第1節 5章 暗躍編Ⅳ
さて、暗躍編も最終章になりました。毎日少しずつ私の小説を読んでくださる方々が増えてきてくれて嬉しいです。
闇夜の中、華やかなピンク色の長髪がほのかな光に照らされていた。
床は濃い赤と黒で染め上げられ、その波がだんだんと床を押し広げていく
「久々の外です。ね?オリバー?」
「ツバキ様...」
「あなた、せっかくエイレーネで密かに暮らしてたのに、どうして今になって私のところへ?」
「そんな、私はただゲンジという男を探していただけで...」
「焦りすぎて可愛らしい顔が台無しよ?さあ、顔を上げて見せて頂戴?」
シャルロットに源二の捜索と暗殺を依頼されていたオリバーは、裏社会のツテを頼りにウェインフリートの内部へ数名の部下と共に潜入していた
オリバーはゆっくりと顔を上げると、仲間の飛散した肉体と鮮血が床に反射し、目に飛び込んでくる。
流れ出る冷や汗とあふれ出る恐怖をこらえながら顔を上げると、暗闇の中に妖艶な笑みを浮かべるツバキの姿があった。
「どうか、どうかお許しを...シャルロット殿下には一切お伝えいたしません故...」
「あら、あの小娘から依頼されていたのですか。まあいいです。最近あなた達がちょっかいを出してくるから、あの子がどんどん壊れて行ってしまうではありませんか。」
「壊れる...?」
「闇の魔法使い、ウェインフリート公国第三権力機関、新たに根源へ至る者、ゲンジ。光と闇の魔法使いは戦いを重ねるごとに壊れて行ってしまうもの。」
「まさか...タダのガキがそんなことに...」
「でも...駄目よ。私がちょっと虐めちゃったせいでかわいいあの子に嫌われちゃいそうなの。
それに、元老院も召喚者を欲しがっていたじゃない。同じ日陰者同士、取り込みたいものは同じってことよ。」
「そんなことで...」
「命なんてそこらへんに浮かぶ塵に同じ。そうでしょ?」
ツバキはゆっくりと素足を前に出すと、布が床に擦れる音が静寂に伝わる
その歩みが一つ、また一つと近づくにつれオリバーの息使いが荒くなっていく。
「すべて!私共のすべてを差し出します。ですから!」
オリバーはツバキの双眸と目を合わせると、闇に鈍い光を灯す蛇のような眼差しに時が止まったように錯覚する
すると、するりと下あごに細い指が伸びると目前に妖艶な女性の顔が現れる
「すべて?そんなの当り前よ?坊や。」
フッと軽い風が鼻腔を通り抜けると同時に、体中に電気が走ったような痺れが訪れると、それを知っていたかのように蛇が絡まってきたような指がするりと離されると振り返り、ゆっくりと歩き始める
「こ...この野....」
怒気の籠った叫びが室内に響く音が水が地面に降り注ぐ音共に消失していった
しかし、この時ツバキは知らなかった。ツバキを追ってきたわけでもゲンジを追ってきたわけでもなく、オリバーを追ってきた人物がいたということに。
しかし、勇者もまた驚愕のあまり見る影もない遺体の変容ぶりに正気を失いそうになったものだった。
日をまたぎ、勇者はシャルロットと向き合っていた
「ツバキ、ウェインフリート帝国の裏社会の実権を握っていると言われてる人物よ。」
「その人物がこの国の腐敗を作っているのですか?」
「腐敗?」
「人身売買に拷問...」
「あら、それは初耳ですわ。残念ながらこの街ではそういった勢力の力は及んでおりません。ですが、オリバーの存在には前から目を付けておりました。ですので、オリバーがツバキと接触したことを考えると、もしかしたらその可能性はあると思います。」
シャルロットは白々しくも驚いた顔を浮かべると、勇者に説明する
「ありがとうございます。シャルロット殿下、では私はこれで」
「頑張ってくださいね」
楽しければ楽しいほど、時間はあっという間に過ぎるもので気が付けば源二達は再び馬車に揺られていた
「あーあ、もっと遊んでたかったなー。海、気持ちよかったなぁ...」
「だからって水着持って帰ってくることないじゃない」
「別にいいじゃない!かわいかったんだもん!」
