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機械仕掛けの神(2)

 巨大都市の光と闇。

 繁栄を続ける都市の影である象徴の一つと言えるのがスラム街。アンダーグラウンドな世界にのみ許された、人々の放つ猥雑な価値観と逞しさ。そこに都市の裏の顔が存在している。

 スラム街の一区間は〈ホーム〉と呼ばれ、そこでは『表よりも』非合法なモノが多く売られ、二十四時間いつでも売春婦たちが歩き回っている。そして、スラムの地下では新興宗教集団や可笑しな実験をする組織などが根城としている。

 スラムの一角にあるとある廃ビルには悪霊が住み着き、スラムの人々でも決して近づかない場所がある。そのビルの中に鴉は棲んでいた。

 電気もない真っ暗な闇の中で鴉は身を潜めていた。鴉がこのビルに住み着くようになったのは三週間ほど前のことである。それ以降、ここにいた悪霊たちは何処かに逃げてしまった。それでも、ここに集まる邪気に惹かれて度々悪霊が現れることがある。

 蒼白く輝く物体に照らされ、鴉の顔が妖艶と映し出される。輝く物体は相手の大きさを知らぬ愚者な悪霊であった。

 全く動くことのない鴉を見て、ヒトの顔を持った悪霊は大きな口を開けて鴉を呑み込もうとした。だが、悪霊は鴉に触れる瞬間、霧のように掻き消されてしまった。格が違い過ぎるのである。

 目を瞑る鴉の耳に人間の足音が聴こえて来た。鴉の超感覚には、それが小柄な人間であることがすぐにわかった。

 鴉は瞼の上に淡い光を感じて目を開けた。

「私に近づくなと何度も注意をしたはずだが、それでも君はここに来る」

 ランプを持った子供の衣服は汚らしく、幼い顔をしている。この子供の名はファリスと言い、スラムで暮らす十二歳の少女だ。

「だって……」

 三日前にこのビルに迷い込んだファリスは鴉と出会った。最初に鴉の姿を見たファリスは恐怖を覚えたが、それ以上に鴉の美しさに目を惹かれた。だが、その美しさには翳があった。

 ファリスは異質な存在である鴉に興味を抱いた。

 二日目まではファリスが一方的に鴉に話しかけていたが、さすがに三日目ともなると話題がなくなってしまった。

 鴉は決してファリスのことを無視しているわけではなかった。口数は少ないが返答はしてくれる。だが、その返答は一言で終わってしまうために会話が続かないのだ。

 ファリスは鴉の横に壁に寄りかかりながら座った。

「昨日の爆発見た?」

 昨晩この街に堕ちて来た光を見た者は多い。そして、激しい光と爆音を聞いて目を覚ました者も多い。そして、テレビなどのメディアは大々的にそのニュースを取り上げている。

 鴉は静かに口を開いた。

「知っている」

「あたしは落ちて来るのは見なかったんだけど、大きな爆発で目を覚ましたの。ラジオで聞いたんだけど、半径二〇〇メートルくらいのクレーターができただけで、落下して来た物体は見つからなかったんだって」

