第1節 7章 逃亡編Ⅰ
さて、今回から逃亡編をお届けします。
いつも感想や評価をしてくださり本当にありがたい。きゅんです。
大粒の雨が降り注ぐ中、ぬかるんだ泥を踏みしめる音が一つ雨が地面を叩く音に存在感を露にしていた。
フードを深く被り若干さえぎられる視界の中、少年ははただ一人で歩いていた。
勇者に敗北し、討ち取られたとの知らせが入ってからもうすぐで1年が立とうとしていた。
しかし、そのフォルムは痛々しくローブ越しにも左腕の辺りがないように布に空間が生まれていた。
少年はいま、ウェインフリート帝国と神聖エイレーネ帝国の共同自治区、いわゆる古戦場を放浪していた。
この大陸は上部の右上を神聖エイレーネ帝国、左上の小さな範囲を複数の国が治める連合小王国群、左下をウェインフリート帝国、そして右下の部分を不可侵領域、古戦場と呼んでいた。
何ともストレートな名前だが、国として認めることのできない不可侵な領地だからこそこんな名前になってしまったのだった。
古戦場にはウェインフリート以上に亜人族で賑わっており、エルフだけではない、ドワーフ、獣人族、細かく分けると人間でいう黒人、白人、黄色人種とあるように、エルフたちの中にも肌の白いエルフ、黒い肌が特徴的なダークエルフ。
獣人族の中にもそのような区分訳が存在した。
一見絵にかいたようなファンタジーな土地で放浪するという今にも踊りだしそうな展開であるが、一人歩く少年はそんなことは頭の片隅にも存在していなかった。
もちろん、エマやウェインフリートにいた亜人種を見て慣れていたこともある。
しかし、それ以上に少年は勇者ルカに敗北した。その事実が今でも付きまとっているのである。
源二の心に抱かれている思いはただ一つ。次に戦うことになるときまでに、強くなること。それだけだった。
細かく分ければもちろんそれだけではない。
源二はあれ以来、エイレーネの中でも自分の存在を知っている人物にも、ペトラ達やクリス達にも接触していない。会いたくないのである。
だが源二の心のどこかではこのままのうのうと余生を過ごすつもりはない。
再び自分が。周りが狙われたその時までに、自分が守れるだけの人間にならなければならない。
それに、召喚魔法を使うことができた勇者。それと死んだはずの召喚者の関係と、勇者の探っていた魔法を使う奴隷の存在の調査はどこかつながっている気がする。
出なければそう易々と召喚の魔法が使える人物が出てくるはずはない。
それを捜索できるのも、死んだことになっている今だからこそ自分ができることなはずなんだという使命感も存在していたのだった。
自分がこうして放浪の旅をする前、自分を救ってくれた老人たちの家を出ていくときはさすがに少し心が痛んだ。
自分を優しく出迎え、手厚く看病してくれたにもかかわらず出ていくときは何ともあっけないもので、夕食を食べた後。すぐに身支度を整え、出て行ってしまったのである。
もちろん金銭などの礼をできるものなど持っていなかった。
にもかかわらず勝手に出ていく源二の姿を老体を動かしわざわざ外まで見送ってくれたのだった。
その後、エイレーネ領を出て共有自治区へと到達してもなお、馬も借りず馬車に相乗りするわけでもなくただひたすら歩いていた。
この数日で大きく変化を遂げた部分、それは必ずしも心の変化だけではない。
源二は毎日、魔物をひっきりなしに殺していたのだった。
魔物は本来であれば源二の前に姿を見せることがなかった。しかし、魔法というのは使い方次第で初級の闇属性魔法を使い、自分の存在を闇の中へ溶け込ませると襲われることはなくとも遭遇する可能性は高くなる。
ふいに遭遇してしまったり、魔物側が潜在的に近くする脅威の内側に入ることにさえできれば姿を見つけ次第、向こうから飛び込んでくるのである。
それに加え、本来動物であったものが大量の魔素に当てられ突然変異のような進化を遂げてしまった魔物は筋肉の発達が著しかったり、肉食の生き物が多いせいか食用ではなく武器や防具の素材として使われることが多かった。
しかし、そのどちらも必要がない源二にとってはただの金稼ぎ用の動物か食料かのどちらかしかなかった。
もちろん、大量の魔素に当てられ異常に発達した魔物の肉はそのほとんどが食用として流通するはずがないほどに不味く、肉も硬いものが多い。しかし、そんなぜいたくを言っている余裕も二つの意味でなかった。
少年の心にしばらく帰るつもりなどない。
正直に言えば帰りたい気持ちは大いにあるものの、羞恥と屈辱。信念が彼を帰路へと向かわせなかったのだ。
今自分が帰ったとしてもまた自分に。環境に甘えてしまう。
ペトラ達に囲まれていつも通りの生活を送り始めてしまう。
自分が何故こんな格好になってしまったのかを話さなければならない。
もしかしたら、芽亜利が話してしまっているかも知れない。クリスさんたちは自分が生きていることを知っているかもしれない。
クリス達の動きを知らない源二にとってはこのような想像を巡らせるのは当然のことだった。
それに、自分が今帰ったところで何ができるだろうか。せめて、せめて強くならなければ...
