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悪夢の夜に  作者: 赤さん
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第1節 9章 再臨編Ⅳ

薄暗くなった部屋に鎮座するテーブルを囲むように、中央をクリスが座っていた。

相変わらず独特の軽い雰囲気の中、緊張感とは裏腹に暗めの部屋の中にはランプの灯が揺らめいていた。




「ゲンジ君は教皇領へ行ったみたいだよ。彼も覚悟を決めたようだ。」

机にだらしなく座るフォールンが飄々とした口調で語る


「ご苦労だった。フォールン。」


「あんなに自由にしていいのかい?」


「いずれこうなりはした。ピラーだけでない。元の世界に帰ろうとするためには、セレナの痕跡を辿るほかない。いづれ奴はこうなった。」


「ま、僕は一向にかまわないんだけどね。」

「我々も行くぞ。」


「ゲンジ君を助けにかい?」

「我々は我々のすべきことを全うする。」


「了解。」


「エマ君?」


興味なさげに空中へぷかぷか浮きながら本を読み漁るエマに視線を向けるものの、やはりあまり関心がないのか本をページをめくるだけだった。


「童はパスじゃ。」


「君は勇者を無力化する自信がないのかい?」


「無礼にもほどがあるぞ、死にぞこない風情が。」

「うわあ、厳しい。」


「勇者ではない。ゲンジのことじゃ。かの者は決断を迫られる。

二度と戻れぬ人外の道を外れ、再びこの世に戦乱の世を築き上げるか、己に立ち向かい世界の希望となるか。」


「それは大げさなんじゃないかな。」


「いや、今はまだわからずとも、いづれそうなる。彼がこの世界にとって再び現れし神となるか。それとも世界を破滅に導く悪魔となるか。」


「案ずるな。」


「お主にそれができるのか?」


クリスが席を立つと、何も言わずその場を後にした。


「それじゃあ、僕も行くよ。」

「せいぜい気を付けるんじゃな。」


「ああ、気を付けるよ。いつまでも、過去の出来事を思い悩んでる君よりね。」


虚空へとフォールンの姿が消失すると、エマは分厚い本を閉じた。


「お主らにはわからん、あのアトラスに手を出すことの危うさは。」




風の音が耳を突き抜け、踏み越える芝の香りが暗い夜道を彩る中、ゲンジ達はひたすら馬を走らせていた。


「アンタのその馬、ただの魔物の癖に暴れたりしないわけ?」


「知らない。ただ何故かこいつにしか乗れないってわかるんだ。」


「アンタいつからそんな馬好きになったの?」


「違う。これはいわゆる使い魔?の類らしい。」

「なんでアンタがわからないのよ!」


「俺のじゃなくて、狂戦士が使ってたからだよ!正確にはわからなくても、不思議と使える魔法やらなんやらが増えたんだ。」



「狂戦士、名前の割には随分と賢いのですわね。」


馬で駆ける中、芽亜利が割り込んでくるとペトラはあからさまに嫌な顔を浮かべるもののそんなこと気にも留めず話を続ける。



「どういう意味よ。」


「ゲンジ様が戻って以降、死の匂いがずっと付きまとっておりますもの。」

「匂い?」


「匂いというか、雰囲気、空気の類でしょうか。

私たちは理性でわかってるのでゲンジ様に何も不信感は抱かなくとも、理性のない動物は本能的にパニックに陥ってしまいますわ。」


「そういうこと。じゃあ、こいつ別に攻撃してくるわけじゃないのね?」


「だからこいつはただ走るだけだって。そんなことより、なんでエレーナさんまで!」


「えー?いいじゃない。久々にみんなで行くのも。」


「いや、でも...」


「別に危ないことはしないわよ。私も力になりたいだけ。邪魔はしないから。ね?」


「芽亜利、エレーナと一緒にいてくれ。」


「私より、この女の方が適任ではありませんか?」


「この女って何よ!」

「ペトラは、ほら。どうせ何も聞いてくれないし。」


「アンタ私をなんだと思ってるのよ!」



「わかりましたわ。エレーナさんは私が。」


「ありがとう、芽亜李ちゃん。」


「でも、ペトラ。教皇ってそんな簡単に倒せるものなの?」


「教皇は戦わないわ。固有武器はパストラルスタッフっていう杖だから、抵抗を受けても魔法力だけの戦いになるから、こちらが有利よ。」


「なんか甘く見すぎじゃない?」


「もちろん、警戒はしているわ。教皇を殺そうとすれば当然教会の関係者に阻まれるくらいは考えてるわ。」


「ならいいけど。」



「でも、教会側には切り札がおりますわ。」



「勇者は...多分ピラーに関係する情報を知らなかった。もし奴が教皇領にいるなら、こっちにつくかもしれない。」


「ゲンジ様?もしそうならなかった場合は、」


「もちろん、俺が殺す。」

「よろしいのですか?」


「うん。覚悟はできてる。」

「ならば、私もそれに付き従うだけですわ。」



源二はグッと奥歯を噛み締めると、目の前で走る黒い馬の腹を蹴ると固い感触が返ってくる。

鎧ではない。もっと深くの部分が固いようなその生物は、黒い影のようなものを纏っているものの、中身は骨だった。そこから自分やフォールンが生み出していた影の粒子のようなものを纏い、今の形になった。

