3節最終章 絶界ノ終極天編 Ⅱ-Ⅻ
ヨルもラインハルトもゲンジも完全無欠というわけではない。
ラインハルトとゲンジに共通する圧倒的な弱点と言えば、それは総力の低さである。
どんな強大な魔法を行使しようとも、どんなに策を巡ろうとも選び取れる選択肢は1人につき1つしか無い。
だが2人いれば、2つの選択肢と比例して増えていく。
魔法があるからこそ見落としやすい戦いの礎
その圧倒的な情報の応酬にラインハルトの意識が擦り切れる。
純粋な1対1はゲンジすら上回る。
だが、1対複数なら話は全く違う。
その1人が、ラインハルトの手によって鎮められた強者どもなら尚更のこと。
そこにできた認識の影、ラインハルトの視界に飛び込んでくる一閃の輝き。
その中央に迸るエメラルドグリーンの激情
最後の瞬間まで、諦めたくない。
ゲンジにだって、手出しさせたくない。
シャルロットの鋒がラインハルトを捉えて離さない。
私に皆を導く術が。力があるならば
「今この瞬間に!全部!!!!」
エマは語っていた。以前の自分が今の自分に何を託したのか。
今この瞬間。根源に最も近く、人類が再び何かを動き出させようとしている瞬間に現れる、運命の収束。
迸るエメラルドグリーンの風がより強く、切り裂く大気の跡を色濃く彩る。
鋒の頂点が大気を唸らせ、ラインハルトに目にも留まらぬ速さで急迫する。
「来るがいい、シャルロット。」
ラインハルトは目の前の敵の攻撃を大きく弾き、自らの懐に余裕を作ると、シャルロットの攻撃と交差する。
極光の黄金の中に吹く風の色。
喰らう。
容赦も迷いもない。
自然と涙が溢れ、その泡沫が翠の業火に消える。
誰にも殺させたくない。
貴方が一番愛している私だから。
私だけは知っている。誰にも言葉に説明できない私への厳しさの意味。私への信頼の表し方。私への優しい笑顔。
私への、愛。
ーー終極天零・ーーー
「「元朝」」
シャルロットの剣が真っ直ぐにラインハルトへ。
その軌道を見逃すはずもないラインハルトの不敵な笑みとそれを覆い隠す剣の軌道。
しかし、次の瞬間当たるはずだった剣の衝突は消え、肌を撫でる残穢の翠が飛沫をあげる鮮血と交差する。
「虚構だよ、クソ親父!!」
大きな背中に剣を突き刺し、身体に迸る魔力をさらに加速させ、暴走させる。
「私と共に沈んで、お父様!!「終極天零・潰滅」」
父は、その異次元の攻撃力を魔法によってさらに加速させ神速とも言わしめるものへと昇華させた。
その剣たった一つで今の国家を築いてきた。
だからこそそれだけ強く、それだけ非情になれる。
今ならわかる。子供だったのは、私の方だ。誰もが分かり合える世界なんてない。でも、傷つきながらも前へ進める世界なら存在できる。
貴方の剣に力を授けたのは貴方だけではない。邪だったかも知れない。人任せで愚かだったかも知れない。でも、みんなの期待が、みんなの願いが、その魔法を作り出したのなら、私はその願いを汲み取る子として前へ。
思いの丈だけ強くなる強い想念が、私の魔法を強くする。
概念的、根源的魔法。終極天という終末へと導くこの魔法こそ、私の力。
磨き上げた一撃ではないかもしれないが、私という存在が強く終極そのものに近づいていく。
剣に聖刻が刻まれ、突き刺した剣を一気に振り上げる。
手に伝わる肉を絶つ感触
骨が砕ける感覚。
極光の弾ける魔力の風。
聖刻が刻まれた痕跡。
そして勢い余って放たれる剣の軌道上に叩き込まれた地盤の破滅。
音が消え、時が止まる。
時が止まる。
自分の呼吸と耳鳴りだけが響き、その潮が引いていく。
「多少の力はあれど、絶界まではまだ遠い。
これは、この世界に許しを求めた我自身への罰。」
刹那、ゲンジの背後に大きく口を開けた暗闇が浮かび上がる。
その光景を見るだけで、エレーナがゲンジとの心の中に道を結んだのだとわかると、ペトラは立ち上がりその暗闇の中へと向かう。
