第1節 6章 勇者降臨編Ⅳ
エレーナと芽亜利はそのまま酒場を後にし、駆け出したペトラを追うようにしてエレーナとペトラが2人で住む家へとたどり着く。
芽亜利が来るのは初めてだったが、今更驚くような少女ではない。
何食わぬ顔でエレーナの後に続くと、ベッドに顔を埋め嗚咽を漏らすペトラの姿があった
エレーナ達はその様子を扉を少し開け、見ていたが
やがてペトラが過呼吸気味になり、見てられまいとエレーナが入ると、ペトラを介抱する
しばらくたった後、ペトラもすこし落ち着きを取り戻したようで、鼻をすするだけにとどまっていた。
「ペトラ、大丈夫?」
「うん...ありがと」
エレーナはペトラの肩を抱き寄せる
「ペトラ?辛いだろうけど、ゲンジ君の遺体はないそうよ?」
「なんで...じゃあなんで...しんだってわかるの。」
エレーナは少し困った表情を浮かべる
「良いの?」
「教えて。」
この問いが悲惨な現実を突きつけるための問いであるということは理解できていた。
ペトラは、もう一度鼻を啜りながらも両手を握りしめる
エレーナは芽亜利にコクリと頷くと、少女は昨夜その目に収めた一部始終を語り始めた。
フォールンやエマ、クリスと共に遠くに見える源二と勇者の多胎を見ていた。
フォールンは相変わらず楽しそうにそれを見物していたし、エマも馬に乗ったままその様子をみていた。
クリスと芽亜利だけはその攻防をじっと見ていた。
「あれは、使おうとしてるね。」
勇者の足元にひと際大きな魔法陣が現れ、淡い閃光を帯びる。
その規模を見るだけで2人がまだであって間もないながらにも本気で衝突しているのだということくらい、容易に感じ取ることができた。
新たに生まれた悪魔の子、闇の魔法使いと人類の栄光の為に戦ってきた勇者という存在。まるで叙事詩の一節を読んでいるかのようにも見える、宿命の戦いだった。
「おお、光龍か。かなり本気なんじゃない?」
「いや、あれは光龍の本当の姿ではない。」
「流石、本当に狩った人はいうことが違うね。」
フォールンはクリスに楽し気に問いかけながら、襲い掛かる龍の姿を見つめていた。
「召喚の光を利用した攻撃に、光龍の攻撃を組み合わせた連撃。よく躱すね。
でも、やっぱり召喚と治らない傷口の前には厳しいね。」
遠くに見える龍が源二に向かい突進する姿が映ると、芽亜李たちの周りにも緊張が走る
紫か、黒か。禍々しい色をした魔法陣が幾重にも重なり合い、一つの模様へと紡いでいく
「あれが、私を倒した魔法...」
「いや、どうだろうね。」
芽亜利は疑問符を浮かべると、フォールンの口調は変わることなく続けられる
「君に言うのもどうかと思うけど、闇の魔法使いはある意味魔法が暴走状態になってるから、僕ら普通の魔法使いと扱い方が違う。
イメージしようとする機関が消失してしまっているからこそ、適当に魔法を使おうとしても一定の効果は見込める。
でも、そんなべらぼうな力なんてあるわけがない。
そんな理を壊しちゃうような魔法は魔法とはない。ただの装置だ。
イメージする力が失われるからこそ、自分が何の魔法を使えるのかを見極めなければいけない。」
芽亜利は視線を源二に意識を集中すると、遠巻きにも響き渡る轟音と衝撃波と共に一刺しの線がはじき去られる様子が見て取れた。その渦巻かれる二つの黒と白は明確に勝負の行方を示そうとしていた。
「さて、僕らも行かなきゃね。」
勇者がゆっくり歩み寄る姿を見ると、フォールンが木の上から降りてくる。
「いや、まて。」
クリスがそれを制止すると、一同は勇者の姿をみていた。
剣を突き立て、少しして振り下ろすと何かを拾い上げ、馬に乗り走り去っていった。
「貴方達は、悪魔と呼ばれる彼よりも遥かに恐ろしく、残忍なのですね。」
「もう気付いたかい?ブラッディー・メアリー。流石、二つ名を持つ者の宿命だね。」
「外道が。」
芽亜李は遠くに倒れる源二の姿に目を凝らし、不敵な笑みを浮かべるとその場を後にした。
やはり悲惨な現実に耐えられなかったのか、ペトラが少女のように皮肉にも女の子らしい悲鳴を漏らしながら泣き出すと、エレーナへ体重を預ける。
その姿にエレーナまでもがあふれ出る激情を抑えることができずにいた。
しばらく続く嗚咽のなかでも、芽亜利だけは一切その表情を変えずに二人を見つめていた。
「腕は...その腕は?」
「残念ですが、私たちの手元には御座いませんわ。」
「誰、殺したのは、誰!」
「わかりませんわ。」
「そんなわけないもん!アンタがあいつのことを知らないはずがない!」
ペトラはひと際大声を上げる
「私は....」
静寂が訪れると、二つにまとめた白い髪の先が細かく揺れる
「私は、志乃 源二なんて人物。微塵も興味がありませんわ。」
