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機械仕掛けの神(3)

 その場にいた者たちは黒い風が次々と重機やロボットたちを壊していくのを見た。それはあまりにも一瞬の出来事で、まるで白昼夢を見ているようであった。

 爆発で燃え上がる景色の中に陽炎が立っていた。

 揺らめく闇色の影。その中に浮かぶ蒼白い顔。そう、それは美しき魔人の顔であった。

 予期せぬ強敵の出現にハイデガーは狂喜した。彼の中に流れる血が沸き立ち、全身が喜び震える。まさか、ここで鴉に出逢えるとは……。

「ガハハハハ、鴉、鴉、鴉ではないか! 久しいぞ、久しいぞ、まさかこの地上ノースで逢えるとは思っても見なかった。貴様がラエルとなったという噂は真であったのだな、ガハハ!」

「久しぶりだハイデガー元将軍」

 無表情であった鴉が失笑を浮かべた。

 ハイデガーは鴉の元部下であったが、今は互いに昔の地位を剥奪されている。今や二人とも罪人であるラエルでしかないのだ。

 ヒッポーの屋根に立っているハイデガーは機体の中に乗っているオペレーターに命じた。

「スラムの制圧はどうでもいい、奴を奴を全精力を上げて殺すのだ!」

 対キメラ用兵器YJ参型が三機、鴉を取り囲んで左腕に装着されているバルカン砲を構えた。

「撃て、撃つのだ!」

 ハイデガーの合図と共にYJ参型のバルカン砲とヒッポーの両脇に装着されているバズーカ砲が発射された。

 避ける間もなく放たれた弾は鴉に命中して辺りに砂煙が舞う。さすがの鴉もこれでは無傷とは言えまい。だが、次の瞬間、黒衣が波のように広がり中から無傷の鴉が現れた。黒衣が弾を全て防いでしまったのだ。

