↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/107

第93話 撤退戦略――来るべき災厄の前に

 ドラゴンの死骸が地面に沈んだ。

 煙が薄れ、草が焦げた匂いが鼻をついた。エレーナが肩の力を抜いて、グレイシャの首元に手を置いた。グレイシャは短く鼻を鳴らし、それ以上は何も言わなかった。

 俺は剣を収めながら、ラフルの町を振り返った。

 遠くに家々の屋根が見えた。炊事の煙が1本だけ、夕暮れの空に上がっていた。まだ人がいる。まだ、日常がある。

 でも、次に来るのは手下じゃない。

「戦う選択肢はない」

 声に出したのは、自分に言い聞かせるためでもあった。

 サークが俺の隣に並んだ。金色の目が静かにラフルを見ていた。

「担当ドラゴンを倒せば、ウインザーが来る」

「分かっています」

 簡潔な返答だった。サークはいつもそうだ。俺が結論を口にする前に、すでに同じ場所に着いている。

 エレーナが俺の反対側から歩いてきた。髪が夕風に揺れた。

「逃げれば、町が壊されるわよ」

 責めている口調じゃなかった。ただ事実として、置くように言った。

 俺は一拍、間を置いた。

「……分かってる」

 草の上に視線を落として、もう一度ラフルを見た。

「だから、町を空にする」

 エレーナは少しの間、黙っていた。

 グレイシャが低く唸った。威嚇ではなく、考えているときの癖だとこの数日で分かった。

 やがてエレーナが口を開いた。

「……それしかないわね」

 反論はなかった。全員が同じ結論に着いていた。守るための撤退。家を捨てて、命を残す。それ以外に道がなかった。


 ラフルの冒険者ギルドに戻ったのは、日が傾きかけた頃だった。

 俺が話した内容はシンプルだった。ドラゴンがまた来る。今度は先ほどの個体よりはるかに大きい。だから今すぐ逃げろ、と。

 ギルドの中が揺れた。声が重なり、椅子が倒れた。パニックの寸前まで空気が詰まった。

 当然だと思った。住み慣れた町を捨てろと言われて、平静でいられる人間がどこにいる。

 だがエレーナが1歩前に出た。

「私もここを離れる」

 その一言で、空気が変わった。

 エレーナとグレイシャがこれまでラフルの住民に積み上げてきた信頼は、俺の想像より深かった。さらにその直前に、俺たちは町の外でドラゴンを仕留めていた。100の言葉より、1つの事実のほうが人を動かす。

 住民たちが動き始めた。


「まとまるな」

 広場で人が集まりかけたとき、俺は声を上げた。

「小集団でバラバラに逃げろ。大人数が固まって移動すると、上から一目で見つかる」

 一瞬、戸惑いが走った。

「家族単位か、せいぜい3、4家族でひとかたまりだ。方角も全員同じにするな。東.南東.南、それぞれ散らばれ」

 冒険者の1人が手を挙げた。

「ドラゴンが来たら、まとまって戦ったほうが」

「勝てない」

 俺は真っすぐ言った。

「今日仕留めたのは、手下の中でも小型の部類だ。次に来る相手はその比じゃない。まとまって戦う選択肢はない。生き残ることだけを考えろ」

 沈黙があった。

 エレーナが静かに頷いた。それだけで、場の空気が定まった。

 人の流れが動き始めた。


 それからの数時間は、静かな混乱だった。

 混乱というより、整然とした悲嘆と言うべきかもしれない。人々は急いでいたが、叫んではいなかった。泣きながら荷物を縛る老人がいた。子供を背負って走る母親がいた。隣人に声をかけながら歩く冒険者がいた。

