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第95話 2体同時討伐――戦術の確立

 エレーナとグレイシャが戻ってきたのは、翌日の昼を少し過ぎた頃だった。

 2人の顔を見て、俺は問うより先に察した。うまくいかなかった。

「ダメだったわ」

 エレーナが草の上に腰を下ろした。疲れているはずだが、声に乱れはなかった。

「何度も守ってきたラフルとは違う。あの都市の人たちには、私たちへの信頼がない。ドラゴンが来ると言っても、逃げるより家を守ることを選んだ」

 グレイシャが地面に伏せた。疲弊しているわけではなく、考えているときの姿勢だとこの数日で分かってきた。

「このまま行けば、グリムントの主要都市は全部廃墟になるわ」

 俺は何も言わなかった。

 言える言葉がなかった。俺たちはラフルを空にした。それは正しかったと今でも思う。だが同じことがすべての都市でできるわけではない。信頼がなければ、人は動かない。俺たちの言葉が届かない場所では、守れない。

 その現実を、もう一度胃の底に落とした。


「ウインザーの動きを観察する」

 俺は地図を広げた。

「また手下が分散するなら、1匹ずつ潰す。今すぐ本体に当たっても勝てない。だから削れるところを削る」

 エレーナが頷いた。

「地道に削るしかないわね」

 気の遠くなる話だと思う。ウインザーの手下が何体いるか分からない。1体倒すたびに消耗して、またウインザーが直接来る可能性がある。そのたびに逃げながら、また削る。

 それでも、手が届かない相手に正面から当たるよりはましだ。


 高台から遠距離で監視を続けた。

 グリムント王国が壊されていく様子は、離れた場所からでも分かった。遠くに煙が上がった。夜には赤い光が地平線の向こうに見えた。ウインザーの手下たちが都市を1つずつ回っているのだろう。俺たちには止める手がなかった。

 ただ見ていた。それが今の俺たちにできることだった。

 4日が過ぎた頃、動きが変わった。

 サークが鼻を上げた。

「……分散し始めました」

 遠くの空に、複数の影が散らばっていくのが見えた。グリムント全土を回り終えたか、あるいは次の標的に向けて移動を始めたか。

 俺は影の動きを追いながら、数を数えた。

「1匹、2匹……グループになってる」

 サークが静かに言った。

「グリムント組が他と合流したな」

 俺は地図を頭に広げた。グリムント王国が制圧された。次に狙われるとすれば、南か南西か。

「残るは南部都市連合とバングル王国だ」

 バングル王国はウインザーが当初から向かっていた方角だ。南部都市連合はその手前に位置する。

「南部都市連合方面を叩く」

 俺が言うと、グレイシャが口を開いた。

「2匹いるわよ」

 影の1群の中に、南部方向へ向かっているグループが確認できた。2体が連れ立って移動していた。

 難易度が上がる。だが、今を逃せばまた都市が廃墟になる。

「やる」


 2体は南部都市連合の手前、丘陵地帯で翼を休めていた。

 遠距離からニアの視認と気配感知で確認した。起きてはいるが、移動直後の疲労があるのか、動きが鈍い。

「今が最大のチャンスだ」

 俺はフルバフの準備に入った。

 全員にマジカルガード、エレメンタルガード、ヘイストを順番にかけていく。ニアには魔法ファングも重ねた。

 グレイシャはバフ魔法を自前で持っている部分もあるが、俺のマジカルガードを素直に受け取った。

 サークが静かに前に出た。風が止んだ。

「行きます」


 奇襲の初撃は、音より速かった。

 サークが低く唸った。それがターゲッティングの詠唱だと俺は知っている。次の一撃を必中にする。どれだけ相手が動いても、どれだけ距離があっても、狙った場所に届く。

 フレイムジャベリンが放たれた。

 1体目のドラゴンが吠えた。巨体がのけぞった。右目が潰れていた。

「もう一発」

 サークがすでに次を構えていた。ターゲッティングをもう一度かけるより、混乱している今の隙に入れる。左目へ向けてフレイムジャベリンが走った。

 1体目が地面に崩れた。戦闘不能だ。

 俺は息を吐く間もなかった。

 2体目が動いていた。


 炎ブレスが来た。

 範囲が広かった。回避するより耐える判断を瞬時にした。

「耐えろ!」

 全員が踏ん張った。エレメンタルガードが熱を受け止めた。肌が焼ける感覚はあったが、致命的なダメージにはならなかった。

 俺はリジェネレーションをサークにかけながら、自分の外傷をリフレッシュで処理した。立っていられる。全員立っている。

(エレメンタルガードがなければ、これを一発食らうだけで終わっていた)