 YJ参型が三機同時に鴉に襲い掛かる。

 YJ参型の右手は人間の手のような構造になっており、その手で鴉を掴もうとするがなかなかうまくいかない。

 鴉は俊敏な動きで相手の攻撃を躱す。

「これも鉄屑だな」

 硬質化させた鴉の腕がYJ参型のボディにめり込んだ。

 腕を抜かれ穴から火花が散る。そして、停止。鴉はYJ参型を一撃で仕留めてしまったのだ。

 あとの二機も同じ方法で倒せる。機体の頭脳であるコンピューターを破壊すれば機体は停止する。わかりやすい原理であった。

 襲い来る二機のYJ参型の掌に装着された穴から光の粒子が発射された。それは科学と魔導の融合が生み出した魔導砲であった。

 渦を巻く蒼白い光を鴉は紙一重で躱した。鴉が先ほどまでいた場所には直径五メートル、深さ三メートルほどのクレーターができてしまっている。

 クレーターは赤く光り、まだ高い熱を帯びていることがわかる。魔導砲はそのエネルギーから、物体を砕く前に消失させてしまうのだ。

 バルカン砲を避けつつ、鴉はバルカン砲を撃っていないYJ参型と間合いを詰める。

 鴉がYJ参型と眼前まで間合いを詰めると、YJ参型の右手が鴉の顔に向けられた。それは魔導砲を放つ構えだった。

 身を翻した鴉はYJ参型の腕を掴んで、その腕をもう一機のYJ参型に向けた。

 次の瞬間、光り輝くエネルギーの塊がYJ参型のボディを貫き溶かしてしまった。ボディの中心を溶かされたYJ参型は腕を足だけを残して地面に崩れ落ちた。

 YJ参型の腕をまだ掴んでいる鴉はすぐさま鋭い爪でYJ参型のボディを貫いた。

 襲い来るYJ参型を鴉は簡単に仕留めてしまった。

 最後の一機から腕を抜いた鴉を見てハイデガーが怒りを露にする。

「なかなかだ、なかなかやるな鴉!」

「機体の最も頑丈な場所に頭脳を設置していては、そこを壊してくれと言っているようなものだ」

「さすがだ、さすがだぞ輝かしい称号を持つ〈輝星の君〉――アズェル!」

「その名はすでに〈命の書〉から消されてしまった。茶番は仕舞いだ、貴様自ら来るがいい」

 静かな挑発にハイデガーは乗った。この時をハイデガーは待ち侘びていた。

「ガハハハ、俺を昔の俺と思うなよ。今の、今の俺の力を持ってすれば貴様とて敵うまい」

「さて、それはやってみなくてはわからんな」

「いいぞ、いいぞ、相手に申し分はない」

 ヒッポーの屋根から地面にハイデガーを降りると、地面に乾いた土が砕けた。

 鴉とハイデガーに一騎打ちがはじまることにより、周りで動いていたロボットや戦闘員、そしてスラムの住人の動きが止まってしまった。

 静寂に誰しも嵐が巻き起こることを感じていた。

 ハイデガーはごつごつした指を鳴らし、首を回して柔軟をしはじめた。それを見たユニコーン社の戦闘員たちは物陰でカメラを回す報道陣に規制をはじめた。

 埃を舞い上げる風が鴉の黒衣を靡かせる。

 先に仕掛けたのは鴉であった。

 天に舞い上がった魔鳥は黒い翼を広げ、地上に鋭い爪を向けた。

 落下する鴉の爪はハイデガーの眼前で止められた。

 強い力で掴まれている鴉の腕はぐるりと捻り回され、鴉は捻れた方向に身を任せて宙を回転しながら身体をしなやかに曲げてハイデガーの顔面に蹴りを喰らわせた。

 顔面に衝撃を受けたハイデガーはよろめき、鴉の腕を掴んでいた力を緩めた。その隙に鴉はハイデガーとの間合いを取る。そして、すぐに地面を蹴り上げて鴉へ鋭い爪をハイデガーに向けた。