「なんてこと言うの!芽亜利ちゃん!」
流石の発言にエレーナも声を上げる
「違う。志乃源二なんて名前じゃない!ゲンジは!私たちのパーティーだもん!仲間だもん!」
「ですから、私はそんな召喚者など興味がありませんわ。これだからすぐ感情的になる雌は嫌いなのよ。」
そして再び静寂が訪れる
深く、深く、終わりのない虚空の中、源二はただ思考を巡らせていた。
自分は死んでしまったのだろうか、思考が巡っている時点で死んではいないのだろうか、あるいは死んでしまったからこそこの暗い世界で考えているのだろうか。
でも、負けてみて。殺されてみて気づいた。
俺は甘い人間だった。守られてばかりで、助けられてばかりで。環境に甘えていただけだった。
甘えることは決して悪いことではないと思う。
ただ、本当に必要とされたときに思い描いていた理想と違うだけ。
周りに嫌われないように、嫌われないようにうまいことやってきたのが、実は自分なりに生み出していたある種の免罪符になっていたのだった。
それなりに頑張っている姿を見せればいい。
ある程度できればいい。
そんな程度で命を賭して戦っている人間にかなうはずなんかない。
どんな夢物語を見てたんだ俺は。
なんで最後の最後でアトラスを砕けなかったんだろう...
源二はふと勇者との戦いを思い浮かべる
あの時、魔法陣は確かに生まれてたんだ。
それは見えた。
惜しいはずだ、でも最後。身体の底から湧き出る何かがなかったのだ。
でも、こんなことも考えても仕方あるまい。
むしろ答え合わせのようにすべてを教えてくれた方が嬉しいとさえ思った。
しかし、そんな思考さえも喝を入れる
ほら、すぐに調子に乗る。居もしない誰かに甘えようとする。何かにすがろうとする...
ダメだ。こんなんじゃだめだ。
ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ!ダメ!ダメ!ダメ!
思えば後悔だらけだ。
家にも帰れなかった。鏡花達にまた会うこともできないし。龍弥にも何も恩返しできなかった。
どうせ、もう会うこともないのかもしれないけど、ペトラの思いにもこたえていない。
すこし純愛とは異なるのかもしれないけど芽亜李の思いにだって答えていない。
面倒なことから逃げたのが、こうして帰ってくる。
好かれるのは好きだ。ましてそれが恋情ならもっと嬉しい。
芽亜利はともかく、ペトラは本気だ。
あんなかわいい子に好きと言ってもらえるだけで幸せ者だ。
キスまでされて、好きって言ってくれて。でも、こんな自分の。何もできない自分のどこをすきになってくれたんだろうか。
でも結局は、俺は何も返せなかった。
勇者を殺しても、実のところペトラの母の仇を討ったと伝えられるかどうか。君のお母さんはもう帰ってこないと伝えることができたのだろうか...
やっぱり、自分はすでに気持ちで負けていたんだ。
自分なんて、まだこの世界に来てすぐのことだ。身内がつかまったり、殺されたりする感覚なんてわかり得るわけがない。
源二は体の感覚はないものの、フッと体から憑き物を落とすように力を抜くと、水の浮力に押し上げられるように意識が上昇する
まばゆい光に包まれて、息ができるはずもないのに大きく息を吐きながら光の中へと吸い込まれて行くと身体が溶けるように融解していくのだった。
「ア....レ....」
源二が目を開くと、見慣れない木枠組の天井が目に入る
視界が徐々に開けていくと同時に少しずつ意識と肉体が繋がっていく
身体の末端からわずかに動き、体全体に僅かな熱が生じていく。
手を握りこむと、僅かが痛みと、違和感が生じる
ゆっくりと、右手を挙げ左の肩口へと伸ばす
いつもはそのにあるはずの肉が、体の一部がそこにはなかった
冷たく薄い布だけがむなしく当たる感触だけ。
ピリピリと痺れる手を突く布の感触だけ。
その驚きに起こされたのか、時間の経過なのか。
ゆっくりと体を起こすと、生活感のある一室のベッドに寝ていたようだった。
上体を起こし体を触り、感触を確かめ、熱を感じる
そして再び左の肩口へ手を伸ばすと、そこにはやはり何もなかった。
思い起こされる青年との闘い。失った左腕、そして体を触るとわずかに迸る無数の痛み
視線を下へとやると、切り開かれた細かい傷口が開いたままの状態になっている。
「アー...あー...」
声のほうも問題なく出る。
自分の今の状況が次第に理解し始めると同時に、虚構から沸々と熱がこみ上げ、視界を歪めていく
嗚咽を漏らし、布にこぼれていく雫をとめどなく垂らし続ける
一滴、二滴と流れ落ちると腕を上げ、涙を拭おうとする。
しかし、癖で左腕も動かしてしまい僅かな痛みが源二を襲う
