第1節 9章 再臨編Ⅱ
妖しい雰囲気を漂わせる夜の街の一角を抜け、家の多い場所へたどり着くと、少女がとある家の前で立ち止まる
家には微かな明かりが漏れ出しているものの、明るい声が漏れることはなくただひっそりとしている。
ドアをノックすると、窓から人影が現れると同時に勢いよくドアが開かれ全身に突然の衝撃が襲う
「ああ、良かったわゲンジ君。」
「エレーナさん...その、すいません。すぐ来れなくて...」
飛び込んできたエレーナを片手で抱き留めると、すぐにその距離が開かれる。
身体には内から見え隠れする黒と金の雅な鎧には身が隠れるローブがまとわりついているものの奇妙なそのボディーラインにエレーナの顔が僅かに歪む。
「いいのよ、話は聞いてるもの。とりあえず、無事でよかったわ。
ところでなんだけど、芽亜利ちゃん?しばらくゲンジ君をお借りしてもいいかしら?」
「私はゲンジ様が構わなければ。」
「俺はペトラに...エレーナさんにもあいさつしなきゃとは思ったけど、今日はペトラに話があって」
「その、あのおバカさんのことだからついてきて?ね?」
源二はエレーナに手を引かれ、歩き出すと次第に遠ざかっていく。
その光景を目で流しながらエレーナへ目線を戻すと、迷うことなく街の間を抜けていく。
見たこともない抜け道のような地下道を抜けると、いつの間にか二人は外にでて、少し小高い丘の上で座っていた。
しかし、ここは城門の外で心配はないだろうが一応魔物が出る危険も一応はある為そんな場所へ連れ出されたことに多少の困惑を覚えていた。
「良いんですか?こんなところに来て...」
「魔物が出てきたら守ってよね?私、魔法は使えても戦うのはあまり得意じゃないんだから。」
源二は苦笑を浮かべると、落ち着きのある笑顔をエレーナも浮かべる。
「ペトラからある程度は聞いたけど、その傷...というかその身体、大丈夫なの?」
「大丈夫に見えますか?」
エレーナはクスっと笑いを零す
「その様子じゃ、全く元気そうじゃないわね。
それに、ペトラにも色々言われたみたいだし...」
「いや、いいんです。俺がおかしいんですから。何十人も殺しておいてなんも感じない自分がおかしいんです。」
「ペトラはね、ずっと一人だったのよ。貴方が追っているアンリ家が没落する中、お父さんを失い、お母さんも失った。
あの子、ああ見えてあまえんぼだからお母さんを失ったのが、耐えられないみたい。
だから、あの子は自分の殻に閉じこもったのよ。二度と何も失わないように。
父を失ったのも、母を失ったのも元を辿れば戦う力が足りなかったから、覚悟が足りなかったからだと決めつけて...」
「はあ...」
「でも現実は違った。
戦うだけなら。殺し合う戦争だけならそれでよかった。
でも彼女が年を追うごとに迫害も小競り合いも無くなり、いつしか魔物狩りが主な仕事になっていくと、彼女はただの孤独な女の子になってしまったの。
そもそも彼女も私も生まれた頃には戦争なんて微塵も起きていなかったのだけど、それでもまだ幼い彼女にとっては自分の世界が崩れ落ちていく世界に耐えられなかったのね。
だから、貴方をいきなり襲ったのもある意味当然といえば当然なのよ。
だって彼女もまた今のあなたみたいに魔法に使わされてるに過ぎないんだから。」
「それはどういう...」
「力に溺れるばかりで扱いきれてないってことよ。まったくどの子も魔法が使えるからってとんでもないことするんだから。」
「どうして、エレーナさんは俺と平然と話してくれるんですか?」
「どうしてって、友達だから?」
「でも俺は」
「だってお姉さん、見てないもの。そりゃあ今あなたの横にいるだけでなんか怖い気分になるわ。まるで人が変わっちゃったみたい。