 貴重品だけ持ち出せという指示は、おおむね守られた。人間は追い詰められると、不思議なほど冷静になることがある。

 俺はニアの背から町の様子を見ていた。

 陽が完全に落ちる頃、ラフルから人の気配が消えた。

 開け放たれた扉。道に転がった籠。灯りのない窓。かまどの火が消えた家。誰かが急いで置いていった上着が、夜風に揺れていた。

「……これでいい」

 声に出したのは、自分でも気づかないうちだった。

 サークが横を見上げた。

「後悔していますか」

「してない」

 即答した。

「……でも、きれいじゃないな」

 守るために捨てた。正しい判断だと思っている。それでも、誰かの家が、誰かの日常が、明日には瓦礫になるかもしれないという事実は、きれいな言葉では包めない。

 サークは何も言わなかった。それが俺には、1番ありがたかった。


「……問題はここからだ」

 俺たちは町から離れた高台に拠点を移していた。ラフルの全景が見渡せる。いつでも動ける距離。逃げるにも、確認するにも、ちょうどいい場所だった。

「手下を倒したことで、ウインザーが来ると予測した。だがそれが本当かどうか、まだ確認できていない」

 サークが静かに口を開いた。

「予想の検証が必要ですね。担当制という構造が正しければ、ウインザーはここへ向かうはずです。来なければ、前提が崩れる」

「ええ」

 エレーナが膝の上で手を組んだ。

「遠くから確認しましょう。飛び込む前に見る。それだけのことよ」

 待ちのフェーズだった。高台から目を離さず、来るかどうかを見極める。今は戦う局面ではない。


 夜が更けた。

 見張りを交代しながら、空き時間に俺は全員の状態を確認することにした。戦闘直後の能力確認は癖になっている。何が上がって何が足りないか、把握しておかないと次の一手が打てない。