だが一瞬、シャルロットの方を振り返るとまるで時が止まったかのようにスローに見える。
恐ろしい光景が広がる。
シャルロットがラインハルトの攻撃を回避し、さらにそれを回避したことで、自分とシャルロットを結ぶ一直線上の線が浮かび上がる。
刹那、ラインハルトの剣が唸り、一直線にシャルロットを襲う。
その直前になるまで気がつくことさえなかった。
移動中は見えない、剣を構えるほんのわずかな瞬間になって初めて浮かびあがる神速の剣技。
シャルロットは硬直し、避ける隙も、魔法の準備もない。次の瞬間、鮮血が舞う。
シャルロットの目前に広がる大輪の紅
「私の皇帝の方が、強い!」
弾け飛ぶ左腕など気に留めず、身体中に巻かれた血の滲んだ包帯がさらに色濃く映るミーシャだが、その眼からラインハルトが揺らぐことはない。
ラインハルトは自ら接近し、たとえ当代最強の戦士だったとしても生まれてしまう0以下の隙を狙われる。
ミーシャの咆哮は男との距離をさらに近く、剣の柄を逆手に心臓に剣を突き刺すと体幹がブレる。
さらに、シャルロットも瞬時にミーシャの影から出る。
その視線も強く、仲間の傷よりもただ前を見つめている。
戦姫が吼え、喉元を横に貫く細い剣身。
さらに背後の退路をクリスやフォールンが塞ぎ、さらにラインハルトの身体を貫く。
身体に伝わる痛みを通り越した熱。
人間の、人間らしい狂気に満ちた反攻。
だがその目に映る絶望はそれだけにとどまらない。
ペトラと己を結ぶ一直線上、黒い甲冑に身を包んだ黒髪黒眼の美しい凛とした騎士が、剣も構えず立ち塞がる。
「ペーネロペー...」
一瞬にして距離を詰められ、胸元に手を充てられる。
掌底には練り上げられた魔法が込められており、荒々しさのない密度の高い大量の魔力が孕んでいる。
「処断する。」
ラインハルトの胸の中心に叩き込まれる掌底
圧縮された闇の魔法が弾けると3個の魔法陣を通過して後ろに聳えるいくつもの建物を巻き込んで消えていく。
瓦礫と化す破壊音の後、その大穴を見ながらペーネロペーが口を開く。
「行け、戦姫。私たちではあの子を救ってやれなかった。
君しか、君たちしかいない。
彼を、救ってやってくれ。」
ペトラは頷き、暗闇の中へと消えていくと扉が消え、それを見送る人々は不死身かの如く街に波及する極光の波を響かせるラインハルトを見上げる。
刹那、クリス達の背後に無視できるはずのない凄まじい魔法の胎動
「ミーシャ...まだ、動けそう?」
「ごめんなさい...もう殆ど、何も見えません...」
シャルロットは瞬時にミーシャを抱え、微動だにしないゲンジの横へと預ける。
それをフォールンが軌道を塞ぎ間にはクリスとペーネロペーが剣でゲンジまでの軌道を塞いだ瞬間に飛び上がり、莫大な魔力の波が肌を撫でる。
「我がゲンジに試練を与えたように、これこそが我への試練か。面白い。
多勢に無勢。単なる争いならば蹂躙されるだろう。
闇の魔法使い共。もうこの世界に貴様らの居場所はない。」
ラインハルトの魔法陣は後光の如く広がり、都市を包むほど肥大化していく。
その存在を見上げながらクリスやフォールン、ペーネロペーが自らの身体から溢れる崩壊を留め、魔法によって復元させながら立ち上がる。
「いやんなっちゃうね、死んでもこき使われるなんて。」
「構えろフォールン。集え、強者共よ。源二が戻るまで、奴に指一本触れさせるな。」
クリスがその鋒を高々と上げ、それに集うように様々な武器の鈍色がラインハルトの輝きを弾く。
戦いの始まりは、息を呑む余裕がないほど一瞬。
ラインハルトの放った魔法の礫がクリスの前に弾かれ、一瞬のうちに囲い込むように闇の魔法使いが襲いかかる。影は影を帯び、その認識のズレに潜み、それを覆い隠せば新たな影が生まれる。
しかし、それすらも一瞬。
「「絶剣・偃月」」
鮮血がその残酷さを押し上げ、美しさすら感じるほどの赫い半月が描き出される。
