彼の戦い方は途中までは本気で勇者を殺そうとしているものの僅かに軌道を逸らしたり、肝心な部分の詰めが甘い。
優に自分たちの力量を超えるはずの戦士が、自分にさえ見抜けるほどの単純な穴を作るはずはない。
もしかしたら、本当のことなのかもしれない。そう思い始めた矢先、勇者が吠える
「僕を殺してみろ!ゲンジ!」
「黙れ!!」
勇者が前に足を踏み出すと正面から黒と白の剣が弾け飛ぶ
次の瞬間、虚空からどこからともなく二人の間をこじ開けるように一刺しの槍が地面を抉り突き刺さる
「この槍...まさか!」
「固有武器が二本!?」
「お前を殺すなんて、できない!たとえお前が元凶だったとしても、お前がこの世界を変えるんだろ!!」
「だったら!」
再び剣が鍔迫り合いを起こすと、二人の目線が交差する。
片方は瞼の下から光を零し、もう片方はその相貌を強く差し込んでいる。
勇者は一気に剣をはじき返す
「アーク!」
咄嗟にそう唱えると、剣先が二つの軌道を描き源二を襲う。
捉えたと勇者が心の中へそう叫ぶがその声はすぐさま驚愕の声に変わる。
目の前には鮮血が舞い、源二の脇腹を斬り裂く。
しかし、源二の勢いは衰えることはなく、勇者との距離を詰め切ると
突然の驚愕の光景に一瞬の判断が遅れると、鈍い音と共に気づけば勇者の身体が地面へ倒れこみ、息ができないほど強い痛みに襲われていた。
足元から上へ向かい、源二のほうへ視線をもどすと、間髪入れず勇者の首元に鋭い切っ先が宛がわれる。
「終わりだ。」
「僕を殺して、次はだれを殺すんだい。」
「教皇、シモンド・サイファーだ。」
「そうして、全て殺すつもりか!」
声も絶え絶えに右の脇腹を抑えながらそう問いかけると、息がだんだん上がり、額に脂汗が伝う。
完全に折られた...まずい、もう僕にこれ以上の抵抗は。
ルカが心の中でそう叫ぶものの、源二は全身を覆う黒い靄から妖しく目を輝かせている。
黒く輝く剣を巧みに操り、勇者という存在であっても臆するどころか、間合いを詰め、詠唱が必要な魔法を完全に封じられ、剣技においてもルカの比ではないほどの成長を遂げた。
否、成長というよりまるで誰かが憑依して操っているようなそんな印象を受けた。
そして勇者が源二を見つめると源二は黒の世界の向こうから確かな双眸で勇者の未来までも捉えているように感じられた。
この場にいる勇者だけではない。ペトラやシャルロット、ミーシャまでもが、今これから起ころうとすることを容易に想像できた。
「終わりだ。」
ゲンジが大きく剣を振りかざすと、刀身が光に反射し輝く。
この時、シャルロットの脳裏には最悪のシナリオが過る。
今ここで勇者が殺されてしまっては、教会全体が蜂起する可能性があったからだ。
今も、不自然なほど無抵抗のまま教皇を拘束することができた。でも、勇者は教会派の要。大戦時代では教会派の成長の立役者の血筋が今ここで断たれることになっては、教会全体が教皇の救出の為に動き出しかねない。
だとすれば、その矛先が向かうのは皇帝派。
今ここで勇者を殺すことはできれば避けたかったものの、今目の前にいる男は教会派が生み出した化け物。いまここで勇者との戦いを止められるものなどいない。
シャルロットは同時に自分への無力感も感じ取るが、この場にいる一人だけはその様子をただ淡々と見つめていた。
ペトラは最初こそすっかり変わり果てた源二の戦い方や立ち振る舞いに酷く困惑したものの、源二との会話を思い出していた。
これが起こるから、相手を蹂躙し命など容易く消し去る圧倒的な力の前に他の誰でもない源二本人が恐怖し、拒絶しているのである。
だからこそ、自分に剣を向け遠ざけようとした。エレーナとのかかわりも絶とうとしていた。
それだけを考えれば、ワガママだと思うものもいるかもしれないが、同じ境遇を味わってきたペトラにとっては起こっている事象は違うものの、そう行動したい理由は理解できた。
だからこそ、源二から目を離さず、口を出さずただ見つめていた。