でも、そうやって自分の殻に閉じこもってるだけじゃ、何も変わらないわ。
もうしてしまったのだから、それを後悔するなら、貴方は最低よ?死んだ人も浮かばれない。
でも、それを今でも正しいと思うならお姉さんだけはあなたを認めてあげる。
どうせ戦いなんて、武器を持った時からその目的にかかわらず、どちらかが死ぬまで戦うほかないのだもの...」
「ずいぶんあっさりしてるんですね。」
「もちろん、戦争なんて嫌いよ。これでも医者の端くれだもの。傷ついた人を見るのは辛いわ。
もちろん、ペトラやあなた、芽亜利ちゃんがいつあんな姿になるかと想像するだけで、苦しい。
でも、シザーベントが蜂起したようにこの世界にはまだいろんな火種がくすぶってる。
そう甘いことは言ってられないもの。
でも、仲間だから。
あの子は暴力に身を落としても、何も得られなかった。
今の地位にいるのだって、自分がこの国から出ていけないようにする枷に近い。自分にとっては何の意味もない。
でも、自分が初めて負けた相手に情けをかけられて救われたって。
そんな大切な仲間には、同じ目に遭ってほしくないって。」
「そんなの...そんなの勝手ですよ。」
「勝手よね。わかるわ。」
「でも、ペトラが怒った理由だけでもわかってくれたならそれでいいわ。」
「だからって。いきなりあんなことしなくても...俺はただ...」
「ただ?」
「二度と後悔はしたくないって...
俺も、勇者に負けた。このまま死んでしまいたかった。みんなに追いかけられ、目の敵にされて。いきなりこの世界に吹き飛ばされてなんなんだ!おかしいだろ!俺が何したんだ!
だから、決めた。こんな格好になってまで生き残って決めたんだ。二度と後悔はしないって。
俺はいつも誰かを頼りにしてきた。辛い時は現実から逃げるように誰かを当てにして。
でも、もう俺はそうじゃない。何をされたんだか俺にもわからない。
もう何人殺そうと構わない!
面白いですよね、まともに暮らせない身体の癖に人はいくらでも殺せる!
だから、もう俺に関わらないでくれ!俺みたいなやつが生きてるからみんな死ななきゃいけないんだって。
俺がいるから、あの国はいくらでも兵士を送ってくるんだって。」
「やっと、目を合わせて話してくれたわね。
内容は違うけど、ほんとにどこからどこまであの子と同じ。私、これでもペトラより少しだけお姉さんくらいなんだけど...困っちゃうわ?」
「ごめん...」
「それに、一人で全部背負うなんて無理よ?それが人間。
私が仕事の為に護衛を雇うように、貴方たちがけがをしたときに医者にかかるように、誰でも誰かを必要としているわ?
たしかに頼りっきりなのはよくないかもしれない。でも、今のあなたには、誰かの便りが必要。でしょ?」
俯く源二の視界のなかに僅かに音が漏れると頭の上を優しい感触が包むものの、視界がぼやけることはなかった。ただ自分に向かって放たれた優しさがゆっくりと自分の中へ溶けては破壊されていくような、そんな感触だった。
「ゲンジ君...」
「え?」
エレーナの手がすっと源二の元まで伸びると、右の手を両手で握りこむ。
「震えてるわ?」
源二は咄嗟に腕を引き戻すと、立ち上がる。
なんだ、この感覚は。それが純粋な感想だった。
いつになく、動揺している。嬉しいはずなのに拒絶したい。心の底から何かにおびえるように体の芯が竦む。
まるで自分じゃないような。否、怖がりな自分と強くあろうとする自分が引きはがされているような感触。
これに似たものを、感じ取っていた時があった。
間違いない。狂戦士、お前は俺を使って何をしたいんだ...