 落下現場からは落下物の破片すら見つかっていない。そんなことは通常あり得ないことだ。

 ファリスの持って来たランプの光が弱まり出した。

「あっ……」

 消えゆくファリスの声と共にランプの光が消えた。辺りは暗闇に包まれる。

 自分の身体すら見えない暗闇の中で、ビルの外まで出るのは至難の技である。ファリスは困り果ててしまった。

「どうしよぉ。――わぁっ!?」

 暗闇の中で急にファリスの身体が宙に浮いた。そして、闇の中から声が聞こえた。

「外まで送って行く」

 ファリスの身体を持ち上げたのは鴉であった。

 静かな闇の中に鴉の足音が響き、ファリスは鴉の首に腕を回してしがみ付いた。

 体温は感じられなかった。鴉の首元はとても冷たく、まるで血が通っていないように思えた。

 ビルの出口から強い光が差し込む。ここでファリスの夢は醒める。もう少しファリスは鴉に抱かれていたかった。

 鴉はゆっくりとファリスを地面に降ろした。

「私に関わるな、君は君の世界で生きろ」

 鴉はファリスの背中を優しく押して外に送り出そうとした。だが、ファリスの足は動くことはなかった。

 光を背に受ける黒い人影。

「探したぞ『鴉』よ」

 黒い人影の声は男のものだった。

 黒い厚手のローブに付いた頭巾を頭にすっぽりと被っていることと、逆光によって顔は全く見えない。しかし、鴉はこの人物のことを知っていた。

「ルシエだな?」

 鴉はファリスを自分の後ろに押し込め、ルシエに詰め寄った。

 ルシエの顔は鴉に優るとも劣らない美しい顔だった。そう、鴉と同じ雰囲気を醸し出す、この世のものとは思えない崇美さを兼ね備えていた。

 ファリスは心の底からルシエに脅えた。ルシエから鴉と同じモノを感じる。だが、鴉とは全く違う威圧感がある。

 鴉の後ろの隠れながらもファリスはルシエから目が離せずに、足は小刻みに震えていた。足が震えるのはルシエのせいだけではない。鴉からも殺気は発せられているのだ。

「何が目的で堕ちて来たのだ?」

 鴉は知っていた。昨晩この都市に飛来して来たモノがルシエであったことを――。

 空からの堕天者のことを鴉たちは『ラエル』と呼んでいた。

「鴉よ、ここが地上――『 人間たちの大地(ノエルアノース)』か?」

「ここは『 人間たちの楽園(ノエルアアクエ)』だ」

 静かに冷たく鴉はそう言い放った。だが、それをルシエが嘲笑う。

「フンッ……ここは我々ソエルの為に神が創られた牢獄だ! 余は天から煌く都市を見下ろした。それはまさに楽園アクエを夢見る者たちが造り上げた虚像の幻想都市だった」

 この言葉に鴉は目を閉じては空を仰いだ。その表情は哀しげだった。

 鴉は知っている――空の先に広がる闇が無限でないことを……だが、天の広さは鴉にとって無限に広がるに等しいものだった。

「我々が再び神への反逆を企てぬ為の楔だ」

「確かに……だが、今や、天で聖水エイースを造ることが可能な時代となった。ノエルにもう価値は無い」

 ルシエはそう言うと黒いローブを脱ぎ捨て、背中に巨大な漆黒の翼を生やし、空気を激しく仰ぎながら大きく広げた。その姿は圧巻であった。まさに闇の王と言っても過言ではないだろう。

 激しい風がビルの中に吹き荒れ、鴉の身体を揺さぶり長く伸びた髪を靡かせるが、彼は動じることなくルシエの瞳を見据えた。

「ルシエよ、だから天から堕ちて来たのか?」

「そうだ、これは神への反逆だ。鴉よ――いや、天では輝ける称号を持っていた気高き戦士よ。貴公は自分をこの地上ノースに堕とした天人ソエルたちが憎くはないのか?」

「私はこの地上ノースで己の罪を……」

 ルシエは鴉の言葉を遮った。

「鴉よ、余は知っているぞ。貴公が無実の罪を着せられたことを――策略に陥れられたことを――余と共にこの地上ノースの支配者に成ろうではないか!」

「断る」

 静かな一言ではあったが、その言葉は何よりも意味のある、鴉がこの地上ノースで生きて来た時間の重みを持っていた。

「そうか……ならば、余にとって貴公は脅威でしかない。どうする鴉、余と戦うか?」

「ルシエ……」

 鴉は手を硬質化させて戦闘に備えた。だが、ルシエは鴉に背を向けて歩き出した。

「今はまだその時ではない。だが、余の邪魔をすることがあれば、鴉、貴公とて余の敵と思え」

 漆黒の翼を羽ばたかせ堕天者ラエルは輝く天に羽ばたいた。その際、彼は大きくこう叫んだ。

「天から堕ちた時にルシエの名は〈命の書〉からその名を消された。余の名はゾルテ!」

 ゾルテ――その名は古の時代にこの世界の人間たちに信じられていた闇の魔王の名。ルシエは今、その名を継いだのだ。

 ファリスは何が起きたのか全くわからなかった。今の二人の会話も理解できなかった。ただ、わかることはルシエが鴉の敵であることだけ。

 自分の後ろで脅えるファリスに鴉は冷たく言い放った。

「今あった出来事は忘れろ。そして、今後一切私に決して近づくな。これ以上、私と関われば命がないと思え」

 動けずにいるファリスをこの場に残して、鴉は深い闇の中へ溶けてしまった。

 ファリスは最初からわかっていた。鴉から死の匂いを感じ、鴉の近くにいれば自分にも死が降りかかることがわかっていた。しかし、それでも鴉に対する興味や好奇心が先立ってしまった。

 だが、ルシエを前にしてファリスは自分の考えが甘かったことを悟った。〈ホーム〉で生き抜いて来たファリスですら、ルシエを見ているだけで身体が震えた。次元が違う生き物であることを本能的に感じ取ったのだ。

