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悪夢の夜に  作者: 赤さん
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第1節 9章 再臨編Ⅰ

今回から9章再臨編ですね。ちなみに1章は12章+巻末0.5章で終わりなので、あとなんだかんだ17か8くらいはありますね。ですが、全体を通してみれば一節も半分を超えました。ここまで読んでくれて感謝。

明かりが灯る部屋の中、フォールンとエマ、クリスが向かい合っていた。

エマは興味なさげに本を開いていたものの、フォールンとクリスはいたって真剣な面持ちで会話を重ねていた。



「ゲンジの死と新たなる狂戦士の誕生によって、これで皇帝派と教会派の分裂は確実だね。

これはもう、純粋な闇の魔法使いの誕生とかそういうレベルの話ではなくなった。

ゲンジ君は相変わらず自分に起こっている変化に追いついていないようだけど、君が起こした騒動のせいでエイレーネの緊張感はこれ以上なく高まっているようだ。」


「構わない。我々が望んだことだ。」


「そうかい?でも僕も君にもあのアトラスを破壊することなどできない。」


「だが、使い手は始末する。」

「わかってるさ。」


「ゲンジをああしたのは、芽亜利の。あの一件が関わっているということかの?」


「否定はせん。だが、彼が自分の力を測りきれずにいるように。我々も彼を見誤っている可能性は十分にある。」


「そこまでして、あの少年に手をかける理由があるのかの?」


「エマ君?今更そんなこと言っちゃう?」


フォールンは楽しそうに飄々とした調子で答えるとエマの視線がクリスに移る。しかし、エマの指摘はそれだけ源二を重要視していての発言だということを理解していた。



「無論。あれは闇の魔法使いというだけでないからだ。芽亜利を倒した時に発動させた未観測魔法。この世界始まって以来の固有武器の直接破壊の力が一体何によるものなのか。

ただの奇跡なのか、現象なのか...」


「それを解明することが、根源へと至る道にもつながるというわけじゃな?」

「それだけではない。あの魔法はこの世界を絡めて離さない怨恨と、争いの歴史を断ち切るかもしれない。」


「そんなこと、一人の人間にできると本気で思っているのかの?」


「できるできないではない。それは向こうからやってくるのだ。」


「とりあえず今は、アトラスと勇者の抹殺が先決だよね?」

「そうだ。」


「ともかく、今は童もゲンジの力を測りかねておる。これからのこと、どうするのじゃ?」


「ん?起こるじゃないか。とっておきの戦いがこれから。」

「まさか、いきなり教皇と皇帝の争いに殴りこむつもりかの?」


「半分あたりだね。

今回戦うのはラインハルトではない...彼の娘、シャルロットだ。

すでに教皇に対して正式な書面が送られているはずだ。」


「しかし、教皇は一時的に戦いを吹っ掛けられてどうしてこれを受けるんだ?」


「ああ、それかい?確かに教会側は狂戦士の件については言いがかりをつけられたようなものだね。

でも、教会はまた別の問題を抱えてる。」


「召喚者だね。」


「そうだ。あれはもともと教会側が唆した計画だとするならば、何らかの理由で召喚者は皇帝派の手中にある。それが皇帝なのか、あるいはその背後にいる者たちなのかはさておいて。

それは、これまでの動向を振り返れば間違いない。

だが何故、召喚者が皇帝派の者にならねばならなかったのか。それがまだわからん。」


「わからんと言いつつ想像はできてるんでしょ?」

「ああ。ゲンジだけでない。召喚者があれほどの人数で召喚されたこと自体が異世界人を教会派から解き放ったのだろう。」



「表向きには戦力や資金源拡大がバレるわけにはいかないことが裏目に出たわけじゃな?」




「これで、完全に神聖エイレーネ帝国内に亀裂を生じさせることができたわけだ。

本当に、大戦なんておわったのかねぇ。」


「大戦は終わったとも、ただ我らの戦いはまだ終わらぬということじゃ。」


クリスは軽く頷くとそれらを遮るように一層表情に闇を包ませる。

大戦が終わって以来、闇の魔法使いを殲滅する戦いへと移行してきた人類の変革、血を血で洗い、怨恨をさらなる怨恨で塗りつぶしてきた。

そんな最悪の日々が終わったと思ったら、今度は召喚者が現れ、光と闇の戦争の中で着々とその地位をあげていたもの達が遂に逃げも隠れもせず戦い始めた。

クリスの顔に深く刻まれた闇にはそんな光景が孕んでいた。



「次、ゲンジがあの魔法を使ったとき。恐らく再び消失が始まる。

当然我々の目的であるアトラスの無力化、及び教会の弱体化を進めつつゲンジの暴走を止めなければならない。

いざとなれば、あの魔法が使われる前に止める。

さもなくばゲンジは恐らく帰る理由さえ見失う。」

「わかってるよ。でも、僕じゃ止められない。僕の色ージョンクラフトじゃ未観測魔法とか難しい魔法には手出しできないし、仮にできたとしても僕の精神が壊れるか、ゲンジ君の精神が壊れるか、あるいはその両方が起きるからね。」


