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悪夢の夜に  作者: 赤さん
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第1節 6章 勇者降臨編Ⅱ

続いて勇者降臨編Ⅱをお送りしますね。自分も読み返して楽しんでます。

月夜に照らされる草原に二人の男が向かい合っていた。

ゲンジとルカ。二人の間に交わされる言葉はない。

ただ二人とも、強く武器を握りしめていた。


夜風が二人の間を通り抜ける

草がなびく、雲が光源を隠してはまた現れさせる


激しい心臓の鼓動が源二の心と体を支配していた。

耳の鼓膜がはちきれるような大きな轟が一層大きくなると、ルカが目の前に急迫する

凄まじい衝撃波と、鋼鉄が重なる音が重なる。

幾度となく重なり、交わってははじき返す。

凄まじい振動が、重さが手に痺れを与えるが、さらに踏み込んでいく

草が風に逆らい、幾度も揺らぐ


源二がひと際大きくはじき返すと、耳を劈く轟音と共に大剣がはじき返される。

胴体に一振り、穂先の軌道にねじ込む


幻日(パーヒリオン)


声が源二の耳に届くと同時にその刃が鎧をかすめることもなく空を伐る


源二の振り切った体の甘さを裂く剣がすかさず繰り出されると、刃は体を通るものの、描いた軌道は黒い粒子のようなものにその切っ先が霞めるのみだった。


少年は音もなく剣の届かない間合いまで後退していた。


勇者は空を斬った鋼鉄を再び握りなおす。


「神より与えられしアトラスの力よ。祖に遍く光の本流、我が盟約に従い、我が願いを叶え賜え。今一度、深い闇を討ち晴らし。かの物に光の洗礼あれ。ニュイブランシュ!」


ルカがひと際清らかに詠唱を言い放つと、手にしていた大剣の刃が魔法陣が通り抜けると同時に鋭く縁取るように光を帯びる


「いくよ!」


源二はもちろん、今使ったのが何の魔法なのかもわからない。

しかし、魔法を使ったのは確か。そしてその魔法は体を覆うように発動しているということだけは理解できる。

少年はより一層強く槍を握る


すると、再び勇者が懐に飛び込んでくる。


一度、二度、三度と鉄塊を跳ね返すと源二は怪訝な顔を浮かべる

何も変わってないのである。

魔法を使ったはずの勇者から繰り出される連撃を退き、躱すも、どれも同じ。

むしろ、何も変化のない連撃が奇妙に感じられる

源二は再び踏み込んだその刹那


「アーク!」


ルカの口から放たれたその言葉と共に、剣を覆っていた光の幕が分裂する


否、片方は消失しもう一方の離れた角度に生じた光が剣の実体を帯びて襲い掛かる


間に合わない。

源二は闇の魔法の恩恵を受けたことで生じる、知覚の増強の生み出した時間の合間に判断を下すと、剣の軌道からそれる為に体を逸らす

ギリギリでよけきると、薄い一本線が頬に描かれる


鋭くもわずかな痛みに、顔一つ歪めず飛び退く


先ほど使用した回避の魔法は使うことができなかった。

源二が回避に使った魔法は、ソンブルという魔法で敵と自分との距離感を欺き、自分ではない虚構を攻撃させる魔法で。自分の前に分身を生み出すようなもの。攻撃する際や間合いを詰める際にはむしろこちら側が大きく前進しなければならない為不利になってしまうからだった。


そして、アークという呪文

これは少し理解ができた。光の反射と屈折。

つまり、あの剣は元よりこの頬を傷つけるラインに存在していて、いつしか自分は幻影を追っていたのだろう。

自分の放った魔法をさらに駆け引きとして利用し、敵を追い込む。

やはり、正真正銘。彼は源二を本気で殺す気だと感じ取れた。



源二は思わず頬のあたりを触ると、ピリッと痛みが走る。その痛みか、顔を顰める


血は止まっているのに傷は開けたまま...