 ファリスは鴉に会うことを止めて自分の家に戻ることにした。


 スラム街にも格差があり、テントが密集する地区やプレハブ小屋が密集する地区、ファリスの住む地区は『比較的』治安がよく、魔導炉からのエネルギー供給も行き届いている。

 鉄板を何枚も無造作に貼り付けたような小屋の一つにファリスは入った。これがファリスの家だ。

 家の中は四平方メートルほどで、拾って来たテーブルやソファーに修理途中のテレビなどが乱雑に置いてある。ファリスはこの家で三歳年上の兄と二人で暮らしている。

 昼間の間ファリスの兄であるザックはジャンクショップで働き、夜からファリスは兄と入れ違いでレストランに働きに行く。だが、今日はザックの仕事が休みで一日中家に中にいた。

 ザックは工具類を床に広げ、つい先日拾って来たテレビ修理をしていた。

「ただいまー!」

 テレビの修理に集中しているザックは顔を上げずに何も言わなかった。そんなことなどファリスは気にしない。ザックは何かに集中していると周りが見えなくなるのだ。きっと、ファリスが帰って来たことにも気づいていないに違いない。

 床に落ちている雑誌を拾い上げたファリスはそのままベッドに横になった。

 広げた雑誌のページにはファリスの住む巨大都市エデンの観光マップが載っていた。料理のおいしい店や流行のブティックや武器専門店など、ありとあらゆる情報が載っているが全てファリスには無用な物でしかなかった。ファリスの収入ではこの雑誌に載っているような店にはいけない。だから、こんな雑誌を見てしまうのだ。

 ファリスの目がファッションを紹介しているページで留まった。羨ましくないと言えば嘘になるが、これも自分にも不要なもの。スラムで暮らすには生きる最低限のものがあればいいのだ。

 ため息をついたファリスは雑誌を投げ飛ばした。

 投げ飛ばされた雑誌はザックにぶつかった。

「いてっ! ……なんだ、帰って来てたのか」

「遅い、遅〜い。泥棒が入って来ても気づかないでしょ?」

「どうせこの家には盗むものなんてないから平気だって」

 それもそうだとファリスは思って再びベッドにゴロンと寝転がった。

 ザックは分解していたテレビを元の形に戻して、プラグをコンセントに差し込んで電源スイッチをオンにした。

 二三型液晶ディスプレイに画像が映し出される。

「イエーイ! 付いたぜ。ファリス、テレビが付いたぞ!」

 歓喜するザックは声を張り上げてファリスを叩き起こした。

 ゆっくりと目を開けたファリスは気だるそうに身体を起こして、ザックに腕を引っ張られながらテレビの前に座らされた。

「テレビなんて電気代かかるだけじゃん」

「そんなこと言うなよ、テレビの電気代なんて大したことないだろう」

「リモコンはないの?」

「リモコンは落ちてなかった」

「ふ〜ん」

 電気代がかかると言いながらもファリスは興味津々でテレビのチャンネルを回しはじめた。

 ローカルテレビ局のニュース番組でファリスとザックの目が留まった。生放送のニュース番組に映し出されている映像はファリスたちの住むスラム三番街の映像だった。

 大企業の一つがスラム三番街を取り壊して歓楽街に造り替えるというニュース。このスラムに住む者たちは誰も聞いたことのないニュースだった。

 画面に映し出される重機類の数々。その中には対キメラ生物用の兵器まであった。

 ニュースの映像に向かってザックは声を張り上げた。

「なんてこった!? 奴らは力ずくで俺たちを――」

 大きな音によってザックの声が掻き消された。

 地面が揺れ、重機の動く音に混じって怒り狂う人々の声が聞こえて来る。

 ファリスは血相を変えて家の外に飛び出した。

 外ではすでに建物の取り壊し作業がはじめていた。

 ドラム缶型のボディにドリルアームを装着した小型ロボットたちが壁に穴を開け、ブルドーザーが人々をひき殺す勢いで走り回っている。

 スラムに住む人々には市民権がない。そこに住む人々はまるで塵のように扱われ、多少の非合法的行為の適応も暗黙のうちに許されてしまう。

 ドラム缶型のロボットがドリルの回転音を立てながらファリスの家の取り壊しを開始する。

「止めてよ!」

 ファリスはドラム缶型ロボットのアームにしがみ付くが、人間の力など及ぶはずがなく、振り回されるようにしてファリスは投げ飛ばされてしまった。

「イタタタタ……」

 尻を擦りながら起き上がったファリスは、再び自分の家を壊そうとするドラム缶型ロボットに飛び掛かろうとしたが、それを万能ベルト装着したザックが止めた。

「俺がどうにかするから下がってろ!」

 ザックはベルトから工具を抜いて、ドラム缶型ロボットの背中を開けて配線をいじりはじめた。やがてドリルアームは緩やかに停止して、ドラム缶型ロボットは完全に止まった。だが、喜ぶのはまだ早い。辺りにはまだまだ数え切れないほどのロボットたちが忙しなく動いている。