「今のうちに確認しておく」

 焚き火を囲んで、順番に数字を出していった。

 俺の加護魔法は上限に達していた。レベルは57のまま変わらない。地味だが、スクロールの携行枚数が増えるのは悪くない。

 サークの炎魔法がレベル64になっていた。

「……8レベル魔法に到達しました」

 サークが静かに言った。感情を表に出す狼ではないが、それでもわずかに声の質が変わったのを俺は聞き逃さなかった。

 ニアの近接戦闘レベルは55だった。ウィンディー戦からこっち、着実に伸びている。今や俺たちの前衛の主軸はニアだ。それは誰もが認める事実になっていた。

 エレーナの近接はレベル56。ニアとほとんど変わらない数字だった。

「張り合ってるつもりはないけどね」

 エレーナが苦笑した。

「ただ、生き残るために必要なことをやってきたら、こうなってたってだけよ」

 言葉は、どこか飄々としていて、それでいて重い。

 グレイシャの数字が出たとき、サークが無言になった。水魔法レベル65、闇魔法レベル40。高位の魔法使いとして、文句のない数字だった。

「ふん」

 グレイシャは何も言わなかったが、サークをちらりと見た。サークも視線を返した。互いに何も言わないまま、焚き火の炎が揺れた。


 翌朝、ランク強化を行った。

 上限の壁は、何度経験しても厄介だ。レベルが頭打ちになる前に、器を広げておかなければならない。

 俺はランクを57から58へ。サークは66から70へ。ニアは60から70へ。エレーナは60から65へ。グレイシャは70から73へ。

 強化を終えてから、さらに時間が経った。


 もう一度、ラフルの町を見た。

 完全に無人だった。

 風が通り抜け、看板が軋んだ。遠くで犬の声がした。飼い主が連れて行けなかったか、迷い込んだ野良か。どちらにしても、答える人間はいない。

「これで……巻き込まれる人はいない」

 エレーナがぽつりと言った。

 誰も返事をしなかった。でも全員が、同じことを感じていたと思う。

 戦場の条件が整った。守るべき人間が、ここにはいない。だからここで戦える。それは、悲しい合理性だった。


「今のうちにやることがある」

 俺は立ち上がった。

「ギルドの書庫を使わせてもらう」

「何を探すの」

 エレーナが聞いた。

「次の戦いで使える魔法だ。今の戦力でウインザーに挑んでも、勝てる根拠がない。なら、今この時間に、使えるものを増やすしかない」

 サークが静かに言った。

「時間との勝負ですね」

「ああ」

 ウインザーがいつ来るかは分からない。来るとすれば、担当ドラゴンを失ったことに気づいてからだ。早ければ明日かもしれない。遅ければ、もう少し猶予があるかもしれない。

 その隙間に、できることをやる。

 それしかない。


 無人のラフルに、焚き火の灯りだけが残った。

 空になった町。誰かの家。誰かの店。誰かが生きていた場所が、今は静かに、次の嵐を待っていた。

 守るために空にした町で、彼らは次に勝つための力を求め始めた――。


メモ


タカオ:回復・支援の中核

【加護魔法】 ランク58 レベル57

【ポケット】 58+1

【習得魔法】

 レベル1:ヒーリング.ブレス.エイド.ディテクトマジック

 レベル2:ヒーリングプラス.ストレングス.ウィーク.センスエネミー.マジカルガード

 レベル3:リジェネレーション.キュアディジーズ.ディスペルマジック.キャンセレーション.ヘイスト.エレメンタルガード.ウォーターブリーズ

 レベル4:キュアポイズン.フィッシュムーブ.センスライ.クリエイトスクロール

 レベル5:レイズデッド.トリートメント.リムーブカース.リセット

 レベル6:リフレッシュ.グレーターディスペルマジック.アナライズマジック

 レベル7:レスキュー・リグロースパーツ・エンチャントウェポン・エンチャントアーマー・クリアランス

【スクロール】

 レベル1 エイド×1

 レベル2 センスエネミー×1

 レベル3 キュアディジーズ×1

 レベル4 キュアポイズン×1  センスライ×1

 レベル5 リセット×5  レイズデッド×1  リムーブカース×1

 レベル6 アナライズマジック×1

【知識系】

 各種知識 ランク16

 魔物知識 レベル7

 植物知識 レベル8

 地域知識 レベル12

【水泳】   レベル4


サーク:後衛火力・対ボス対応

【属性魔法(炎)】 ランク70 レベル64

【属性魔法(地)】 ランク25 レベル11

【属性魔法(光)】 ランク30 レベル21

【ポケット】 50+1

【習得魔法】

 レベル1:スリープ.ファイアボルト.サンダー.ライト.ディテクトマジック.バークスキン

 レベル2:サモンエレメンタルⅠ.ホーリーライト.ホーリーウェポン.フレイムボディー.ストーンサーバント

 レベル3:サモンエレメンタルⅡ.ライトニング.マジックファング.シャインフラッシュ.ホーリースフィア.ファイアーボール.ミラージュフレイム.シャインヒール.アースシーイング

 レベル4:サモンエレメンタルⅢ.セーブライフ.バーニングストライク.スタンスローター

 レベル5:サモンエレメンタルⅣ.ファイアイミュニティー.サプレスエレメンタル.フレアボム.コータリゼイション

 レベル6:サモンエレメンタルⅤ.バーンアウト.フェニックスライフ

 レベル7:サモンエレメンタルⅥ・フレイムジャベリン・スペルエンハンス

【近接戦闘】 ランク9 レベル7

【鋭敏感覚】 レベル14

【気配感知】 レベル10

【水泳】   レベル4


ニア:遊撃・索敵

【属性魔法(風)】 ランク25 レベル25

【属性魔法(光)】 ランク63 レベル14

【ポケット】 20

【習得魔法】

 レベル1:サンダー.ウィンドショット.スリープ.ライト.ディテクトマジック

 レベル2:サモンエレメンタルⅠ.スピード.インパルス.ウィンドトーク

 レベル3:サモンエレメンタルⅡ.スカイウィング.ガストウィンド.シャインフラッシュ.シャインヒール.マジックファング

 レベル4:サモンエレメンタルⅢ.トルネード.ミサイルプロテクション

【近接戦闘】 ランク70 レベル55

【電撃ブレス】 レベル12

【危険感知】 レベル16

【気配感知】 レベル16

【視認】   レベル18

【水泳】   レベル1


エレーナ 近接ランク65 レベル56

グレイシャ 水ランク73 レベル65 闇レベル40


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。