第90話 限界――剣の届かぬ領域
ラフルの宿で朝を迎えた。
バルドはまだ動きが鈍い。蘇生直後の体は、見た目が戻っても中身がついてくるまでに時間がかかる。リアンが昨夜から回復魔法を重ねてくれていた。
「……まずは確認だな」
俺は能力の変化を開いた。
数字を見た。
加護魔法のレベルが51から55になっていた。ポケットが増えている。善行ポイントも増加していた。
でも55で止まった。ランクの上限に達した。
「……ここが限界か」
「かなり伸びていますね」
サークが自分の数字を見ながら言った。炎魔法が54から59になっていた。地属性も微増している。
ニアが近接戦闘の数字を見て、少し黙った。
「……ここで止まりやな」
44から50になっていた。ランクの上限だ。
誰も喜ばなかった。
これだけ伸びても、昨日のウインザーには何も通らなかった。数字が増えた実感より、その事実の方が重かった。
「ランクを上げないと、これ以上伸びない」
俺が言うと、全員が頷いた。異論はなかった。
タカオの加護ランクを55から57へ。サークの炎ランクを64から66へ。ニアの近接ランクを50から60へ。善行ポイントを使いながら、順番に強化した。
それでも誰も表情が明るくならなかった。
強くなっている。数字の上では確かに伸びている。でも昨日の戦いで見たものが、頭から離れない。
これだけ伸びても、届かない。
午前中、ラフルの冒険者ギルドへ向かった。バルドとリアンの能力を確認したかった。
職員が測定水晶を準備して、バルドに手を当てるよう促した。
数字が浮かんだ。
職員が少し表情を変えた。
近接戦闘のレベルが、前回と同じだった。
「……もう一度だ」
バルドが言った。
再測定した。同じ数字が出た。
職員が静かに言った。
「これ以上は……成長しません」
沈黙が来た。
ニアが小声で言った。
「……わいより先に止まるんか」
誰も何も言えなかった。
バルドは何も言わなかった。
ギルドを出てから、しばらく黙って歩いた。俺たちも何も言えなかった。
バルドが立ち止まった。
拳を握った。
昨日のことを思い出しているのだろうと、俺にはわかった。ウインザーの爪が当たった瞬間。何も通らなかった瞬間。それでもバルドは死んで戻ってきた。
「……俺は離れる」
バルドが言った。
「……何を言ってる」
「このままじゃ足手まといだ」
断言だった。感情的ではなかった。ただ、事実を言っている声だった。
「ウインザーには届かない。それはわかった。でも、手下なら斬れる」
俺は反論しようとした。でも言葉が出なかった。
「敵は分散してる。ウインザーが各都市を潰しながら動いているなら、手下が前に出ている場所がある。そこを潰せば、少しは時間が稼げる」
「……削り戦か」
「そういうことだ。俺は俺でやる」
「……バルド、1人で行く気?」
リアンが静かに言った。
「そのつもりだ」
「無理よ」
リアンが1拍置いた。
「私も行く」
バルドが振り返った。
「リアン……」
俺も同じ言葉を言いかけた。
「後衛がいないと、すぐ死ぬわよ」
リアンの声は落ち着いていた。合理的だった。でも、それだけではない何かがあった。
「……いいのか」
「決まってるでしょ」
それだけだった。
「僕も……そっちに回るよ」
ゾマが言った。
「ゾマまで?」
「前線には向いてない。でも、補助と判断なら役に立てる。バルドとリアンだけだと、情報の整理が薄くなる」
俺は全員を見た。
バルドが前衛を担う。リアンが火力と支援を担う。ゾマが補助と分析を担う。3人で1つのパーティとして機能する形が、自然に見えた。
止めたかった。
でも、合理的すぎた。反論できる理由がなかった。ウインザー本体を相手にする戦いに、今のバルドを連れていくことは難しい。でもバルドには、戦える場所がある。
「……わかった」
俺は言った。
その日の夕方、3人が出発した。
「任せたぞ」
バルドが俺を見て言った。
「そっちもね」
リアンがサークとニアを一度見て、それから俺を見た。
「また後で」
ゾマが小さく手を上げた。
3人が歩き出した。
俺はその背中を見ていた。
3人の姿が見えなくなってから、ニアが言った。
「……静かになったで」
「ああ」
サークは何も言わなかった。
俺は少し考えた。
強くなっても届かない。だから、戦い方を変える。それはバルドだけじゃない。俺たちも同じだ。今のままでウインザーと当たれば、また同じ結果になる。
何かを変えなければならない。
何が足りないのかを、今度こそ見つけなければならない。
同じ敵に向かいながら、彼らは別々の戦場へと歩き出した――。