わかっている。今のラインハルトが自分達にですら扱えないほど強力な存在ということは。
闇の魔法使いだのは関係ない。あの輝く剣に斬られれば蒸発するが如く消滅する。
そして。
ペーネロペーが見上げたその先。よく知る小さな皇帝の姿は魔法を帯びてその影に透明の僅かに光を屈折させる闇を見た。
「ヨル...」
次の瞬間、ペーネロペーがラインハルトに向かって飛び上がる。
その黒く長い髪が描く風の残穢。
その軌道がラインハルトの光すら遮断する勢いで斬りかかっていく。
「あーあ。行っちゃった。こりゃ、骨が折れる。」
「こんなことで怖気付く我々ではない。狂気を解き放て、闇の魔法使い共よ。
フォールン、影を操れ。ヨルはやつの作り出したもう一つの心臓。影からは出てこれまい。」
「いいよ、ぐちゃぐちゃにするのはオーヴィスの得意だからね。」
目にも留まらぬ速さの攻防。拮抗しているかのように見えるがたった一太刀に見えて離れている歴然の現実。
しかしそれすら見越して回避する。ペーネロペーの剣はやはりその師たる所以を未だ残す。
「斬り込む時に脇が甘い癖は治っていないようだな!」
一瞬の隙。魔法でもなければ特別な技でもない。作り出した足場を作ったただの空中戦の単なる剣戦で生み出される空間を刈り取る。
しかし弾けるのは鉄の触れ合う火花。
ラインハルトの弱点を覆うヨルの暗闇。
それに小さく舌打ちすると、その剣を大きく剥がす。
「ガキが調子に乗ってんじゃねぇよ。見つけた小さな弱点は」
「「穿ち、好機とならん。だよ。」
半透明のベールから鮮血が舞い、体を貫く大きく手甲を纏ったような手。
しかし危険を察知し、一気にその場から去る2人。
地面へと降り立ち見上げるその先には余裕の笑みと滴っていたはずの鮮血が塞がったであろう虚無。
そして、ヨルの姿はもうなかった。
「これは餞別だ。受け取れ。私の悪夢。「終極天・絶/ キングダム・ガード」」
フォールンは瞬時にペーネロペーとクリス。それを結びつけ最奥のゲンジに辿り着く描き出された一本線を塞ぐ。
しかし生まれる認識の共通点。焦点の集まった輝きは新たな闇を尽くす。
ラインハルトの音を置き去りにした神速の一撃はゲンジの横。シャルロットの目前に現れて初めてその意図を知る。
餞別は自分のため。この世界に未練なく、そして人として縛り付ける最後の枷。
ゲンジの目醒めよりも先に、己を取る選択。
「「終極式・無間」」
弾く音も、魔力の弾丸も飛ぶことがない。
シャルロットの前で突然止まる鋒の運動。
そこに交差する白銀の鎧。
「この程度の魔法に...」
「この程度じゃないさ。ゲンジくんの。君たちの苦しみがわかるからこそ、まだ勇者を名乗っているんだ!」
「果てに至ることすらできない者に興味などない。」
その作り出した一瞬。
初弾を落としたクリスがその隙を刈り取る。
揺れる白髪の短さが揺れ、大気が静かに唸る。
ゲンジの持っていた大剣が本当の宿主の魔力の流れに抗うことなく従う。
そして二つの剣がぶつかる。
ゲンジのように何かを叫ぶわけでも技を説いてやるでもない。ただ打ち崩し、畳み掛ける。
圧倒的力量差など、圧倒的魔力差などわかっている。だがその真実にこそ強き影は産まれる。
勝てる選択肢が多ければ多いほど、それが一つ一つ潰され、手に取るように分かればわかるほど少しずつ窮地に詰まるとわかる。
その焦り、その迷いがさらに窮地へと追いやる。
ラインハルトの剣がクリスの肩口を切り抜く。
鮮血が大気に弾けるも、体幹も視線もズレない。
ラインハルトは上空へと舞い上がるようにその連撃を交わしているのに、どこまでもしつこくついてくる。
一瞬。大きく剣を振り抜いた刹那。利き手が弾け飛ぶ。だがその空いた片腕は光を捉え、容赦なく神を地面に叩き落とす。
「「私に、剣など要らぬ。この不死の肉体こそが。私を戦場の英雄へと導いたのだ。」」
地面に響き渡る拳の打撃は当然人間の域を遥かに超え、砂埃の中へと神を捨て置く。




