3節最終章 絶界ノ終極天編 Ⅱ-ⅩⅢ
「やったのか。」
「奴は死なん。だが外郭を壊した。」
「あーあ。お人よしなんだから。彼の物語だよ。彼に任せればいいのに。」
「体勢を立て直せ。ここが正念場だ。」
シャルロットは、力無く地面に横たわるミーシャから手を離し、剣に力を込める。
「早く帰ってきて...ゲンジ。」
深い暗闇の中、浅い水が張った空間でペトラは意識を取り戻す。
「ここ...そうだ。私!」
ゲンジの元へ走り出したい衝動とは裏腹に虚しく水音が響き、虚空を全方位見つめるものの、そのどこにも革新につながる道も景色もない。
だが、目が慣れ、黒が灰色へと変わる時。水音一つ立てぬ黒い馬がペトラの元へと歩み寄る。
「これ...」
その馬はペトラだけを見つめ、女が背に乗るとまた音も立てず動き始める。
歩みから次第に走り始め、気づけば目にも留まらぬ速さで暗闇を駆け抜けていく。
すると突然、硬い馬の足音が響き始め足元を見るとそこには綺麗に並び揃えられた軍道が。
突如景色が変わり、そこは夜に包まれた大通り。
背後を見るとオレンジの光にライトアップされたウェインフリート城が聳え立ち、月の光が降り注ぐ街の屋根に幾つもの黒煙がこちらを追跡してくるのが見えると、ペトラ手綱を握り呼吸を合わせる。
正面に広がる黒い道先の城門まではそう遠くない。
一気に駆け抜ける判断を下すペトラの前に現れる白銀の騎士。
その手には輝く弓がこちらを捉え、こちらへ狙いを引き絞る
腰まで伸びた長い髪が魔法の揺らぎによって浮かび、狂気の笑顔が色濃く映る。
ヴィットーリオ
心の中で伝わる、考えなくてもわかる。これがゲンジの心の中とつながった確かな状態。
ゲンジが恐れたヴィットーリアの魔法。
自らの名を勝利として刻む強いエゴが今なおゲンジの心に衝撃として残る。
弓矢がまっすぐに放たれ、城まで一直線に続く大通りを駆ける。
ペトラの波打つ剣が唸り、馬は飛んでくる矢をそのままにひたすら前へ。
ペトラと矢が交差した時、一番に驚きを露わにしたのは、ペトラ本人だった。
波打つ剣から迸る紅い輝きが世界の黒色と絡まって赤黒さを帯び、今までの自分の強さを大きく上回っている。
そして、少しでも崩れるはずの騎乗の体幹はブレることなくさらに加速させる。
「ペトラ!!」
どういうわけか、ヴィットーリアの目には映らないエレーナがその城門に次のゲートを開く。
その中へ一直線に突っ込む速さは音を超え、ヴィットーリアの手から放たれる矢はペトラの剣に斬り伏せられ、その残穢を飛び越えゲートの中へ。
暗転に驚き目を閉じたペトラが次に目にしたのは、規則正しく並ぶ月の光が差し込む木の廊下、横には落下防止の柵と透明なガラス。反対に並ぶ引き戸とパーテーション。
そして一定間隔で配置された消火栓の赤い警告灯がその速度の速さを物語る。
しかしペトラはその光景に見覚えがないが確実に学校の廊下であってそれだけでゲンジのより深層に眠るキオクを辿っていることを示していた。
「これが、ゲンジの話してた世界の話なの...でも、確実に近づいてる。
さっきより強く感じる。」
ペトラはさらに一直線に駆け抜け、その道筋の奥に待つ光へ。
しかし、それが近づけば近づくほど見えてくる七色の複雑な輝き。
「ちょっと....うそ!やばいやばいやばいやばい!!!」
目の前に現れるステンドグラスの大窓。
描かれた4本の剣と彩りがその道を照らし、馬は容赦なくその中へ突っ込む。
耳を劈く破壊音、何もかもがスローに見えるかのような瞬間の中身体が自由落下を始め、破れたガラスの破片が下に待ち構えるプールの水面へ落ちていく。