 改めて、その重要性を身体で理解した。

 2体目が体勢を立て直す前に、ニアとエレーナが動いた。

「わいが抑える!」

 ニアが真正面から突っ込んだ。体格差は大きい。それでも、フルバフのニアの近接は数字が示す通りの戦力だ。相手の前肢を押さえ込んで、首筋に噛みついた。

「押し切る!」

 エレーナが脇腹へ斬り込んだ。剣筋が速い。何10年も生きてきた人間の、無駄のない動きだった。ニアと連携しているわけではないのに、互いの動きが噛み合っていた。数をこなしてきた者同士の、自然な連動だと思った。

 2体目が暴れた。ニアが吹き飛ばされかけたが、踏ん張って持ちこたえた。エレーナが追い打ちをかけた。傷口が開いた。

 俺はサークを見た。

 サークはすでに位置を変えていた。2体目の後方、死角に近い角度から狙いを定めていた。

 ターゲッティング。

 フレイムジャベリン。

 2発。

 2体目が吠えるのをやめた。


 視界を失った2体は、それでもしばらく暴れた。

 巨体が地面を叩き、翼が空を打った。だが方向が定まらない。目が潰れたドラゴンは、脅威ではなかった。

 俺たちは距離を取りながら、確実に仕留めた。余計なリスクは取らない。それがこの戦術の原則だ。


 静かになった草原で、俺はヒーリングをかけながら全員の状態を確認した。大きな怪我はない。消耗はあるが、誰も倒れていない。

 サークが静かに言った。

「ポケットの消費は重いが」

 ターゲッティングを2体分、4発かけた。スクロールも使った。確かに消耗は大きい。

「手下なら問題なく倒せるな」

 それがサークの結論だった。俺も同じだった。目潰し戦術は完成した。1体でも2体でも、翼を休めている状況なら対処できる。

 勝てるラインに届いた。


「……私だって負けてないんだから」

 グレイシャがぽつりと言った。

 俺は振り返った。グレイシャはサークを見ていた。正確に言えば、サークの仕事を評価するような目で見ながら、しかしそれを認めたくない顔をしていた。

「別に競ってるつもりはないが」

 サークが静かに返した。

 温度差があった。グレイシャは明らかに張り合っているが、サークはそもそもその土俵に乗っていない。それがグレイシャにとっては余計に面白くないのかもしれない。

「はいはい、そこまで」

 エレーナが間に入った。疲れたような、それでいて少し楽しそうな声だった。場を収めるときの、力の抜けた仲裁だった。

「今は戦った後よ。喧嘩は後にしなさい」

 グレイシャが鼻を鳴らした。サークは何も言わなかった。


 夕暮れの草原に、俺たちは座った。

 戦術は完成した。

 目潰し戦術。傷口への集中攻撃。ターゲッティングとフレイムジャベリンの組み合わせ。フルバフの前衛による近接制圧。それらが1つの形になった。手下相手なら、2体同時でも勝てる。

 だが俺の頭の中には、常にあの場面がある。

 ニアとバルドとサークが、全力で攻撃して無効だった。あの一瞬。

「問題は本体だな……」

 声に出すと、サークが俺を見た。ニアも、エレーナも、グレイシャも、返事をしなかった。

 皆、分かっていた。手下には勝てる。だがウインザーは別格だ。

 空が赤く染まっていた。南の方角に、薄く煙が上がっていた。ウインザーが、またどこかを壊している。

 削れる。少しずつ削れる。でも、その先にある壁はまだ崩せない。

 俺はその事実を抱えながら、南の空を見続けた。


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