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機械仕掛けの神(11)

 弾け飛ぶガラス片は砂のように宙を漂い煌き、床に放り出された紅い核は脈打つ。

 紅い核が細胞分裂をはじめ、ぶよぶよと細胞が膨れ上がり肉体を構成していく。やがてそれはヒトの形を形成し、類稀なる美しい顔はまさに鴉のものであった。

 生まれたままの姿でそこに立ち尽くす鴉。長い黒髪を靡かせ、引き締まった筋肉は決してゴツゴツとした感じではなく、美しくスリムであった。

 鴉の身体が一瞬脈打ち、彼の背中から黒い翼が生え、それは黒衣に変わり鴉の身体を包み込んだ。

 鴉は翼を失う代わりに黒衣を得た。黒衣は鴉の身体の一部であり、矛であり、盾である。しかし、それを捨てることはできない。鴉が黒衣を纏うのは彼に課せられた罰であり、呪いなのだ。

 鴉は辺りを見回し、ここがキメラ生物の研究所らしき場所だということは理解したが、それ以上のことはわからなかった。

 疾風の如く走った鴉は金属のドアを蹴り破り廊下に出ると、そこはけたたましいサイレン音とともに赤いランプが点滅を繰り返していた。

 金属でできた廊下に金属を叩き付けた音が大量に鳴り響いた。

 全長五〇センチほどの蜘蛛型ロボットの群れが川の流れのように鴉に向かって来る。

 蜘蛛型ロボットは床だけでなく、壁や天井を歩き、まるで建物が蠢いているよう見えた。

 鴉は蜘蛛型ロボットに背を向けて走り出した。廊下は一本道で逃げ場は一方しかなかったのだ。

 蜘蛛型ロボットとの距離を離し走る鴉の前に、白いボディを持つロボットが立ち塞がった。

 ロボットの足はキャタピラ型で、腰にあたる部分から上はヒト型になっている。そして、一方の腕は銃器となっていた。

 建物のことなど関係なしにロボットから銃が乱射される。鴉はそれを躱しつつ、硬質化させた手でロボットの顔面を殴りつけた。

 顔面を破壊されつつもロボットは巨大な手で鴉の胴を掴み、残った腕から銃を乱射させて鴉の身体を蜂の巣にしようとした。しかし、鴉は自分を掴んでいる腕をへし折って逃げると、その腕をロボットに目掛けて投げつけた。

 投げつけられたアーム部分はロボットのボディをへこませはしたが、ロボットの動作性にはなんら問題はない。

 ロボットの背中から巨大なバズーカ砲が出てきて、轟音を立てながらバズーカ砲は鴉に向かって発射された。

 黒衣が鴉を包み守る。

 金属の通路が黒くくすみ、黒衣を広げた鴉は瞬時にロボットに爪を向けた。

 鋭い爪が何度も何度もロボットの身体を貫通し、火花を撒き散らしながらシュートしたロボットは動きを止めた。しかし、鴉に脅威が迫る。

 蜘蛛型ロボットの群れが鴉にいっせいに飛び掛った。

 群れを成す蜘蛛型ロボットは鴉に噛み付き肉を剥ぐ。黒衣が徐々にどす黒く染まっていく。

 鴉は表情ひとつ変えず素早く回転し、広がった黒衣は大きな鎌へと変わり、蜘蛛型ロボットが薙ぎ払われる。

 蜘蛛型ロボットは地面に転がりショートするが、壁一面には蠢く群れは鴉を狙っている。

 計ったように蜘蛛型ロボットがいっせいに鴉に飛び掛る。地面を蹴り上げた鴉は廊下の奥へと走って逃げる。

 金属を鳴らしながら群れが鴉を追って来る。

 走っていた鴉の脚が後ろに引きずられ、片腕が大きく後ろに引かれる。鴉の四肢は蜘蛛型ロボットから吐き出された糸によって捕らえられていた。

 鴉は腕に力を入れ、強引に巻きついた糸を引き破ると、すぐに手を硬質化して脚に絡みついた糸を断ち切った。

 再び鴉に向かって糸が吐き出される。鴉は床を転がり避けると、再び立ち上がって走った。

 蜘蛛型ロボットとの距離は広がっていくが、鴉の足が急に止まってしまった。

 鴉の前に立ちはだかる壁。後ろからは蜘蛛型ロボットが迫ってくる。そして、右手にはドアがあるが、鴉の目に入ったのは左手にあったダストシュートであった。

 ダストシュートの蓋を開けた鴉は、その中に勢いよく飛び込んだ。

 滑り台のような坂を滑り降りた鴉は瓦礫の山に降り立ち辺りを見回す。

 金属片やプラスチック、薬品の入ったビンなどが分別されずに捨てられている。効率を優先されたこのようなダストシュートにはリサイクルなどという概念はない。そして、このようなダストシュートの中には決まってある種の生物が飼われている。