 血の出た口元を舌で拭ったハイデガーは腰元から銃を抜き撃ち放った。

 楽園アクエの技術を似せて作った銃からは雷光に似たビームが放たれ空気を焼いた。

 雷光は直線的に幾度も曲がり相手を翻弄する。そして、速度を上げて一直線に鴉に向かう。

 硬質化させた鴉の左手が雷光を受け止めようとした。だが、左手は鴉の身体をその場に残して後方に持っていかれ、身体から引きちぎられた。

 血飛沫が鴉の左肩から止め処なく吹き出る。

 鴉は表情を変えない。そして、やがて血は止まった。

 ハイデガーの眉が少し上がった。

「ガハハハ、血を止めることが精一杯か? そうなのだな、そうなのか鴉!」

「…………」

「そうか、そうか、それが貴様の力か。だが、なぜケトゥールをしない?」

「その問いに答える口を持ち合わせてはいない」

 黒衣が翼のように広がり、鴉はハイデガーに向かって行った。

 再び雷光を吐き出すハイデガーの銃。

 二度目はない。鴉は雷光の軌道を見切っていた。

 鴉は柔軟な身体を捻って雷光を軽やかに躱す。しかし、その瞬間、鴉の表情が変わり後ろを凄い勢いで振り返った。

 後方で人家が吹き飛んだ。それの鉄片が近くにいた人の身体に突き刺さり、即死させた。

 死んだ人間は小さな子供であった。

 次の瞬間、鴉の移動速度が上がった。

 ハイデガーは目を大きく見開いたが、避けることができなかった。

 鋭い爪がハイデガーの首を跳ね飛ばす。だが、ハイデガーの指は引き金を引いていた。

 放たれた雷光は鴉の胴体を貫き。鴉は地面に倒れた。

 乾いた地面の上に転がるハイデガーの首。そして、血を吹くハイデガーの身体。だが、やはり血は止まった。それどころではない。

「ガハハハハハハハ、なかなかやるな鴉。おもしろい、おもしろいぞ、俺の血が沸き立って来るのがわかるぞ!」

 ハイデガーはそう『言いながら』自分の首を拾って元の場所に固定させた。

 急速な早さでハイデガーの首の傷は感知してしまった。首が飛んだ形跡など見つけられない。

 ハイデガーは首を回して柔軟をすると、口元を少し吊り上げて地面に倒れる鴉を見下ろした。

「血をだいぶ使ってしまった。少しケトゥールが必要だな」

 ハイデガーは物陰に隠れていた青年に気が付き、鴉はハイデガーが何をしようとしているのかに気が付いた。

 物陰に隠れていた青年は猛スピードで自分に近づいて来るハイデガーに熱線銃を無我夢中で放った。だが、手が震えてどうにもならない。

 鴉はハイデガーの行動を止めようとするが重症を追った身体が動かない。

 ハイデガーは青年の身体を高く持ち上げた。

 陽光に照らされる青年の顔はザックにものだった。

「は、放せ!」

 熱線銃を握り締める手はガタガタと振るえ、ザックは熱線銃を地面に落としてしまった

 鴉は何もできなかった。握り締めた拳からは血が出ていた。

 陽光の下。持ち上げられた青年の身体から、紅が滴り落ちていた。

 物陰にいたファリスは見てしまった。ハイデガーがザックの首筋に噛み付いたのを――。

 長い時間、ハイデガーはザックの首に噛み付いたまま動かなかった。

 ザックの首から流れ出す紅い血。そう、ハイデガーは吸血行為ケトゥールをしているのだ。

 やがて満足に血を吸ったハイデガーはザックの身体を塵として放り投げた。ハイデガーにとって『ノエル』は糧でしかない。

 蒼い顔をしたザックは二度と動くことはなかった。

 ファリスは言葉を失い呆然と立ち尽くした。出来事が範疇を超えている。何が起きたのかわからない。

 ハイデガーは口元を拭って、地面に倒れる鴉の元へゆっくりと向かった。それを見たファリスはすぐさまザックの元に走りよった。

 地面に倒れているザックは身動き一つしない。息もしていないし、脈もない。

 否定したい出来事であった。だが、事実だ。ザックは死んでいる。

 多くの死を見てきたファリスであったが、まさか兄が死ぬとは思っていなかった。

 いつか人は死ぬものだが、それでも死が本当に訪れるなど思っていなかった。

「あーあ、あたし独りになっちゃった」

 悲しいはずなのに笑ってしまった。自分でもなぜ笑っているのかわからない。涙が次から次へと零れ落ちて来るのに笑ってしまうなんて、もう、わからない。

 ファリスは地面に落ちていた熱線銃を拾い上げ、そして、構えた。

 高熱の赤い光が熱線銃から放たれると同時に、小柄なファリスの身体が反動で動き、腕も上に持ち上げられてしまった。だが、高熱の光は的を焼いた。ファリスは反動を計算に入れて最初から下を狙っていたのだ。

 改造を施されていた熱線銃の威力はとんでもないもので、それはハイデガーの右肩を消失させるほどだった。

 恐ろしい形相で振り向いたハイデガーの顔を見てファリスは身を強張らせた。だが、すでに指は二度目の攻撃をしていた。

 高熱の光はハイデガーの身体を掠めた。今度は外してしまったのだ。

 震えるファリスの元へ歩み寄るハイデガーの右肩が徐々に再生していく。

「気の強い小娘の血は特に美味い」

 舌なめずりをした醜悪なハイデガーがファリスとの距離を縮めていく。

 ファリスは逃げられなかった。まるで蛇に睨まれた蛙のように、食われることを悟って身動きができなくなってしまった。

 死んでもいいとファリスは思った。そうしたら、可笑しくて笑ってしまった。

「殺したいなら殺せば、もう、いいよ……」

 笑いながら立ち尽くすファリスの頬にハイデガーのゴツゴツした手が触れる。

 ファリスは死を受け入れようとした、だが――。

「ファリスに手を出さないでもらおう」

 ファリスは見た。醜い顔をしたハイデガーの後ろに、美しい黒鳥が翼を広げていた。

 背中から突き刺さった爪はハイデガーの『核』を突き、ファリスの身体のすぐ前で止まっていた。

 ハイデガーの口から血が吐き出され、ファリスの顔を紅く彩った。 

「ガハハハハ、残念だな鴉。俺の『クゥーク』は移動してある」

「何っ!?」

 驚いた表情を見せた鴉はハイデガーの身体から引き抜いた。その手には銀色に輝く機械が握られていた。

 突如、背中に漆黒の翼を生やしたハイデガーは猛スピードで天に上昇した。その反動で巻き起こった風によりファリスは身体のバランスを崩し地面に手を付いた。

 手に握っている物体が何であるか悟った鴉は、それをハイデガーに向かって力強く投げ飛ばした。そして、すぐにファリスの身体に覆いかぶさり、黒衣が鴉とファリスの身体を包み込んだ。

