第1節 5章 暗躍編Ⅲ
さて、暗躍編も半分を超しました。
今回もご褒美回の続きです。なんでこんなに長いんだと思う人もいるかもしれませんが、この小説はもともとⅠからⅣを一纏まりで制作したものを分割して出しているのでどうでもいいような話も滅茶苦茶長くなっちゃいますね。ごめんね。
清らかな光が差し込む、白大理石を基調とした建物の中ひと際華やかで厚いプレートに覆われた青年が白と赤を基調としたローブに身を纏う老人に向かい跪いていた。
「勇者ルカ殿、此度はご苦労であった...」
「教皇様。私は誰を相手に戦っているのでしょうか...」
「確かに、同胞を切るのは痛ましいことです。しかし、あなたは見たはずです。戦争の何たるかを」
「はい。
ですが、教皇様...この国の者たちはみなあんなに腐敗しているのでしょうか?」
「それはどういう?」
「私は、此度の戦いで初めて人を殺しました。いくら同胞とは言え、敵は敵。私の使命はこの国の民を護ることです。ですが、取り返した領地には多くの奴隷や貴族の持つ土地の地下に拷問のための地下牢も御座いました...もちろん、其処に囚われていたものも...」
「なるほど...しかし、貴方が見たものは敵の領地。それに、残念ながらこの国を収めているのは私ではなくラインハルト皇帝陛下に一任されている。
いくら神の使徒である私たちとて、この国の底の底までは見通すことができません。
しかし、この国、この首都にも裏の世界はある。まずはそこから探り始めれば、貴方の求める元凶にたどり着けると思います。」
勇者は立ち上がると、振り返り金属がこすれ合う音を響かせながら歩き去っていった。
ルカは教皇に言われたような奴隷だけのことではない。もっと深い深淵を覗いているような気分を感じていた。
それだけではない、初めて人を殺した時からルカの気分は沼の底にいるような気分だった。
自分の持つ剣を振ると、肉が割け、骨が砕け、悲鳴が耳に届く
もちろん一人だけではない。二人三人と次々に剣を振るわなければ自分が死んでしまう以上、ひたすら人を切り続けた。
最初はこの国にいる民を護れるならと意気込んでいた。しかし、現実は大きく違った。
輝かしい勇者の初陣は同じ国の者達だった。
さらに、街を奪還した後。勇者はとある地下へ続く扉を見つけると、そこは地下牢で酷く傷ついている亜人種や人間の娘誰かもわからない死体が転がっていた。
そして、どの奴隷たちにも共通していた点...
全員が魔法を使った痕跡があること。
確実ではない。
しかし、微力な魔力が残留していた。
その名状しがたい光景が絶えず脳裏にこびりついていた。今すぐこれをやめさせなくてはならない。その使命感だけが勇者を突き動かしていた。
しかし、だれがそれをやっているのか。まずは少しでも情報を集めなくてはならない。
ルカは娼館街へ足を向けたのだった。
「はてはて、シャルロット殿下がここに来られるとは...私も終わりですかな?」
「オスカー、今日は依頼したいことがあってきました。」
「おお、なんと。王女殿下が直々に私のような日陰者にご依頼したいこととは何でしょうか...」
オスカーという名前の男性はきっちりとした格好で笑みを浮かべると、シャルロットの双眸を見つめる
「ええ、あなたゲンジというウェインフリートの冒険者は知っていますか?」
「ゲンジ...はて。他国の魔物狩りの名前までは...」
「そのものの暗殺を依頼したい。」
「はあ、わざわざあなたのような方がお願いするような相手なのでしょうか。理由をお聞かせ願えますか?」
「ゲンジはウェインフリート第三権力機関と関わりのある闇の魔法使いの可能性があります。いずれ、私たちの敵になる。それを阻止するためです。」
