第81話 守る者の正体
ユリコとの戦いから、数カ月が経った。
俺たちはウィンストン館を拠点に、比較的穏やかな日々を過ごしていた。遠方での素材採取や、ギルドからの依頼をこなす。強敵と遭遇することもなく、誰かが重傷を負うこともない。戦いの後というのは、こういうものなのかもしれない。
サークが「少し物足りない気もしますが、悪くはないです」と言ったのが、今の状況をよく表していると思う。
そんなある日、ウィンストン館にウィンディオが訪ねてきた。
ニアが翼をはためかせて近づいた。
「ウィンディオはんも無事やったんな」
「ニアも無事だったんだな、よかった」
ウィンディオは銀灰色のドラゴンで、ニアとは以前からの知り合いだった。久しぶりの再会らしく、2頭はしばらく並んで話していた。
俺はゾマと並んでその様子を見ていたが、ウィンストン男爵が静かに部屋に入ってきたところで、場の空気が少し変わった。
「ウィンディオ、報告を頼む」
「はい」
ウィンディオが男爵に向き直った。
「里親に出されたドラゴンの行方を追いました。記録上の引き取り先を順に確認しましたが、いずれも存在が確認できませんでした。処分された可能性が高いと思われます」
男爵は少し目を伏せた。
「そうか、ご苦労だったな」
短い沈黙があった。
里親に出されたドラゴンが、引き取り先で存在を確認できない。その意味するところを、俺は静かに受け取った。
報告が終わると、ウィンディオが少し表情を和らげた。会話の流れで、妹の話になった。
「ウィンディーは今、ウインザー様のところにいます。確認しました」
俺は聞いたことのない名前だった。
「ウインザー様というのは?」
ウィンディオが俺を見た。
「ウィンストン様の娘です」
意外だった。男爵に娘がいるとは知らなかった。
そのまましばらく話した後、ウィンディオは「また来る」と言い残して飛び去った。
ニアが俺の横に来て、ぽつりと言った。
「ウィンディーはな、わいたちのマドンナやったで。きれいなドラゴンやねん」
「そうなのか」
「うん。憧れとった子が多かったで」
ドラゴン社会にもそういうものがあるのか、と俺は少し可笑しくなった。
ウィンディオが去ってから、館の中に落ち着いた静けさが戻った。
男爵が俺たちの様子を見て、静かに口を開いた。
「私がドラゴンたちと繋がっているのが不思議かね」
「……ええ」
俺は正直に答えた。
「確かに疑問に思うことはありました。ただ、ニアとゾマを守っていただいたことには感謝しています」
男爵はしばらく俺を見ていた。それから、何かを決めたような顔になった。
「少し話をしよう。ただし、胸にしまっておいてほしい」
全員が揃った。サーク、ニア、バルド、リアン、ゾマ。男爵が椅子に座って、静かに話し始めた。
「私の本当の名はドラスという。ドラゴンだ」
誰も声を上げなかった。
男爵が続けた。
「500年前、ドラゴンへの大規模な粛清があった。私はそこから逃げた。放浪・修行・そして人間への変身能力を得てからは人間として生きていく中で、20年前この地の領主だったウィンストンという人間と出会った」
「……本物の男爵を」
「殺した。そして成り代わった」
俺は黙って聞いた。
「元のウィンストンは、ドラゴンを捕らえて鱗や血・心臓などを売ることで利益を得ていた人間だった。それが、私が成り代わる前の真実だ。それ以降、私はドラゴンの保護のために動いてきた。ニアとゾマを引き取ったのも、その一環だ」
「使用人たちは?」
「全員知っている。私の正体を知っても残ってくれた者達だ」
部屋の中が静かだった。
男爵、いやドラスが言った。
「それが真実だ」
俺はすぐには答えなかった。
頭の中で、整理した。
本物の男爵を殺した。それは事実だ。肯定できることではない。でも、その元の男爵がどんな人間だったかも、今聞いた。ドラゴンを売って利益を得ていた人間だ。
センスライの結果も思い出した。過去の話に嘘が出ていた。それはドラスが「過去に疑われるようなことをした覚えはない」と言った時だ。でも今なら理由がわかる。本人にその過去はない。成り代わった後の記憶しかない。だから嘘になった。
ウィンストン男爵の正体を巡る違和感が、全部繋がった。
「あなたのやったことは、"正義"とは言えないかもしれない」
俺は静かに言った。
「でも、守るために動いたのはわかります。ニアとゾマを守ってくれたことは、事実です」
ドラスは俺を見た。表情は変わらなかった。
「それでいい」
「……それでいいんですか」
「君に許しを求めているわけではない。事実を知った上で、どう判断するかは君たちが決めることだ」
俺は少し間を置いてから、頷いた。
ゾマが静かに口を開いた。
「僕は救われた側だから、擁護する立場じゃないかもしれない。でも」
ゾマがドラスを見た。
「助けてもらったのは本当のことだから。それは変わらない」
ニアが小さく頷いた。
「わいも同じや」
バルドは腕を組んで黙っていた。リアンも何も言わなかった。サークは俺の判断を待っている、という顔だった。
少し後で、俺たちだけで話し合った。
「この事実は、伏せる」
俺が言うと、全員が顔を上げた。
「公にすれば混乱する。使用人たちが長年黙ってきたのも、同じ判断からだろう。現状のまま維持するのが最善だと思う」
「反対しないわ」
リアンが言った。
「俺も同じだ」
バルドが短く答えた。
サークが静かに言った。
「では、この件はここで終わりにします」
その夜、俺は1人で窓の外を見ていた。
正しいかどうかは、わからない。
本物のウィンストン男爵を殺したことは、どう考えても正しいとは言えない。でも今、この館の中で守られている命がある。ニアがいる。ゾマがいる。使用人たちがいる。ドラスが20年かけて守ってきたものが、確かにある。
そういうことが、世の中にはある。
俺は目を閉じた。
何かを知ってしまった感覚が、静かに胸の中に残った。




