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悪夢の夜に  作者: 赤さん
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第1節 6章 勇者降臨編Ⅲ

勇者は、虚空に指笛を鳴らすと馬が駆け寄ってくる。

それに飛び乗り、一度振り返ると包んだ腕を抱え、馬の腹を軽く蹴った。

馬が歩き出すと同時に少しずつ夜の黒が、かすかな紫に代わっていく。

勇者は大きく息を吸い、ひと際腹を蹴ると馬が勢いよく走り出したのだった。


ルカがやがてパラトスへと帰還すると、その頃には太陽が輝きを帯びていた。

しかし、男の思考はいまだ日の目をみないほどに落ち切って、暗く閉ざされたままシャルロットと向かい合っていた。



「それで、奴隷のほうはどうだったんですか?ツバキという人物の存在は。」


「はい、実はオリバーという奴隷商のような人物を追い、ツバキという人物に行き当たったのですが、そのツバキという人物は別件で闇の魔法使いゲンジと内通しておりました。

奴隷に関する情報こそ掴めませんでしたが、大きな成果と言えましょう。」


周りにいたメイドやシャルロットの持つ騎士たちの感嘆の声が上がる

勇者は顔を下げながら顔を顰めるが、シャルロットは不敵な笑みを浮かべると、勇者の抱える布に意識が向く


「手に持っているそれは?」



「闇の魔法使い、ゲンジの死体から切り取った腕に御座います。」


そう言い放つと部屋中にどよめき声が響く


「ご拝謁なされますか?」

「構いません。見せないさい。」

シャルロットがそう言い放つと、勇者は懐に抱えていた腕を見せると、メイドたちはその痛ましい腕の姿に思わず口を塞ぐ

流石に歴戦の騎士たちも気味が悪いのか顔を歪めていた。

しかし、シャルロットだけは微かに笑みを浮かべていたのであった



「勇者殿、大義であった。お父様や教皇様もお喜びになられるでしょう。

ですが、どうして首を取らなかったのですか?」


「彼は、皮肉にもこの国の為に身を粉にして働いてくださる召喚者の方々の端くれ、いと尊き方々のためにもその身は清らかな眠りにつかせると我が騎士道に誓ったからです。

ですが、この勇者の名において、闇の魔法使いであるゲンジを討ち取ったことは、お約束いたします。」


「そうですか。わかりました。貴方も酷く傷ついている様子、なんとも痛ましいですわ。

是非、ごゆるりとお身体をお安めになられてから王都へとご帰還ください。

ローザ、英雄に最高のおもてなしをしてあげなさい。」



勇者は腕を再び包み、深く礼をすると案内されるままに部屋を後にした。

シャルロットも自室へと引っ込み、笑みを浮かべると大きく高笑いをした。


「裏社会数少ないツテだった如きで、まさか勇者様がゲンジを討ち取ってくださるとは。」


再び笑みを浮かべると、腹の底から疼きがあふれ出して止まることはなかった。


ゲンジが勇者ルカに敗北してから数日がたった頃、勇者は王宮で静かな会食をしていた。


「いやはや、まさか勇者殿が闇の魔法使いを討ち取ってくれるとは...」

「いえ、恐縮です...」

「遠慮せず、食べなさい。君のための席だ、それともシャルロットに持て成されすぎて入る隙も無いかな?」


会食に招かれた皇帝に近い貴族たちが勇者にこぞって冗談をいう中、ルカは静かなる怒りを宿していた。


ゲンジ君、僕が君を殺した途端僕は英雄になったよ。

嬉しくもなんともない。人を殺して、英雄になるなんて。心優しき君を討ち取ってまで...

確かに、英雄は自分の技に磨きをかけ多くの物を倒したからなるんだろう。だが、僕が殺したのは君だ。こころから通じ合える、そんな気がした友だ。

そんな人物を倒し、街一番の医師に体を癒され、食べきれないほど豪華な食事を与えられ、果ては夜這いに来る女たちの相手までするほどの業の数々...

