第85話 初狩り――眷属竜ウィンディー
ウィンストン館の広間で、バルドが俺に向かって言った。
「俺はドラゴン相手にどう戦えばいい?」
直接的な問いだった。バルドらしい。
俺は少し考えてから答えた。
「人間は耐久で負ける。数発もらえば死ぬ。長期戦は不利だ」
「わかってる。だからどうするんだ」
「当たらなければいい。ニアと同じだ」
バルドが眉をひそめた。
「俺はニアじゃない」
「そうだ。だからフルバフが必要になる。ストレングスで攻撃力を上げて、ヘイストで速度を補う。ディスペルで敵のバフを剥がして、回避主体で戦う。一発もらう前に動き続ける戦い方だ」
「……俺には向かん戦い方だが」
「向き不向きより、生き残る方が先だ」
バルドは少し黙ってから、「わかった」と言った。納得しているかどうかは別として、受け入れた顔だった。
「今後はバフ中心ね」
リアンが言った。
「私の役割が変わってくるわ。前衛支援に特化する方向で動く」
「ゾマも支援に回るよ」
ゾマが続けた。
「僕の魔法は補助が多い。前線に出るより、後ろから支えた方が機能すると思う」
役割の整理が進んでいくのを聞きながら、俺はひとつ気になっていたことを口に出した。
「リフレッシュは……ドラゴンの膨大な生命力を完全に回復できるのか?」
リフレッシュは生命力を完全回復する魔法だ。でも、人間サイズを前提にした魔法が、ドラゴンの巨体に同じように機能するかどうか。
「次で分かるかもしれませんね」
サークが静かに言った。答えではなく、確認の場があるという意味だ。
ドラスが補足した。
「1つ知っておいた方がいい。ドラゴンが使える魔法は属性魔法だけだ。そして完全回復が可能なのは、9レベルの魔法のみになる」
「……レベル81以上の魔法を持つドラゴンがいたら厄介ですね」
俺がそう言うと、ドラスは少し間を置いてから「そうだな」と答えた。
その日の午後、異変が起きた。
ニアが最初に気づいた。翼をわずかに広げて、空を見上げた。
影が来た。
体長12メートル。昨日交戦した手下より大きい。ウインザーとは比べるべくもないが、それでも十分な威圧感がある。
ウィンディオが顔を上げた瞬間、その目が変わった。
「ウィンディー……その姿は」
「ウインザー様の眷属になったの」
「私は力を手に入れたわ」
「眷属になれば命令に逆らえなくなるぞ!」
「それでもいい」
ウィンディーが静かに言った。
「もう兄さんなんて相手にならない」
ニアが動きを止めた。俺の隣で、翼をゆっくりと畳んだ。
「……ウィンディーが……」
その声に、何かが混じっていた。
「何をしに来た」
ドラスが前に出て言った。
「協力しない?」
「断る」
「本気で戦う気?」
「町を守るためなら戦う」
ウィンディオが並んだ。
「私もだ」
ウィンディーはしばらく2頭を見ていた。それから、少し肩の力を抜くような動きをした。
「……残念ね」
踵を返そうとした瞬間、ニアが声を出した。
「……戻らへんのか、ウィンディー」
ウィンディーが振り返った。
「戻る? 何に?」
「……」
「弱かった頃に?」
ニアは少し黙ってから言った。
「……そないなもんやないやろ」
ウィンディーは何も答えなかった。ただ、少しだけ目が動いた。それだけだった。
「待て」
俺は言った。
「ここで戦う」
全員が俺を見た。ウィンディーも。
「町中では被害が出る。西の開けた場所に場所を移して、戦う。逃がさない」
「命知らずね」
ウィンディーが言った。
「町に被害が出るなら、私も敵に回る」
ドラスが静かに言った。
「いいわ。西でやりましょう」
移動しながら、俺たちは準備を進めた。
全員がスカイウイングで飛行している。ニアは空中での機動を確保している。移動中にバフをかけていく。
ストレングス。ヘイスト。バークスキン。マジックファング。ミラージュフレイム。リジェネレーション。
リアンとゾマが支援配置に入った。前衛のニアとバルドにバフを重ねていく。全員が役割を把握して動いている。
俺は移動しながらウィンディーを観察していた。
おかしい。
強化魔法の反応がない。ディテクトマジックをかけても、バフの光がほとんど見えない。前回の手下ですら、軽微ながらバフをかけていた。ウィンディーにはそれがない。
通常のドラゴンと何かが違う。
西の開けた草原に出た。
ウィンディーが向き直った。
「命知らずのお馬鹿さん」
声に怒りはなかった。ただ、静かな確信があった。
「叩き潰してあげるわ」
俺は頭の中で考え続けていた。
バフなし……いや、違う。
必要ないと判断している?
「強化なんて必要ないわ」
ウィンディーが言った。まるで俺の思考を読んだように。
「あなた達程度に」
圧倒的な余裕があった。格の差を確信している目だった。昨日の手下とは、また種類が違う。あれは実力で上回っていた。これは、余裕で上回っている。
ニアが俺の横で、ゆっくりと前に出た。
「……ほな、確かめるで」
静かな声だった。いつものニアとは少し違う。
「今のあんたが、ほんまに強いんか」
ウィンディーが少し目を細めた。
俺は後ろに下がりながら、全員の配置を確認した。
これが最初の狩りだ。
削り落とす戦いが、今始まる。




