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悪夢の夜に  作者: 赤さん
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第1節 7章 逃亡編Ⅲ

源二が立たされていたのは先日の奴隷オークションの壇上だった


「よってらっしゃいみてらっしゃい。ここにいるこの男は片腕しかねえけど、使える魔法は超一級。

この男がいれば何十、いや何百の敵もなんのその!」


ウェルマーはひと際いやらしい笑みを浮かべるものの、口角の端は僅かに揺れていた。

そして、男が放った言葉に会場がどよめく。

というのも、この世界では魔法を実戦レベルだけで奴隷になんてなるはずもないほど食い扶持にも困らなければ、容易に捕まるようなものでもない。


壇上を見つめる人々の間で深い息を吐き出す音が漏れる


(あかん、完全に信用を失ってしもうた。せっかく源二さんが身体貼ってくれとるのに、ワイが力不足なばっかりに...)


源二は声も出さずに、床だけをじっと見つめていた。


いいんだ。それでいい。人気がなくなればなくなるほどいいんだ。

源二は自分が売られていくという恐怖に顔を顰め、速くなる心臓の鼓動を感じながらもそう確信していた


男はグッと歯を噛み締めると、すでに緊張感の抜けきった空間の中から一本の腕が上がると再びどよめきが起こる


「その奴隷、買うわ。」


腕を上げた人物は、女性。それも先日獣人の少女を買った女性だった。

そう、大事なのはここで買われることじゃない。俺を知っているものに出会うこと。

女は人の間をすり抜け、壇上まで上がってくると力なく項垂れる源二の顎を強引に持ち上げると顔を覗き込む


「ふん、一緒に行動を共にしていた商人にまで裏切られたか。いい気味だわ。」


源二は覗き込む双眸を見つめると、視線を床へと戻し薄笑いを浮かべると視界がぼやけていったのだった。



その後、誰とも値も張り合うことなくすんなり買われて行った源二はいつの間にかウェルマーの元を離れ、石造りの深い地下道を連れられていた。

感覚を開ければ強引に鎖を引っ張られる、そしてこの奴隷紋というもの。

首の裏を熱い痛みが響くのを感じると自分の無力感に震えだしそうになるのをこらえていた。

目の前にいるこの女に刻まれたこの印は文字通りこれを刻んだものに害を与えることはできない。

むしろこの印そのものがピラーを作り出している元凶であるのではとも思ったが、それは違う。

この女に害を与えなければ、今まで通り何不自由なく魔法も行動もできる。

今もこうして幾度となく鎖で強引に引っ張られては転びそうになるのをこらえていた


やがて一つの扉を開け、それをくぐるとひと際大きな部屋に入ると女は慣れた手つきで鎖を付けると、生活魔法で滑車を回し源二の身体を上げていく


身体が持ち上がっていく中、重力に従って鎖が食い込む痛みを感じるとともに視界が広がっていくと部屋の床に血が飛散していたり、道具に血が付着しており源二の恐怖心を煽る


「全く、驚いたわ。死んだと聞かされていたのに、まさか生きてるなんてねぇ。」


女は薄笑いを浮かべると、地面擦れ擦れを揺らぐ源二の足をかけると鎖が張り一層肉に鋼鉄が食い込む


続けざまに体表に乾いた衝撃と、皮膚が捲れる浅い痛みに襲われると源二は顔を顰める

そして、やがて皮膚が元の形へと戻っていった。


「ゴキブリ並みの生命力ね。久々に遊び甲斐がありそうだわ。」


女は幾度となくしなる鞭で少年の体表を傷つけていく。

こんな痛み、もう何でもない。こんなの、こんなの、みんなと元の世界に戻れるのに比べれば。

源二はより歯を食いしばると乾いた痛みにこらえていた。


すると、女は面白くなさそうに鞭を打つのをやめた


「あなた、いや闇の魔法使いは痛みにも耐性があるのかしら。

まったく鳴かないから面白くもなんともないわ。」


少年は強く歯を噛み締め、口内に滲んだ血を吐き出す


「死んでたほうが良かったか?」


「別にどっちでも構わないわ。まあ、生きてるに越したことはないのだけれど。どちらにせよお前は生きてても死んでるようなもんだしね!」


女は容赦なく源二の腹を蹴ると、後ろに置いてあった椅子にもたれかかる


「いいこと教えたげる。もうどうせあんたはもう元には戻れない。

おおかた、あんたわざとあの男に捕まったんでしょう。

わざと捕まってアタシのところまできて何がしたいのかわからないけど、あんたがまともな人間でいられるのはここまでよ。」


「ピラーに、なるからか?」



女は源二の元へ迫ると、手指を立て喉元へ立てると爪の先が喉に軽く刺さる。皮下に硬い爪の感触を感じるとともに心脈がより明白に感じられ、激痛と共に耳を弾く鼓動の音が焦燥感をもたらしてくる。