「となると...童かの?だが、どうやって止めるんじゃ?殺さずに無力化するなど」


「エマ君、今の闇の魔法の強さはもはや他の属性魔法と力の母体が比較にならない。

それにゲンジ君はこれまで見てきたところ保有している魔力量もかなり多い。

いや、圧迫されて広がったというべきか...まあ残存の魔法力で致死性のダメージを受けても長い時間をかけて勝手に再生してくよ。」


「つくづく頭のおかしい魔法じゃの。」


「魔法ではない。呪いだ。」


クリスはそう言い残すと、テーブルを後にした。




今日も歪なツタが庭中をはい回る中、ただずっと緑だけを見つめている源二と芽亜利、二人は何も話すことはなくともただずっとゆっくりとした時間だけが流れていた。


少女は源二を見つめ、少年はその双眸を一瞬少女に向けると恥ずかしいのか視線を再び庭へ遷す。


「ゲンジ様?あの女のところにはいかなくともよろしいのですか?」


「ペトラのこと?」


「だって、あんなこと言われたら会いに行けないよ...」


少年は考えていた。なぜ自分は正しいことをしたのに、あんなに嫌われなければならないのか、

しかし、そんな思考さえも妨げられる。またこれだ。正しいことなんかじゃない。人を殺すのは平気でも、正しいことなんかじゃない。褒められたことじゃない。

でもなんなんだろうかこの滾り、疼き、狂戦士なんて身体に入れるもんじゃなかった。

いくらピラーにならなかったとは言え、自分はもう人間らしい完成なんてこれっぽちも持ち合わせてない。


ただ心の中に大きな影が落ちていた。

しかし、それと同時にその影はゲンジの心の中にあった躊躇いをも隠し、むしろその暗闇さえも心地よかった。

全て流れに身を任せるように、本能の赴くままに動けば。相当の敵でない限り、今の闇の魔法使いを殺すことなどできない。



「ゲンジさん!」

少し遠くから突然投げかけられた声に、視線を向けると何やら大きな荷車を引いた一人の男が現れる。


「ウェルマー...」

「ああ、ご無事そうで何よりですわ!えっと、そちらのお嬢さんは...」


「ああ、芽亜利。芽亜利?こっちはウェルマー。奴隷街でお世話になったんだ。」


「メ...メアリーと言えば...その容姿に白い髪...あんたまさか!?」


「黙りなさいな。耳障りよ。」

「す、すいやせん...」


源二は大きくため息をつくとそれを黙認した。


「いや、ほんまにゲンジさんの周りはどうなっとるんですかい?あのツバキという人も...あんなエライ魔法使いに遭ってわいが生きてるのが不思議なくらいや...」


「それで、どうしたの?」


「ああ、そうやった。そのツバキ様に頼まれて服やら生活に必要なものを届けに来たんですわ。」

「こんなところまで?」


「ええ。あたりまえや。なんせゲンジさん、あんたのおかげでうちは大繁盛や。やっぱりワイの商人としての見る目が合ったんかなぁ!」


「奴隷街で全く相手にされなかったくせに。」

「それは言わんでくださいよ!

でも、ほんまよく生きててくださった。


まさか、ピラーの心臓部をたった一人で殲滅してまうなんて」


「俺の力じゃないよ。」


ウェルマーは頭の上に疑問符を浮かべる。


「それは、あの奴隷街での件ですかい?」

「うん。あれから、なんかおかしいんだ。俺が喰ったはずなのに、何かずっと俺じゃないみたいで...」


「ゲンジ様?奴隷街で何があったんですか?」


源二は奴隷街でのこと、それ以前の勇者に負けてからのことを話した。


すると、芽亜利の表情に一層深い影が落ちるのを確かに感じ取ると少年の純情な心には少女の怪訝の理由がわからず疑問が生まれる。


「どうしたの?」


「ゲンジ様。しばらくこのお屋敷に留まるほうがよろしいかと思いますわ。」


「どういうこと?」


ウェルマーは何がなんだがわからない様子で立ち尽くしていたものの、話の重要性を察したのか軽く挨拶をすると荷物を屋敷の中へと運び始めた。


「狂戦士、その因子はそう簡単に一階の調教師如きが持っている代物では御座いません。私はてっきり教会派の何者か、あるいは勇者に入れられたとばかり思っておりましたが、何かおかしいです。」


「私も聞いた話にはなりますが、狂戦士はラインハルトに討たれて以降、その亡骸、弔われたか否かも定かではありません。」


「でも、死んだんでしょ?」

「ええ。ですが、闇の魔法使いにとって死というものは時として異なる意味を持つのです。」


「どういうこと?」

「ゲンジ様であれば幾度となく即死に追いやられたことも多いかと思います。

それが少しづつ治るように、闇の魔法使いは現存する体内魔力を少しずつ使うことで意識がなくとも勝手に体が治癒していくのはご存じですね?


