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悪夢の夜に  作者: 赤さん
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3節最終章 絶界ノ終極天編 Ⅱ-Ⅹ

「憶ノ戦姫...その姿...」


「以前の姿じゃ。儂は妙な魔法が得意での。代償として記憶と年齢を払った。エルフにして数百数千の対価を払える力技じゃ。」


「じゃあどうしてそれが解除されたんですか?」


「過去の妾は、知っていたのだ。ラインハルトとヨルを討ち払う魔法がやがて生まれることを。


その形が何にせよ、やがてあの2人以外の誰かが絶界に辿り着く。


そしてまた絶界に巡り会えた時、この制約が解かれるよう細工した。


正真正銘、それが最後のチャンスだと信じて。」


「じゃあ...」


「ゲンジには、絶界の景色が見えている。説明せずともわかるであろう。

少なくとも、あの戦いにおいてゲンジの敗因足り得たのはヤツの人間性じゃ。


敢えて聞くがの。ペトラ、ゲンジのために全てを捧げられるか?

ここに来て、エイレーネの示す宗教観を押し付けたくはないが...

自己犠牲、お主の死を以て愛する者を救えるか。」


「どうしてペトラだけなの?私だって、」


「箱庭の巫女はゲンジの中へと誘う鍵。あの地獄の中で戻れるかもわからぬ希望の糸を手繰り寄せるのは、巫女ではなくその中に入る者。


ゲンジの心に入れる人間は、多くはない。この妾ですらあれの莫大な魔力に呑み殺される。

じゃが、ゲンジの魔法の何たるかを知るペトラ、お主ならたどり着けるかもしれぬ。

こればかりはどんな理論もどんな強さも通用しない。ゲンジの心が受け入れるか受け入れないか、そんな不安定な環境じゃ。


じゃが、勝算はある。奴が、最後の瞬間までツバキを守り、芽亜利を闇の奥底に隠して生還した。芽亜利自身は本人の意思に関係なくあの場で生きながらえた。」


「じゃあ...私なら。」


「ペトラ...お姉さんからも言うけど、ゲンジ君の中に入ったら出れないと思った方がいいわ。

少しだけ、見たことがあるんだけど...