源二はこの世界に水着というものがあるということがまず驚きだったが、顔だけでなく激しい運動で引き締まったボディーラインを強調するような攻めた水着に目が釘付けだった源二にとってもこのバカンスは楽しいものだった。
浜辺で寝転がり、日差しを浴びたり。
可愛らしい美女を眺めたり。
しかし、その楽しい時間もつかの間源二には新たな戦いが待ち受けていた。それは、クロセス・フロストの治めていた領地をどうするかという会談に源二も立ち会うということだった。
すこし、気負いはするが源二は軽く胸の辺りに触れるとぐっと目に力を籠らせる
すでに覚悟は決まっていたのだった。
帝都へ戻ると、源二はペトラたちと別れクリス達のいる拠点へと戻った
「やあ、ゲンジ君。」
「フォールンさん」
「早速ですまないがゲンジ、皇帝同士の会談にお前も出席しろ。いいな?」
源二はすでに心を決めていた為すぐに頷くと、自室へと戻っていく。
「だいぶ気持ちが整理できたらしいね。何かしたのかい?芽亜利君。」
「私はただ女心を伝えたまでですわ。」
「ハハ、君もなかなかやるねえ。」
「はて、芽亜利はあんな顔を浮かべるような子だったかの。」
「それも、彼の魅力なんだよ。優しすぎるのはどうかと思うけど、彼の心は慈愛の精神に満ち溢れてるからね。」
「お主、そういった感情には疎いのではなかったかの?」
「そう見えるだけさ。さて、数日後ラインハルトはどんな顔をするかなあ」
フォールンの覆面に鋭い光が反射した。
儚くも旅行気分も数日たつと、いつも通りの風景に戻るものでいつも通りペトラと源二、芽亜利、エレーナは四人で食事をしていた。
「あーまた遊びに行きたいなあ...」
「今度は自分のお金で行かなきゃね」
「そういえば、近々エイレーネの皇帝がここまで来るらしいわよ。」
「あっ、それ聞いたわ。」
「ああ、それ...」
「ゲンジ様もご出席なされますわ。」
「は?なんで?」
「いろいろと深い関係が...」
ペトラはため息をつく
「なんでこんな爆弾抱えてるんだろ...こいつのせいで魔物は寄り付かないし、厄介ごとを頼まれるし、おまけにあたしたちの水着もずーっと見るような変態だし。」
「ちょ!最後のは違うだろ!」
「私はいつでもよろしくてよ?」
「私も...」
「ちょっと、エレーナまで!」
ペトラは思わぬ援護射撃に焦りの顔を浮かべると、エレーナは見計らってたと言わんばかりに笑みを浮かべていた
「皇帝は、今回の会談をだいぶ高圧的に進めるらしい。」
「ええ、そうでしょうね。そのために私たちがあんなことやらされたんだから。」
「ごめん、実はこの後予定あるんだ。今日はお先に。」
「うん、気を付けてね。また明日。」
エレーナとペトラに見送られ、一度拠点に戻るとすでにクリス達が待っていた
「お、主役の登場だね。」
ゲンジ達は再び街に向かい歩き始める
今日は、事前に言われていたツバキとの会合があったのだった
やがて娼館街を通り、いつものように長い階段を上り一番上の部屋にたどり着くとツバキが妖艶な笑みを浮かべて源二達の訪問を喜んでいた。
「ゲンジさんはいつぶりでしたでしょうか...はあ、可愛らしいですわ。」
「あ、ありがとうございます。」
源二は苦笑いを浮かべるとツバキは再びい住まいを正す。
毎回こんなことをする必要があるのかと聞きたかったが、こうしたいんだろうと自己完結すると、少年もツバキの双眸を覗く
「最近、エイレーネの裏に住む者たちがゲンジ様を嗅ぎまわっておりましたわ。
ですが、特に何でもない虫だったので私の方で対処しておきました。
それと、ラインハルトが明日到着するようです。」
視線がゲンジに注がれると重く頷く
「逞しくなりましたわね。ゲンジさん。」
「どうも...」
「でも惜しいですわ。今すぐあなたを私の元に置いてずっとその姿のままとどめておきたいですもの。」
「それも面白いけど、今ゲンジ君はいろんなところに引っ張りだこだからねえ。落ち着いたらまた寄越すよ。」