そういった気持ちだけではない、自分が背負ったアドバンテージを補って余りあるその力を。自分では扱い切れないこの闇の魔法を使いこなせるようになるまで...
だがこれといって特別に訓練があるわけでもない。
それでも源二は自分の姿を隠し、自分を襲いに来る魔物と戦い続けていた。
その刹那、泥を跳ね除け少年に向かって飛び込んでくる音が背後に迫る
すると、重力に逆らうことなく下に向かい降り注ぐ雨粒が何かに力を与えられたように動き出し、集結すると勢いよく地面に倒れこむ三匹の泥音が源二の耳に届いた。
獣は体の頭蓋と体の中央を射抜かれ、作り出された穴からは血液が再び重力に従い、流れ出していた
振り返ることもなく、歩みを進めていくとやがて僅かなランプの光が僅かに視界に届く
この大雨の中では、新たに倒した三匹の獣を解体することもできないと判断すると同時に、近くに森もない場所では野宿をするのも難しいと判断すると、源二は魔物の端材を売って得ていたなけなしの金銭を捻出して宿を取ろうと決めると重いため息とともに足先を閑静な街の中へと向けていく。
小さな町中へ入ると、その視界に宿屋の看板が目に留まると静かな木造建築の宿屋に似つかわしくないガタイのいい男が受付らしきカウンターの向こうで源二のことを見つめていた。
その男は獣人のようで身体の筋肉は人肌と獣毛が伺えた。
「一人か?」
「ああ」
「すまねえが、この雨でな。近くまで来た商人が来ちまってて部屋がねえんだ。」
「そうか。」
源二は振り返りドアノブに手をかける
「おい、お前さん冒険者なんだろ。こんなとこまで一人で来れるくらいだ。相当腕が立つんだろ、少し頼まれてくれねえか。」
「断る」
「実はあと一部屋ある。銀貨四枚だ。」
「おい、いくら何でも」
「一人用じゃねえんだ。一番いい部屋だからな。今なら食事もつけてやるぜ。どうせまともな食事もとれてねえんだろ。匂うぜ、魔物の香りが。」
内心を打ち明けるならばその仕事を受けると言いたいところだ。
しかし、今の源二の置かれている状況を考えればなるべく一人で行動をしなければならないのは明白、今源二が生きていることがバレてしまったら勇者が自分を生かしてくれたのが台無しになってしまう。
そして、考えられるもう一つのケース。自分が指名手配され、追手がいる可能性があるということ。
今ここで他人と接触を図るのはまずい。
かといってこの大雨の中、慣れない地で野宿をするのは気が進まない。
「内容は?」
「そいつぁなしだ。でも、宿も取れて飯も食えて依頼主から報酬ももらえる。冒険者だから金もロクにないんだろ?」
源二はフードの下で顔を顰めると、奥の方から木の板を踏みしめる音が聞こえてくる
「どうかしたんですかい?」
「ああ、このお兄さんにアンタが頼んでた仕事紹介してたんだよ。」
「あー!そうですか!そうですか!いやぁ、困りましたよ。護衛を頼んだ人がダメになっちまいまして、全く体が強いのが冒険者でしょうに。
でも、お兄さんなら頼めそうですわい!この先の街まで荷物を届けるだけなんでお願いできませんかい?」
大阪弁を思わせる訛りの聞いた若い男の声が発せられると、宿の主人も声の主の方へ向くが、もはやエセ大阪弁そのもののような頼み方をされるが源二は頑なにそれを拒む
「まあ、そう固いこと言わず。お値段もお勉強させてもらいますんで!」
この人は口調だけでなく根っこの部分までそういった商業を生業とする人間だとあきらめに至ると、承諾することにした。
部屋へ案内されると、二人部屋のもう片方のベッドに男が腰を下ろす
源二は魔法で水をはじくようにしていたベールを解きながら僅かながらに水気を帯びたローブを脱ぐと、その間に男がしゃべり始めた
「まず、自己紹介を。わいはウェルマー商会のウェルマーです、おおきに。」
「商会?」
「小さな商会の小さい商人ですわ。じゃなきゃこんな危ないところまでは来ませんわ。」
「ここってそんなに危ないんですか?」
「え?ええ、ここは実質どこの国も干渉しない地で、魔物たちの跡地ときてますからねぇ。街は十分機能してるんですが、魔物の強さも帝国の辺りにいるのとはちがって強いんですわ!