入ったら最後、出口も入り口もない暗闇の中よ。」


「おまけに...」


そう言って、シャルロットが立ち上がり空を見上げると、そこには天体のように大きく空を塞ぐ根源の日食のような円の淵だけが光るフォルム。

それが昼より僅かに大きく見えた。



「近づいてる...多分だけど、ゲンジが戦わないことを選択した時、あれがこの世界に衝突する。

どちらにしたって全員...」


「どうやったら、ラインハルトを倒せるの。」


「それは、妾にはわからぬ。根源に最も近いなど名ばかり。ゲンジとラインハルトは完全に妾の手を離れておる。


じゃが、観測することはできる。思考は人間の特権じゃからの。」



「何をするつもりですか。」


「ラインハルトが、ゲンジの良心を利用して逃れられぬカルマとするなら、奴が逃れられぬゲンジという運命を利用するまでよ。」


エマは髪をかきあげ、その相貌をエメラルドグリーンに染め上げるとシャルロットはそれがなんなのか理解した。


「エマ様...まさか...」


「自覚しておったか。

純然たる運命の導き手、妾とお前はよく似ておる。

魔族を滅ぼしたのは、妾の一族と言っても、過言ではない。

人間を滅ぼさんとするお前とよく似ておろう。」



「この力って...また、根源のもたらした何かしらの役なのであろう。

中身などどうでも良い、少しでもゲンジとラインハルトに届きうるのであれば、なんだって使う。」



テントの中では、ウメと生き残った佐伯やベルディア、サラトガが懸命に負傷者を手当していて、その一角に眠るゲンジに抱きつくペトラの姿を呆然とみるエマは深く息を吸う



「どちらにせよ、ここに来るまで、ワシらは奴の思い通りだったということか...」


「あの戦争が、父の何を変えたんですか?どんな戦争だったんですか?」



「どんなと言われたら、ただの戦争じゃよ。生命を殺し、己が生きる。

それが種の損亡にまで波及し、人間は救いを求め、己の心に問いかける。


誰もが思ったんじゃ。こんな酷いこと、しとうないと。こんなこと、辞めたいと。

でも現実はそんなことさせてはくれぬ。今のワシらが戦いから逃げたところで全て失う未来を享受してしまうように。


だから救いを、大義を求める。


そしてまた傷つく。


終わりがないんじゃ。どこまでも。」


昔は言えなかった。だが今だからわかる。全てを思い出したからわかる。


ゲンジの気持ちが。


「人間として敵わないよ。勇者なんて言われてたけど、僕なんかとは根っから違う。

でも同時に、人間性が人間を作るんじゃなくて、立場が人間を作ることもあるんだね。」


ルカの遠い目をした一言


「ゲンジはの、優し過ぎるのじゃ。たとえ愛する人とて、真の意味で全てを与えられれ人間なぞおらぬ。

じゃが、この世界で過去のすべてを奪われ、何もなかったゲンジにとっては有り余る.....有り余る幸せじゃっただろ。



なぜじゃ....なぜ、お主は敵にまで情けをかける。相手はラインハルトじゃぞ。」


エマの声が滲み、ペトラはいつのまにかテントからゲンジを連れ出していた。


2人は川のほとりで寝転がっていた。


もっとも、ゲンジは動かず、ペトラが己の体に魔法をかけて運び出してきた。

魔法の干渉を容易に通しつつも、男性としての体の質量は保ち、その体が朽ちることはなく規則正しい呼吸音を返している。


それだけが、今ゲンジが生きている証だった。



おそらく世界中が波及する莫大な魔力の波に飲まれて荒れ狂う中、この空間だけはどこよりも安らかで、そして清らかな悲しみに包まれていた。


「ゲンジ....死んじゃったら、アタシに触れられてるかも。わからないんだよ。


話も、できないんだよ。


もし、アンタがまだ喋れたら。身体が動いたら。


何がなんでも、アタシがアンタの身体に入るなんてやめさせるよね。」


しばらくの静寂が流れる。




「芽亜利ね、最後に言ってたよ。ゲンジに沢山のものを貰ったって。

おかしいよね。アンタは自分のこと、何も持っていない。奪われ尽くしたからもうこれ以上奪われるものなんてないんだって。


これでわかったよね。アタシ達には、アンタが必要なの。

なんで、このアタシがこんなこと言ってるのかもわからないわ。でも、しょうがないわよね。欲しいんだもん。」



静寂



「聞こえないなら、止められないなら。


アタシの勝手だよね。ゲンジ。


アンタは、もっと沢山の幸せを感じるべきよ。もっと笑うべきよ。


だから...」


「ペトラ。」


ペトラは声の主に驚き、ゲンジをそのままに立ち上がる。


しかし、その主エレーナは咎めることなく辺りに静かに座った。



「本気?」


「ええ。」


「そう...


どういうことかは」


「わかってる。2度と戻って来れないかもしれないってことくらい。


今ならよくわかる...芽亜利の言いたかったこと。


可笑しいわよね。アタシが男のために命を賭けるなんて。

可笑しいわよね...


でも、ゲンジだからそうできるし、ゲンジはこれまでにもっと私たちに全てを預けてくれた。

あんなに弱かった男の子が、どんな恐怖にも立ち向かって来れたのは、アタシ達がいたから。


こんなに...こんなに、戦うのって怖いのね。」



「エマさんが言ってたわ。ゲンジくんは、自分自身と戦っているから起きないんじゃないかって。

あの戦ってた時、ガーディアンを使役していたのは本当の源二君じゃなくて闇の魔法そのものに呑まれてたからじゃないかって。」


「じゃあ、今ゲンジは...」


「あんなに沢山の人を呑み込んだのよ。自分を守るので精一杯のはず。

だから、助けてあげるなら、今度はペトラがゲンジくんの大切なものを奪うのかもしれない。」


「へぇ。だから?」


「ペトラ...どういうことか」


「ゲンジはそんなくだらない男じゃない。アイツだからじゃなくて、アタシの男だったら、それくらい上等よ。


エレーナ、だったらゲンジは今この瞬間も戦ってる。

自分自身に、私たちの繋ぎ止めた源二にすら救われない運命なんて辿らせない。

アタシは芽亜利にこの命を託された。ゲンジには何度も助けられた。


アタシの為でもあるのよ、エレーナ。与えられたからだけじゃない。そうしたいから。


もし、私に世界を変えるだけの力があって、ゲンジに無くったってきっとそうしてる。


だから、いい加減正直になりなさいよ。エレーナ。」


「やっぱり、隠せないのね。」


「何年一緒にいると思ってんの。」


「怖くてたまらないわ。私は。」


「アタシだって怖いわ。でも、ゲンジの中にだってアイツを助けようと思ってる奴はいる。

狂戦士に会った時、そう確信したの。


エレーナ。私を。ゲンジを、信じて。」







淡い光のベールに包まれた空間の中、頬杖をついたラインハルトがただ1人俯く。思い出していた光景は最後のゲンジの一撃。


あの一瞬で、すべてが覆りかけた。

あの力はとてもではないが2度目はないと願いたいほど...


