第99話 初の有効打――そして覚醒へ
廃墟の影から、俺たちは動いた。
標的は単独行動中の手下ドラゴンだった。翼を広げて廃墟の上空を旋回している。生存者を探しているのだろう。意識が下に向いている今が、最大の隙だ。
ニアが速度を上げた。
サークが詠唱した。
「ターゲッティング」
次の一撃が必中になる。どれだけ相手が動いても、狙った場所に届く。
「フレイムジャベリン」
炎の槍が走った。
手下ドラゴンが吠えた。右目が潰れた。混乱して体勢が崩れた。
「もう一発」
左目へ。
視界を失ったドラゴンが落下した。翼が方向を失って、地面に叩きつけられた。
「ニア、エレーナさん、頼む」
「任せて」
「はいよ」
ニアとエレーナが降りた。視界のないドラゴンは、方向が定まらないまま暴れていた。それでも近接で詰めれば、傷口はある。2人が左右から挟んで攻撃を重ねた。
いつもの流れだった。目を潰す、視界を奪う、近接で仕留める。この戦術が完成してから、手下相手では安定した結果が出ていた。
だから俺は、油断していたわけじゃない。ただ、いつも通りだと思っていた。
異変は音より速かった。
地面が揺れた。
俺が振り返るより先に、ウインザーがいた。
手下の異常に気づいて即座に飛んできたのだろう。巨体が、こちらへ真っすぐ向かってきていた。あの速さはおかしい。手下の倒れる時間と、ウインザーの到着時間が、ほとんど重なっていた。
「迎撃する!グレイシャ!」
「分かってる」
グレイシャが前に出た。
水の魔法が構築される音がした。アシッドスプラッシュ。防御を無視して溶かす攻撃だ。手下相手では火力が足りないと判断して後回しにしていたが、ウインザー相手ならどうか。それが今、試される。
グレイシャが放った。
液体が弧を描いてウインザーの胴体に当たった。
音がした。ジュウ、という音が。
鱗が溶けていた。
「効いてる」
俺は声に出した。思わずだった。
これまでウインザーに傷をつけたことは一度もなかった。爪痕も、炎も、物理的な攻撃も、全部弾かれてきた。それが今、確かに溶けている。
初めて、届いた。
次の瞬間、ウインザーの前肢が振られた。
エレーナへ向かっていた。
「エレーナさん!」
間に合わなかった。
エレーナの体が吹き飛んだ。音が聞こえた。それ以上は見えなかった。ニアが叫び声を上げた。落下が始まった。
俺は計算した。高度、距離、時間。レスキューの転移範囲は接触が前提ではないが、距離が離れれば届かなくなる。エレーナが落ちていく。地面まであと何秒あるか。
「レスキュー!」
全員の景色が切り替わった。
ラフルの高台だった。
草の上に全員が転移していた。エレーナが横たわっていた。動かなかった。
俺はすぐに動いた。
「リフレッシュ」
自分の消耗を回復させてから、エレーナの前に膝をついた。
「レイズデッド」
光が広がった。
エレーナが息を吸った。
よかった。スクロールを使えば蘇生は可能だ。それが分かっていても、この瞬間は毎回心臓が止まりそうになる。
エレーナがゆっくり目を開けた。
「……痛いわね」
「すみません」
「謝らなくていいわよ」
エレーナは苦笑した。前世で長く生きてきた人間の、痛みへの付き合い方に慣れた顔だった。
「まだ回避は無理ね。あの速度は読めない」
「同意します」
サークが静かに言った。
「それと」
グレイシャが口を開いた。珍しく、考えながら話しているような間があった。
「単発じゃ回復される。アシッドスプラッシュで鱗を溶かしても、ウインザーの回復速度が上回れば意味がない」
「溶けた場所にジャベリンを撃ち込む」
サークが言った。
俺は頭の中でその絵を描いた。アシッドスプラッシュで防御を消す。その直後に、サークのフレイムジャベリンを同じ箇所へ叩き込む。2段構えの攻撃だ。
「コンボか」
「ええ。単発では届かないなら、連打で突き破るしかない」
戦術の進化が、ここで生まれた。
「手下はどうなった?」
俺は訊いた。撤退前に仕留め損ねた可能性がある。
「確認する」