 鴉の立つ瓦礫の山が大きく揺れた。

 低い唸り声が部屋中に響き、生臭い臭いが地面の下から上がって来る。

 鴉の立つ地面が揺れるとともに大きく下がり、瓦礫の隙間からギロリと輝く目が覗いた。

 地面が激しく揺れ、瓦礫を噛み砕く音が鳴り響き、巨大な何かが瓦礫の山の下から姿を現した。

 ナメクジのようにぶよぶよとした身体はヌメヌメとした粘液に覆われ、褐色の身体は一定の形を持っていないらしく、変幻自在に動き回る。通称ジャンクイーターと呼ばれるキメラ生物だ。

 ジャンクイーターが臭い息を吐きながら大口を開けと、そこには鋼鉄をも噛み砕く三角形の刃が並んでいる。

 伸縮自在の身体を活かし、ジャンクイーターが鴉に襲い掛かった。

 鴉は飛び上がり、ジャンクイーターガシッと歯を鳴らし空に喰らい付いた。あの歯で噛み付かれては鴉とて無事ではすまない。それにジャンクイーターの強靭な胃の中に放り込まれでもしたら、助かる見込みはまずないだろう。

 黒衣を大きくはためかせながら、鴉は硬質化させた爪でジャンクイーターを切り裂こうとした。しかし、軟らかだったジャンクイーターの肉が硬く変化して鴉の攻撃を弾いた。

 弾かれた鴉は暴れ回ったジャンクイーターに体当たりをされ、黒衣を靡かせながら瓦礫の山に叩きつけられる。

 瓦礫に倒れる鴉の黒衣が蠢き幾本もの槍と化し、ジャンクイーターに襲い掛かる

 ジャンクイーターは身体を硬質化させるが、槍と化した黒衣には通用しなかった。

 闇色の槍がジャンクイーターの身体を串刺しにし、傷から出た粘液が迸り瓦礫を溶かす。

 暴れ狂うジャックイーターは大きな口を開け、鴉を喰らおうとする

 黒衣が激しく揺れる。鴉はジャンクイーターを見据える。次の瞬間、鴉はジャンクイーターにひと呑みにされた。

 ジャンクイーターの胃液はありとあらゆるものを溶かす。その胃の中で鴉は生きていた。黒衣に全身を包むことによって、鴉はジャンクイーターの胃で生き抜くことができたのだ。

 黒衣から闇色の針が幾本も飛び出し、ジャンクイーターの身体を内側から突き破った。

 ジャンクイーターはのた打ち回り、胃液とともに鴉を吐き出すと、ゆっくりと息を引き取った。

 どこからか水の流れる音がする。

 鴉は辺りを見回した。すると、微かに見える壁の下部が鉄格子になっている。その鉄格子は人が寝そべって通れるほどの大きさで、その奥から水の流れる音がする。

 鴉は瓦礫を掻き分けて鉄格子に手を掛けると、そのまま力強く後ろに引いた。頑丈な鉄格子はいとも簡単に外れ、鴉は小さな隙間に身体を滑り込ませた。

 鴉が出た場所は帝都大下水道であった。

 オレンジ色の埋め込み式ランプが取り付けてあるが、下水道は薄暗くどんよりとした雰囲気が漂い、鼻を衝く強烈な臭いが汚水から立ち上ってくる。

 帝都の大下水道は危険極まりない場所であり、帝都政府ですら立ち入ることを拒む。突然変異で体長一メートル〜二メートルまで大きくなった巨大ネズミなどはまだ可愛いもので、下水に棲む大海蛇リヴァイアサンの全長は六〇メートルから大きいものでは一〇〇メートルにも達し、時には帝都に局地的な地震を起こすことで有名だ。

 闇の奥からいくつもの生物が鴉のようすを窺っているが、出て来る気はないようだった。それどころか生物たちの気配が鴉から遠ざかって来る。

 ――っ来る!