でも、お兄さん強そうだから!よろしく頼みますね!」
「はあ...」
「それより、お兄さんは一人で何でここに?修行か何かですかい?」
「ええ...まあ...」
「見たところ左腕がねえようですが」
「結構聞くんですね...」
「すいやせん、こういう性分で。そりゃあ冒険者さんにも言いたくないことの一つや二つあるのが普通ってもんですね。申し訳ねえ」
「そんな目で見ねえでくだせえ。貴方さんの近くにいると何かこう体の底から震える感じがするんです。相当な強さだということはわかってますから、ね。どうかここはひとつ。」
「着替えるので。」
ウェルマーは一瞬硬直するがそんなことかと笑みを浮かべながらへこへこと頭を下げながら扉に手をかける
「一応、明日にはここを出たいんで、たのんます。」
男が扉を閉めると、源二はローブを脱ぎ部屋の角へと干した
身体を伝う雫が、妙な光を帯びる傷へと到達すると弾くようにして下へと伝っていく
その傷からはすでに痛みさえなくなっていた。
面倒ごとができてしまったが、なんとか今夜の宿を手に入れることができた源二はベッドに横になると大きなため息をついた
ここに来るまでにすでに多くの日が流れた。
召喚者のはずのペトラのお母さんはいまだ行方知れず。もしかしたら勇者の言っていた奴隷になっているかもしれない...いや、むしろ奴隷になったからこそ自分の身を犠牲にしてエイレーネの利益の為に魔法を使わされたのかもしれない。
でも、とりあえず今のところ何の手掛かりもない。
ペトラやエレーナ、芽亜利の存在もこの件は関わりがないわけではない。むしろペトラは身内が関わっていることだ。
彼女たちも子供じゃないし、俺を探しにやってくるかもしれない。
それでも、彼女たちをエイレーネとの深い因縁に巻き込むわけにはいかない。
俺が闇の魔法なんて使えるばかりに。とは何度も思ったがもうすでに遅い。それ以上に今の自分はもうなりふり構っているわけにはいかない。
左腕もなければ、一生腑抜けに成り下がるつもりもない。
源二は虚空に意識を手放すものの、ネルに寝れない嘘の暗闇へと意識が浅く落ちていった。
目を閉じると、降り注ぐ雨が屋根を叩く音が気が付いたら止み、目を開くとのどかな草原が透き通った水に光を反射させ輝いている
こんな落ち込んだ気分に皮肉にも美しい景色が飛び込むと、その光景に微かに笑みを浮かべ再びローブを被ると、宿舎を後にした。
朝食も取りはしたが、やはりウェインフリートの慣れた食事のほうが数段うまかった。
「それじゃあ、いきまっせ!」
男は馬の手綱をはたくと、荷車がゆっくりと動き出した。
しばらく荷車が順調に進むと、やがて大きな森の中へと入っていった。
「ここら辺は魔物が良く出ますんで、きィつけてください。
だいぶ走らせましたんで、ここの近くの川で休んます。」
ウェルマーは手綱をゆっくりと操作すると、一行は川のほとりに荷を止めた
馬が川の水を飲んでいる様子を横目に、源二はウェルマーから食料を受け取っていた。
「小さい商会なんで、こんなもんしかねえんですけど。どうぞ。」
源二は水分の抜けきったぱさぱさのパンを宿屋で汲んだ水で流し込む。
川のせせらぎに源二の張りつめ切った心が撫でられる感触に怪訝な表情を浮かべると、やがて遠くから馬の駆ける音が伝わってきた。
その馬車は一体何を乗せているのか、目の前を駆け抜けるその雰囲気はまるで何かに追われているかのような焦燥を浮かべたまま、少年は馬車を操る騎手の顔が嫌らしくこちらを見て歪んだのを確かに視界に捉えていた。
「クソ!奴隷商のやつらや!擦り付けられる!」
源二はそのセリフの意味を理解することができなかったが、あまりよくないことが起こることは確かなようだ。
荷台を操る人物は源二達の方へ向けて、何かを投げると目の前を走り去っていった。