そんな調子で、冗談なのか本心なのかわからない報告が終わると、一同は再び拠点へと戻った
「そういえばなんで全員であそこに行くんですか?」
「ん?それはねえ、みんな勝手にどっか行っちゃうからまともに指揮をとれるのもほぼあそこだけなんだ。」
源二はとんでもない理由に苦笑いを浮かべるとやがて拠点についた。
「さあ、源二君。明日は大一番だからね。頑張ってね」
プレッシャーをかけられるとかえって少年の心は酷く押しつぶされそうになる。闇の魔法使いになったことで夜もまともに眠れないせいで、一人でいる自時間が長ければ長いほどどうでもいい思考が頭中を駆けまわる。
そして迎えた次の日、源二は正装に身を包み一人で王城の中に立っていた。源二の少し前には皇帝のアルレイド・センが座っていた。
「ゲンジ殿、此度はよろしく頼む。
お主はずっとそこに立っておればよいからな。」
センは含みのある笑みを浮かべると、再び入口に目を向けるとほぼそれと同時にドアが開く。
「よくぞ、お越しになられたラインハルト帝」
センは立ち上がってラインハルトを出迎えると、そこにはいつぶりだろうか、ゲンジ達を召喚したラインハルトが立っていた
「お主も壮健だな、アルレイド・セン」
二人は歩み寄り軽く挨拶すると、ラインハルトを向かいの席へ座らせる
センも源二の前に戻り座ると、ラインハルトも体勢を整え正面を向くと、幾時まえに自分が殺そうとした少年の姿が見える
「セン殿...そこの少年は?」
「ラインハルト殿、此度は非公式の会合。多国間の了承を得ていない会合につきご内密に願いますぞ。」
一見すれば要領を得ない受け答えにラインハルトは顔を顰めるが、すぐにその表情も治まる
「この度は、そなたの国の冒険者が私の国を救ってくれたこと感謝する。」
「あれは、危なかったなあ。いやはや、間に合ってよかった。」
「そこで、我々はそなたらの意見を聞かせていただきたい。」
センは軽く肩を揺らして当然だと言わんばかりに鼻で笑うとラインハルトの眉が僅かに動く。
それもそのはず、この男は意図して借りを作ったのである。それも、エイレーネという国が全力をかけて殺したい相手、ゲンジという新たな闇の魔法使いの力を使って成した偉業だということは、恐らく耳に入っているはずだろう。
「シザーベントは連合小王国群のなかでも厳しい気候にある。天然の食材が豊富だが、開拓するには向かない...
聞くところによれば、そなたの国は召喚者というものが新たな開拓法に着手しているそうだな」
ラインハルトは軽く笑みを浮かべるとすこしばかりの静寂が訪れる
「では、こうしませんか。召喚者たちをシザーベントに、その他あなた方の領地にも幾人か召喚者を派遣致しますよ」
ラインハルトは不敵な笑みを浮かべると、源二は胃が痛くなるのをこらえる
センは確かに自分という存在を正式なウェインフリートの国民としてここに立っている。それだけでもとんでもない事態だということに腹が痛む感覚をこらえていたが、こともあろうにラインハルトは秘匿していた召喚者の存在のカードを切ったのである。
白を切るセンの前に開き直ったラインハルト、間違いなく互いに切れ者同士だった。
「入れ。」
ラインハルトがそういうと、入り口のドアが開く。
そこには勇者、ルカが立っていた
「勇者...」
「はい、このものは教会を代表してここにおります。」
「なるほど。ではこれくらいにして、ゲンジ。こちらの方を持て成しなさい。ラインハルト殿よろしいですな?」
センは軽く体を傾け源二に問いかけると、ラインハルトも軽く頷くと少年と視線が交差する
すぐさまドアが開き、執事が二人を連れ出すと源二とルカは廊下を歩き、一室に通される
目の前に紅茶が置かれると、心地よいにおいが鼻を誘う
「まさか、またこうして君に会えるとは。ゲンジ君、だったよね。あの時はありがとう」
「いえ、そんな」
「本当に感謝しているんだ。」
勇者がカップを置くと、突然部屋の空気が変わるのを感じる
源二がルカの目を見るとそれは真剣そのものだった
