第89話 敗走の先で――新たな邂逅
まずバルドだ。
俺は地面に横たわるバルドの前に膝をついた。外傷が残っているままでは、蘇生の成功率が下がる。先に治す。
「リフレッシュ」
光が広がった。バルドの体の傷が塞がっていく。出血が止まり、折れていた骨が戻る。外から見える損傷が消えた。
それを確認してから、俺は手を当てた。
「レイズデッド」
しばらく、何も起きなかった。
それから、バルドの胸が動いた。
「……戻ったか」
低い声だった。バルドが目を開けて、空を見た。それから俺を見た。何も言わなかった。俺も何も言わなかった。
周囲も静かだった。誰も喋らなかった。
勝てない。
今のままでは、絶対に勝てない。それが今日の戦いで確定した。
「ここはどこだ?」
サークが立ち上がって周囲を見回した。
草地が広がっている。遠くに町が見える。
「ラフルの町ね」
リアンが答えた。
「隣国グリムント領の国境沿いの町よ。ハイルセンとは緊張関係があるわ。安全とは言い切れない」
レスキューが選んだ「安全な場所」が、政治的に安全かどうかは別問題らしい。
俺は少し苦笑した。笑える状況でもないが。
空から影が来た。
1人の女と、飛行する狼だ。
女が俺たちを見て、手に持った槍の穂先をこちらに向けた。
「……ウインザーの走狗か。それとも、ただの迷い子か」
「敗走してきた」
俺は即座に答えた。
女が一瞬俺を見た。それから俺たちの状態を確認した。疲弊して、全員地面にいて、バルドは蘇生直後だ。ウインザー側の人間がこんな状態でここにいるわけがない。
槍が下がった。
「……そうか。その傷と、その目は……嘘をつけるような余裕もなさそうね」
緊張が解けた。
その時、飛行していた狼がサークを見た。
「サークじゃない。まだ生きてたの? 意外だわ」
サークが動きを止めた。
「グレイシャ……」
女が狼と俺たちを交互に見た。
「知り合い?」
「知り合いというか」
グレイシャと呼ばれた狼が、どこか面白くなさそうな声で言った。
「私を選ばなかった人間と、代わりに選ばれた相棒よ」
一言で全部わかった。グレイシャは、俺が転生するときにサークと共に相棒候補だった狼だ。俺がサークを選んだから別の転生者の相棒になったわけだ。
「タカオさんですか?」
女が俺を見た。
「……転生者ですか?」
「エレーナよ」
即答だった。説明は不要だという顔だった。俺も余計なことは聞かなかった。
「そちらの状況を教えてくれるかしら」
エレーナが言った。
「私たちもウインザーの手下と戦っているわ。でも今のあなたたちの様子を見ると、本体と当たったのね」
「ハイルセンが襲撃された。ドラスさんが抑えようとしたが、一撃で落とされた。俺たちも全力で攻撃したが、何も通らなかった。今頃ハイルセンは壊滅しているかもしれない」
エレーナは表情を変えなかった。でも、目の奥が少し動いた。
「こちらに来るのも時間の問題ね」
「そちらの状況は?」
「手下クラスとは互角に戦える。でも数が多い。本体が動けば、それだけで均衡が崩れる」
「回復したら戻る」
俺は言った。
「ドラスさんが生きているかもしれない。ウィンディオも。町の人間も」
「無理だわ」
エレーナが即座に言った。
「今は、感情を殺しなさい。戻れば死ぬ……それはあなたが1番よく分かっているはずよ」
俺は少し黙った。
反論できなかった。エレーナの言うとおりだった。疲弊した状態でハイルセンに戻っても、今度こそ全滅する。
「グレイシャ、確認して」
エレーナが言った。
グレイシャが目を閉じた。魔法を発動させている。
「クレアボアンス……」
リアンが小声で言った。遠見の魔法だ。
グレイシャが目を開けた。
「ハイルセンは壊滅している。ウインザーは北へ移動中。次の標的はアールストンかシルバム、どちらかね」
俺は黙って聞いた。
ハイルセンが、壊滅した。
ハミルトンが。商人ギルドが。冒険者ギルドが。ドラスが守ろうとしていた町が。
「……何もできない」
声に出たのか、頭の中だけだったのか、自分でもわからなかった。
「まず休みなさい」
エレーナが言った。
バルドを見た。
「その男は、魂がまだ定着しきっていない。一度死の淵を覗いた者に、すぐさま現世の重荷を背負わせるものではないわ。今は……ただ眠らせてやりなさい」
バルドが何も言わなかった。それが同意の代わりだった。
「ニアとゾマは?」
俺はエレーナに聞いた。
「町には入れないわ。ウインザーが攻撃している現状でドラゴンを町に入れることを理解して貰うのは難しいわ」
当然だった。ラフルがどんな町かわからないが、ドラゴンを連れて入れる場所は限られる。
「わかった。ニア、ゾマ、悪いが外で待っていてくれ」
「わかったで」
ニアが答えた。いつもより声が小さかった。ゾマは何も言わずに頷いた。
エレーナの案内でラフルの町に入った。
タカオ、サーク、バルド、リアンの4人だ。
グレイシャはずっとサークを無視していた。隣にいても、存在しないように扱っている。サークは何も言わなかった。
町の中は、ざわついていた。空を見上げている住民が多い。何かが来ることを、肌で感じているのかもしれない。
俺は歩きながら考えた。
ここからどうする。
ウインザーに攻撃は通らなかった。最強の盾だったドラスが一撃で落とされた。バルドが一度死んだ。俺たちに今のウインザーは倒せない。
でも、何かがある。
そう思いたかっただけかもしれない。でも、エレーナがいる。グレイシャがいる。こんな状況で出会ったのには、何か意味があるかもしれない。
敗北の先で、ようやく「次の戦い方」が見え始めていた――。