心のどこかで、その施しを甘受してしまう自分がいることが悔しいよ、僕はいち早くこの世界の腐敗を断ちたいのに。それ以上のしがらみが僕に絡まりついてほどけない。

でも...それでも...君の思いは引き継いだから。ゲンジ君。君はゆっくり、ゆっくり。

休んでくれ。



「教皇殿、此度は勇者の派遣、感謝する。」


「いえいえ、こちらも結果的にシャルロット殿下を利用する形になってしまいました故、お許しください。」


「構わん。ただ...」


ラインハルトは少し考えるようなそぶりを見せる

男は教皇、シモンド・サイファーが机をはさみ、向き合う中にも思考だけは虚空へと投げていた。

何故、全面戦争に発展してしまうほど危険な作戦を遂行して闇の魔法使いを奪還したのに、今度はみすみす勇者に討たせたのだろうか...

あるいは、既に勇者の力が完全なる者となったのだろうか...

そんな思考がラインハルトの思考を滲ませていた。


「どうして勇者は源二を殺すことができたのだろうか。

勇者の名のもとに源二の死を誓ったのだ。それ自体は疑ってはいない。

だが、なにか引っかかる...」


「皇帝陛下殿、この国を脅かすものが一人いなくなったのですぞ?これもまた、神のなせる業、ですよ。」



ラインハルトは立ち上がると、振り返り窓の外を見ていた。

皇帝が悩んでいたのは、なぜ勇者が源二を殺せたのか。ではない。なぜ、無事なのか。ということだ。

しかし、男は不敵に笑みを浮かべる


(そもそもなぜゲンジはセンの傍にいたんだ?童への見せつけ?いや、最初からセンの元にいたのか?そうでなければあそこへは...)


「なるほど、源二がセンの後ろに立っていたのはそういうことか...」


ラインハルトは、机に置いてあったワインを一気に飲み干すと、もう一度不敵に笑みを浮かべる


「ゲンジの死体の在り処を勇者に聞け。」


「ゲンジ様が....殺された...」

「そうね。」


月明かりに照らされる中庭に、うずくまる一人のメイドの姿があった。

ほのかな紫色の髪をアップにまとめた女性、サラトガとスポーティーな印象を思わせるレイラが、座り込むサラトガを慰めるように背中に手を置いていた。


「アンタいつの間にそんな思い寄せてたのよ。」


「違うもん...じゃあ、レイラは友達が死んで悲しくないの?

目の前に久々の再開を喜んでて、思いを寄せてるお友達もいるのを見て、心が痛まないの?」


レイラはバツの悪い表情を浮かべると嗚咽を零しながら上下する身体をさする


サラトガ達は源二達がパラトスを救出したということを鏡花達を通して聞かされた。

源二の死亡に関しては、召喚者の誰一人にも伝えられることはなかったがメイドである彼女たちには否が応でも耳に入ってしまったのであった。


「いい?今日は泣いてもいい。泣いて、喚いて、お酒飲んで。潰れてもいい。でも、明日からはしっかりするの。いい?」


ペトラは微かに頷くと、レイラはサラトガの身体を抱き起こすと、嗚咽を漏らす彼女の小さい背中を擦ったまま闇の中を歩き始めた。


「じゃあ、ほら。立って、今夜はアタシのおごりでいいから。」


彼女たちが去った後、虚空の中には微かに嗚咽を漏らす声が漏らされていたのであった。


篠原綾子、教師である彼女は他の生徒たちよりも悩みが多い。

この世界で特別な知識も、特質した力も持たない彼女にとって教師という立場が重くのしかかる中、半分流れに身を任せるような形で生徒たちを各地へと派遣していた。

今自分の近くにいるのは僅か二班、鏡花達と龍弥達の8人しかいない。

それも、彼女たちはみな逞しく生きる源二の姿に刺激され、毎日魔法を練習し、一日でも早く帰れるような手立てを考えていた。


源二は勇者が討ち取った。

この知らせを聞かされたのは、この悩みだらけの頭を少しリフレッシュするための日課であった夜の散歩の途中でもたらされた。

サラトガ達がうずくまり、嗚咽を漏らし話していた内容が、耳に届いてしまったのである。


篠原は力なくへたれこみ、項垂れ静かに涙を零す

この世界に来てから、一人で頑張ってきた。

命を狙われたときもあったが、それ以上に教師という立場が常に付きまとう中、生徒たちの健康と安全だけを考え続けてきた。

その中で、最も厳しい立場に立たされている源二の存在は少なからず篠原の途切れかけた糸も確かに紡いでいたのだった。

涙は止まることなく、流れ出しては闇夜に消失していく。

その背中を支える者は、誰もいない。


おもむろに涙を拭い、ふと上を見ると、皮肉にも満天の星空が広がっていた。

星々の輝きが幾度となく水面に歪み、拭い去る

幾度にもそれを繰り返す


「お前、私のこと気にしてくれたよな。何ロマンチックなこと言ってんだよ...思い出しちゃったじゃん...」


篠原が思い出していたのは、この世界に来てから。源二がメイドたちと仲良くなり始めた時、心配して声を掛けてみたら、逆に心配されたあの時...

