第8話 都市の流れと選択
翌朝、ギルドに向かった。
昨日は報告と魔法習得で頭がいっぱいだったが、改めて掲示板を見ると構造がわかった。ランクごとに区画が分かれていて、Fからはじまり上に行くほど右側に移動していく。上位ランクの区画は紙の色も違って、報酬の数字も桁が上がる。
俺とサークはFランク用の区画に移動した。
討伐依頼がなかった。
アールストンでは領主の特別依頼でゴブリン討伐が出ていたが、ここにはない。上位ランク向けに回されているのだろうと思った。戦力のある冒険者が多い都市では、Fランクに討伐が回ってくる余地がないのかもしれない。
採集依頼はあった。
薬草の種類がアールストンより多かったが、報酬はどれも高かった。半シルバーどころか、1ゴールドを超えるものもある。
「アールストンより高いな」
「遠距離の採集か、危険な場所のものが多いようです」サークが紙を見ながら言った。「近場の安全な薬草は、もう誰かが受けているか、あるいはそもそも出ていないんだと思います」
報酬は高くなったが、難易度も上がっている。今の俺たちには分不相応な依頼が多かった。
主力にはならない、という結論は変わらなかった。
護衛依頼は豊富だった。
王都バークホルム方面、シルバム方面、イーストフロント方面、その他中継地点。行き先の種類がアールストンの比じゃない。報酬もそれぞれ違っていて、距離と危険度に応じて幅がある。
ただ、ほぼすべてに「着手済み」と書き足されていた。
見ていると、ギルドの職員が掲示板を回って、受注された依頼に次々と書き足していった。新しい紙が貼り出されると、数分と経たずに誰かが剥がしていく。
「速いな」
「張り付いてる人が多いです」サークが言った。
確かに、掲示板の前には常に冒険者がいた。紙が貼り出される瞬間を待っている。新しい依頼が出るたびに手が伸びて、ほぼ同時に複数の手が同じ紙を掴もうとする。
俺が見ている間に、口論が一度起きた。どちらが先に手を触れたかで揉めていた。ギルドの職員が仲裁に入って、数分後には解決していたが、火種みたいなものが掲示板の前に常にある感じだった。
「ここは仕事を選べる場所じゃないな」
俺が言うと、サークが静かに頷いた。
護衛以外の依頼も確認していくと、一枚の紙が目についた。
「荷物受け取り依頼」
内容を読んだ。シルバムにある鍛冶屋に出向いて、注文した品物を受け取り、ハイルセンの依頼主まで届ける。依頼主はハイルセン市内の飲食店。報酬は40ゴールド。
「護衛の相場より低いな」
護衛なら同距離で50から60は出る。でもこれは40だ。
「受け取りに行くだけなら護衛より楽かもしれませんが、報酬が低い分、受け手が少ないんでしょうか」サークが言った。
護衛なら誰かに雇われて動く。でもこれは自分たちで動いて受け取りに行く。リスクが下がる分、報酬も下がっている、ということか。
俺はしばらく考えた。
シルバムまで行くなら、その道中で護衛依頼も受けられるかもしれない。行きの護衛と受け取り依頼を組み合わせれば、実質的に二重の報酬になる。帰りも同様だ。
ただ、現実を確認する必要があった。
シルバム行きの護衛依頼を探した。着手済みだった。次の紙を確認した。着手済み。また次。着手済み。
アールストン行きも同じだった。全滅だった。
「さっき貼り出されたものも、もう取られています」サークが言った。
都市の競争の厳しさを、改めて実感した。
思いついたことが机上の空論になるまで、五分もかからなかった。
長時間掲示板の前で粘っても、護衛依頼が取れる保証はない。時間を無駄にするより、確実に取れるものを受注した方がいい。
俺は荷物受け取りの依頼を剥がした。
「これにする」
「わかりました」
受付で手続きをして、依頼主の場所を確認した。
依頼主の飲食店は、ギルドから少し歩いたところにあった。昼前だったが、すでに数組の客が入っていた。アールストンの宿と比べると、内装が少し凝っている。やや高級な部類の店だ。
店主は四十代くらいの、落ち着いた男だった。俺たちを見て、少し確認するような目を向けたが、ギルドの受注証を見せると表情が和らげた。
「受けていただけましたか。なかなか見つからなくて」
「報酬が相場より低いからか?」
「そうです。急ぎではないので、その分低く設定したんですが、それが理由で敬遠されたようで」男が苦笑した。「今使っているナイフはまだ使えます。でも寿命が遠くないので、そろそろ替えておきたかった」
なるほど、と思った。緊急性がない分、費用を抑えた。その結果、受け手がつかなかった。需要と供給のバランスの問題だ。
「一つ確認したい」俺は言った。「シルバムへの道中で護衛依頼を同時に受ける可能性がある。その場合、到着が少し前後するかもしれないが」
男は少し考えた。
「極端に遅れなければ問題ありません。品物は急ぎではないので」