 建物を構成していた鉄板がもとの鉄屑に戻り、人々の抵抗は空しく終わっていく。

 所々から爆発音が轟き、火の手が上がっている場所もある。スラムに住む人々がついに銃器で応戦に出たのだ。

 これでは大型のキメラ生物が街で暴れた時と同じで、まるで戦争のような状況になってしまった。こうなってしまってはファリスに成す術なく、流れ弾などに当たらないように物陰で身を潜めているしかない。

 鉄の壁の後ろに身を潜めていたファリスとザックであったが、ザックは熱戦放射銃を構えて飛び出して行こうとした。

「俺も行って来る!」

「待ってザック、危ないから止しなよ」

「自分の〈ホーム〉が滅茶苦茶にされて黙ってられねぇよ」

 ザックはファリスに腕を掴まれたが、それを強く振り払って駆け出して行ってしまった。

「ザック……」

 ファリスは兄の名前を呟くが、自分にできることは兄の安否を祈るのみ。

 相手が武器を持って攻め入れば、それこそ相手の思う壺であった。抵抗するスラムの人々に対して、ついに対キメラ用の兵器が投入された。

 ユニコーン社の造り出した対キメラ用兵器『YJ参型』は腰を据えた人間が膝を曲げたような形をしており、ベースは手足のある全長三メートルほどのヒト型ロボットであるが、ゴツゴツとしたボディをしているために、もはやそれは岩のようにも見える。

 ジャンクショップのオヤジがタバコを銜えながら、対戦車用バズーカをYJ参型に向かって撃ち込んだ。

 轟々と音を立てながら発射された弾はYJ参型に見事命中して、辺りは砂煙と硝煙に包まれ視界が覆われた。

 銃声に反応してザックが叫ぶ。

「オッサン危ねぇ!」

 ジャンクショップのオヤジをザックは突き飛ばした。オヤジのいた場所にはバルカンによって空けられた穴が無数に広がっていた。

 立ち込めていた煙が治まり、その中から無傷のYJ参型が姿を現した。それと共に四つのキャタピラ型の足に四角い箱を乗せたようなボディの乗り物が現れた。この新たに現れた乗り物は通称ヒッポーと呼ばれる乗り物だ。

 ヒッポーの屋根の上には大層な髭を生やした体格のいい軍人風の男が立っていた。

「ガハハハハハハ、思い知ったか屑どもが!」

 大口を開けて馬鹿笑いをしているこの男の名はハイデガー。ユニコーン社の社長である。

 ユニコーン社は重機類の開発から販売に加え、民間の警備会社としての名は世界でも通っているほどの大会社である。

 今回、スラム三番街の人々の退去と建物の取り壊し、そして歓楽街の建設計画を打ち出したのはキャンサー社であり、ユニコーン社はその処理を委託されたのだ。

 ユニコーン社の兵器を前に戦力の差は明らかだった。だが、スラムの人々は命に代えても〈ホーム〉は守り抜く。

 銃声が鳴り響く中、ファリスは物陰で頭を抱えて震えていた。

「負けるに決まってるのに……」

 負けることはわかっていた。そうわかっているファリスですら〈ホーム〉から逃げ出すようなことをしなかった。自分たちが生きていける場所はここしかない。

 ファリスの肩が誰によって掴まれた。

「……っ!?」

 顔を上げたファリスが見たものは最新型のコンバットスーツを着たユニコーン社の戦闘員だった。手にはハンドライフルを持っている。

「大人しく投降すれば危害は加えない」

「嫌っ!」

 ファリスは戦闘員に静止を振り切って無我夢中で走り出した。足元にハンドライフルの弾が警告として打ち込まれるが、それを無視してファリスは走った。

 逃げたファリスを戦闘員は追うことはない。目的はあくまでスラム三番街に住む人々が退去することにあって、ファリスをわざわざ追って仕事を増やすまでもない。

 戦闘員から逃げたファリスは瓦礫の山を踏み分けて廃ビルの近くまで来ていた。

 突然の爆風。ファリスは腕で顔を覆いながら地面にしゃがみ込んだ。

 腕の隙間から見える廃ビル。そのビルが大きな音を立て、砂煙と共に倒壊していく。

「あぁっ!?」

 ファリスは愕然とした。今、目の前で倒壊したビルは鴉が寝床としていたビルだったのだ。

 あんな爆発に巻き込まれて人が生きているはずがない。だが、ファリスは鴉が生きているのではないかと思った。鴉の見た目は人間だが、内に秘めた人間ならず力は人間のものではない。