「ほう、でしたら高くつきますな。」
「どれくらいかしら。」
「殿下がそのお身体をお売りする程で御座います。」
「殺されたいのかしら。冗談はいいから、教えなさい。」
「では、パラトスに私共の組織を...」
シャルロットはグッと顔を顰める
「私の領地は奴隷も、売春も禁止よ。」
「心得ております。ただ奴隷や娼婦を扱うだけが私たちの事業では御座いませんので...」
「いいわ。」
シャルロットが立ち去った後、男は足を組みなにやら考え事をしているような様子を浮かべると顔を顰め、舌打ちをすると男の条件を呑んだのだった。
「ちょっと!ゲンジ、起きなさい!食材買いに行くわよ。」
身体がたたかれる感覚を帯びると、意識も同時にはたき起こされると鎧を脱ぎ、ラフな普段着に身を包んだペトラとエレーナが目の前に立っていた。
いつもとは雰囲気の違う二人に目を奪われる
「何よ。」
「いや、別に。」
「おいてくわよ?」
ペトラがそういうと、ゲンジも伸びをするとすぐそばに座っていた芽亜利と共に後を追う
四人で街を歩いていると、帝都ほどではないが豊富な食料が目に飛び込んできた。
「ここら辺は海辺だから、新鮮なお魚が多いのよ。今夜食べてみる?」
「いいじゃない!普段食べないから食べてみたいわ。」
エレーナはペトラの提案に頷くと、ほぼ二人の会話だけで夕食が決まっていってしまった。
元よりゲンジは料理ができないため、食べたいものがあっても何も作ることができなかったこともあって口をはさむ余地がなかった。
源二達は買い物を済ませると、再び屋敷へと戻った一行は早速夕食の準備に取り掛かった。
「ゲンジ、あんたも手伝いなさいよ。」
「え...まあいいけど...」
「芽亜利ちゃんもやる?」
源二と芽亜利も半ば強制的にキッチンへ連行されると、結局全員で料理をすることになった。
どうやらペトラとエレーナは共同生活をしているだけあって、酒場を利用しないときはどちらかがその時の気分で作っているようだった。
「芽亜利ちゃんもお料理するの?」
「料理なんて大層なものでは御座いませんわ。野生の動物を殺して食べておりましたわ。たまに魔物も食べていましたが、あまり美味しくないですから。」
「結構ワイルドなのね」
「所詮、栄養補給ですもの。」
「うげ、魔物食べるなんて信じらんない。」
「じゃあ、これからはたくさんおいしいもの食べられるわね。」
エレーナは笑みを浮かべると、芽亜利を目の前に立たせ後ろから食べ物を調理するのをサポートしていた
少女はあまりナイフの安全な使い方にも慣れておらず握り方も少し間違えば人を刺すように掴むことしかしなかったり、時に生活魔法で野菜を木っ端微塵に斬り裂きそうになっているのを見ると可愛らしい一面に源二は思わず見とれてしまっていた。
「なに?羨ましいの?」
「ちげえよ!」
「なにそんなムキになってんのよ。」
ペトラにジト目を向けられると、それを隠すように頼まれていた仕事を進める
四人で支度をしたからか、全員が生活魔法レベルであれば難なく使えるからか、かなり早く料理が完成すると席へ運ぶ。
源二も椅子に座ると、魚と肉、野菜のいい匂いが立ち込めていた
「ねえ、前から気になってたんだけど、あんたが毎回言ってるそのイタダキマスって何?手合わせたり、ちょっと怖いんだけど。」
「え?ああ、これは癖で...命を頂くっていう意味でやってるんだ。」
「そういう宗教なの?」
「宗教に入ってるわけじゃないんだけど、そういう風習みたいなのがね。」
「へー。こう?」
ペトラは手を合わせる様子を見せる
「そう。それでいただきますって」
「イタダキマス...なんか変な気分ね。奪っておいて感謝するなんて」