グレイシャが目を閉じた。クレアボアンスだ。
「……手下は回復していない。ウインザーの近くで待機してる」
「回復していない?」
「動いてはいるけど、目は戻っていないわ。自分では回復できないのかもしれない。ウインザーが回復させているのか、それとも指示を待っているのか」
俺はその情報を頭に刻んだ。
手下は自分では回復が遅い。ウインザーが傍にいなければ、倒した状態が維持される可能性がある。それは使える情報だった。
翌日、再び向かった。
今度はコンボを試す。サークがターゲッティングを構えた。
同じ手下に向けてフレイムジャベリンを放った。
だが、手下が腕を上げた。
炎の槍が腕に当たった。目には届かなかった。
「対策された」
サークが静かに言った。感情は読めなかったが、その声の質で驚いていることは分かった。
昨日の戦いを見ていた。あるいはウインザーが指示を出した。どちらにしても、敵は学んでいた。
俺が次の指示を出す前に、ウインザーが来た。
だが今回は様子が違った。
前肢を使わなかった。
風魔法が連続して飛んできた。爪撃ではなく、魔法での攻撃だった。
俺は全員にエレメンタルガードをかけながら、その変化を頭に記録した。殺す気ではないのか。それとも観察しているのか。俺たちを消耗させることが目的なのか。答えは出なかった。
ただ、戦術を変えてきたことは確かだった。
「グレイシャ、今だ」
「分かってる」
グレイシャがアシッドスプラッシュを放った。ウインザーの胴体、昨日と同じ箇所へ向けた。
鱗が溶けた。
「サーク!」
「ターゲッティング」
間を置かなかった。
「フレイムジャベリン」
炎の槍が、溶けた鱗の隙間に突き刺さった。
ウインザーが動いた。体勢がわずかに崩れた。
初めて、削ることに成功した。
だが、ウインザーは平然としていた。
傷はある。昨日溶けた箇所と、今刺さった箇所が、確かに痛んでいるはずだ。それでもウインザーの動きは変わらなかった。風魔法の連打が続いた。
分析した。
回復速度が、俺たちのダメージ蓄積を上回っている。昨日入れたダメージも、すでに回復しているかもしれない。
「効くが、勝てない」
声に出すと、サークが静かに頷いた。
今の俺たちは、削れる。しかし削り切るだけの火力と継続力が足りない。一撃入れるたびに撤退が必要で、ウインザーの体力はまだまだ膨大だ。このサイクルでは、永遠に追いつかない。
「レスキュー」
また撤退した。
その夜、能力を確認した。
サークの炎レベルが上がっていた。
繰り返した戦闘の中で、少しずつ積み上がってきた数字が、ここで弾けた。
「……届きました」
サークが言った。
レベル81。炎魔法レベルの上限に達した。究極魔法である9レベル魔法が習得できる域だ。
俺は頭の中でリバイバルの効果を確認した。あらかじめかけておけば、死亡時に体力全快で即復活する。前衛が死を恐れずに攻め続けられる。一度死んでも戦線に留まれる。
「習得しよう」
「はい」
サークは短く答えた。普段と変わらない声だった。だが俺には分かった。サークはずっとここを目指していた。
ラフルへ帰還した。
ギルドの書庫でリバイバルの術式を確認した。習得に時間がかかった。9レベルの魔法は教えられる者がほとんどいない。書物から独力で読み解く作業だった。
それでも、サークは1晩でものにした。
翌朝、俺はニアとエレーナにリバイバルをかけた。光が2人を包んだ。
「これで長時間戦える」
俺は言った。
「死んでも戻れる。だから攻め続けられる。これまでは一発食らったら終わりだったが、それが変わる」
「削り切る戦いね」
エレーナが静かに言った。
「一気に」
「そうだ」
撤退を繰り返しながら少しずつ削る戦術から、リバイバルで継続力を担保しながら1気に蓄積を積む戦術へ。
方針が変わった。
これが、次の戦いの形だ。
俺は南の空を見た。
ウインザーはまだそこにいる。世界はまだ壊れている。だが、今の俺たちには1つ前と違う手がある。
それだけで十分だった。