 裏社会では鴉の名は知れ渡っているが、ファリスはそれを知らない。鴉が戦うところを見たわけでもない。ただ、それでも鴉が普通の人間ではないことはわかった。鴉は美しい魔人だ。

 瓦礫の中から巨大な闇が出現した。それは闇色の衣だった。

 ハリケーンの巻き起こす風が目に見えるならば、あのような動きに違いない。

 闇色の衣が渦を巻き辺りに散乱していた瓦礫を激しく吹き飛ばし、中から黒衣を纏った男が現れた。

 日の光を浴びる男の顔は妖々しいまでに蒼白かった。

 ビルの周りにいた重機やロボットに取り付けられていたセンサーが黒衣の男を捕らえた。そう、それは巨大都市エデンの魔鳥――鴉だった。

 近くにいた機械を操作するオペレーターには鴉が敵であるか味方であるかわからなかった。だが、鴉が脅威であることはすぐにわかった。

 オペレーターの背負っている機械からキーボードとディスプレイパネルが飛び出し、オペレーターは自分の前に来たキーボードに打ち込みをはじめた。それはこの場にいる機械たちへ出した鴉の攻撃を命令であった。

 はじめにドラム缶型ロボットがドリルアームで鴉に襲い掛かる。

 ドラム缶型ロボットの数は四機。四方向から連携して襲って来る。だが、このロボットは工業用に過ぎない。鴉にとってはただの鉄屑に過ぎなかった。

 一機のロボットに向かって全速力で走った鴉は目にも留まらぬ速さでアームを掴んだ。回転するドリルの根であるアームを掴んだのだ。

 アームを掴んだ鴉はそのまま回転しながら遠心力に任せてロボットを放り投げた。

 ドラム缶型ロボットが別のドラム缶型ロボットに激しく激突し、大きな爆発と共に炎の中に消えた。

 鴉のことを挟み撃ちにしようとする二機のドリルアームが、ストレートパンチのように繰り出される。

 黒衣を羽ばたかせ舞い上がる魔鳥――鴉。その下では二機のドラム缶型ロボットが同士討ちをして爆発を起こしていた。

 オペレーターは額から冷たい汗を垂らして、一目散にこの場から逃げ出した。そして、オペレーターの制御がなくなったロボットたちは停止した。

 地面に舞い降りた鴉の元へ物陰からファリスが駆け寄る。

「だいじょうぶ鴉?」

「問題ない。それよりも、何が起きているか完結に説明しろ」

 鴉がファリスに対して質問を投げかけたのはこれが初めてであったが、ファリスは全くそれに気づかなかった。

「ユニコーン社がここに住む人たちを追い出そうとしているの!」

「ユニコーン社か……なるほど、やり方が手荒い」

 鴉の視線はスラム街の住居などから立ち上る煙を見ていた。

 黒衣を翻した鴉は戦闘が起きているスラム街とは逆の方向に歩き出そうとした。

「待って、行っちゃうの! 助けてよ、あなた強いんでしょ、あたしたちのこと守ってくれてもいいじゃん!」

 鴉は無言のまま立ち去ろうとしたが、ファリスは鴉の腕を強く掴んだ。

「お願いだから助けてよ!」

 少し涙ぐんでいるファリスだが、鴉の反応はとても冷たいものだった。

「今ここで奴らを追い払っても次がある。毎日毎日奴らを追い払うくらいならば、怪我人の多く出ないうちに立ち去るのが身のためだ」

「ヤダよ、ここはあたしの〈ホーム〉なんだから、他に行く場所なんてない!」

「…………」

 鴉の瞳がファリスの瞳をじっと見据えた。ファリスは決して目を放さなかった。

 しばらくして鴉が自分の腕を掴むファリスの手を魔法のように優しく解き呟いた。

「安全な場所にいろ」

 鴉はファリスをこの場に残して風のように走って行った。その向かう方向はスラム三番街居住区――ファリスの家がある場所だ。

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