「わかった」
細かい条件を確認して、依頼を正式に受けた。
翌日、グルックを訪ねた。
商会の帳場でグルックは書類を広げていたが、俺の顔を見ると手を止めた。
「おお、ちょうどよかった。明日、依頼を出すつもりでした」
「どこへ」
「アールストンです。明後日出発で」グルックが言った。「タカオさん達はどうされますか?」
「シルバムへ用事があるので、一度アールストンに寄るつもりでいた。ちょうどいい」
「では指名依頼にしましょう」
「指名依頼というのは」
「ギルドに掲載する際、護衛の名前を指定できるんです。掲載料はかかりますが、その分タカオさん達に確実に依頼が届く」グルックが続けた。「料金の分、報酬は少し下げることになりますが、それでよければ」
俺は少し考えた。
掲示板で護衛依頼を待ち続けても、今日の状況では取れる保証がない。指名依頼なら確実に仕事が入る。報酬が下がっても、依頼が取れるだけで御の字だ。
「構わない。それで頼む」
「ありがとうございます。これで安心して出発できます」グルックが言った。「出発は明後日の朝です。前回と同じ時間でいいですか?」
「ああ」
ついでに、シルバムへの件を相談した。
「グルックはシルバムへも行くのか?」
「ええ、行きます」グルックが頷いた。「私はハイルセンとシルバムの往復をメインにしているので。アールストンはその中継ですね」
「タイミングが合えば、またお願いできるか?」
「もちろんです」グルックが顔をほころばせた。「こちらとしても、タカオさん達がいてくれる方が安心ですから」
「アールストンで何日待てばシルバムへ出発できる?」
「私の場合、アールストンで二日ほど仕入れをしてから出発します。タカオさん達が先に着いて待っていれば、合流できます」
形が見えてきた。
ハイルセンからアールストン、アールストンでグルックと合流してシルバムへ。シルバムで荷物を受け取って、またハイルセンへ戻る。往復をグルックの護衛と組み合わせれば、無駄がない。
「今後も、タイミングが合えば継続でお願いしたい」
「ぜひ」グルックが即答した。
出発まで一日ある。
金羊亭に戻りながら、俺はサークと話した。
「明後日まで時間が空いた。何か強化できることを考えておきたい」
「加護魔法の新しいスキルですか?」
「そうだ。選択肢を確認しておきたい」
宿の部屋で本を開いて、1レベル加護魔法の一覧を確認した。
エイド。対象のポケット1つ分の回復を前倒しにする魔法だ。通常十二時間かかるポケットの補充を、この魔法を使うことですぐに回復させる効果がある。
サークに使えばどうなる、と考えた。スリープやサモンエレメンタルを使い切った後でも、エイドで回復を早められれば、実質的にサークが動ける回数が増える。
「エイドはお前への使い道がありそうだな」
「俺のポケット補充が早まる、ということですか」
「戦闘が連続した場合に有効だ」
サークが少し考えた。
「確かに、長期の依頼では有効だと思います」
次はディテクトマジック。魔力を可視化する魔法で、魔法が込められたアイテムや、強い魔力を持つ人物を識別できる。
「これは今すぐ必要というわけじゃないが、長期的には便利そうだ」
「正体がわからない敵や、罠の発見に使えますね」サークが言った。「山越えの件みたいな状況では、役に立ったかもしれません」
アーマー。装備の防御力を強化する魔法だ。
「お前に装備をつけることはできるのか」
サークが少し間を置いた。
「着ること自体には、抵抗はないです。ただ、俺の体型に合ったものを作れるかどうか……」
「特注になるな。今の資金ではまず無理だ」
「そうですね」
三つを見比べた。
どれも使い道はある。ただし、今すぐ10ゴールドを使う優先度を考えると、判断が難しかった。
「今は無理して取る必要はないな」
結論を言うと、サークが頷いた。
「貯蓄を優先する方が賢明だと思います。シルバムの往復でまとまった収入が入れば、その後で判断できます」
「そうだ。エイドは将来的に取る価値があるが、今のうちはポケットが足りなくなるほど連戦していない。ディテクトマジックも、今すぐなくても困らない。アーマーは装備が先だ」
「順番の問題ですね」
「ああ」
今持っている善行ポイントは6.22だ。スキルを取れる余裕はあるが、使い切れば緊急時に対応できなくなる。今は動ける状態を維持することの方が優先だ。
窓の外にハイルセンの夜が広がっていた。
灯りの数がアールストンの比じゃない。どこまでも続くように見えた。
「明後日に出発する。明日は装備の確認と、体を休めておこう」
「わかりました」
サークが部屋の隅に落ち着いた。
俺はベッドに横になって、天井を見た。
グルックとの往復、シルバムでの受け取り、ハイルセンへの帰還。形は見えてきた。あとはこなしていくだけだ。
目を閉じた。