「ピラーはね、普通の人間じゃないの。あんた、自分の身体の中に他のやつがいたらどう思う?他の魔物がお前の身体を貪り食って餌場にするの。

種によっては集団行動をする個体もあるから、そうなれば最高よね。」


源二は怪訝な顔を浮かべると、立てていた指が一気に源二の喉元へ刺しこまれる

鋭い痛みと、首元に差し込まれた指が肉を掻き分け管をゆっくりと締め上げると痛みと共に苦しみが襲う


「お前が、エイレーネにピラーを、売ってるのか。」

「エイレーネ?ああ、そういうこと。あんたエイレーネのことについて知りたいんだ。でも残念、あたしはピラーを生み出して流しているだけよ。この情報は冥土の土産にはできないみたいね。」


源二は顔を顰めると首元が熱くなるのを感じる


「俺を洗脳しようとしても、無駄だぞ」

「洗脳?ああ、そんなこと私にはできないわ。

私の魔法はそんな甘いもんじゃない。特別に教えてあげるわ

魔物と動物の違いって何だと思う?


魔物は大量の魔素に触れて突然変異した元動物。

だから動物と魔物は構造の大部分が似ている。でも、一つだけ違うものがあるのよ。

いわゆる暴走機関みたいなものね。それを奴隷に入れ込むことで強制的に魔法を暴走させ、魔物に体を乗っ取らせる。

まあ、そんなカラクリがわかったとしても今更どうこうできる者ではないわ。


でも、お前はどうやら闇の魔法使いみたいだから大抵の魔物じゃダメね。

だからとっておきをあげるわ。 バイバイ、永遠にね。」



女は首を通る管を爪で崩壊させると、自分の物ではない何かが流れ込んでくるのを感じると激しい苦しみと、激痛に襲われやがて源二の視界は暗転した





しかし、その苦痛や激痛はなかったかのように再び目を見開くとそこは黒い部屋に座っていた。

光源もないのに、黒く輝くその世界には二人

源二と向かい合う黒い騎士のような人物が座っていた。


「ここは...」

「君の中だ。

あれから何年経っただろうか。この時を待ちわびたぞ。」


「あなたが、魔物?」


源二は目の前にいる人物に疑問符を浮かべていた。

というのも、源二の知る中で言葉をしゃべれる魔物など見たことがない。


「魔物...みたいなものだ。狂戦士。私が生きていたころはそう呼ばれていた。」

「狂戦士...」

「大戦時代に生まれた卑しい闇の魔法使いの成れの果てだ。」


しかし、みたところ目の前に座っている人物は特別魔物を思わせるような容姿の変化はない。

それよりも、動きやすい黒いライトアーマーを思わせる女性らしき見た目はクールビューティーを感じさせる深い宇宙のような黒紫色の長い髪を下ろし、状況が状況でなければ一目ぼれしそうになるほどの美貌を兼ね備えていた。


「それで、魔物なのか?」

「直にわかるさ。」

「あなたが、俺を殺すのか?」


「まあそれに近い。お前がかけられた魔法は私の暴走機関をお前の中に入れ、侵食することで通常では干渉しえない魔法を司る領域にまで届くことで容易に言うことを聞かされる。

そのためのこの場だ。」

「じゃあここは」

「魔法を使う機関、名をガーデンという。文字通りお前の心の中。私とお前がこうして形を保ち、概念さえ明確に定義されているということはまだそんなに闇の魔法を使っていないようだな。

