↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/107

第72話 罠を見抜く者

 翌朝、俺たちが図書館へ向けて出発しようとした時、ゾマが「待って」と声をかけてきた。

「なんだ?」

「1つ確認させてほしいんだけど」

 ゾマはいつも落ち着いた話し方をする。感情が表に出にくい。だからこそ、今のように少し真剣な顔をしている時は、本当に大事なことを言おうとしている時だ。

「ユリコが、いきなり戦闘を仕掛けてくる可能性を考えた?」

「町中での強襲か。……可能性としてはあるが、考えにくいんじゃないか。ダリウスも宿の外で仕掛けてきたし」

「ダリウスはそうだった。でも、ユリコは違うタイプだと思う」

 ゾマが続けた。

「ユリコは契約魔法を仕込んで、知らないうちに縛る。アルケミストは口封じに使う。ダリウスは政治工作に使う。いつも、こちらが想定していない方向から来る」

「……」

「仮に、ダリウスとシェイドの役割がユリコ本人に置き換わった場合、今の僕たちの勝率はどのくらいだと思う?」

 俺は黙って計算した。ダリウスだけでも、最初の夜は一方的にやられた。シェイドはリアンを一撃で重傷にした。それが1人の人間に統合されているとしたら――。

「怪しいと思ったら、絶対に突っ込まないで」

「そんなに信用ないか?」

「契約魔法をかけられたのは誰?」

 俺は反論できなかった。

 サークが小さく咳払いをした。フォローする気はないらしい。

「……わかった。怪しいと思ったら戻る。約束する」

「ありがとう」

 ゾマが小さく頷いた。それだけで、話は終わった。


 図書館は、王都の中心部から少し外れた場所にある。石造りの落ち着いた建物で、朝の光が正面の柱に当たっている。前に来た時と外観は変わらない。

 受付に近づくと、座っているのは前回とは別の人物だった。若い男性で、丁寧な仕草でこちらを見た。

「ご用件をどうぞ」

「少し確認させてほしいんだが、閲覧申請書を見せてもらえるか。記入方法を確認したくて」

「かしこまりました」

 差し出された申請書を手に取った瞬間、俺はすぐに気づいた。

 小さい。

 前回記入したものより、明らかに紙のサイズが小さい。しかも受付の男性が「従魔がいる場合は主人のみ記入で構いません」と補足した。

 前回、全員が記入させられた。サークは肉球で印まで押させられた。

 あの書類は、明らかに異常だった。

「ありがとう。ところで、前回来た時の受付の方を探しているんだが、金髪で背の高い女性なんだが」

「ああ、それはエリザベート館長ですね」

 エリザベート。

 俺はその名前を頭の中で繰り返した。ユリコという名前ではない。でも、コードネームを本名で名乗るような人間ではないだろう。

「今日はいるか?」

「はい。一昨日から地下書庫で調査をされています。よろしければ、面会の確認を取りましょうか」

「頼む」

 男性が少し奥に引っ込んだ。俺はサークと目を合わせた。サークは何も言わなかったが、俺の視線を受けてわずかに頷いた。匂いで確認しているのかもしれない。

 男性が戻ってきた。

「館長から、地下書庫にいるので来てくださいとのことです。ご案内します」

 俺は、その一言を聞いた瞬間に、ゾマの声を思い出した。

怪しいと思ったら、絶対に突っ込まないで。

 地下。密室。普段は立ち入り禁止のはずの場所。相手のホームで、相手が指定した場所に、相手を追い詰めようとしている状況で、素直に入っていく。

 罠の条件が、揃いすぎている。

「すまない、今日は時間がなかった。また出直す」

「え、でも館長が――」

「伝えておいてくれ。また来ると」

 俺は踵を返した。サークとリアン、バルドがついてくる。建物を出た瞬間、バルドが低い声で「正解だろうな」とだけ言った。


 ニアたちの待機場所に戻ると、ゾマがこちらの顔を見てすぐに状況を察したようだった。

「罠だった?」

「地下書庫に誘い込もうとした。俺たちが来るのを待ち構えていた可能性が高い」