奇妙な感覚の答え合わせがされると、勇者がご丁寧に口を開く


「固有魔法、ニュイブランシュ。出血は治るようだが、裂かれた傷は治らない。

僕は、この戦いで負けるわけには、行かないんだ!」


勇者は再び踏み込む



跳ね返し、躱し、跳ね返す


凄まじい轟音に鼓膜が張り裂けそうになる

気を抜けば手を放しそうになるほどの圧力、唸り、気力


再び幾重にも、幾重にもはじき返してはアークを使われ、身体にわずかな傷口が生じる


ルカは、ゲンジから放たれる一突きの軌道を弾き前へ踏み込む

(これで!)


「インベイジョン」


勇者が大剣にひと際力を込めた時、ゲンジの口が動いたかと思ったその刹那、その姿が消失する


闇から闇へ。月夜に照らされる足元に生まれた影が重なると、源二はルカの背後にいた

槍では間に合わない。すぐさま蹴りを脇のプレートへ叩き込む

立派なそのプレートのつなぎ目から抉るように、へし曲げるような鋭い一閃が叩き込まれると、二つの鈍い音が響く

その音に源二が表情を滲ませると、ルカはその衝撃の流れの通りに飛んでは転がる


勇者はせき込みながらも、立ち上がるとゲンジに向かい剣を握りしめる


「肉を切らせて骨を断つ。まさにそんな戦い方だね。安心した。君も本気のようだ。」


勇者はもう一度せき込むと、ぐっと横の腹を抑え、握りなおす

その言葉通り、源二の足は恐らく骨に何かしらの異常を生み出していた。

しかし、切られてない以上、その傷の痛みもやがて消え去ると源二も穂先をルカへと向ける


剣での純粋な力比べにおいて、今の自分では目の前の青年にはかなわない。いくら毎日のように訓練したからとて、ほんの数年で会得できるほど生半可な道のりではない。

しいて言えば幾度となく立ち上がることができるこの身体が唯一の勝ち筋と言えた源二にとって、治ることのない傷を負わされるという状況はこれ以上ない最悪と言える


源二は失念していたのだった。アトラスが本当にペトラの母を贄にしていたとして、この武器にはそういった能力を取り込む能力が備わっているはず。それに、そういった能力が含まれているとすれば召喚魔法だけでない。四世代にわたる戦いの記憶が、この武器に詰まっているはずなのである。

幸い、目の前に立つ勇者もアトラスを握ってまだ若い。

源二と同様に数種の魔法しか使えないように受けられる。


少年は自分の浅はかさに奥歯を噛み締める

弱気なだけではない。痛みさえ耐えられれば自分は死ぬことがないとタカをくくっていたことが反って判断を誤らせていた。


だとするならば、もはや芽亜李につかったあの技に頼るほかない。

否、元よりそれにかけるつもりだったのだ。


大きな隙さえ作りだすことができれば...


源二は体中に魔力を込める感覚に身を委ねる


一瞬のうちに思考が、景色が映る

四方、円方に描かれた幾何学模様が幾重にも重なり合い、一つの模様を生み出す光景。

ひとたびそれを討ち放とうと、力を込めると体のありとあらゆる場所から業火が迸り、焼け爛れ、熱が巡り、流れ出る。


少年はハッと息をのむ


「僕は無粋なことはしないから!」


勇者は意識を手放した一瞬をあえて見逃したのか、優しいのか、甲斐性があるのか、あるいは源二が未熟すぎるのだろうか


青年はその大剣を軽く地面に刺し、深く息を吸う


「神より与えられしアトラスの力よ、我が望みに答えたまえ、今ひとたび世界は分かたれる、万物が生まれ、万物が滅ぶ。必至の万象はここにありて、此れに抗する力を与えたまえ。

我が盟約に従い、顕現せよ!」


暗闇の中、ひと際激しい閃光に包まれるが源二は目を細めることさえしない。

もし、そんなことをすれば確実に飛び込んでくると思っていたからだった。

その予想は正しく、すぐさまルカが間合いを詰める

僅か一回の踏み切りで間合いを詰め切ると、大剣を振り下ろす

槍で軌道を弾き、躱した刹那。背後から風のうねりが伝わってくる

咄嗟に身を避けると、地面が三本線を描くように抉れている


咄嗟に交わしたことで虚空へと体を解き放っていた源二にすかさず刃が繰り出されると、無理やり体をひねりその軌道をずらし、ルカの身体を足場に使うように強く踏み込むと、再び距離を置く