不思議な魔法だが、不思議でなければ魔法ではない。


今は自分が強くなった理由がわからなくとも構わない。

いまここで自分と同じ人間を生み出さないために自分のできることをする。それだけが今の源二を突き動かしていた。



それに、ゲンジの脳裏には先ほどまでのペトラに言われたことやエレーナに言われたことを振り返っていた。


確かに自分はもう戦いたくはない。これ以上人を殺したくはない。

だが、何としても元の世界には戻りたい。

ペトラが自分のことを好きになってくれたのは正直信じられない。こんな自分を好きになってくれるなんて。

だが、今の自分にとってはその好意の意味が分からない。

好きになった理由ではない。好きそのものが理解できなかった。



思考の世界に身を堕とすなか、突然体が疼くような感覚が源二を襲う。


「近い...」


「え?確かに、もうすぐ教皇領だけど...」


ペトラが答えるが、源二は全く反応を示さない。



少年は普通ではない違和感を感じ取っていた。まるで自分が自分じゃないみたいな、戦いが迫っているような、強力な魔の気配を確かに感じ取っていたものの、それを感じ取ったことがない自分にとってはそれを言語化するだけの力を持ち合わせていないのだ。

その時、少年は気付く今俺の中にはもう一人の人間。否、魔物がいるのである。それもかなりの曰く付きの存在がいることに。既に身体が改変されて行っていることに。


しかし、どうしてこんなことにだなんてことは思わなかった。俺は俺の意思で、この戦いに終止符を打つ。

そう強い意志を心に決めると、より一層身体中を魔力で満ち溢れさせた。







「見えました、シャルロット様。教皇領、中央教会都市カストスです。」


新たにローザ騎士団副団長となったミーシャがそう告げると、視界の先に明かりが灯る街が見えてくる。


「ですが、シャルロット様ここに来るまで完全に日が暮れてしまいましたよ?大丈夫なんでしょ うか。」


そう口をはさむのは同じ騎士団のメンバーのヒューノだった。 おろおろと辺りを見回しながらもなんとかシャルロットとミーシャ、その他の騎士団のメンバー と共についてきている。


「ええ、彼らはここから動くことができない。たとえどんなに領地を拡張したところでこの小さ い土地から動かなかったんです。」

「斥候の情報によれば、教会にここ数日動きはないようです。」


普通であれば安心できる一言であったが、その何気ない一言がシャルロットの鋭利な神経に引っかかる



「どういうことですか?教会側がシザーベントを攻撃したのでしょう?宮中の教会派のこととはいえ、狂戦士を野放しにして教会派が動けないなんて...」


「私にもさっぱり...」


「最悪、教会側がすでに狂戦士を手ごまにしている可能性もあります。」


「殿下、もしその時は。」


「私達だけで、あれに立ち向かわなくてはなりません。」


「ええ!?」

シャルロットとミーシャが話す中、ヒューノが突然会話に飛び込んでくる。


「もし、勝てなかったときは...」


「わかっています。その時は私だけでも生き延びる。そうすればいいのでしょう?」


「殿下がご存命なら、私たちも本望です。」


「ですが、最後まで退くつもりはありません。」


「もちろん!我ら騎士団に敗れぬものなどありません。」


その咆哮と同時にシャルロットは心に決める。


そう。今ここで私がこれを止めなくては。

再びお父様が傷ついてしまう。教会との統合で奪い去られた土地を護っていたもの達の怒りが、再び...


ゲンジ、いや狂戦士。またこうなってしまうなんて。

それにペトラ、再びあの子のすべてを奪ってしまうなんて...