だが、理論としては確固たる土壌の上に成り立っている。そしてそのポテンシャルもある。信じたくない。自分が築き上げた数100年の月日が経った数年ですべての歯車が動き、はまっていくピース。そこから生まれた闇はとてつもない速度で膨れ上がり、一瞬だけ自分を凌駕した。


「愛か...」


「恨みか...ラインハルト、奴の闇を育て、我々は彼の地へ至らん。


夢の如く...」


「あるいは...」


ラインハルトは自分の右手を見下ろす。


そのまっさらな肌色の下にある拭いきれない真っ赤な鮮血。

壁にもたれ、陽の光を浴びて赤黒く輝いている。


例え、どんな魔法を使おうとも、この光景だけは忘れない。


どんな渇きを、どんな滾りを満たしても、この光景が変わることはない。


「サフィール・ペーネロぺー。また、我に罰を与えるというのか。」



明け方、エレーナはゲンジの目をレースのベールで覆い隠していたところを、ルカに呼び止められた。

「それは?」


「ペトラと私がゲンジ君の中に入ったら、必ずゲンジ君は目を覚ます。

でもそれは、本物のゲンジ君じゃない。闇に支配されたみんなの恐るゲンジそのものよ。


このベールは風の剣聖が使っていたもの。

邪なる魔法を鎮め、その眼に宿る破壊を治める。

ゲンジ君が、芽亜利ちゃんと一緒に持って帰ってきたものよ。」


「そんなものをつけて、ラインハルトと戦うのか。」


「ええ、私たちが勝つわ。

勝つのは、闇の魔法じゃない。ゲンジ君自身が、ラインハルトを討つの。」




「ゲンジ君を、どうするつもりなんだい。」



「私にとっては、人類のこととか、運命がどうとかなんてどうでもいい。

ただ。ただ私は愛する人とどこまでも行きたい。ペトラだって、芽亜利ちゃんだって同じ。


私たちはただ、当たり前のように朝を迎えて、ご飯を食べて、働いて、そして静かな夜に寝たかった。幸せな夢を味わいたかった。」






きっと、誰もがそう思っていた。





きっと、誰もがほんの少し。今よりほんの少し、幸せになりたかった。


笑って、幸せで、夢のような日々を過ごしていたかった。



街ですれ違うあの人、気になるあの子、嫌いなアイツ。ただ話すだけの友達。


日が暮れれば家に帰って。幼い頃は夜の暗闇が、外の風と揺れる木に怯えて、皆同じように誰かの温もりを求めていた。




いつからだろう、その純粋な求愛が渇望へと変わり、人よりも自分が、清流に業火を灯したのは。



エマの目に映る、荒廃した街の影


シャルロットの育った場所は、すべてのモノを焼き尽くされ、残されたのは濁った川と流されていく端材

一夜を経て燃え尽きた木材は灰となり、歩みによって砕け、風の中に吸い込まれていく。


もう誰も喋らない。負傷者を庇い、ゲンジを背負いながら、ただひたすら王都へと向かっていく。








いつからだろう。人間を憎み始めたのは。



いつからだろう。愛に飢えていると、正直に言えなくなったのは。





血に塗れた手。



その手が伝えてくる、骨を削り、肉を切り裂く残穢。



「ペー...ネロペー...」



「ラインハルト、お前が、私を殺してくれ。」



「嫌だ。」


「ラインハルト。私は今の世界には必要ない。

見ての通り、私は多くを殺しすぎた。もはや人ではない。」


ラインハルトの後ろに構えられる四つの剣。

そのオーラはすべて違う、火、水、風、地の剣聖の持つ鍛え抜かれ、磨き抜かれた剣。


そんな高尚なものも、触れさせたくない。



だから、私が殺した。



その美しさを、その強さを、その気高さを誰にも奪われて欲しくなかった。




弱かった。




「今なら、そんか自分すら認められる...」


遥か下界を見下ろす。


目下に広がるのは傷一つない街並みと、誰もいない空虚


生命が奪われ、時が止まったような世界。



「愚かな。」


ラインハルトが視界にとらえたのは、遥か下界でこちらを見上げるエマ達。


喉元に手を当て、その目が青く迸る。


「憶の戦姫が何の用か。貴様のでしゃばる場所ではない。

見せてもらおう、ゲンジ。貴様の力を。貴様の切り開くその未来とやらを。」


「皆、覚悟は良いか。


決戦は今ここに。

あらゆる運命に導かれ、我々は積年の憂いを果たす。


奮い立て、立ち上がれ。戦士達よ。」



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