右手で左の肩を覆うと、嗚咽が止まらなくあふれ出てくる
「なんで....なんで....」
源二が思わず独り言を零すと、木が軋む音をたて、部屋の入口がゆっくりと開く。
「良かった...お目覚めになられたのですね...旅のお方...」
少年はハッと息をのみ、声をかけてきた女の声の方を向く
そこには茶色い長い髪をまとめた老婆が立っていた
しっかりとした足取りで、源二の横へと辿りつくと椅子に座る
「大丈夫ですか?旅のお方。」
源二は右手で涙を拭うと、老婆の顔を見る
「はい...大丈夫。です。」
「随分長いこと寝ておりましたから心配しておりました...」
「どれくらい...」
「十日ほどでしょうか...」
源二は足に力を入れると久々の運動にやはり体がうまく動かない
「いけません、酷い傷です...」
源二は咄嗟に辺りを見回すと、のどかな草原が石垣の先に広がっていた
「ここは...」
「パラトスの領地のはずれにある小さな村です。貴方が傷ついていたので、ここまで運びました。」
老婆はおもむろに立ち上がり、部屋を後にすると
何かを準備しているような音が聞こえてくる
やがて老婆が戻ると、お盆の上にパンやスープなどの食料を持ってきた。
「どうぞ、お食べになって?」
源二は本当に十日間寝ていたようで、食べ物をみるなり空腹間に襲われる
与えられた食物を貪るように口の中へ押し込むと、反射的にそれがむせ返される。
咳き込みながらも押し込み、流し込む。
老婆の細い手が源二の背中をさすりながら何も咎めることなく、ひたすらその様子を見ていた。
食べ物を押し込め、少しすると血の巡りが良くなったのか、栄養が回り始めたのか、世界中が彩られていくようなそんな錯覚を生み出した
「お医者様を呼ぼうかとも思ったんですが、なにせ小さい村の、小さい家の老婆ですから...」
「お身体に触ります。もう少し休んでください。」
老婆は源二の背中を支え、ゆっくりと寝かせると薄い布団のようなものをかぶせ、部屋を後にした
源二は肌を撫でるような柔風に煽られながら、再び意識を微睡みの中へ手放した
再び目を覚ますころには外は暗く、部屋は柔らかな火の明かりが灯っていた
少年はゆっくりと体を起こすとベッドの淵へと移動する
ローブや靴などはベッドのわきにまとめて置かれており、素足を床につけるとひんやりとした感覚が伝わる
そっと足腰に力を込め、立ち上がると重力に倣い血液が足に集まってくる
軽く足踏みをし、右手を見ると戦いで受けた僅かな切り傷が見える
額を触れると同様に切り口の山に触れ、痛みが走る
幸い、服はボロボロで身体中にも傷はあるが、触ったり、押したりしない限り痛みが走ることはなかった。
源二は素足のまま歩み、扉に手をかけると、戸を開ける
その音に気付いたのか、こちらを見る老夫婦がいた。
「おお、旅のお方...」
老夫婦の老婆は昼に施しを与えてくれた女性、そしてその夫らしき男性がそう呟くと、立ち上がり空いている椅子を引く
源二はその椅子へ座る
男性も椅子へと戻り、老婆が再び食事を源二の前に置く
「よければ、どうぞ。」
源二は右手で木製のスプーンを持ち、言葉もなくそれを食べ進めていく
絶品というわけではないが、温かみのある優しい味が次々と喉を通っていく。
「なにが、あったんですか?」
源二は答えに戸惑いぐっと押し黙る
というのも、勇者はどちらかが負ければ殺すと言っていた。
そしてもう片方が、この世界の為に動くと。
しかし、源二は恐らくではあったが倒されて以降、致命的な傷を与えられていない。
左腕は自分が最後の一撃と引き換えるように失った。
この家にその左腕がないということは、その場に放置されていた可能性は低い...
だとするならば、処分されたか、持ち帰ったのだろう。
それが何の理由か...
だが、昼間に老婆がこの地はパラトスの領地のはずれにあると言っていた。
もし、自分が死んだということになっていたのだとすれば。
もし、自分の左腕を証拠に殺されたことになっているのだとすれば...
今ここで明かすのは得策ではないと少年の影のかかった思考でさえも想像はできた。
「ばあさん、止しなさい。旅のお方、さぞお辛いことがあったのでしょう。
私たちが安心して暮らせるのも、多くの魔物を退けてくれているあなた方のおかげ。
どうぞ、好きなだけこの家を使ってください。」
源二は誤解を生んでしまったことに心を痛めながらも、何とか切り抜けることができたことにほっとした。
再び部屋へ戻ると、ベッドの淵に座り込み虚空を見つめる
生き残ってしまった...惨めだ...
勇者降臨編をお届けしました。次回からは逃亡編をお送りします。文字数に反比例して内容はかなり重い内容になりましたね。明日からも頑張ろう。