「良いじゃない。ゲンジ君らしいわ。」
エレーナも同じように手を合わせると、料理を口に運ぶ。
源二も魚の身を含むと、魚の持つ塩味と脂身が舌を包む。
その姿を見て、ペトラは驚いた表情を浮かべる
「ねえ、アンタ...なに泣いてるの?」
源二は慌てて目をこすると、あまり得意ではない臭く酸っぱい飲み物でかき消す
「ごめん、なんでもない。ほんとに。」
「なにか私達した?」
「いや、ちょっと...魚食べるの久しぶりで...」
エレーナは胸をなでおろすそぶりを見せるとペトラもため息をつく
「そういうことね...」
「そういえば、俺がいなくなった日の朝も鮭の焼き魚だったっけ...」
「ねえ、ゲンジ様?ゲンジ様がいた世界はどういう世界なんですか?」
「うん。俺が来た国は、日本っていう小さい島国で育ってね。魚も毎日のように食べてたんだ。」
「そういうことなのね...」
「ごめんね、驚かせちゃって。」
「いいのよ。みんなそれぞれの故郷があるのは当然のことよ。」
エレーナは笑みを浮かべる
源二達はその後いつものように談笑をしながら夕食を食べると、気を紛らわせるために、源二が洗い物を引き受けた。
洗い物なんて、家事なんてただでさえやらない。ましてや文明が違う異世界でなんてやったことさえない。
慣れない手つきで、皿に手をかけると持ち上げた一つ下のさらが持っていかれる
「手伝うわ。」
「エレーナさん...」
「ペトラと芽亜利ちゃん、二人でどっか行っちゃった。」
「そうですか...」
視線は合わないがそれぞれの仕事をこなしていく
「こうして話すのも、ペトラを運んできたとき以来ね。」
「そうですね」
「やっぱり辛い?人を殺すのって」
「いや、それ自体は大丈夫なんですけど...」
「話して?」
「でも...」
「いいから。」
「槍を背中から刺した時、寒かったから滴る血が気持ちいいって。槍を動かすと肉が付いてくる感覚。それに呼応して痛みを感じるからだが...」
「そういうことね...確かに普通じゃないわね。
でも、元からこの世界に普通じゃない存在なんていないわ。
ここに住んでいた地龍もそうだけど、魔族を手あたり次第に殺して住んでた土地を奪って、果てには仲間だったもの達でさえも殺して魔法を極めようとするなんて...」
「それなら、僕の世界でも一緒です。
ここにいる世界は魔法があるから違うところも多いけど中世っていう時代に似てるし、僕の住んでた時代は何千年にも続く戦いの後。
数えきれないほどの人を殺して、奪って、殺されて奪われて。」
「どの世界も一緒なのね。」
「はい。」
「だったらなおさらおかしくて当然じゃないかしら。少なくとも、あなたの周りの人は貴方のことを攻めたりなんてしないわ。
もし、攻める人がいたらお姉さんが怒ってあげるわ!
はい、おわり!」
エレーナはいつの間にか皿を片付けると、源二の手を取って外へ連れ出す
「あれは...」
源二の視線の先には、月明かりに照らされた浜辺の上を縦横無尽に走り回っては交差するペトラと芽亜利の姿があった
「ペトラは、もう心に決めたらしいわよ。」
その少し前、ペトラは芽亜利を外に連れ出していた
砂を踏む音が耳に届くと同時に波の音に溶け込んでいく
「なんですの?私、はやくゲンジ様の元へ戻りたいのですけど。」
「ねえ、こんなこと言うのは調子がいいとは思うけど
私の相手をしてくれないかしら。」
「相手?」
「ええ。アタシ、強くなりたいの」
「何よ...」
「小娘、何のために力を欲する」
「それは...」
「つまらない理由でしたら、ここで私があなたを殺しますわ。」
「そうじゃない。パラトスの街へ行ったとき...ゲンジの姿を見た時、私が守らなくちゃって...