篠原は大きく息を吸って吐くと、足に力を入れ立ち上がる

服についた汚れを払うと、目の端に浮かぶ涙を拭いながら歩き出した




源二がいなくなった後、芽亜利はひとりで街の酒場にいた。その異様な光景に、ペトラとエレーナは当然のような反応を見せながらも席に座ると少女が予想していたようにいるはずのない空席を一瞥する。


「あれ、芽亜利ちゃん。今日は一人?」

「芽亜利、ちょっとアンタなんで今日すっぽかしたのよ!あたし一人だったんだから!ゲンジは?どこ?」


芽亜利は表情を一切変えずに淡々と口を開く


「ゲンジ様は、死にましたわ。」



酒場は絶えず賑やかなのにも関わらず、芽亜利たちの机は静寂に包まれていた


言葉にもならないようなペトラの微かな声が響く

エレーナも、当然の出来事にいつも通りのおっとりとした雰囲気も崩壊し、口に手を当て驚きを露にする


再び静寂が訪れると、ペトラはおもむろに立ち上がる。

酒場の親父さんが階段をのぼりながらせわしなく一人愚痴をこぼしていると、机へ歩み寄る


「いやー、てえへんだ、てえへんだ。お前ら、いつものでいいのか?」


「あれ、今日ゲンジのやろう、いねえのか。」


親父さんが首を軽くも見ながら珍しいこともあるもんだなと、少し笑う

しかし、そのただならぬ空気に気づくのに数秒もかかることはなかった。


「おい...なんか、あったのか。」


ペトラは親父さんを避け、逃げるように酒場を走り去っていく


「ペトラ!」


エレーナも咄嗟に呼び止めるが、ペトラは見る見るうちに走り去ってしまった

席には表情を一切変えず、ただ座り込む芽亜李の姿と、顔に影を落とし俯くエレーナの姿があった。


残された店主に向かい芽亜利は再び口を開く。


「ゲンジ様は、死にましたわ。」


店主は、ゆっくりと席の端へ腰を下ろす


「腕一本。今この世界に存在するゲンジ様は腕一本のみですわ。」


芽亜利の言葉に一同が戦慄する

エレーナはついに泣き崩れ、嗚咽を漏らし始めた


親父さんの動きも少し落ち着きのないものに変わったかと思えば、上を向いたり、眉間をつまんだりしている


「腕しか...ねえのか。」

「そうですわ。」






親父さんはグッと項垂れると、おおきく息を吐く


「お前さんがついてて、どうしてそうなったんだ?庇ったのか?」

「庇った...そうかもしれません。」

「そうか、あいつは。最後まで漢だったんだな...」


店主はそういうと、ゆっくりと立ち上がり階段を降りる。


「みんな、少し聞いてくれ。」


店主は少し声を張り上げると、客や従業員たちが立ち止まり視線を向ける


「今日、ゲンジが、死んだそうだ...奴は、俺と約束したことがあった。ペトラ達を頼む...って。

あいつは、最期まで漢だった。俺たちの家族みてえなもんだ。

朝起きて働いて、ここで飯を食い、酒を飲む家族だ。

今日が祝いの日だった奴はすまねえ。だが、ちと献杯に付き合ってくれ。」


そういうと、親父さんは棚にあったボトルをとるとカウンターに置く


「ゲンジに。」


親父さんは蓋を開け、瓶を傾けると横へずらす。

また一人、また一人と同じ言葉を紡ぎ、瓶を傾ける。


酒場中が甘ったるい果実と蜂蜜の香りに包まれると、エレーナや芽亜李も同じように酒を飲み、余ってしまった残りが親父さんのところへ戻ってくると、一気にそれを飲み干した。


「甘ったるくて飲めたもんじゃねえ!畜生、あいつなんてもん飲みやがる!」


にっこりと笑みを浮かべると、酒場は次第に彩を取り戻していった


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