第84話 竜の攻略法――削り取る戦い
ハイルセンへの帰路、日が落ちたところで野営した。
戦闘の余韻がまだ体に残っていた。致命的なダメージを受けたわけではない。でも、あの手応えのなさが頭にこびりついていた。フルバフのニアが全力でぶつかって、追い払うのが精1杯だった。
焚き火を囲みながら、俺は能力の変化を確認した。
俺の加護魔法のレベルが43から44に上がっていた。ポケットも1つ増えた。善行ポイントも少し増えている。
サークの炎魔法が44から46に跳ねた。地属性と光属性もそれぞれ1上がり。ポケットが2つ増えた。
ニアの近接戦闘レベルが31から35になっていた。風魔法と光魔法のレベルも上がっている。
「たった1体を追い払っただけで、これだけ上がるのか」
ニアが数字を見て、少し驚いた顔をした。
俺は黙ってその数字を眺めた。
ドラゴンは……それだけ"存在が重い"のか。
人間の格上と戦う時とは、成長の幅が違う。それがそのまま、今日の戦闘の意味を表していた。
翌日、ハイルセンに戻った。
ドラス、バルド、リアン、ゾマ、ウィンディオが待っていた。俺は全員の前で報告した。
「王都は壊滅していた。王都を越えた西側の都市群も同様だ。ドラゴンたちは分散して行動している。街道には東へ逃げる難民が流れている」
「ドラゴンの数は?」
「把握できなかった。ただ、複数に分かれて動いているのは確かだ」
「交戦は?」
「1体と接触した」
俺は少し間を置いてから続けた。
「フル強化したニアでも、倒しきれなかった。撤退させるのが限界だった」
部屋が静かになった。
「攻撃は通ります」
サークが補足した。
「ダメージは与えられる。ただ削りきれない。状態異常も完全に無効だった」
ドラスが腕を組んだ。
「そうだろうな」
「ドラゴンについて、体系的に話そう」
ドラスが静かに言った。
「まず耐久力だ。人間とは桁が違う。鱗が物理ダメージも魔法ダメージも軽減する。ブレス攻撃は高威力で、使う前に必ず溜めがある。そして複数の属性魔法を持つ個体が多い」
「昨日の相手も、攻撃が減衰していた感じがした」
「鱗の効果だ。防御を貫通するような攻撃でなければ、表面で散る」
俺は頷いた。
「回復についてはどうだ」
「そこが重要だ」
ドラスが少し前置きを置いてから続けた。
「完全回復系の高位魔法は存在する。ただし通常の回復魔法は、人間と同じ効率でしか機能しない」
「同じ効率、というのは?」
「人間ならヒーリングを5回使えば全快するとしよう。ドラゴンは体が巨大な分、同じ魔法を500回使わなければ全快しない。体積に対して回復量が追いつかない」
俺はその数字を頭の中で転がした。
「つまり、傷は治るが完全には戻らない、ということか」
「そういうことだ。一度負ったダメージは、長期間にわたって残り続ける」
「ウインザーの属性は何だ?」
俺は直接聞いた。
「風だ」
ドラスが答えた。
「風魔法には、回復系が存在しない」
俺はその言葉を聞いた瞬間、何かが繋がった感覚があった。
「ウインザーは自己回復できない、ということか」
「そうなる。一度傷を負えば、それは蓄積し続ける。時間をかければ、確実に削れる」
俺は少し黙った。
思い出した場面があった。
ゾマがクラウドの攻撃を全身で受け続けた夜。戦闘後にゾマの傷を治した時、何度も魔法を使ってようやく元に戻った。あの時、ゾマの体格は人間より大きい。それでもあれだけかかった。
ドラゴンの体積なら、通常の回復魔法では焼け石に水だ。理論と体験が一致した。
「一度で倒すのは無理だ」
俺は言った。
「削るしかないですね」
サークが静かに続けた。
「何回でもやったるで」
ニアが言った。迷いがなかった。
「ヒット&アウェイだ」
俺は整理しながら話した。
「戦ってダメージを与える。危険になる前に撤退する。回復できない相手を、蓄積ダメージで削っていく。一撃で仕留めようとするんじゃなく、消耗戦に持ち込む」
「狩りではなく、じわじわと削る戦い方だな」
バルドが低い声で言った。
「そうだ。短期決戦は不可能だと割り切る。その上で動く」
ゾマが静かに口を開いた。
「僕たちは今、その戦い方に合った構成をしていると思う。ニアが前線で削って、サークが魔法ダメージを蓄積させて、タカオさんが継戦能力を支える」
「そういうことだ」
俺が支援と継戦管理を担う。サークが火力を蓄積させて、将来の決定打を狙う。ニアが前線の主軸として削り続ける。3人の構成が、この戦い方にそのまま当てはまっていた。
その夜、俺は1人で外に出て夜空を見上げた。
勝てない相手じゃない。
昨日の戦闘で、攻撃は通った。ダメージは入った。フルバフのニアが相手を追い払えた。完全に手が届かないわけではない。
ただ。
一撃で終わる戦いじゃない。
ウインザーは、あの手下よりも遥かに大きい。削れるとしても、それには何度も戦いを重ねる必要がある。その間、向こうも動いている。町も人も、被害を受け続ける。
それでも。
やるしかない。
竜は倒すものではない。
削り落とすものだ。