このままじゃフロスト達みたいに奪われるだけだって...」
芽亜利の双眸が鋭い光を帯びると初めてペトラの視線と交差する。帯びた空気がまるで初めて二人が出会い、戦った日を彷彿とさせるような重みを帯びると少女は怪しく口を歪めた
「良いですわ。」
「え?」
「なんですの?」
「そんな簡単にうなずいてくれるなんて...」
「どうせ断ってもやるというまで来るのでしょう?」
それを遠巻きに見ていた源二はどこか、綻びが生まれたような気がしていた。
もろく崩れたのではない、必ずしも同じような悩みを抱えているのが自分だけではない、深刻なのは自分だけではないのだということに安心したのであった。
やがて芽亜利とペトラがもどり、順番に湯浴びを済ませると振り分けられた寝室へと入っていった。
源二はいつもの如くねれないままボーっと窓から外を眺めると、幾重にも波が押し寄せては砂を整える
何に誘われたのか、そっと足音を立てないように外へ出ると砂の上を歩き始め波の際で立ち止まる
強い波が来たのか、足元が水気を帯びており足裏に張り付くとそれを洗い流すかのように冷たい波が足を多い、細かい砂に微かに沈む
海水の心地よさに思わず笑みを浮かべると、後ろから近づく気配に咄嗟に振り返る
「芽亜利?」
「ゲンジ様...よろしいですか?」
源二は頷くと、芽亜利と一緒に波うち際を歩いていく
少年は水の中に足をうずめながら彼女の様子を微かに目の端に捉えていた
「私、最初はわかりませんでした。
なぜ、ゲンジ様は闇の魔法をお持ちなのにそれを使いたがらないのか...
なぜ、人を殺したがらないのか、血を流したがらないのか...」
源二が立ち止まると、少女も立ち止まり向き合う
「私もその姿を見て昔の姿を思い出しましたの。
何故私が闇の魔法使いを殺していたのか...
最初はただの復讐だった、両親を殺されて初めて人間を殺した。
幸い私は強い魔法を使えましたから、何の苦労もありませんでしたわ。
だからこそ、止まることなく復讐を続けた、それが気が付けば鮮血の処刑人だなんて呼ばれるまでになってしまいましたわ。
それがあるときから、強い魔法使いを求めるようになっていった。それがある日、貴方様と巡り合った。
もう何の復讐なのかも思い出せませんわ。ただ、ゲンジ様。もう一度、私と立ち会ってくださいませんか?」
「どうして...」
その言葉を発した途端、懐からナイフを取り出し急迫する
源二は咄嗟に後ずさりするものの、そのまま飛び込んでくる芽亜利を抱きとめるように浅い水しぶきが舞う
鈍い痛みが、淡い光に照らされた海水が鮮やかな鮮血を滲ませる
「戦いは...戦いは甘いものでは御座いませんわ。私が一瞬で武器を失ったように...
一瞬の迷いが、気のゆるみが、覚悟の無さが大事なものを奪っていきますわ。」
ゆっくりと、胸に突き刺さったナイフにゆっくりと力を込めると慣れるになれない激痛が胸を貫く。
少女はとめどなく握りこまれたナイフへ力を送ると肉を押し広げ、つき穿つ切っ先がメリメリと繊維を破壊していく音が体内で響く
「今ここで、貴方様が私を殺しても悔いはありません。ですが、私があなたを狙ったように、貴方を殺そうとする人間は多いのです。
今この時の安息の時間さえ奪い去る暴力の前では、どれほどの苦しみにも代えがたいですわ。」
波の音が幾重にも重なる
一気に胸の鉄塊を引き抜くと、脂汗が額を滴る
すると、痛みは次第に消え海の赤だけが漂う
「ゲンジ様」
「いいんだ。俺が悪い...俺の気が緩んでたんだね。」
「もどろう、こんな格好じゃ今あるこの時も楽しめない。」
少年は歩き出すと、ナイフに付けられた傷からそれ以上血が流れ出ることはない。傷が繋がり、どんな怪我も克服できる。そんな常軌を逸した現実が自分の心の中をより一層深い闇で覆いつくしていく実感を確かに感じ取っていた。
するりと腕を絡め芽亜利も付き添うと、今隣にいるこの少女は一体どこまで狂っているのか、だがこれが彼女なりの伝え方なのだと、少なくとも自分を殺そうとしていたころとは全く異なるということだけは確かだった。
「ゲンジ様?今日は一緒にお休みしてもいいでしょうか」
「どさくさに紛れてそういうことしないで」
いきなり襲い掛かってくる味方って怖いですよね。
次回は暗躍編の最終章になります。毎度四日で完走するのは味気ない気もしますが、楽しんでくれるならそれでもいいですよね。




