第83話 偵察任務――竜の影を追う
王都壊滅の報告から数日、俺たちは落ち着いて状況を整理した。
感情的になっている場合ではない。今わかっていないことが多すぎる。敵のドラゴンが何体いるのか。どの方向に向かっているのか。破壊された地域はどの程度なのか。それを把握しなければ、次の手が打てない。
「偵察が必要だ」
俺がそう言うと、ドラスが頷いた。
「同意する。ただし、ハイルセンの防衛も手薄にはできない」
役割を分担することにした。
ハイルセンに残るのはドラス、バルド、リアン、ゾマ、ウィンディオ。偵察に出るのは俺、サーク、ニアの3人だ。
「索敵はニアが1番確実だ」
俺がそう言うと、ドラスが少し目を細めた。
「……あの感知能力か」
「危険感知と気配感知、どちらも高い。空中での索敵なら、今のパーティで1番頼りになる」
ニアが「任しとき」と胸を張った。
スカイウイングで高度を上げて、西へ向かった。
最初は見慣れた景色が続いた。農地、森、街道。それが徐々に変わっていった。
煙の跡。焦げた建物の残骸。崩れた壁。
戦闘の痕跡すら薄かった。一方的に壊されたのだとわかる。抵抗した跡がない。
「ひどいな」
サークが静かに言った。
「ああ」
それ以上の言葉が出なかった。
街道を東へ向かう人々の列が見えた。難民だ。荷物を背負って、足を引きずりながら歩いている。俺たちはいったん降りて、何人かに話を聞いた。
「ドラゴンはどちらへ向かいましたか」
「西です。複数に分かれて……いくつかの方向に飛んでいきました」
「全員が逃げられましたか」
「街の人間は、逃げる時間があった者は逃げた。でも多くは……」
男は言葉を途切れさせた。
全滅ではない。でも、敵は分散して動いている。軍勢として組織的に行動している。
俺たちは再び空へ上がり、さらに西へ進んだ。
王都を越えた地域に入ると、被害の規模が1段上がった。小規模な都市が、跡形もなく崩壊していた。建物だけでなく、城壁まで崩れている。
沈黙が続いた。
さらに西へ進んだところで、ニアが動きを止めた。
「……1体、近づいてくるで」
「距離は?」
「そんなに遠くない。でも」
ニアが少し間を置いた。
「1体やけど、めっちゃデカい」
俺はサークと目を合わせた。
「戦うか、逃げるか」
「情報が必要です。戦えるなら、戦った方がいい」
「ニア、どうだ」
「いける。やってみるで」
俺は決めた。
「準備する。ニアにフルバフをかける」
俺は順番に魔法をかけていった。
ブレス。全能力が1段引き上がる。ストレングス。筋力が1.5倍になる。リジェネレーション。継続的な回復が始まる。ヘイスト。速度が上がる。
サークが続けた。バークスキン。防御力が上がる。マジックファング。攻撃力が強化される。ミラージュフレイム。回避に炎の幻影が加わる。
これだけかけても、まだ不安が残る。それが今の俺の正直な感覚だった。
敵が姿を見せた。
約8メートル。ウインザーと比べれば小さい。でもニアより一回り大きく、動きに無駄がない。知性のある目をしていた。
ニアが正面から向かった。
最初のすれ違いで、双方が攻撃を入れた。ニアの爪が敵の翼に掠り、敵の爪がニアの胴に入った。相打ちの形だ。
「まだまだいけるで」
ニアが声を上げた。
「サーク、バーンアウト」
「はい」
サークの炎が敵に直撃した。ダメージは入った。しかし状態異常の反応がない。気絶も麻痺も、何も発現しなかった。
「格上か」
俺はディテクトマジックで敵を確認した。バフは軽微だ。強化魔法をほとんど使っていない。それでこの強さだとすれば。
「グレーターディスペルマジック」
敵の軽微なバフが全て剥がれた。
ニアが旋回して次の交差に入った。今度は回避が間に合った。ミラージュフレイムの効果で敵の爪が空を切り、ニアのカウンターが2発入った。
バフの差が出始めた。こちらが優勢になってきた。
しかし中盤に入っても、敵は崩れなかった。
サークの魔法は通る。でも決定打にならない。状態異常は全て弾かれる。削れてはいるが、敵には余裕がある。
「攻撃魔法では削り切れない」
サークが静かに言った。
「ニアの支援に集中する」
俺は方針を切り替えた。リジェネレーションの維持を確認し、ヘイストが切れそうなタイミングで再度かける。サークも攻撃を抑えて、ニアの動きを補助する位置を取った。
ニアが一方的にダメージを蓄積させていった。それでも敵はまだ余裕がある。
勝っているのに、不安だった。
フルバフのニアが、強化なしの敵相手にこれだけ時間がかかる。それが今の俺たちの限界だということを、じわじわと実感していた。
次の交差の後、敵が向きを変えた。
そのまま西へ飛んでいった。
撤退だ。
俺たちは追わなかった。
「タカオ様」
「わかってる」
しばらく3人で黙っていた。
「ニアはフルバフ、敵は無強化でこれか……」
「耐久力が高すぎます」
サークが静かに言った。俺は頷いた。
「今までとは違う。ドラゴンは、別の次元の存在だ」
手下の1体を、倒しきれなかった。追い払うのが精1杯だった。最善を尽くして、撤退させるのが限界。
ウインザーは、これより遥かに大きい。
その事実を、直接体で確認した。
「一度戻る」
俺は言った。
「これ以上進んでも、情報が取れる前に消耗する。今日はここまでだ」
ニアが何も言わずについてきた。サークも同じだ。
帰還の途中、俺はずっと考えていた。
勝てないわけじゃない。
ニアの成長は本物だ。サークの火力も上がっている。俺のサポートも、以前より細かく動けるようになった。手下1体なら、時間をかければ倒せるかもしれない。
でも。
このままじゃ届かない。
ウインザーの手下をなんとか追い払った。ウインザー本体には、まだ遠い。何かが足りない。何を積み上げれば届くのか、今の俺にはまだ見えていなかった。
ハイルセンの灯りが、遠くに見えてきた。