ペトラの悲鳴が、勢いよく弾ける水音にかき消され、肌を包む冷たい水の感触を覚えたもののペトラに襲う焦燥はその身体が水の抵抗を受けて受け止められず、自由落下していく。
しかし水だけは確かにあって息が吸えず、肺が水に満たされ、咽せる。
しかし水を吐き出すなか、不思議と体に伝わる上下する馬の背。
そして肌に電撃が走るように感じる強い黒の根源。
その存在に気づき、ペトラが顔を見上げると広がる。小高く紅い荒野の丘。
駆ける馬の肌から乾き落ちるように粒子となって降り落ちる黒い魔素の粒子。
その緩やかな頂点を目指すのはペトラだけではない。
頭上を通過する巨大な二頭の龍。
伝承だけで知らされてきた幾つもの魔族。
ゲンジを狙う悪性。
その垣根を目にも留まらぬ速さで駆け抜ける。
自分たちのこの一瞬が、向こうの世界の未来の歩みを確かに決めているなら、もっと速く。さらに、速く。
「見えた...」
弾かれる赤色の火花、唸る黒色の槍。
その横に立つ赤黒い大鎌が容赦なく敵を刈り取り、2人はこの孤独でいくら傷つけられど、その傷は瞬く間に塞がり、再び対峙する。
だがいくら2人とはいえど、圧倒的な物量差に押し潰されそうな隙間を縫う。
もうその心の端に迷いも恐れもない。
自らの肌から灰となって落ちてゆく溢れた闇の魔素が、その速さを物語る。
ゲンジにガーディアンの攻撃が繰り出されたその軌道。
全て見える。
まだ新しい黒と白が混ざり、黒色の業火が波打つ剣に巻きつき、迸る。
「私が救い出す!」
ペトラが馬を飛び出し、ゲンジとガーディアンの軌道をめがけて剣を向ける。
その直後に流れる爆発的な魔力の爆発。力が、全身に行き渡る。
大きく息を吸って、目にも留まらぬ速さへ。その先へ。
刹那、ゲンジの目の前に舞う燦然とした火の粉。
ガーディンの大きな龍の鉤爪を弾き、さらにその傷から伸びた鎖がペトラの操作によって不自然に接近する。
弾丸のように叩き込まれる蹴りが捩じ込み、硬質化したキチンの層を魔法によって貫通し、龍の巨体に放出された黒と白のベールが撫で、落ちていく。
「お待たせ。源二。」
最初はその後ろの芽亜利が驚きの表情を浮かべ、鼻で笑い、源二はその目尻に涙を浮かべ笑いかける。
「まったく、バカな女ね。」
「ペトラ...なんで...」
刹那、ペトラは振り返り襲いかかる魔物を斬り伏せる。
「説明は後。一気にケリをつけるわよ!エレーナ!!」
「その豪鬼、カミナリノカミの如く。深き月の静けさよ、アラゴトを治めよ。」
覇國に伝わる伝承。原初に最も近い、宗教を通した根源的な力の継承。
「「月讀尊荒御魂」」
その変化は、現世でも現れる。
根元の球体が惑星の衝突のように大きく大空を支配し、ゲンジ達の頭上で止まる。
まだ街に波及する破滅的な金色の津波は治ることがなく、その中心は何者も燃やし尽くす業火の赫。
不敵な笑みを浮かべると、ラインハルトに急迫し、剣を当てればエイレーネの美しい街並みの地盤に小さな人間の礫が叩き落とされ、広大な山脈まで貫通する。
それをクリス達が何度も阻む。その度に1人、また1人と消えていく。
「おいおい、頼むよゲンジくん!」
「喋る前に手を動かせ。このままでは世界が修復不可能になる。」
ラインハルトの記憶から飛び出した龍がクリスに襲い掛かる大きく口を開けた龍の頭部を斬り落とすペーネロペーが沈みゆく頭部なしの胴体に乗り、頭上を見上げる。
自らの体を抱き、己を守る殻を強く固め、あらゆる外敵を拒む無数の棘を放つ。
刹那、背後を貫く胎動。どの闇の魔法使いとも違う衝撃。
