第76話 逆転の布石(ゾマの戦略)
状況が、少しずつ変わってきていた。
ハイルセン・アールストン・シルバムの3都市連携が機能し始めると、吟遊詩人による情報操作が通らなくなってきた。各都市で警戒態勢が敷かれていて、不審な噂が出ると即座に疑われる。アーキテクトがどれだけ巧みに話を広めようとしても、地盤が固まった場所では根付かない。
情報戦は、互角かあるいはわずかにこちらが有利な状態になっていた。ユリコが得意とする「分断」が、3都市の間では通じなくなっている。
ただし、これは守りを固めただけだ。攻めには、まだなっていない。
ウィンストン邸で全員が揃った夜、ゾマがぽつりと言った。
「思ったんだけど――ユリコって色々やってるけど、全部同じことしてるよね?」
俺はゾマの方を向いた。こいつの発言は的外れなことがない。軽く流さず、意図を確認する。
「どういう意味だ?」
「契約魔法でタカオさんたちの行動を縛った。吟遊詩人で情報を操作して、人の判断を変えた。ダリウスを使って王都の政治を動かした」
ゾマは少し間を置いてから続けた。
「全部、相手の認識を変えて、行動をコントロールしてるんだよね。直接力で押すんじゃなくて、相手が自分で動くように仕向けてる」
俺は黙って、その言葉を頭の中で転がした。
確かに。
指名手配書でさえ、俺たちを直接追い詰めるためではなく、周囲の人間が俺たちを敵だと判断して動くように設計されている。ユリコは常に、誰かを動かす側にいる。
「だから王都側もコントロールされてるんだよね?」
「そうだな」
「じゃあ、王都の人たちは、それに気づいてるのかな?」
「知らないだろうな」
サークが静かに言った。
「知っていれば、あの指名手配書は出ていないはずです」
「でも、証明が難しい」
リアンが腕を組んだ。
「契約魔法は解除してしまえば痕跡が残らない。エリザベートの偽装も、実物がいなければ確認できない。証拠として提示できるものが、何もない」
「そうなんだよね」
ゾマが頷いた。
「だから別の方向から崩せないかなと思って」
「別の方向?」
「王都の中に、ユリコの被害者がいないかな?」
俺は少し考えた。
「いる可能性は高い。ユリコのやり方は、長期間にわたって多くの人間を操作してきたはずだ。その中で、損害を受けた人間が王都にいないとは考えにくい」
「その人たちに証言してもらえれば、外から証拠を突きつけるよりずっと効果がある。王都の内側から疑念を起こせる」
ゾマの言葉に、バルドが低く唸った。
「内部から崩す、ということか」
「うん。ユリコは認識を操作するのが得意だから、外から正しい情報を持ち込んでも、うまく遮断されてしまう可能性がある。でも内側で疑念が生まれれば、それは止められない」
「シルバムの領主に動いてもらえないかな?」
ゾマが続けた。
「王族関係者だから、王都の判断に正式な異議を唱える動機があるよね。タカオさんは、シルバムの領主は王都での王族の権限低下を是正する機会を伺っていると前に言っていたよね。これは、その機会になると思う」
「王都の王族を巻き込めれば、無視できなくなる」
「そう。外の3都市が何を言っても、王都の中の人間は聞かなくていいと思える。でも、王族が正式な調査を要求したら、それは話が変わるんじゃないかな」
俺はしばらく考えてから、答えた。
「……わかった。ハミルトンに相談しよう」
翌日、ハミルトンに提案を持ちかけた。
ゾマのアイデアを整理して、順を追って説明した。シルバム主導の調査団を王都に派遣する。ハイルセンの商人ギルドと冒険者ギルドが連名で調査を要請する。調査の内容は、契約魔法の可能性、図書館での不審な手続き、エリザベートの動向、そして指名手配の妥当性だ。
ハミルトンは最後まで聞いてから、静かに言った。
「王都内部にも疑問を持つ者はいるはずです。外から圧力をかけながら、内側の疑念を引き出せれば、動く可能性がある」
「外部と内部から同時に押す、ということですね。そういうことなら、シルバムへの働きかけは、私から行います」
数日後、ハミルトンから知らせが届いた。
「シルバムから正式に調査団が派遣されることになりました」
俺は1つ息を吐いた。動いた。
「護衛として同行できませんか」
ハミルトンが少し驚いた顔をした。
「護衛として、ですか」
「ユリコは必ず妨害してくる。買収か、誤情報か、あるいは暗殺か。調査団が王都に入る前に潰される可能性がある。それを防ぐ必要があります」
ハミルトンはしばらく考えてから頷いた。
「わかりました。その方向で調整しましょう」
作戦の形が固まってきた。
俺たちは調査団の護衛として動く。同時に、証人でもある。
展開は2つに分かれる。
ユリコが動いた場合、調査団への妨害を迎撃することになる。それはそのまま、決戦になる。
ユリコが動かなかった場合、調査が進んで王都で真相が暴かれる。それはユリコにとって、敗北を意味する。
どちらに転んでも、ユリコは対応を迫られる。放置すれば確実に負ける。つまり、必ず動く。
俺は準備を確認した。調査団がハイルセンに来るまでに、リセットのスクロールは5枚追加で用意していた。費用は400ゴールドの追加消費で、残額は1966ゴールドだ。最悪全員分の魔法を取り直せる。
そして、迎撃用に、全員の戦闘用魔法は常に準備状態に維持している。ニアとゾマには常時警戒と先制察知を頼んだ。
奇襲を受けない構えを、最初から取る。ダリウス戦の最初の夜は繰り返さない。
「ニア、次の移動中は気を抜くな。空からも地面からも、いつでも来ると思え」
「わかったで。わいは常に警戒しとくで」
「サーク、バーニングストライクは常に使える状態にしておいてくれ」
「了解しました」
「バルド、前衛が薄い場面は作らないようにしたい」
「任せろ」
ゾマが最後に口を開いた。
「調査団の動きは、ユリコに伝わると思う。こちらが動くのを見て、何もしなければ負けが確定する」
「わかってる」
「さて――ユリコはどう動くかな?」
ゾマの声は静かだった。怖れてもなく、かといって余裕でもない。ただ、純粋に先を読もうとしている。
俺は窓の外に視線を向けた。
絶対に、どこかで仕掛けてくる。
それがいつで、どこで、どんな形かは、まだわからない。でも、待つだけの時間は終わった。
俺たちが動く番だ。




