第86話 初撃破――眷属竜ウィンディー
西の空域に出た瞬間、ウィンディーが動いた。
先手だった。速い。体長12メートルの巨体とは思えない加速で、真っ直ぐに突っ込んでくる。
ニアが正面から受けた。爪と爪がぶつかって、互いに弾かれた。相打ちの形だが、どちらもダメージは薄い。
その一瞬の隙に、バルドが横から斬り込んだ。
「当たれ!」
剣がウィンディーの翼の付け根に入った。
ウィンディーが少し体を揺らした。
「ふーん、少しはやるのね」
余裕のある声だった。でも確かに傷が入った。
ウィンディーが旋回して、再び突入してきた。
ニアがホバリングしながら迎え撃つ。今度はニアが回避に成功して、ウィンディーが被弾した。バフの差が出ていた。ヘイストとミラージュフレイムの効果で、ニアの動きがウィンディーの予測より速い。
ウィンディーがターゲットをバルドに変えた。バルドを狙って爪を振るう。バルドが横に跳んで回避した。逆にウィンディーの側面をバルドが叩く。
今は押している。
でも、と俺は思った。
ウィンディーはまだ本気ではない。様子見の段階だ。それでもこちらの攻撃が刺さっているのは、バフの差があるからだ。その差がなくなれば、話は変わる。
ウィンディーが距離を取った。
翼を広げて、深く息を吸う仕草をした。
「じゃあこれはどう?」
風が来た。
ブレスではない。空間ごと叩き潰すような突風が、一瞬にして全員を包んだ。
エレメンタルガードが発動した。でも、それでもダメージが通った。サークが体を揺らし、ニアが空中でバランスを崩した。俺も吹き飛ばされそうになって、必死に姿勢を立て直した。
エレメンタルガードがなければ、今の一撃で何人かは落ちていた。
「トリートメント!」
俺はサークの背中に手を当てながら叫んだ。搭乗している状態で、ニアにも回復を回す。
その間にバルドが再接近した。
ウィンディーがブレスの余韻でわずかに体勢を崩している。その一瞬を突いて、バルドの剣が深く入った。翼の付け根の傷が、さらに広がった。
「これでは終わらない」
俺は状況を見ながら声に出した。
「バルドの攻撃で傷ができている。鱗は硬いが、傷口は違う。そこを集中攻撃する」
「1点集中ですね」
サークが即座に動いた。
「ファイアーボール!」
炎が傷口を狙って飛んだ。直撃ではなかったが、傷を巻き込むように着弾した。ウィンディーが短く声を漏らした。
バルドが同じ傷口を追撃した。剣が鱗の隙間に入って、さらに深く抉る。
「ッ……」
ウィンディーが明確に距離を取った。
ダメージが通っている。傷口を起点にすれば、鱗の防御を迂回できる。
距離を取ったウィンディーが、魔法を展開し始めた。
スカイウイング。飛行を安定させる魔法だ。さらに別のバフが積み重なっていく。
今のうちだ。
「グレーターディスペルマジック!」
バフが一瞬で消えた。
ウィンディーが動きを止めた。強化魔法が全て剥がれた状態で、こちらを見ている。
「強化はさせない」
俺は言った。
「バフを積ませる前に消す。それを続ける」
バルドがニアと目を合わせた。言葉はなかった。でも2人の動きが、同時に始まった。
バルドが右に回り込んだ。ニアが左に回り込んだ。
ウィンディーが両方を追えない位置関係になった瞬間、2人が同時に動いた。
バルドの剣がウィンディーの右目を狙った。ニアの爪が左目を狙った。
「目が――!」
両目への同時攻撃。完全な視界喪失だ。
ウィンディーがバランスを崩した。巨体が傾いて、制御を失っていく。そのまま落下した。
地面に落ちる音が、遠くまで響いた。
俺たちも降りた。
ウィンディーは地上でまだ動いていた。両目が使えないまま、風魔法を乱発して周囲を荒らしている。草が吹き飛び、土が舞い上がる。視界がなくても、力は残っている。
「まだやるんか?」
ニアが正面に立って言った。
「私は……止まらない……!」
ウィンディーの声は、さっきとは違った。余裕がない。でも止まらない。眷属になったことで、撤退という選択肢が消えているのかもしれない。
「今だ、抑えろ!」
ニアが突っ込んだ。
巨体に組み付いて、両腕で押さえ込む。ウィンディーが暴れるが、ニアは離さない。怪力で地面に押しつける。
「これで――終わりだ!」
バルドが傷口へ渾身の一撃を入れた。剣が深く沈む。
「……焼き切る」
サークが静かに言った。
炎が傷口に叩き込まれた。内部に炎が入った。
「……あ……」
ウィンディーの力が抜けた。
暴れていた風が、急に止んだ。
巨体が、ゆっくりと崩れ落ちた。
静かになった。
ウィンディーの息がまだある。かすかに、胸が動いている。
「……強く……なったのね……」
かすれた声だった。
ニアが、そのそばで静かに立っていた。
「……そっちが先や」
それだけ言った。
ウィンディーの目が、閉じた。
誰も動かなかった。
風が少し吹いて、草が揺れた。
俺は眼前の巨体を見ていた。
……これが、ドラゴンか。
削り落とした。全力で、全員で、ようやく1体を。
ウインザーは、これより遥かに大きい。




