第88話 竜王襲来――抗えぬ力
異様な風だった。
ハイルセンの上空で、風の向きが変わった。雲が速く流れる。鳥が一斉に飛び立った。
「……来るで」
ニアが空を見上げて言った。低い声だった。
ドラスが外に出た。空を見て、静かに言った。
「……ウインザーだ」
影が来た。
最初は1つだった。それが、どんどん大きくなる。ウインザーの巨体だ。体長30メートル。ハイルセンの空を覆うほどの翼を広げて、悠然と近づいてくる。
その後ろに、複数の小さな影が続いていた。
数えた。約10体。ウィンディーより小さい。しかしそれでも、人間が相手にできる存在ではない。
町から悲鳴が上がった。
「私がウインザーを抑える」
ドラスが言った。
「1体は任せろ」
ウィンディオが続けた。
「俺たちは2体引き受ける」
俺が言った瞬間、自分でわかっていた。それでも足りない。残りのドラゴンが町へ向かう。守りきれない。でも動かないよりはいい。
「全員、動け」
ドラスが空へ上がった。
ウインザーと正面からぶつかった瞬間、衝撃波が地面まで届いた。建物が揺れた。俺の体が風圧で押される。
一撃ごとに、地形が変わっていく。
これが「別次元」だと、見ているだけでわかった。
ウィンディオが手下の1体に突っ込んでいった。体格差があるが、ウィンディオは手を抜かない。全力でぶつかっている。
俺たちは2体を引き受けた。
ニアにフルバフをかけた。バルドにも強化を入れる。
「押すで!」
ニアが先行した。相手は手下クラスだ。ウィンディーと同程度、あるいは少し下かもしれない。ニアが互角以上に渡り合える。
バルドが横から入って有効打を入れた。
「フレイムジャベリン!」
サークの炎の槍が傷口に刺さった。貫通力が高い。ウィンディー戦で掴んだ感覚が活きている。削れている。
勝てる。この2体には、勝てる。
そう思った直後だった。
背後から悲鳴が聞こえた。
俺は一瞬だけ振り返った。
町が燃えていた。崩れていた。手下のドラゴンが突入して、建物を踏み潰していた。逃げ惑う人々が見えた。
間に合わない。
でも今止まれない。目の前の2体を仕留めれば、戻れる。
「もう一押しや!」
ニアが叫んだ。確かに、あと少しだ。
その瞬間だった。
重い音がした。
地面が揺れた。
ドラスが落ちてきた。
巨大な体が、地面に叩きつけられた。轟音と砂塵が上がった。そのまま動かなかった。
「……ドラスさん?」
俺の声が、自分でも間抜けに聞こえた。
ウインザーに吹き飛ばされた。あれだけの体格のドラスが、一撃で。
「まだだ!」
ウィンディオが叫んだ。ウインザーへ向かって突撃した。
一撃だった。
ウィンディオが空から落下した。
静寂が来た。
目の前で戦っていた手下の2体が、後退した。
道を開けるように、左右に分かれた。
ウインザーが降りてくる。
ゆっくりと、確実に。
俺は体が動かなかった。一瞬だけ。
違う。
今まで戦ってきた敵と、根本的に何かが違う。圧力の種類が違う。存在の重さが違う。
ニアが前に出た。
「行くで」
全力で突撃した。爪を振るった。拳を叩き込んだ。
通らなかった。
「……は?」
ニアが、自分の拳を見た。
バルドが横から斬り込んだ。剣がウインザーの体に当たった。弾かれた。
「フレイムジャベリン!」
サークが放った。直撃した。
だが弾かれた。
「……効いてない」
サークの声が、静かだった。感情が抜け落ちたような声だった。
ウインザーが動いた。
無言だった。何も言わなかった。ただ、爪を1振りした。
バルドに当たった。
バルドが吹き飛んだ。
音がした。それから沈黙が来た。
「……バルド?」
ニアが振り返った。
時間が止まった気がした。
バルドは動かなかった。
俺は一瞬、硬直した。
次の瞬間には判断していた。
「……無理だ」
声に出した。
「全員、離脱する!」
「レスキュー」
光が出た。
全員を包んだ。
気がついたら、静かな場所にいた。
ハイルセンから離れた、開けた草地だった。レスキューが選んだ安全な場所だ。
全員が地面に倒れた。サークが横になった。ニアが翼を畳んで座り込んだ。リアン、ゾマが息を整えている。
バルドは動かないままだった。
誰も喋らなかった。
俺は空を見上げた。遠くにハイルセンの方向がある。煙が見えた。
勝てない。
今のままでは。
あれだけのバフをかけて、全力で攻撃して、何も通らなかった。ドラスでさえ一撃で落とされた。俺たちの攻撃が届く相手ではなかった。
それは、戦いですらなかった――。




