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第91話 焦土――それでも進む理由

 翌朝、俺は決めていた。

「……戻る。ハイルセンに」

 エレーナが湯気の立つカップを両手で持ったまま、こちらを見た。

「各個撃破されに行く気?」

 歳を重ねた者の目だった。焦りも驚きもない。ただ、核心を突いてくる。

「まだウインザーとは戦えない。でも、手下なら倒せる。ウインザーが来たらレスキューで撤退する」

「なるほど」

 エレーナが少し考えるような間を置いた。

「無謀じゃなくて、計算した上でそう言ってるのね」

「そのつもりです」

「まあ、若いうちは動いてみるものよ」

 エレーナがカップを置いた。

「グレイシャ、向こうの様子を見て」


 グレイシャが目を閉じた。透視の魔法を展開している。しばらく沈黙があった。

「……バラバラね。それぞれ別の方向に飛んでる」

「敵が分散しているなら対処できる」

 サークが静かに言った。

 グレイシャがサークを一瞥した。

「へえ。ドラゴンを"対処"できるんだ」

「事実を言っただけだ」

「そういうのは実績を出してから言うのね」

「はいはい、そこまで」

 エレーナが軽く手を振った。

「気をつけて。生きて戻りなさい」

 余裕がある言い方だった。心配していないのではなく、心配した上で送り出している声だった。


「飛ばすで」

 ニアが言った。

 スカイウイングで上昇して、ハイルセンへ向かった。1日強の移動だ。

 近づくにつれて、見えてくるものが変わっていった。

 煙の跡。崩れた建物の輪郭。焼け落ちた屋根。

 ハイルセンは、ほぼ廃墟だった。

 でも、人影があった。崩れた建物の陰に、動く人間がいた。

 終わっていない。


「よかった……」

 ハミルトンの顔を見た瞬間、俺は思わずそう言った。

 ハミルトンは少し痩せていたが、立っていた。目に力があった。

「タカオさん、無事でしたか」

「何とか。ハミルトンさんも」

 少しの間があった。

「ドラス様とウィンディオは……」

 ハミルトンが言葉を選ぶように言った。

「戦いの中で」

 それ以上は言わなかった。言う必要がなかった。

 守れなかった。

 その事実が、静かに胸に落ちた。

「今、町の人たちは?」

「周辺に分かれて暮らしています。ウインザーがいつ来るかわからない。目立つことはできないから、細々と」

「生き延びている」

「そうです。それだけは」


 廃墟を歩いていると、声をかけられた。

「タカオさん……?」

 振り返ると、グルックがいた。アールストンの行商人だ。最初の旅でゴブリンから助けた縁がある。

「グルック。無事だったのか」

「たまたまです。移動中だったから……でも、両方とも」

 グルックが言葉を切った。アールストンも、ハイルセンも、拠点として機能しなくなったということだ。

「生きていてよかった」

 俺はそれだけ言った。それ以外に言えることがなかった。


 シルバムまで移動するのに2日かかった。

 状況は、さらに深刻だった。

 領主が死んでいた。抵抗した者は皆殺しにされたという証言が複数出た。

「ガルバンは?」

 鍛冶師のガルバンのことを、俺はシルバムに入ってすぐに確認した。廃坑事件で共に戦った男だ。

 返ってきた答えは、想像していたものだった。

「……最後まで戦ったらしいです」

 証言してくれた男が、静かに言った。

「逃げなかったそうで」

 そうだろうと思った。ガルバンはそういう男だった。

 俺は少し黙ってから、次の確認に移った。感傷に浸っている時間はない。でも、忘れない。


 シルバムの冒険者ギルドは建物が壊滅していたが、人員の多くが生き残っていた。分散して情報を集めている者もいた。

「ドラゴンはどちらへ向かいましたか」

「全部……南です。バラバラに飛んでいきましたが、方向は全員南でした」

 俺は持っていた地図を広げた。

 バークホルム王国は、ほぼ壊滅している。東にはグリムント王国がある。エレーナたちがいる国だ。南東には南部都市連合がある。さらに南、海の向こうにはバングル王国がある。

 全方位だ。

 ウインザーは世界全体を潰す気だ。

「ウインザー本体は?」

「真南に向かったという証言が多いです」

 真南。海の向こうにあるのはバングル王国だ。

「次はバングル王国か……」


 俺はサークとニアを見た。

「やることは変わらない。手下を減らす。削れる相手を削り続ける」

「現実的ですね」

 サークが静かに言った。

「わいらにできることやな」

 ニアが言った。

「ラフルに戻る。来たドラゴンを迎え撃つ。ウインザーが来たらすぐ逃げる。それを繰り返す」

「わかりました」


 ラフルへ戻ったのは翌日だった。

 町が見えた瞬間、空に何かがいた。

 爆炎が上がった。衝撃波が届いた。

 空中で、ドラゴンとエレーナとグレイシャが戦っていた。グレイシャが水魔法で攻撃している。エレーナが槍でドラゴンを攻撃していた。

「……もう始まってる」

 俺は空を見上げたまま言った。

 ニアが翼を広げた。

「行くで」

 逃げ場のない戦いは、すでに広がっていた――。


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