第74話 包囲網の構築
翌朝、俺たちは方針を決めた。
戦力の強化は後回しにする。今必要なのは、戦う前に勝てる状況を作ることだ。
ユリコは政治と情報を武器にしてきた。治安部隊長を動かして指名手配書を出させた。個人の実力で正面から殴り合う相手ではない。ならば、こちらも同じ土俵で戦う必要がある。
「まずハミルトンに話を聞きに行く。ハイルセンの政治構造を、もう少し詳しく教えてもらいたい」
ハミルトンの屋敷で向かい合うと、俺の意図を察したように、ハミルトンは静かに話し始めた。
「ハイルセンは複数の貴族による分割統治です。特定の1人が圧倒的な権力を持つ構造にはなっていない」
「つまり、王都からの命令が絶対ではない?」
「ここの商人は政治介入を嫌います。王都との距離を置くのは、長年の慣習です。だからこそ、商人ギルドと冒険者ギルドの影響力が、個々の貴族を実質的に上回っている」
俺はその言葉を頭の中で整理した。両ギルドがこちら側についている今、露骨にタカオたちへ敵対する勢力は出にくい。ハイルセンは、思った以上に動きやすい土俵だ。
「懸念があるとすれば、どのあたりですか?」
「ウィンストン男爵のお名前は出るかもしれません。ただ、あの方は20年ほど前に患われた病以来、穏健な姿勢を取られています。あなたたちとの関係も良好だとうかがっていますから、実質的なリスクは低いと見ています」
俺はわずかに頷いた。ウィンストン男爵については、まだ気になるところがないわけではないが、今は置いておく。
「ハミルトンさん、1つお願いがあります。個人としての支援ではなく、商人ギルドとして正式にこちら側へついてもらうことはできますか」
ハミルトンは少し間を置いてから、静かに言った。
「すでにそのつもりです。ギルドマスターとも話をしてあります」
「ありがとうございます。さらに、アールストンとシルバムにも働きかけを広げたい。冒険者ギルドとも連携を取りたいと考えています」
「アールストンは問題ないでしょう。シルバムはやや時間がかかるかもしれませんが、動いてみましょう」
俺は拠点に戻り、数日間は前線に出ないことにした。
戦況が動くまでの間、俺にできることはスクロールの作成だ。クリエイトスクロールで魔法を紙に落とし込んでおく。いざという時の戦力を底上げしておくには、この時間が1番有効だ。
サークは静かに俺の作業を見ていたが、ある夜こう言った。
「今の俺たちに必要なのは、タカオ様が無事でいることだと思います」
「わかってる」
「わかっていただければ」
それだけ言って、サークは目を閉じた。
数日後、ハミルトンから報告が届いた。
「シルバムが動きました」
俺は思わず聞き返した。
「シルバムが? 早いな」
「タカオさんが以前シルバムで行ったアンデッド討伐が、改めて評価されたようです。シルバム領主は王族系の方で、今の王都では王族の力が弱まっている。その状況を変えたいという政治的な思惑もあって、タカオさん側に立つと決断されたとのことです」
俺はしばらく黙って、その意味を考えた。
つまり、ハイルセン.アールストン.シルバムの3都市が、正式にこちら側についた。
「3都市連合か」
「そういうことになります」
バルドが低い声で言った。
「これは、個人の話じゃなくなってきたな」
「そうね」
リアンも静かに頷く。
確かに、話の規模が変わってきた。でも感慨に浸っている場合でもない。
「次の手を打つ。王都の指名手配に対抗して、エリザベートを反逆罪で指名手配する」
指名手配の準備を進める中で、衛兵詰所への情報提供の場でひとつの情報が出てきた。
俺がエリザベートの関係者としてシェイドの顔について情報提供した時だ。
「それは、Aランク冒険者のクラウドではないですか」
詰所の担当者が驚いて言う。
俺がクラウドについて聞くと、
「クラウドなら王都では有名な冒険者です。4人パーティーで活動しています。」
「そのパーティーの構成を教えてもらえるか」
聞いた構成を、俺は頭の中でダリウス戦の夜と照合した。
完全に一致した。
あの夜襲ってきたのはダリウスとクラウドのパーティーだったのだ。
「顔が割れているなら、全員指名手配に加えられる」
バルドが言った。
「吟遊詩人だけは顔の特定が難しいわね」
リアンが言った。変装の達人であるアーキテクトは、顔なしで手配書を出すしかない。それでも、他の全員の顔と名前が揃ったのは大きい。
こうして、指名手配の対象が確定した。エリザベート、クラウドパーティーの4名、そして吟遊詩人(顔なし)。不死研究に関わった医者(死亡済み)の名前も共犯として加えた。
翌日、新しい指名手配書が完成した。
俺は自分たちのものと並べて見比べた。
違う。
悪人顔に改変された似顔絵も、大げさな文言も、こちらの書類にはない。事実に基づいた情報が、淡々と記されている。
「こっちの方が、ずっと誠実だな」
バルドが腕を組んで言った。
「事態の大きさが、じわじわと実感できるな。俺たちが指名手配されて、俺たちが指名手配を出す側にもなってる」
「情報の質が違います」
サークが静かに言った。
「相手は印象操作を優先した。こちらは事実を並べた。どちらが信頼されやすいか、時間が経てばわかります」
「これでハイルセンには敵が入りにくくなるわ」
リアンが指名手配書を眺めながら言った。
「クラウドパーティーの顔が割れた今、ハイルセンで目撃されれば即座に動ける。シェイドが迂闊に動けなくなる」
「抑止力として機能するな」
俺は頷いた。ただ、1つ気になることがある。
「王都では逆の立場だ。王都に入った時、この指名手配書はむしろ俺たちの立場を悪化させるかもしれない」
「それは覚悟しないといけないわね」
リアンの声は静かだった。でも揺らいではいなかった。
ウィンストン邸に戻って状況を共有すると、ゾマがしばらく考えてから口を開いた。
「1つ聞いてもいい?」
「なんだ」
「冒険者って、都市間を行き来するよね。王都からハイルセンに来た冒険者が、今の状況をどう受け取っているか、確認した方がいいんじゃないかな」
俺は少し考えた。
「情報戦の温度を測る、ということか」
「そう。指名手配書が2種類出回っていて、内容が正反対に近い。どちらが信じられているか、現場の空気で分かることがあると思う」
「それは確かに重要ね」
リアンが頷いた。
翌日、冒険者ギルドで調査した。王都からハイルセンに流れてきた冒険者数人に、遠回しに状況を聞いてみた。
反応は、おおよそ3つに分かれた。
混乱している者。どちらの情報も鵜呑みにせず慎重に様子を見ている者。そして、静観している者。
「決着はついていないな」
「5分といったところかしら」
リアンが言った。
「ただ、こちらの情報が事実に基づいている以上、時間が経てば有利になっていくはずよ」
「問題は、時間がどちらに味方するかだ」
サークがぽつりと言った。
「ユリコが次の手を打てば、情報戦の均衡が崩れる。先手を取られる前に、こちらが動く必要があります」
俺は全員の顔を見回した。
包囲網は形になってきた。でも完成してはいない。そして相手も、黙って見ているわけではない。
次の一手をどうするか。
まだ、答えは出ていなかった。