ゲンジは振り向いて、街とは反対の方へ歩いていく。
もはや周りの景色は見えていない。ただ、この場から離れなくては。その気持ちで思考が満たされていた。
自分の中に何が起きているのか、それが本人にもわからなかったのだった。
しかし、源二はその場を離れることなく立ち尽くした
「ペトラ...」
目の前には赤い髪を夜風に靡かせるペトラの姿があった。
「随分と、弱っちくなったわね。」
「俺はもともと弱い、です。」
「良く言うわ。あんなことしでかして。
ま、私も言えたことじゃないか...」
「逃げるの?」
「うん。」
「そう。」
ペトラはどこからともなく剣を発現させると、源二との間合いを詰める
しかし、源二はそれに抵抗することなく草の上に叩きつけられ馬乗りの形になった。
月の光に鈍い色を輝かせる揺らめく刀身が喉元に突きつけられる。
「私は、ずっと一人だった...」
「知ってます。」
「でも、あんたに倒されて私が間違ってたんだって気づいた。
戦いに勝てばいいんじゃない。何を勝ち取るかなんだって。
アンタは戦いに勝って元の世界に戻ろうとした。あんたは友達の為に自分を投げうって戦って傷ついた。なんで、自分が。そう思うのもわかるわ。
でも、これ以上。あなたに堕ちて行ってほしくない...」
声が徐々に震えを帯び始め、刀身も切っ先が揺らぎ始めるとそれはまるで心の揺らぎを映しているかのようにより一層揺れ動き始める。
「だから、俺は戦うのを辞めます。もう無理なんです。元の世界に戻るのも、僕が生きるのも。」
「違う!そんなの嘘!」
「ペトラに何がわかるんだよ!」
「わかる!アンタは戦うのは嫌いでも、元の世界に戻る為に誰よりも努力してきた!そんな簡単に諦められるわけない!」
「だから、それを辞めるんだよ!お前に俺の何がわかる!だいたいこんなことになってるのも、お前の勝手のせいだろ!」
「アンタには、待っててくれる人が居る。アンタの無事を案じてくれる友人がいる!」
「今まで一人だった奴に何がわかるんだよ!」
「わかるわけない!家族もいない。かつての友達にも疎遠になった私には!アンタが苦しむ理由なんてわからないわよ!
でも、アンタのやってることはきっと正しい!それが仮に多くの人を巻き込んだとしても、ゲンジのやってることは、間違ってない!」
「さっきから言ってる意味が分かんねえよ!」
ゲンジが一層身体に力を入れペトラを跳ね除けようとすると、その動きが止まる
ゲンジの乾いた黒いプレートの上に輝きを帯びた水滴がしたたり落ちる。
「でも、これ以上はダメ...もとの優しいゲンジに戻って...
ゲンジのやってることは正しいけど、これ以上。傷つく姿を見たくないよ...
痛がってる姿も、悩んでる姿も、怯えてる姿も。
それでも無理していつも戦ってた。
でも、このままじゃ可笑しくなっちゃう!だからせめて、私を頼ってよ...」
思わぬ発言と態度に緊張の糸が歪に揺らぐ。
「だから、俺はもう戦わないって...」
しかし、頑なに首を横に振る
「ゲンジが戦わなくとも、向こうからくる。わかってるんでしょ?」
涙ながらに語りながらも、的確な答えに喉を詰まらせると手の甲で涙を拭う
「もうぐちゃぐちゃね。」
後ろに立つエレーナと芽亜利がその光景に苦笑を浮かべる
「でも、俺なんかじゃ...」
「やだ。」
「え?」
「あーあ、始まった始まった。」
エレーナの横やりなど気にせず、ペトラの剣が闇夜に消失し源二に枝垂れかかる
「一度駄々こね始めたらほんと聞かないんだから...」
「要するに、やってることは正しいけど、ただ自分と同じ境遇になってほしくないけど止め方がわからないってことですわね?
不器用にもほどがありません事?」
「ナイフ突き刺すあほに言われたくはない!」
「あら、見ておりましたの」
いつものような会話が繰り広げられると、今までの緊張感が嘘のように闇の中へ消えて行ってしまった。
「なんで、あんなことしたんだよ。」
ペトラはいつしか目を微かに赤く腫らしながらも真剣な雰囲気に変わる




