第97話 無効化された切り札
翌朝、俺たちは現状を整理した。
昨夜ニアが感じた気配は、結局正体が掴めなかった。朝になっても何も起きなかった。だが感知が外れることは少ない。何かが俺たちを見ていた、という前提で動くことにした。
「このままだと、ウインザーと手下全員が同時に来る可能性が高い」
俺は地面に地図を広げながら言った。
「分散していた手下が集まっている。ウインザーが戦術を変えたなら、次は固まって動くかもしれない。そうなれば、今の俺たちでは手が出せない」
サークが静かに口を開いた。
「ターゲッティング+フレイムジャベリンがウインザー本体に通用するか、試すべきです。手下相手には機能した。だが、本体に同じことが通じるかどうかは別の問題です」
「効かなかったら?」
エレーナが訊いた。責めている口調ではなく、選択肢を確認するための問いだった。
「撤退するしかない」
サークが即答した。
「正面戦闘はまだ無理だ」と俺は続けた。「一撃打って、反応を見る。通じなければ即レスキューで退避する。情報だけ持って帰る」
全員が頷いた。
一撃検証、即撤退。それが作戦だった。
数日後、ウインザーが動いた。
ニアの視認で南部都市連合の方角に影が確認された。複数ではなく、1つの大きな群れだった。やはり集まっていた。
俺たちは先回りして、町の外れに潜んだ。
手下のドラゴンたちが町へ入っていった。建物が崩れる音が聞こえた。人の叫び声が聞こえた。俺は歯を食いしばった。今は動けない。
ウインザーは後方にいた。
手下が動くのを、静かに見ていた。
その目が、町ではなく周囲を探るように動いていた。
「探してる」
ニアが低く言った。
「うん。わいらを探しとる」
俺は息を殺した。ウインザーは俺たちの存在を認識している。罠を警戒している。それが分かった。
「今です」
サークが言った。
タイミングは今しかなかった。ウインザーが止まっている。手下の動きに意識が向いている。距離はギリギリだが、届く。
ニアの背に乗って、俺たちは動いた。
ニアが速度を上げた。音を殺して、できる限り直線で近づいた。サークが俺の隣で詠唱を始めた。
「ターゲッティング」
次の一撃が必中になる。どれだけ相手が動いても、狙った場所へ届く。
射程ギリギリまで近づいた。
「フレイムジャベリン」
炎の槍が走った。
ウインザーが目を閉じた。
それだけだった。
瞼が閉じた。炎の槍が、分厚い瞼に当たって弾けた。煙が上がった。ウインザーはびくともしなかった。
一瞬の静寂があった。
ウインザーが目を閉じたまま、1歩踏み込んだ。
どこを向いているのか分からない。目が見えていないはずなのに、その1歩が正確だった。前肢が振られた。
ニアに直撃した。
「ニア!」
ニアが吹き飛んだ。俺はニアの首元に掴まったまま、地面に叩きつけられた。
「レスキュー!」
俺は即座に詠唱した。
景色が切り替わった。
ラフルの外れ、高台の草の上に俺たちは転移していた。
ニアが荒い息をついていた。脇腹に大きな傷があった。骨が折れているかもしれない。俺はリジェネレーションをかけながら、自分の心拍が落ち着くのを待った。
サークが静かに俺の隣に座った。
しばらく誰も何も言わなかった。
「攻撃が通らなかった」
俺は声に出した。
頭の中で整理していた。フレイムジャベリンは防がれた。目を閉じるだけで対応できた。ターゲッティングは必中の魔法だ。当たった。だが、当たった場所が無効だった。
視覚に依存していない。
目が見えない状態で、正確にニアを捉えた。感知能力が、目とは別の次元で機能している。
俺たちの切り札は、想定すら到達していなかった。
「勝てない」
言葉にすると、重かった。
エレーナが黙って隣に座った。グレイシャがニアの傷口を水魔法で洗った。無言の手当てだった。
「基本に戻るしかないのでは?」
サークが言ったのは、夜になってからだった。
全員で火を囲んでいた。ニアの傷はリジェネレーションで塞がりつつあったが、まだ完全ではなかった。
「基本とは」
「ドラゴンは回復に時間がかかる。それは変わらない事実です。一撃で仕留めることが無理なら、削り続けるしかない」
俺は考えた。
頭の中で、ドラスの講義が蘇った。通常の回復魔法は体積に対して効率が悪い。一度負った傷は蓄積する。ウィンディー戦で実証した原則だ。
「レスキューがある以上、ヒット&アウェイは可能です。一発入れて逃げる。また入れて逃げる。繰り返せば、蓄積する」
「そもそも攻撃通るんか」
ニアが言った。かすれた声だったが、確かな疑問だった。
「前は全然効かんかったで。壁みたいやった」
「あれからレベルは上がっている」
俺は言った。
「サークもニアも、あの時とは別物だ。今なら違う可能性がある。試していないから分からないだけで、可能性はゼロじゃない」
ニアが少し黙った。
「……やってみんと分からんか」
「ああ」
俺も確信があるわけじゃない。ただ、試さないまま諦めるより、試して結果を見るほうがいい。それだけのことだった。
「アシッドスプラッシュの出番ね」
グレイシャが言った。
「防御を無視して削れる。確実にダメージが入る魔法よ」
サークが視線を向けた。
「以前、後回しにすると言っていたのでは?火力が足りないと」
「状況が変わったのよ」
グレイシャは短く言った。
「目潰しが通じないなら、防御無視のほうが価値がある。削り戦に切り替えるなら、確実に入る攻撃が必要でしょう」
「……論理は正しい」
「分かってるなら文句を言わないで」
サークが何か言いかけて、やめた。エレーナが小さく笑った。
「2人とも、言いたいことは同じよ。方向性は合ってる」
「一旦ラフルに戻って習得しましょう」
エレーナが言った。静かな声だったが、決定的な響きがあった。
「戦術を変えるなら、準備が要る。今の状態で動いても、また同じ結果になる」
俺は頷いた。
準備フェーズに戻る。戦いの途中で立ち止まることへの焦りはあった。その間にも、どこかで何かが壊されている。
だが焦って出て行っても、今夜のような結果になるだけだ。
魔法習得は速かった。
グレイシャがアシッドスプラッシュを習得した。サークも削り戦に対応するための調整を行った。俺は全員のスクロールを補充した。
数日後、俺たちは南部都市連合へ戻った。
町が見えてきた。
最初に気づいたのは匂いだった。煙の匂いではなく、燃え尽きた後の匂いだった。
近づくにつれて、全貌が見えてきた。
建物の大半が崩れていた。残っている壁には焼け跡がついていた。道に瓦礫が積み上がっていた。人の気配がほとんどなかった。
俺は町の入り口で、馬車の残骸の前に立った。
「……間に合わなかった」
声に出してしまった。
サークが俺の横に立った。何も言わなかった。
エレーナが廃墟を見渡した。その目に悲しみがあった。ただし、取り乱すことはなかった。長く生きてきた人間の、感情を抱えたまま立っていられる強さだと思った。
「生存者を探しましょう」
エレーナが静かに言った。
全員が動き始めた。
俺は瓦礫の上を歩きながら、頭の中でずっと同じ言葉が回っていた。
戦えるようになった頃には、守るものが消えている。
準備している間に、世界が壊れていく。
それが今の俺たちの現実だった。