それを完全に殺すには、聖刻。今ゲンジ様が刻まれているその魔法で完全に意識を断つこと。

現存の魔力量では繋ぎきれないほどの激しい損傷を与えること。


これは不可能に近いですが、闇の魔法を生み出している魔素そのものを枯渇させる状態にして、供給ごと絶つこと。

このほかに闇の魔法使いが真の意味で死というものが訪れることはありません。


それに、ピラー。人の精神に大きく依存する魔法は体系化が難しくまして絶対に侵してはならない禁呪私にもどんな全容なのかが理解しかねます。ですから、狂戦士がどこに、どんな状態でゲンジ様の中にあるかどうかさえ私にはわかりません。

ですが、先に私がお伝えしました。シザーベントの件、ゲンジ様の動向はかの者達にすべて知られておりました。」


「クリスさんたちのこと?」


芽亜利が頷くと、源二も怪しさを感じ、知らず知らずのうちに額に冷や汗が流れる


「でも、クリスさんたちは俺を助けてくれて、いろいろ教えてくれたんだよ?」


「決して敵対するわけでは御座いません。ですが、何かよからぬことがあるとも限りません。ゲンジ様、お気を付けください。」


「ありがと...

でも、闇の魔法使いが死を迎えないんだったら、今狂戦士はどういう状態なの?」


「狂戦士の肉体は確実に消滅したはずですわ。最悪なのは、ゲンジ様が宿した狂戦士の姿形が全くの幻影だったらということですが、その存在自体を初めて知った貴方様にはそんなことはあり得ない。

機関を移植されれば元の身体を繋ぎとめていた魔法も当然移植されますから、消滅します。ですが、狂戦士が貴方と結びついた今、彼女は貴方の中で新たに受肉したと言えます。貴方という器をあなたの魔法と狂戦士の魔法を分け合う形で。


ですが、それはもはや重要なことではありません。どちらにせよ狂戦士はもうこの世にいないと考えてよろしいですわ。

それ以上に今は、誰が。いえ。何のためにその機関を抜き出し、エイレーネの中に混乱を生み出し。何がしたいのか。それを見定めなければ、ゲンジ様は元の世界に戻れなくなる可能性さえありますわ。

もし、私につかったあの魔法を再び放つのであれば...お分かりですわね?」



「うん...ありがと、芽亜利。心配してくれて。」


「心配ではありませんわ?私はせめて私を屈服させた殿方との間に子を成したいだけです。

今はまだ、休憩中なだけですわ。ですので、早くあの娘と会ってきてくださいませ?」


源二は少し俯くと柔らかな風が抜ける。少女の気遣いを察していながらも少年の心に日差しが差し込むことはなかった。


「嫌だ。」




「俺、いつもこうだ。周りに助けを求めて、誰かを頼らなきゃ生きていけない。弱い人間だったんだ。

でも、今度は違うと思った。

自分からピラーになって、それが仕組まれていたことだとしても俺があの決断をしたのは自分の意思だ。だから何か変われると思ったんだ。

でもそしたらなんだ?狂戦士とか、因縁とか、大戦とか。もう分かんない!


俺はただ家に帰りたいだけなのに!気づいたら俺は大量殺人鬼も同然だ!

ついこの間まで魔物も殺せなかった俺が今はどうだ!何十人殺してもびくともしない!!


何でだよ!俺の中で何がどうなっちゃったんだよ!」



源二の視界は揺らぎつつも勢いよく少女に視線を向ける


「こんな俺にあの子にもう一度会う資格なんてない。

何も成せない、変われない俺にはこれでいいんだ!

もうみんな...構わないでくれよ。

わかんないよ、命を狙われたり殺したり。泣いたり、泣かれたり。

もう疲れたよ...」




「ですが、ゲンジ様には皆様と共に元の世界に戻る意思があるのでしょう?」


「もういいよ...俺にはできない。もうあきらめる。」

「良くありませんわ?

私も力にすべてを堕とした身。本来私が貴方様に言うことではありませんが、敢えてお伝えするならば。

変わってしまった私を変えたあなたは、結果は違えど誰かの為になりましたわ。」



「救ったとかじゃないよ...俺がもう嫌なんだ。」


「でしたら、私は止めませんわ。貴方がもうこの場から動かないのであれば、私も動きません。貴方と私は常に共にありますもの。

ですが、あの女には会ってくださいな?」


そう言うと、芽亜利は小柄な体を伸ばし腕を源二の首の後ろへ回すとツバキとは違う危険な香りが鼻腔を擽る


「私たちの悠久の時は、俗世に未練を残さぬように...

そしたら、何にも阻まれることなく。誰にも狙われることなく、ここで暮らせるやもしれません。」



「止めないの?」


「止めるも何も、私は貴方と一心同体ですわ。どこへでも共に行きますとも。」


しかし、源二がその言葉でさえ受け取ることができずにいたのだった。


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