使った魔法は紛れもなく召喚魔法だということが、距離をとってみて一目で理解できる

決して完全な前進が見えるわけではない。

僅かな光の靄に投影されるように龍のような鱗に包まれた存在の双眸が源二の姿で焦点を結んでいた。


何時ぞやでペトラたちが話していた属性龍なのだろうか。否、そんなことは関係ない。確実に何かを召喚し、今や二対一の状態になったということだけ理解できれば十分だった。


龍が大きな爪を源二に向かい振り上げると、一筋の光線が迸り地面を剥がし、それに呼応するように勇者ルカも前に出る


凄まじい一閃を避け、飛び込んでくる鉄塊を受け止めると、力ずくで勇者の身体を虚空へと打ち放つ

重力に逆らうことなく、勢いを殺すことなく目線の上へ浮き上がるルカの手の握りに照準を合わせると、一気に持ち手へ力を込める


それを阻止するが如く、勇者の背後に控えていた龍の口が開け放たれ、噛みつくように飛び込んでくる。

しかし、そんな光景は源二の視界に飛び込んでくることはない。

腕に力を込め、ありったけの魔力を振り絞る。

狙いは必中、必殺の刃か少年の手から放とうとしていた。


幾何学模様の魔法陣がいくつも重なり、線を引き紡いでいく。

持ち手を基準に、憑き物がはがれるようにボロボロと一刺しの槍が鋭く、尖った一突きのカタチへ変わっていく。

魔法の制御力を失っている源二にとって詠唱の必要性はない。

本能の赴くままに、最大限に、爆発的に自分の力を暴走させる

右手が迸り熱を帯びる


(穿て!!)


源二は踏み込み、振り切り、一気に槍から指を離す

認識を超えるその刹那の時間が、時間を止めたように感じられた。



絶対拒絶の一刺しが、少年の手から解き放たれると足元の地面の尽くを抉り、崩壊する

音を置き去りに、圧倒的な速さで勇者の前にまで距離を詰めていた龍の目前まで迫ると


槍の軌道が変わる。


源二は凄まじい閃光に包まれ、激しい痛みに襲われたまま勇者から離れるようにして後ろへ吹き飛ばされる。


凄まじい痛みの応酬に息をすることさえ忘れたまま、草の上へ倒れこみ、そのまま天を仰ぐ


鼓膜を壊すような音のコダマと、何かが空を斬り裂き飛んでいく音だけが虚空に消失していく


源二が僅かに目を動かすと、勇者の持っていた大剣が宙を舞っていた

やがて、その大剣が地面へと突き刺さる振動と音が身体に伝わると

全ての音が静寂に包まれた


音が止み、感覚が研ぎ澄まされると源二は自分が敗北したことを悟った。

ああ、出せなかったんだ。倒せなかったんだ。まあ、ただでさえビビりの俺がここまでできたんだ。むしろよく頑張ったと自分を褒めたい。

途切れ途切れに息が紡がれて苦しいが、それ以上に体中に迸る激痛に視界が歪む


どこか、調子に乗っていたのかもしれない。自分だから、死なないからきっと調子に乗ってたんだ。悩みながらも、みんなを。ペトラを、エレーナを芽亜李を、鏡花、龍弥、正吾、先生を、凛やクラスメイト達とは違う生活を送って、勝手に強くなったと勘違いして愉悦に浸っていたんだ。


きっとそうだ....


できないとぼやけば誰かが手を差し伸べてくれて、力がないから誰かが助けてくれた。

でも、暴力というある種の力を手に入れた途端すぐに調子に乗ってこうなった。

剣技の訓練もその日その日でしのぐだけ。魔法もどこか時間が過ぎればいいなと。退屈しのぎだなと。

いざとなれば、青い火なり、なんなり使えばいいんだと思っていた。


でも、実際は違う。そんな悠長に魔法を使っている時間も、空気もない。

あるのは正真正銘、殺し合いのための間合い、駆け引き、覚悟だけ。

思えば、勇者は果敢に攻めてたけど俺はいつも攻められてた。

受け流されるだけだった。

もう、気持ちで負けてたんだ、いつもそうだ。

誰かの陰に隠れて自分が前に出ないように、出ないようにってただ時間だけが過ぎ去るのを待つだけ。

自分からは何もしない。何もしないから何もできないということだってわかってるのに、それでも何もしなかった。


ペトラにキスでもされて舞い上がってたんだろうか。可愛らしい女性に行為を向けられて、芽亜利も少し怖いけど、彼女なりの思いを向けてくれていて、エレーナもいつも優しく気にかけてくれていた。

