第79話 決着の後で――崩壊と収束
戦闘が終わってから、俺はクラウドの前に膝をついた。
縛り上げられたまま、クラウドは地面を見ていた。抵抗する気配はない。体のあちこちに傷がある。バルドと交戦して、最後は消耗しきった状態で捕縛された。
「他は全員、落下して死んだ」
俺はそのまま告げた。
クラウドがゆっくりと顔を上げた。何も言わなかった。しばらくしてから、低い声で言った。
「……そうか。後がなかったが、すでに終わっていたか」
それだけだった。抵抗の意思は、もうなかった。
クラウドの尋問は、思ったより短く終わった。
聞いたことの多くは、すでに俺たちが把握していた内容と一致していた。ゾマが整理するように話す。
「ユリコが全体の指揮と計画立案。吟遊詩人が情報操作と流言。ダリウスが政治工作。商人ギルドの監査役が資金調達。医師が研究担当。クラウド、あなたが証拠隠滅と実働部隊」
クラウドは否定しなかった。
「それぞれが役割を持った分業型の組織だったわけだ」
「そうだ」
「目的は?」
「国家の乗っ取りだ。ユリコが王都を押さえれば、その先は自然についてくる。そういう話だった」
俺は少し黙った。
「ユリコ自身は何者だったんだ。本当の素性は」
「俺も知らない。知る必要がなかった」
クラウドの声に嘘はなかった。センスライの反応もない。ユリコの正体は、組織の中でさえ秘匿されていたらしい。
それ以上は引き出せなかった。
夜明け前から、後始末を始めた。
まずディテクトマジックで落下した遺体周辺を確認し、マジックアイテムだけを選別して回収した。魔法反応のあるものは全て拾う。使えるかどうかは後で判断すればいい。
遺体は、全員分を回収することにした。証拠として必要になる。
「プリザーベイション」
俺は1体ずつ、丁寧に施した。蘇生可能な時間を引き伸ばす魔法ではあるが、この場合は遺体の状態を保存するために使う。王都で証拠として提出するまでの間、劣化させない。
数が多いので、全員分に施し終えるまで時間がかかった。
サークが隣で静かに言った。
「これで証拠は揃いましたね」
「ああ」
俺は手を止めて、周囲を見た。
元凶は排除した。でもそれで全てが終わったとは限らない。ユリコが動かしていた別の駒が、まだどこかにいる可能性がある。王都の内部に、知らずに動かされていた人間がいる可能性もある。
油断はしない。
それだけは、決めていた。
ひと段落ついてから、全員の状態を確認した。
戦闘での成長は、毎回数字に出る。今回は過去最大級だった。
俺の加護魔法はレベルが36から43まで上がっていた。ポケットも実質45になっている。善行ポイントも大幅に増えた。
数字を確認しながら、俺は1つの問題に気づいた。
ランクの上限だ。
今の俺の加護魔法ランクは49のままだ。レベルがランクに近づいてきた以上、ここで強化しなければ成長が鈍くなる。善行ポイントを使って、ランクを55まで引き上げることにした。
やってみると、確かに重かった。成長した実感はある。でも「ここからが重い」という感覚も同時にある。壁を1つ越えた、という感じよりも、次の壁が見えた、という感じだ。
「サーク、お前はどうだ」
「炎魔法のレベルが36から44になりました」
サークが静かに言った。
「ランクはどうする」
「60まで強化します。主火力として、ここは妥協できないと思いますので」
「頼む」
サークがランク強化を終えると、その場の空気が少し変わった気がした。炎属性の魔力密度が、1段上がった感じがある。
ニアの近接戦闘はレベルが22から31まで上がっていた。ランクを50まで強化すると、ニアが「なんか体が軽なった気がするで」と言った。感知系のレベルも成長している。
「ニアはもう完全に前衛のエースだな」
「任しとき」
ニアが胸を張った。
ゾマが静かに言った。
「今まで経験した中で、1番の成長幅だと思う」
「そうだな」
俺は頷いた。成長の数字を見ると、戦いの重さが改めて実感できる。それだけの経験をした、ということだ。
「バルドとリアンは?」
「ギルドで確認する。今は急がない」
バルドが「俺はどうせ上がってるだろ」とぶっきらぼうに言った。リアンが「測ってみないとわからないわ」と返した。
王都に戻ったのは、それから約1週間後だった。
正直に言えば、警戒していた。また指名手配書が貼られているか、あるいは門で止められるか。最悪の場合は、入った瞬間に包囲される。
しかし、予想に反して王都は落ち着いていた。
門番が俺たちを見て、少し表情を変えたが、止めなかった。
「どういうことだ」
サークが俺と同じ疑問を持ったようで、小声で言った。
「調査団が機能していたのだと思います」
その通りだった。
後から聞いた話では、シルバムから派遣された調査団が王都に入り、証拠を提示しながら精力的に動いていた。ユリコが図書館で行っていた不審な手続きの記録、契約魔法の痕跡、そして各都市での情報操作の経緯。それらが積み重なって、ユリコ一派の罪が正式に認定されていた。
ゾマが言っていた「内部から崩す」という戦略が、形になっていた。
王都の政治的な空気も、変わっていた。
ダリウスを通じて操られていた者たちは、発言力を失っていた。根拠のない指名手配に名を連ねた治安部隊長は、立場が揺らいでいる。逆に、シルバムの領主は正当な調査を主導した実績を持って、発言力を大きく上げていた。
ゾマが考えた逆転の道筋が、ここで回収された。
マーリンに顔を出すと、珍しくほっとした顔をしていた。
「よく生きて戻りましたね」
「何とか」
「ユリコの件は、正式に処理が終わります。あなたたちへの手配も、もうじき取り消しになる」
「そうか」
「礼を言うべきはこちらの方です。王都の内側から、誰にも気づかれないまま進んでいた計画でした。あなたたちがいなければ、今頃どうなっていたか」
俺はマーリンの言葉を静かに聞いた。
その夜、宿の窓から王都の灯りを眺めた。
長かった。
アールストンでグルックを助けた頃から数えれば、どれだけの時間が経ったか。シルバムの廃坑、マーフォークの島、ハイルセンでの市場操作、アルケミストの研究所、王都でのダリウス、そしてユリコ。
1つひとつは繋がっていて、全部が今日に向かっていた気がする。
サークが隣に来て、俺と同じように外を見た。しばらく2人で黙っていた。
「タカオ様」
「なんだ」
「これで終わりましたね」
俺は少し考えてから、答えた。
「ああ。これで終わった」
王都の夜は静かだった。
今度の静けさは、不気味ではなかった。