それにしても、闇の魔法は私の生きてた頃は存在するだけで軍隊が押し寄せるものだったんだが、そんなに時代が変わったのか?」


「いや、俺は別の世界から召喚された。」


「なるほど...召喚...アンリ・セレナか?」


「アンリ・セレナを知っているのか?」


「ああ。今では旧友といったところか。だが、お前がここにいる時点でセレナはもうこの世にはいないんだな。

あいつにできることはせいぜい召喚の魔法だけだ。その後も闇の魔法使いを殺そうとする者達から逃れるほどの余裕もあるまい。


だから然るべき時が来たら、この世界がまた地獄と化すなら私がこの世界を救うと。」


源二は怪訝な顔を浮かべながらもこんな迷惑な話があるのかと思ったが口に出すことはなかった。



「大戦時代、最初は純粋な魔族と人類の衝突が繰り返されていた。それだけ見れば少し大きな争いに他ならなかった。


だがある時それは闇の魔法使い狩りに変わったのはお前でも知っているような有名な話。


だがそれは表向きの話、実際は全く異なる。

戦いは一見、人類側の勝利のように見えた。

一体だれがこんなことを思いついたのか、ある日からより強力な魔法を生み出し、使う戦いへと姿を変えていった。


この世界は自然の中から自身の魔力を吸収する。それ故に多くの闇の魔法使いが死んだとしても闇の魔法そのものが衰える訳ではない。

使用者が減っただけで総力は変わらない。

だからこそこの世界は闇の魔法使いというだけで規格外の力を持つことになる。


その中で様々な禁忌を犯しもした。その一端を担っているのが今のこの魔法だ。

だが、結局私も踊らされていたにすぎない。



あの戦いは仕組まれていた。種族や純粋な暴力を超えた怨恨と謀略の連鎖、私もその登場人物の一部にすぎず。結局その戦争が何を目指していたのかはわからなかった。

結局は大戦なんてこの力をより高めようと私利私欲にまみれたもの達が生み出した負の遺産に他ならないんだ、きっと。


まあこんなことを教えても、もうじきお前も私が殺すんだがな」


「どうして俺を殺そうとするんだ。」


「それが本能だから、戦いから逃れられなかった私がそれを受け入れるからだ。

元よりこれはお前と私の中にあった暴走機関が融合しようとしている時に見えているお前の心の中というだけ。」


「じゃあ、俺もお前を殺せば元のままでいられるんだな。」


「そう来なくてはな。だが、見る限りお前の中はすでに消失が始まっているようだ。遅かれ早かれ私のようになるぞ。」


「俺も、魔物になるのか?」

「魔物の暴走機関を取り入れたのは私の中で少しでも戦いの苦痛を和らげようとした結果だ。

ただ戦うだけではこうはならんよ。私と同じというのは、お前もやがて血で血を洗う戦いの中心になるということだ。」




目の前に座る人物はゆっくりと立ち上がるとどこからともなく剣を発現させると何か禍々しい雰囲気が生まれるのを感じると源二も立ち上がると気付けば座っていたはずの椅子さえ虚空の中へ消えていた


「できれば私もお前のことを無事で返してやりたい。だが、私も獣の端くれ。もう抑えきれない!」


剣を片手に握りしめ、源二の目前へ迫ると少年もすかさず槍を合わせると、凄まじい激音と共に押し返される


あまりの力の強さに顔を顰めると、負けじと足を踏み込む。しかし、勢いが衰えることはない


すると、瞬時に圧力が消え視覚外から抉るような蹴りが繰り出される

間に合わない。

闇の魔法使い同士の戦いは明らかにスピードや力が変わるものの、決して音速を超えるとかそういったほど劇的な違いはない。

瞬間的に片腕で蹴りの軌道に差し込むと、腕だけではない。向こうの足からも鈍い音が伝わる

源二は痛みに顔を歪めるものの、甲冑の下で何も思っていないのかすぐさま体勢を整え、剣を振り下ろす

しかし、その刃は源二の姿を捉えることなく虚空に消える


目にもとまらぬ速さで間合いを開けると、今度は源二が踏み込む

槍の穂先が完全に女の正面を捉えると、剣を構える

しかし、その穂先は正面から体を突き刺すのではなく背後から一閃が繰り出されると源二の目前に鮮血が飛散する

だが、目の前の人物はそんなことを気にしないかのように剣を振るってくる


「なんで!」


源二は身体に突き刺さった槍のせいで剣の軌道に乗る

ギリギリで体を捩り軌道を翳めるに留まると、開け放たれた身体に蹴りが叩き込まれ体が後方に飛ばされていく。

壁があったはずのそこに壁はなく、ただ無様に床に叩き伏せられた


一歩、また一歩とその距離が縮まっていく

源二はすぐさま立ち上がり槍を握りこむ


感触だけ言えば確かにこの女の急所を打ち抜いたはず。闇の魔法使いである以上回復するということはあってもその痛みは並大抵のものではないはずということは想像に容易い。しかし、この女はそれを受けてなお差し込まれた槍ごと蹴り祓ったのである。