その優しさに甘えていたんだ。


いや、自分がまけて良かったのかもしれない。

こうして自分が死ぬことで、あとは勇者がやってくれるはずだ。

源二は確信していた。自分は未観測禁忌魔法を使うことができなかった。

故に、まだアトラスは健在だということ。

それに、ゆっくりと勇者がこちらに歩みを進める音が聞こえてくる


血はすでに止まっている。微妙なぬくもりが体内からあふれ出る感覚が止まっているのがわかる。

しかし、左腕だけは何もない。

無くなっている。


正面から襲ってくる龍の軌道をずらし、狙いも外してしまったのだろうか。

惨めな姿になってしまった。

全身の傷は浅いものの、そこら中にあり、草の僅かなこすれが屑口を刺激する

それを覆いつくすように左腕の断面を縁取るように激痛が走り始める

じわじわと、心臓の鼓動と同期するように痛みが強くなる

いっそのこと、闇の魔法を使ったことで痛覚が消失してしまえばよかったのに。

そうすれば...おとなしく死ねたのに。


源二はゆっくりと虚空へ意識を手放した。



勇者は立ち尽くす。

目の前には今、討ち取った闇の魔法使いの少年が横たわっていた。

左腕は肩口の少し先から綺麗に切られ、断面図が光で覆われるように隠されている。

紛れもない、自分が発動した魔法の効果の影響だった

全身は傷だらけ、切っても切っても立ち上がり幾度となく刃を重ねてきた。

その中でわかったことがあった。

ルカの前に横たわる少年は今まで剣も握ったこともないような少年なのだと。

勇者も人を殺してまだ日は浅い。しかし、剣の稽古だけで言ったら物心つく前からやってきた。

曲がりなりにも騎士の端くれとして、相手の力量くらいは相手の身体使いをみて、立ち振る舞いをみて多少は理解が及ぶ。

しかし彼の剣はツギハギだ。

ルカは闇の魔法がどういう力を生み出すのかまでは詳しいことはわからない。

しかし、身体能力や知覚能力にすべてを任せ、凌ぐ。

ただ暴力的に攻撃しては、はじき返す。

切り傷ももろともせず、ただ刃を向けてくる。

彼がこうなったのは、この闇の魔法のせいなんだということくらい容易に想像できた。


だが、この戦いに勝ったのは自分。

負ければ殺され、勝てば生き残る。それが戦いのすべて。この世界の理...




勇者は突き刺さる大剣に手をかけると、力を込める

しかし、剣がその切っ先を見せることはなかった


「こんなに震えてちゃ、抜けないよ...」


ルカは顔を歪め、両手で剣を引き抜く

目の前の人間は死を覚悟しているのだろうか。腕を裂かれた衝撃に失神してしまったのか、顔にできた傷や、体中に滲む痛々しい傷をもろともせずに安らかな表情を浮かべていた


勇者は源二の前に片膝を立て、顔を覗き込む



静かな風が吹き抜けると、勇者が剣先を喉元に突き立てる。


心臓の音が跳ねあがり、落ち着きを取り戻した鼓膜を圧迫する

息が上がり、剣先がカタカタと揺れる


次第に耳鳴りが響き渡り、視界が狭く、暗く抑え込まれる


「アアアアアア!!!!」


勇者は力の限り剣を振り落とした。



「ゲンジは死んだ....

神よ。彼に、彼に二度とこんなことが起こらないよう、祈りを捧げます。」


勇者は草原に寝転ぶ源二の姿を呆然と見つめる

これ以上、この身体を傷つける覚悟は...ない。

あるはずもなかった。


青年は近くに転がっていた血まみれで、傷だらけの左腕を拾い上げると、自分の服を歯で引き裂きその腕を納める

それに反するように大粒の涙は絶えず零れ落ちていたのだった。


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