「単刀直入に聞こう。君は、ツバキという女性を知っているか?」
源二は一瞬素直に話してしまうところだったが、ぐっとその答えを飲み込む
なにせ、相手は勇者とはいえ今は警戒しなければならない相手なのだ。
「そのツバキという人物は、貴族たちに奴隷を流しているかもしれないんだ。」
「奴隷?」
「そう、地下に人間や亜人種なんかを閉じ込めて痛ぶる。とんでもない奴だ。」
「ツバキさんがそんなことを!?」
源二は咄嗟に言葉を発してしまったがすぐさまそれを後悔した
「知っているんだね。」
源二は顔を顰めるとゆっくりと口を開く
「僕もツバキさんとは深い付き合いはない。それに、何を根拠にそれを!」
「僕は、先の反乱でエイレーネの二領地奪還に参加した。
それは酷い気分だったよ。でも、僕が殺した人たちは皆奴隷のような人たちだった。
奴隷自体を否定したいのかもしれない。でも、僕が殺した奴隷はきっと普通の奴隷じゃない。
僕が切り伏せていたのは、魔法に乗っ取られたようなそんな人だった。
自分の危険を顧みず、危険な魔法を放っては飛び込み、時として手段さえ、魔法による反動さえ厭わない。
僕は心の底からこんなことをする奴は止めなきゃって思ったんだ。
正直、君の知っているツバキという人物がその元凶というのも証拠はない。だが、エイレーネの裏社会にいた人物を追っていたらここにたどり着いた。
だから君に。違う国なのにも関わらずあの地を取り返してくれた君に聞きたいんだ。」
源二は戸惑っていた。今彼の目の前にいる人物は隣国の人物。それも、ただの隣国ではない。自分の存在を知り、殺そうとしてくる存在が多いのだ。容易に話すわけにはいかない。
「正直、僕にはわかりません。本当に少し関わりがあるだけなんです。
それに、奴隷の話も初めて聞きました...」
勇者は前のめりになっていた体を背もたれに預ける
「そうか。君とは分かり合えないようだね、ゲンジ君。」
「闇の魔法使い、ゲンジ。僕は、あの街を救ってくれた君なら。闇の魔法使いである君なら、新たな世界を作れると思ったのに。」
「新たな世界?」
「誰も虐げられない世界だよ!!」
「君も人を切り殺し、組み伏せ!犯し!奪う!そんな世界が正しいと思うのか!?
僕だって勇者の末裔だ。僕の祖先だって、沢山のものを斬ってきた。...だからこそ僕が!この世界を変えたいんだ!」
「落ち着いてくれ。」
「すまない...」
源二は言葉をかけながら心臓の鼓動が早くなるのを体内を通して感じる。
緊張の音が、滲む汗が、目の前に立つ勇者の言葉を吸い込んでいた
勇者の脳裏には今にも戦場での光景が思い浮かんでいるのだろう、同じような心当たりのある源二にとって想像することは容易だった。
「間違ってるとは思うさ。俺だって。
でも...それでも、ツバキさんはそんなことをする人じゃない。」
「そうか...わかった。気が変わったら、パラトスで私を探してくれ。君なら歓迎だ。」
「何故ですか....何故俺の言葉をそんなに信じるんですか...」
「君はパラトスを救った英雄だ。そんなことをできる人間はいない。今君は実際に、それを奢るわけでもなく真摯に僕と向き合ってくれたからだよ。」
勇者はそう呟くと、一人部屋を後にした。
しばらくの静寂に、嫌気がさし。すっかり湯気の治まった紅茶で喉を潤す
その奇妙にも華やかなにおいが源二を包んでいた。
少しすると、センが入ってくると咄嗟に席を立とうとするが手でそれを制される
「ご苦労であった。感謝する。しかし、勇者を連れてくるとは...あいつもあれでなかなか。
それで、勇者には何を?」
「いえ、特には。それでは、俺はこれで。」
源二は颯爽と城を後にすると、すでに薄暗くなり始める空を迷いなく歩いて行った
向かう先は、娼館街
源二は直接ツバキに話をするつもりでいた。
いつもの戸をまたぎ、一番上の居間にたどり着き奥まで進むががそこにツバキの姿はなかった。