 鴉にできることはファリスだけを救うことだった。

 次の瞬間、上空が激しく輝き、鼓膜を破る爆音を共に大爆発が起こった。

 爆発音以外は何も聞こえなかった。爆発は『全て』を奪ったのだ。

 爆発は地上を抉り、紅蓮の炎が遥か遠くの地上にまで降り注いだ。

 その現象は消失だった。凄まじい破壊力の中で、人々は泣き叫ぶことも許されぬままに死んで逝った。それは不幸か幸福か?

 スラム三番街居住区の大部分を消失させた爆発は巨大都市エデンに住む多くの人々の目に留まった。その規模は昨晩、謎の飛来物がつくったクレーターよりも大きい半径二五〇メートルであった。

 クレーターのほぼ中心でファリスは黒い物体に包まれていた。最初はそれが何であるか理解できなかったが、やがて黒い物体が自分の身体から離れ、鴉が姿を現した。だが、鴉は目を閉じており、そのまま背中から地面に倒れた。

 何が起きたのか理解できなかったファリスであったが、すぐに倒れた鴉の横に跪いた。

「鴉、大丈夫!? 目を開けてよ!」

 鴉は目を開けなかった。それどころか、いつもよりも顔を蒼い。その顔にファリスは兄を重ね合わせてしまった。

「死なないでったら!」

 悲痛な叫びは届いていた。身体が自由に動かない。だが、もう少し時間が経てばしゃべるくらいはできるだろう。

 この時、鴉を急激な渇欲を襲った。身体が燃えるように熱く、聖水エイースを欲している。

 鴉は喉の奥から声を搾り出した。

「私から離れるのだ」

「えっ、なに?」

「行け! 早くこの場を立ち去れ!」

 怒鳴り声は震えていた。それは身体全身に伝わり、鴉の身体は寒さに凍えるように震えている。

「どうしたの、大丈夫? ダメだよ、ほっとけるわけないじゃん」

「行くのだ!」

「でも――きゃっ!?」

 急に動いた鴉の身体がファリスを押し倒した。

「は……やく、逃げ……ろ」

 早く逃げろと言われてもファリスの身体は地面に押しつけられ、その上には鴉が覆いかぶさっていた。鴉の行動は矛盾していた。

 ファリスはわかってしまった。苦痛に歪む鴉の口元から長く伸びた糸切り歯が覗いていたのだ。

 大きく開けられた鴉の口は今にもファリスの首筋に噛み付こうとしていた。だが、鴉の歯は大きな音を立てながら閉じられた。

 鴉はファリスの上から素早く退いて地面に屈み、自分の首を力強く握っている。指の間から幾本もの紅い筋が流れ出ている。

「治まれ!」

 大声を出した後、鴉は自分の首から手を離し、荒い呼吸を何度もした。どうにか発作は治まった。だが、まだ聖水エイースが足りないことには変わりなかった。

 今にも倒れそうな足つきで立ち上がった鴉はゆっくりと歩きはじめた。その足取りはおぼつかず、まっすぐ歩けていなかった。

 鴉の腕が誰かの肩に勝手に回された。この場にいるのはファリスしかいなかった。

「心配で見てられないよ」

「私に近づくな」

「ヤダ。だって、別に行くとこないし、いつ死んでもいいよ、もう……」

 この場でファリスのことを突き放さなければならなかった。だが、鴉はしなかった。

 意識の朦朧とする鴉はファリスの肩を借りながら歩いた。それが何故か心地よかった。

 二人はスラムを出ることにした。行き先はない――。

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