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第98話 最後の国家――そして狩りへ

 南部都市連合の廃墟で1夜を過ごした。

 生存者を探して歩き回った結果、数十人が瓦礫の隙間や地下室に隠れていた。全員にトリートメントをかけ、食料を持たせて森の方向へ逃がした。できることはそれだけだった。

 夜明けとともに俺たちは移動を始めた。


「残っているのはバングル王国だけね」

 エレーナが空を見ながら言った。

 歩きながら地図を思い浮かべた。グリムント王国は壊滅した。南部都市連合も壊滅した。手付かずの人間の国として残っているのは、南のバングル王国だけだ。

「ウインザー本人は以前バングル王国に向かっていたはずだが」

「とにかく行って、状況を確かめるしかない」

 サークが言った。

 議論の余地はなかった。見ていない場所の状況は、見に行くしかない。


 バングル王国に着いたのは翌日の夕方だった。

 首都と思われる城壁の跡が見えた。跡、という言葉が正確だった。城壁は半分崩れていた。城の塔が途中から折れていた。大通りに瓦礫が積み重なっていた。

 エレーナが静かに言った。

「これで人間の国は全部崩壊したわね」

 誰も返事をしなかった。

 俺は廃墟の中を歩きながら、頭を整理しようとした。全部壊された。ウインザーが望んだ通りになった。人間の国という単位は、もう存在しない。

「だが、滅ぼされた町でも生き残っている人はかなりいた」

 俺は言った。

「ウインザーはこれから、どこから現れるか分からないゲリラ戦を相手にすることになる。国を壊すのと、人を全員殺すのは別の話だ」

「ここにはウインザーも手下もおらへんで」

 ニアが上空から降りてきて言った。

 俺は周囲を見渡した。廃墟は静かだった。戦闘の気配がない。ウインザーたちはすでにここを去っている。

「どこへ行った」

「それを調べる」

 グレイシャが前に出た。


「探すから待ってて」

 グレイシャが目を閉じた。水の気配が広がった。

 クレアボアンス。遠距離の状況を把握する高位の索敵魔法だ。

 しばらく沈黙が続いた。

 グレイシャが目を開けた。

「ほぼ全員、南部都市連合にいるわ。生存者を徹底的に掃討しようとしているわね」

 俺は胃が重くなるのを感じた。逃がした人たちが、まだ危ない。

「戻るにしても3日かかる」

 サークが言った。

 グレイシャが続けた。

「明日ならアクアロードで近くの海岸まで移動できる。そこからなら1日で着くわ。ただし、その日はアシッドスプラッシュがほぼ使えない。魔力の大半を移動に使うから」

「明日は移動だけ。戦うのは明後日からね」

 エレーナがあっさりと決めた。

 迷いのない判断だった。焦って動いて戦力が半減した状態で挑むより、1日待って万全で臨む。長く生きてきた人間の、急がない判断だと俺は思った。

「分かった。今夜はここで休む」


 待機中に、俺は能力を確認した。習慣だった。

 数字を見て、目を止めた。

「あれ」

 レベルが上がっていた。善行ポイントも増えていた。

「ウインザーに一撃入れて逃げただけですよね?」

 サークが静かに言った。同じことに気づいていたらしい。

「当たったのは瞼だ。ダメージが入ったかどうかも分からなかった」

 エレーナが少し考えてから言った。

「ウインザーと戦闘した扱いになっている可能性があるわね。逃げたとしても、接触したことがポイントやレベルに反映された」

「ウインザーを倒せばどうなるんだろうな」

 誰も答えなかった。想像がつかなかった。

「上限で止まる前にランクを上げておこう。今のうちだ」


 ランク強化を行った。

 俺の加護魔法ランクを65から66へ。わずかな上昇だが、上限の壁を少しずつ押し上げていく作業に終わりはない。

 サークの炎ランクが81に達した。

 数字を確認したとき、サークは少し黙った。俺も黙った。炎レベルの上限が81になった。9レベル魔法に手が届く域だ。リバイバルまで、あとどれだけかかるか分からない。だが、確実に近づいている。

「……近づいてきましたね」

「ああ」

 俺はそれだけ言った。サークもそれ以上は言わなかった。

 ニアの近接もさらに上がった。前衛として、今のニアは俺たちの中心だ。ウィンディー戦から積み上げてきた経験が、数字だけでなく動き方にも出ていた。

 エレーナの前衛性能も強化された。ニアと並んで戦える水準が、数字の上でも確かなものになってきた。

 グレイシャの水魔法が9レベル圏内に入ってきた。ただし、まだ届いていない。グレイシャ自身も分かっているのか、今回は闇魔法の強化にも力を入れていた。

「タイムストップを待つより、今使える手を増やす判断ね」

 エレーナがグレイシャの選択を静かに評した。グレイシャは返事をしなかったが、否定もしなかった。

 最終戦に向けた準備が、少しずつ形になってきていた。


 翌日の朝、グレイシャがアクアロードを発動した。

 水の流れに乗るような感覚があった。景色が流れ、気づけば海岸の砂の上に立っていた。潮の匂いがした。グレイシャが疲れた顔をしていたが、弱音は言わなかった。

「ここから1日ね」

 そこからは陸路と空路を組み合わせて移動した。

 翌日の昼前に南部都市連合の外縁に着いた。


 廃墟の中に、ドラゴンたちがいた。

 ニアの気配感知で、散らばっている様子が掴めた。1か所に集まっているわけではない。廃墟の各所に分散して、生き残りを探している。

「全員が同じ場所にいるわけじゃない」

 俺は言った。

「距離が離れているなら、1匹くらいは落とせるはずだ」

「その想定で魔法構成をしていませんが」

 サークが静かに言った。アシッドスプラッシュ初実戦を想定した準備が、まだ整っていないということだ。

「大丈夫だ。リセットを用意している」

 スクロールで魔法構成を1から組み直せる。戦闘後に再構築する前提で動けば、準備不足は補える。

 エレーナが頷いた。

「ウインザーが来る前に1匹落とせるか試す。来たら撤退ね」

「1番近い個体を狙いましょう」

 グレイシャが言った。

「無理に回り込むと見つかる。最短で届く個体を狙う」

「それでいこう」

 サークが言った。珍しくグレイシャの提案をそのまま受け入れた。グレイシャは特に反応しなかったが、俺は少しだけ可笑しかった。


 ニアの背に乗った。

 空を低く飛んだ。廃墟の影に隠れながら、標的に近づいていった。

 遠くに影が見えた。1体、単独で動いていた。翼を広げて、廃墟の中を上から確認しているようだった。

 俺は前を見た。

 世界はもう壊れていた。人間の国は全部崩れた。残っているのは廃墟と、瓦礫の中を生きている人たちと、それを狩ろうとしているドラゴンたちと。

 そして俺たちだ。

 狩る側か、狩られる側か。今はただ、それだけだった。

 ニアが速度を上げた。


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