悲しみと怒りの渦を抱きながらも一同が街へ入ると一目散に美しく石が並べられ整備された広場を抜け、正面の教会へたどり着く。



「ヒューノ、貴方達は周りの確保。」


「ええ?は、はい!」


シャルロットは勢いよく馬を降りると教会へ駆け出す。

その手綱をおろおろしながらも受け取る


「ミーシャ!行きますよ!」

「はい!」


二人が真ん中のドアをあけ放つと室内は妖しい光に包まれていた。

幾重にもローソクが灯り、白を基調とした空間がオレンジに彩られていた。


一瞬、幻想的な雰囲気に気をとられそうになったがシャルロットは顔を引き締める


「サイファー!」


空白に声が響いて震える


「おやおや、皇女殿下。こんな時にいかがしましたでしょうか。」


柱から顔をのぞかせた男シモンド・サイファーが見えると、ミーシャが剣に手をかける。それをシャルロットが手で制すると口を開く。



「私たちが来た理由。わかりますね。」


「わからないといったら?」

「あなたが指示したことをあなたにするだけです。」


「それは怖い怖い。ですがシャルロット殿下、これは神の思し召しですよ。」


「我らが皇帝の古傷を抉ることのどこが思し召しか!」

ミーシャが叫ぶ


「はて、何のことか。」

「シラを切るつもりか。」


「ですが無駄です。貴方を宮殿まで連行します。」


「わかりました。神に祝福されたあなたがそういうのならば、私も従うほかありません。」


サイファーは深みのある笑みを浮かべながらシャルロットたちに歩み寄ると、シャルロット達と共に教会を後にした。



何でしょうかこの違和感。教会は狂戦士を手に入れていない?まさか勇者も出てこないなんて...

いや、それは違う。これからが修羅場なんだ...


シャルロットはミーシャと共に階段を降りると、視線の先には投げ倒された騎士団のメンバーと階段に足をかける勇者ルカの姿があった。


「何の用ですか。」


「その人を放せ。」


「あら、彼は貴方が追っていた奴隷の元凶なのですよ?」

「知ってます。だったら僕も同罪だ。」


「あなたは何もしていないではありませんか。」


「でも、僕の為に何人も死んだ。勇者なんてものが存在するせいで。」


「それは今に始まったことではありませんわ。さ、そこをどいてください。早く後ろで伸びている子たちの手当てをしないと。」



「彼女たちは眠ってもらってるだけなので、大丈夫です。」


「あら、そうですか。では、馬車を借りますわ。」


シャルロット達が勇者の横を通りすぎようとしたその時、激しい金属音が弾ける


「何の真似ですか?」


「まだその人を手放すわけにはいかない。」


「貴様!シャルロット様に何をする!」


「あなたまで、この男に加担するとは驚きです。あれほど憎んでいらしたのに。」


「それは違います。その男がいなければ今この世界にあるピラーの足取りが消える。」


「ですが、サイファーの身柄は私たちが拘束させてもらいました。歯向かうというならば、皇帝の名において、貴方を処断します。」


「わかりました。ならば!」


ルカが大きく飛び退くとシャルロットが叫ぶ


「ミーシャ!走りなさい!」


「すいません!すぐ戻ります!」


ミーシャが走りぬけるとその行く手を封じるようにシャルロットの剣が勇者を襲う。


「あなたとは、戦いたくはありませんでした!」


「騎士に情けは無用ですよ!勇者!」


ミーシャが他の騎士団の面々を叩き起こすと、ヒューノがボケっとした顔を浮かべる


「あっ勇者さんが!」


「シャルロット様が抑えている。こいつを連れて早く宮廷へ戻れ!」

ミーシャが叫ぶと、声も出さずにブンブンと首を縦に振る。


ロープをヒューノに託すとミーシャは再び教会に向けて走り出す。



「まずい、今ここでこれ以上戦闘が激化してしまったら余計な人々まで巻き込んでしまう。」



幸い治安が良い教皇領の中央都市は夜間に出歩く人間が全くと言っていいほどいなかった。


だが、これ以上ことを荒立てるのは良くない。

何とか勇者の攻撃をシャルロットと私で抑え込み、時間を稼ぐことができれば教皇を宮廷まで向かわせられる。


最悪の場合、自分が盾になればシャルロットも守れて教皇も拘束できると考えるとミーシャは足に強い力を入れて地面を踏み出したその刹那、凄まじい風切り音と共に一頭の漆黒が駆け抜ける



「狂戦士...違う!」


反射的に声が漏れると源二は目線をずらすことなく教会へ走り抜ける


「シャルロット様!!!」




その声にシャルロットが一瞬視線をずらすと目前まで黒が迫っていた。


最悪だ。今ここで狂戦士を交えた戦いになるとは。

そう心で呟くと勇者の剣を跳ね除ける



次の瞬間、シャルロットは驚愕の表情を浮かべる。


「勇者に、攻撃しているですって!?」


9章もありがとうございました。再臨編は結構人間味があふれていて個人的に好きですが、主人公が女の子にやけに好かれるのだけは譲れないんですよね。

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