しかし、ゲンジも引き下がるつもりなどない。その場に座り、ツバキの帰りを今か今かと待っていると、不意に首の辺りを蛇のように腕が回される。
「あら、ゲンジさん。うれしいですわ、このツバキのところに来てくださるなんて。」
源二は、体を後ろから抱きしめる腕を手でつかむ
「離してください。ツバキさん。」
「あら、そういう気分ですか?よろしいですわよ?」
「違います。さっき、勇者と話をしました。
ツバキさん、貴方がエイレーネに拷問をするための奴隷を流しているんですか?」
ツバキは自らぐっと包むこむ腕を止めると、源二の肩に顔を置くようにしてしゃべり始める
「もし、そうだといったら?」
「俺がそれを止める。」
女はクスクスと笑うと、もう片方の肩に回る
「残念ですが、私はエイレーネに奴隷なんて売っておりませんわ。
拷問というのも、まあ性的な趣向によりけりですが」
「でも、奴隷はいるんですよね。」
「ええ、すでに知っていると思いましたが?」
「でも、そんなひどい扱いを受けているとは...」
ツバキは再び妖艶に笑うと、するりと腕の拘束をとる。
そしてひらりと源二の正面に座ると、口元の笑みを隠しながらしゃべる始める
「奴隷はそんな扱いを受けてはおりませんわ。彼らもまた生物。働きに見合った報酬が出ないとみな逃げて行ってしまいますもの。」
「でも、それって奴隷なんですか?」
「ええ、奴隷ですよ?」
「でも、拷問とかそういうのは...」
「それは、買ったものの性的趣向ですもの。我々の傘下のところは奴隷はそうは扱いません。ゲンジ様?ついてきてくださいませ。」
源二は怪訝な表情を浮かべながらもツバキに連れられ、建物の地下に階段を降りていた。
その階段が終わると、ちょっとした個室から長い廊下が伸びていた。
その廊下とつながる部屋にはいくつもの鉄格子があった
ツバキは廊下を素足で歩いていくと、何もない鉄格子を一つ一つ眺めては進んでいく
「これは...」
「魔族と人間の大戦時、亜人種は人間の趣向の為に消費される物に成り下がりました。捕らえられ、犯され、時には闇の魔法の秘密を暴くために言葉にできないような苦痛を与えられていました。
でも、その大戦もやがて終わり、最前線の拠点であったこの街は貴方のいるクリス様たちによって独立しました。それ以来、奴隷はそうした苦痛を与えられるための存在ではなくなった。ただの働き手として売られて行きます。
でも、そんな綺麗ごとだけでこの世界は治まらない。それほどこの世界は汚れきっています。ですから、個人の扱いはわかりかねます。」
「じゃあ...」
「私共の奴隷はいわゆるただの従業員のようなものですわ。働き手のないものに仕事を与え、逃げ場のないように居場所を与えるだけ。ただ、そのどれもが売春や肉体労働でしかない。それだけですわ。なにせ、みな読み書きもできなければ魔法も使えない。
そんな有象無象らを全員助けられる魔法があるなら、教えてほしいくらいよ。」
ツバキは深みのある笑みを浮かべると、源二の手を引いて部屋へと戻る
「これで疑問は解けましたか?あなたの思っているような子はこの国にはおりませんよ?」
ツバキは源二の対面に座ったと思えば、ゆっくりと源二の元へ歩み寄る
「私、傷つきましたわ。ゲンジ様に疑われて、睨まれて...」
「その...ごめんなさい...」
ツバキは笑みを浮かべると、初めて会った時のように正面から抱き着いてくる
「いいんですよ。私があなたにしたように、貴方も私を疑って当然ですわ。ですが、これで。私たちの間に隠し事はナシですよ?」
ツバキが目前まで近づくと、源二も罪悪感からか動けるのに一歩たりとも引かなかった
「で、勇者様とは仲良くなったのですか?」
「はっ...はい。」
「でも残念ですわ、せっかく作った信頼関係も壊れてしまうなんて...」
「どういうことですか?」
「先ほど、クリスさんが勇者を殺しに行きました。」
驚愕の顔を浮かべると、ツバキの腕を振りほどくと、走り出した。
女は一人取り残された部屋の中、居住まいを整えると深い落ち着きのある視線を落としていた。