その瞬間、この波動に触れた肌に焼けたような感触を覚える。
「ゲンジ....。」
「「来いゲンジ!この世界は我々の物。思うがままに頂上を目指そうではないか!!!!極光/反転 終局天絶 / キングダムガード」」
ゲンジの波がラインハルトの輝き。その中心にある黒色の波を押し返す。
「誰も追いつけない我々の絶界。
そして、これこそが私の望んだ最終決戦!!」
そして、その眼を覆い隠すベールが解けた。
「クリスはその体で青年の身体を押す。会話もなく、ただ視線だけが一瞬のうちに送られた。
咄嗟に、横たわるミーシャの体を隠すように覆うシャルロットごとルカに抱かれ、次に飛び込んできたのは街を見下ろす高い城壁の上。
ラインハルトの翔る神速の一撃。強者どもを。闇の魔法使い達を。クリスを。ペーネロペーを。己の憂いを一筋の線の上に捨て斬る。
戦っている。
戦っている。
この世界を見てきた。この国を見てきた。この戦いも。個人の激情も。
この世界で、見えない世界で、心の中で、自分の中で
今日も人知れず。誰かは己の為に戦って。誰かのために死んでいった。
その線の終着点。
源二の身体には届かなかった....
感じる。
感じる。
無間の世界が晴れてゆく。
身体を駆け抜ける耐え難い痛みには慣れた。薄い毒を入れられ続けているように麻痺した心はもう少しの悲しみも。過去の宝物を失った現実も受け入れられる。
自分の中で、俺をずっとこの世界に留めていてくれたかけがえのない存在。
その糸を手繰り寄せて。また少し。少しずつ。前に進むたびに楽になる。
その剣は、源二達は、目の前の龍。その硬い装甲を纏った人型と向き合う。
「後少しで全ての制御を奪取できるというのに、次から次へと人間は。」
「それが、ラインハルトの思惑のそのままだって言ってんのよ。」
「関係ない。我々は、いいや。俺はやつを殺すことができる。
お前達の中にいるお前。源二。もうわかっているのだろう。ラインハルトを殺す方法。」
「俺の魔法の在処。」
「そうだ。お前が我々を受け入れさえすれば、全ては完成する。
お前に足りない最後の魔法陣。メタ世界を実現する最後のピースになってやる。」
「だから断るって、何回も言ってんだろうが。
大切な人を守りたい。
この世界でも生きていていいんだって認めてくれる人に出会って、何もできなかった。かけがえのない友達、親友に手をかけた。
今更誰のせいかなんて探すつもりはない。
俺たちの世界だって、この世界だって、真の平等はない。
ラインハルトだって傷ついている。
誰かを求めて、そして奪われて。」
「この後に及んで敵に同情だと?笑えぬ冗談よゲンジ。
あれ程に奴を憎んでいたではないか。」
「今ならわかる。許すつもりなんてない。ただ、あんなことをするラインハルトでさえ、その裏にはこんな理由があったと知るだけで見え方は変わってくる。
善か悪かなんていう単純なことじゃなくて、俺たちは知らなくちゃいけない。向き合わなくちゃいけない。
人間の弱さを。人間の愚かさを。
全てを変えられやしない。きっと、数世紀後にはこの戦争だって人々の記憶に埋もれて消える日がきっとくる。それでも戦う日常が起こったりもする。
でも、せめて魔法で傷つく人間だけは生まれてほしくない。
これは超常的な力じゃない。呪いだよ。」
「我は、我々は魔法を中心に発展し、産まれてきた。今更捨てられるわけが。」
「捨てられるよ。
だから、その道を開けてくれガーディアン。
君達はもう俺の中で生きるには惨過ぎる。
永遠の記憶に沈んでくれ。」
「己、ゲンジ!!!」
「いくよ、「終極天V・深淵/双逆」