「その腕にその聖刻じゃ、対等に戦えるわけもないな。

まあ、私に喰われて誰かに殺されるまで暴れまわればいい。

お前もいずれ、闇の底へすべてを投げうつのだ。」


女は再び急迫すると、幾重にも鋼鉄がはじき合い鈍い打撃音が生まれる

源二は一歩、また一歩と後ろへ後退していく


「そう易々と殺されるわけにはいかないんだ!」


少年はひと際力をいれ、剣の軌道を強引に捻じ曲げるとすかさず打撃が飛んでくる

その打撃が繰り出された刹那、源二の姿が闇の中へ消えると死角から一閃が轟く

だが、その一撃も当たることはない


「闇の魔法はお前だけの物じゃない。」


さらにその背後から剣を振り下ろすと、鮮血が散る

それと同時に女の鎧の下を貫く刃が挟まり動きが鈍くなるのを感じた。


「血を操る魔法...誰だったか

それに、どこかの馬鹿とは違って頭も回るようだ...どこかの...誰だったか、まあいい。」


細い糸状に伸びた血の流動体が形を歪め、重力に従って鎧の上を伝っていく

少年に視線を戻すと、片腕で槍を握りこんでいた。


「お前がどんな奴とか、どうでもいい。俺はただ生きて帰りたい、みんなを護れればそれでいい!」


「護る...昔から何かとそういうことを言う奴は多い。今の闇の魔法の力ならばそれもできるだろう。

だが、私の前でいつまで持ちこたえられるか!」


再び両者が激しい攻防を繰り返す


「なんで、なんでどいつもこいつも俺を狙うんだ!」

「この期に及んで泣き言か!」

「出会ったばかりの癖に、うるさいんだよ!」


源二は剣の触れない間合いへと距離を詰めると、抉るように足を振る

しかしその攻撃は当たることなく霧となり消える

だが、同時に背後から鈍い音が鳴る


「まあまあやるようじゃないか。」


女は兜をゆっくりととると、暗闇の中へその形が消失する

腰まで伸びた長い黒髪が軽く靡くと、フワッと片目を隠すように流れる


「だが、出会ったばかりだなんて心外だ。残念ながらもうお前は私で私はお前だ。

お前のことも、私のことも、闇の魔法や他の魔法についてもわかるようになってきたはずだ。

そうこれがピラーの本来の姿、重要なのは魔物の暴走機関を入れることではない。

他者の魔法や記憶を司る部分を強制的に埋め込むことで強引に魔法を使えるようにする魔法。

そして、元から存在する者を乗っ取ることで再びこの世に受肉する禁忌。

それを魔物に置き換えることで理性を崩壊させ、抜け殻に刺せることでより扱いやすい人形のようにしてしまうのが今の魔法に関する奴隷、お前の知るピラーだ。」



「お前は、何がしたいんだ。」

「この怨恨を断つこと。」

「大戦の?」

「そうだ。私にはあの戦いを仕組んだものを殺さなくてはならない宿命がある。

この戦いこそ偶然に起こったこと。私の願いはもう叶わないものだと思っていた。」


「仕組んだって、もう大戦は終わったんだ。

お前が俺を殺しても意味ないはずだ。」


「いや、終わっていない。なぜならお前がまだ生きているからだ。」


「どういう...」

「お前が、じゃない。闇の魔法使いがまだ残っている。

この世界にはまだ闇の魔法使いが数人残っているはずだ。

そうでなければ、根源はとうに生み出されこの災いも治まっていたはず!!

誰かが、この私を利用しているのだ!!」



「闇の魔法使いが闇の魔法使いを殺してなんになるんだ。」


「言っただろ、怨恨を断ち切ると。

その為には根源へと至る。それしかない。」

「根源...」

「大戦時、闇の魔法を殺したのは根源へと至るため。


光と闇が反発しあうことで力のバランスが保たれていた。

それを、片方根絶させることで根源へと至る活路が見いだせる。


だからこの世界にいる闇の魔法使いを全員殺して私も死ぬ。

そうすれば、もう誰もこの呪われた力で傷つくことはない。

悲しむことはない。


戦いは人間の本質かもしれない。

だが、この力は人類の手に余りすぎる。だから、私は再びこの世界に受肉する!」



女は源二の目前に迫ると、鮮血が舞った


「その剣...」


「お前、私は俺で俺は私って言ったな。見えてんだよ、さっきからお前の動きが。」



漆黒の鋼鉄に包まれていた肩口から弧を描くようにして血の軌跡が描かれていた



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