「運命とは酷なものです。奴隷は奴隷でも、人類のために命さえ差し出す英雄たちと巡り合うとは。貴方は、この世界の闇までも飲み込むおつもりなのでしょうか。」
皮肉なことにこういう急ぎの時に魔法というものは役に立つもので、ゲンジは颯爽と町中を駆けていく
勇者は王と一緒に来た。だとしたら間違いなくすでに出立するましてや勇者は今でもツバキやそのほかの奴隷を売っている人物を追いはじめるはず。
源二は迷わずに城壁を超すと、街道を走っていくと少年の予想が当たったのか、向かう先からけたたましい金属音が轟く
一気に飛び上がると、何処からともなく固有武器の槍を発現させる
そして、凄まじい雷鳴の如く勇者と黒いローブの男の前に立ちはだかった
「まさか、自分を殺そうとした側のひとにこの魔法を使うとは思わなかったよ。」
源二が使った魔法は雷属性の魔法、紛れもないラインハルトが源二に目にもとまらぬ速さで迫った魔法。対象と対象の間に雷を通す要領で移動する魔法だった
「ゲンジ君!?」
「ゲンジ...退け。」
「嫌です。なぜ、クリスさんが勇者を殺そうとしてるのかは俺にもわかりません。ただ、この人は...」
突然に唐突に目の前に立ちはだかったからこそまともな回答はできない。
しかし、今ここで勇者を死なせたくはない。冷静な判断ではないが直感でそうしたもである
「逃げろ!」
源二はクリスに槍を振るうと、その攻撃は空を切る。
続けざまに鉄塊と鉄塊が交差する音を響かせる
「すまない!」
勇者は馬を走らせる
「ツバキさんじゃなかった!本物は、別にいる!」
源二は背後にいる勇者を見ることはしなかった。次第に馬の脚の響きが遠のくと、槍を再び握りしめる
「何の真似だ。」
「あの人は、不当な奴隷を生み出している人物を倒すためにここに来たんです!」
「丁度お前ともしばらく手合わせをしていなかったな。」
源二は少し後ずさる
「お前が逃がしたのは...まあいい。お前もこの戦いからは逃げられない。お前の手にしている闇の魔法は勇者の力とは違いすぎる。」
クリスは源二ではなく、源二の後方を見つめる
その視線を追うように源二が後ろを振り向くと、そこにはフォールンが木の上にいた。
白骨化した指の間に挟まるナイフが今にも投げ出されそうな格好で刃が煌めく
「ルー。」
フォールンが勢いよく虚空にナイフを投げると、視線で追うことのできるギリギリの速さで飛翔していくとその刃の向かう先は勇者の背中を完全に捉えて離さない。
そんな攻撃に目の前の大きな存在を前に届くはずもなく少年は咆哮する。
「やめろ!」
源二は追いつくわけもなく、力なくその刃を望んだその刹那
「神より与えられしアトラスの力よ...我が望みに答えたまえ!」
遠くから呪文を叫ぶ言葉が轟くと、閃光が辺りを包んだかと思いきや何処からともなく魔物が現れ、フォールンの投げた刃を受け、魔物が転がった
その姿にがっくりと崩れ落ちる
「召...喚...」
「なんで...どうして...」
「言ったはずだ。勇者は人造だと...作られたものが魔法を持つことはできないと。」
「そんな...」
「これが、世界の現実だ。」
源二はの頭は突然突き付けられた現実に頭がごちゃごちゃになる。
今まで術者が死んでいたと言われた召喚の魔法はそう簡単に真似できるものではないと言うことは報告を受けていた。
しかし、かの勇者は確かに召喚の魔法を使ったと言い切れるだけの自信があった。
それが何を示しているか。人造に造られたからの容器の中には他の術者の魂が眠っているのだと。源二はこの時感じ取ったのだった。
虚空に溶けきると地面を握りしめる
あふれ出る涙が視界を濁らせては零れ落ちていく
クリスとフォールンは泣き崩れる少年を後に闇夜へと歩き出し、やがて音もなく消えていった
ご褒美回から一転、最悪の出だしでしたね。
次回からは勇者降臨編をお届けします。
その名前の通り、源二君はさらなる試練に挑みます...かわいそうですね。