ウェルマーはその投げられた袋を持ち上げるとそう叫びながら馬を大急ぎで用意し、荷台へ飛び乗るが大量の汗を流しながら硬直していた
源二はその姿を横目に、やがて近づいてくる気配に集中する
「グオオオオオオ!」
迫力のある獣の雄たけびが源二達の前に放たれると、二人の目の前には大きな角を生やし、頭部は牛の頭を模したような姿に体は筋骨隆々の魔物が立ちはだかっていた。
源二はその姿に見覚えがあった。
「ミノタウロス?」
少年はぽつりとつぶやくとそれに呼応するように再び魔物が雄たけびを上げると、ウェルマーは完全に委縮してしまった。
「兄ちゃん!兄ちゃん!」
パニックなのか、純粋に助けてくれようとしているのか源二は男の呼びかけに答えることなく、大きな魔物の前に立つ
魔物は大きく息を吐き出すと、体の線が一層くっきりと影を落とす
手に握られていた、誰かの冒険者の武器なのか錆び切った大きな斧を振りぬく。
基本的に、ミノタウロスは斧を持っているわけではない。ただ、自分の身体に見合った大物なこん棒や木、石等を持って戦うという習性が報告されていただけに、この斧がほかの物が持っていたであろう武器を恐らく殺した戦利品がてら手に遭う武器をそのまま使っているといった具合だった。
ウェルマーはその刃が描く軌道に自分が乗っていることを感じ取ると目を瞑る
風が爆発するような凄まじい音を立てた刹那、耳が弾けるような重い金属音を発し、大斧の軌道を一刺しの槍が完全に受け止めていた。
その姿に恐れをなしたのか、魔物は動揺を生じたように斧を引き再び攻撃を繰り出そうと振り被ろうとしたその時、何処からともなく三本の透明の線が身体を貫通すると、斧が握りしめられていた右手から剥がれ落ちると同時に悲鳴にも似た雄たけびが響き渡る
源二はすかさず踏み込み、間合いを詰めると魔物は空いた左手で硬い拳を作り、繰り出す
しかし、その攻撃も空を斬ると槍の穂先が貫かれた傷口から、美しい円を描くように振りぬかれると、凄まじい風の鼓動が水面を揺らす。
源二は魔物に振り返ることもなく、ウェルマーの元へ戻るとやがて僅かな地鳴りと共に肉塊が崩れ落ちる音が鼓膜に届く
刃が触れることなく、肉の上を振りぬくのみで肉体に損傷を与える。
かつて芽亜利が源二に使っていた魔法。
彼女に教わったこの魔法は、いうなれば拡張する刃相手の損傷部から流れ出る血を起点とし、自分の武器の軌道よりもさらに大きな軌道を描くように刃が形成される
芽亜利の固有武器である大鎌は斬り裂く部分が多いため、広く浅く肉を抉るのに対して
刺突性の高い槍の描く軌道と刃の経常的に軌道上にのみ損傷を与えるのみに収まるものの、極めて深く致死性の高い傷が生み出される
源二は虚空に槍を消失させると、ウェルマーの元へ歩み寄る
「ああ、ああ、た、たまげた。まさか、ミノタウロスをやっちまうなんて...」
男は息を入れ足に力をいれると源二の手を借り立ち上がる
「あれはどうする?」
「命を救ってくれたお礼だ。いい素材だけ切り取って荷台に積みましょう。報酬はもちろん。」
男は懐からナイフを取り出すと、すっかり意気をしなくなった巨体に手をかける。肉と皮を切り離し、解体していく作業の中男はまだわずかにぬくもりのある体躯に手をかけながら思考していた。
信じられねえ、ミノタウロスをあんなに簡単に...
やっぱりタダもんじゃねえ。
片手しかねえのはなんとなくわかっていたが...
それにしても信じられねえ一瞬槍を振りぬいた時に見えたあの聖刻...
あんなに体中を聖刻だらけにされてなんで生きてられるんや!?
でも、そんなの関係ねえ。こんなの護衛の任務とかそういうレベルじゃねえ、間違いなく...この恩は一生をかけても返すんや。
ウェルマーは手早くナイフで皮や角をとると手早く荷車へ乗り込み、出発したのだった。
ありがとうございました。一人で冒険するのって楽しそうですよね。
次回もお楽しみに。