 鴉は感じ取った。去って行く生物たちとは別に、鴉に向かって何かが近づいて来る。

 静寂の後、下水が波打ち、水面から切るように進む背鰭が見えた。

 身構える鴉の瞳が見開かれる。

 水面が波打ち激しい水飛沫が大気中に舞い、水の底から大きな何かが咆哮をあげながら姿を現したのだ。

 水面から出ている部分だけでも一〇メートルを越えているであろう、その長い身体は蛇のようであるが、下水とは不釣合いに美しい輝く透き通る鱗はゴツゴツとしていて、それはまるでオーロラの甲冑を纏っているようだ。

 長いニ本髭がまるでそれ自体が生きているように動いている。そうこれが帝都の下水に棲むキメラの中で最も出遭いたくない大海蛇リヴァイアサンだ。

 奇声をあげるリヴァイアサンの口には剣のような歯が並び、下は蛇のように忙しなく動いている。

 互いを見据える鴉とリヴァイアサン。先に仕掛けたのはリヴァイアサンであった。

 唸り声をあげる大きな口が槍を突き刺すような動きで鴉に襲い掛かる。

 円舞を踊るようにリヴァイアサンの攻撃を躱した鴉は、そのまま黒衣によってリヴァイアサンも首を断ち斬る。

 巨大な首が地面の上に落ち、巨体は水飛沫を上げながら下水の中に沈んだ。しかし、まだ終わりではない。

 驚異的な生命力を持つリヴァイアサンの頭部が口を開けて鴉に飛び掛る。

 鴉は黒衣を巻き上げるようにしてリヴァイアサンの髭を切った。するとリヴァイアサンは方向感覚を失うが、髭はすぐに生え変わる。そこで鴉は空かさず自分の手首を切って、滴り落ちる血をリヴァイアサンの口に垂らした。

 リヴァイアサンの頭部が枯れていく。干からびて、灰になり、塵と化した。

 鴉の血は生物にとって有毒であり、リヴァイアサンはそれによって塵となった。

 水面が動いた。

 再び身構える鴉。

 激しい咆哮とともに水底からリヴァイアサンが現れた。先ほど水の底に沈んだリヴァイアサンが再生したのだ。

 鴉に襲い掛かろうとしたリヴァイアサンであったが、その動きが急に止まる。鴉も動きを止めて"それ』を感じていた。

 目の前にいるリヴァイアサンよりも強大な何かが近づいて来る。

 下水が海のような大きい波をつくり、鴉が頭から下水を浴びた。

 けたたましい咆哮が下水道に響き渡り、巨大な影が水底から頭を出した。それは鴉が先ほどまで戦っていたリヴァイアサンの二倍はあろう、超巨大リヴァイアサンの頭部であった。それを見た小さなリヴァイアサンは恐れを成して一目散に逃げ出した。

 巨大なリヴァイアサンはギラギラと輝く瞳で鴉を見据え、ヒトの言葉をしゃべった。

「おまえが鴉か……随分と違うな……」

 低く重々しい声が下水道の奥まで響き渡った。

 リヴァイアサンを前にする鴉は無表情で、そこから彼の思いを窺い知ることはできなかった。

 腹から唸り声をあげたリヴァイアサンは、その大きな瞳を鴉の目の前まで近づけて、臭い息を吐き散らした。

「鴉、俺がわかるか? おまえも随分と変わってしまったが、俺も負けてはいないぞ」

「過去は捨てた――おまえとは『初めて』会った」

「そうか、俺も楽園アクエ」を夢見るのは止めた。しかし……いや、いい。同じ堕天者ラエル同士で争うのは莫迦らしい。今は俺とおまえは戦う理由がない、それでいい。それに俺が動くたびに上に被害が出ていてはヴァーツに目を付けられる」

 ここにいる理由はない。鴉は踵をきびしてゆっくりと歩き出した。

 鴉の背中にリヴァイアサンが声をかけた。

「知っているか鴉。もうすぐ地上ノースにおもしろいことが起きるぞ。おまえはどうするのだ、おまえは誰の見方だ?」

 鴉は返事をしない。リヴァイアサンの言葉など耳に入っていないように歩き続ける。

 無表情のまま歩く鴉の背中に大きな笑い声が届いた。

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