「やっぱり」

 ゾマは特に驚いた様子もなく言った。ニアが「そりゃあかんわ」と翼をたたんだ。

「これからどうします?」

 サークが全員を見回した。俺は1人ずつ顔を見た。

「再調査だ。今日は4人で手分けして情報を集める。ユリコの素性について、何か痕跡がないか探したい」

「昼間で公の場なら、いきなり手を出してくることはないでしょうね」

 リアンが言った。

「政治的な背景も洗う必要があるわ。図書館長という立場を利用しているなら、王都の権力構造と繋がっている可能性もある」

「暗殺には気をつけろよ」

 バルドが腕を組んで言った。

「罠が失敗したとなれば、次は直接潰しに来るかもしれない。単独行動は避けた方がいい」

「同感だ。今日は複数で動く。1人で路地には入るな」

 俺たちは手分けして動いた。冒険者ギルドで情報を集め、顔の広い商人に当たり、マーリンから繋いでもらった王都の知人筋にも確認を取った。

 結果は、ほぼ空振りだった。

 エリザベート館長という人物は確かに存在する。記録もある。評判も悪くない。でも、それ以前の経歴が薄い。どこから来たのか、どういう経緯で館長になったのか、そのあたりが妙にぼんやりしている。

 表に痕跡を残していない。意図的に。


 夕方、全員が揃ったところで俺は今日わかったことを共有した。そのあとゾマが口を開いた。

「1つ聞いてもいい? ユリコ自身は今まで何をしていたんだろう」

「どういう意味だ?」

「ダリウスが政治工作を担っていた。商人ギルドの監査役が資金を動かしていた。医者が研究を進めていた。吟遊詩人が情報を操作していた。シェイドが証拠を消していた」

 ゾマが1人ずつ、指折り数えるように整理した。

「ユリコは何をしていた?」

「……指示役、ということか」

「そう思う。全部の駒を動かす人間が、自分では何もしない。それがユリコのポジションじゃないかな」

 俺は少し考えた。確かに、今まで俺たちがユリコに直接触れた場面はない。全部、誰かを通してだった。図書館での申請書でさえ、受付として接触しているが、それは罠を仕込む作業の一環だ。

「駒が減った今、どう動く?」

「補充するか、直接排除するか」

 サークが静かに言った。

「駒の補充には時間がかかる。その間、自分たちの存在が危険になる。俺たちはすでに複数の幹部を倒している。放置するリスクが高い」

「つまり」

「まず、自分たちを消しに来る」

 部屋の中が、少し静かになった。

「自分がユリコだったら、どうする?」

 ゾマが続けた。

「シェイドはまだ生きている。吟遊詩人も逃走中だ。そこに追加の戦力を合わせて、夜に来る」

「俺もそう思う」

 バルドが腕を組んだ。

「罠が失敗した以上、正面から来るしかない。そして夜の方が有利だ。それしかないだろうな」

「夜襲の可能性が濃厚か」

「高いと思う」


「ところで、図書館長になるにはどんな能力が必要なんだろう」

 ゾマがふと言った。

「知識と、相応の魔法の使い手でないと難しいわ」

 リアンが答えた。

「どんな魔法?」

「図書館の規模や保有する魔法書を管理するには、魔力魔法の素養が必要ね。高位の魔力魔法使いじゃないと、あの量の書物の鑑定や保護魔法の管理は無理よ」

「つまり、ユリコは魔力魔法使いということになる」

「可能性は高いわね」

 サークが少し身を乗り出した。

「では、バーニングストライクが有効だな。魔力魔法の使い手なら、魔法を封じることが出来るかもしれない」

「一般論ではそうなるわね。ただし、対策を持っていないとは言い切れないけど」

「対策の方向性は明確になった。それだけでも十分だ」

 俺は頷いた。こうして話しているうちに、ぼんやりしていた相手の輪郭が、少しずつはっきりしてくる。

「1つ問題があるよ」

 ゾマがまた口を開いた。

「今日の僕たちは、探索寄りの魔法構成だよね。戦闘の魔法は少ないと思う」

「……確かに」

「ユリコが今日来るとしたら、今の構成は狙い目になる」

「今日来るか?」

「僕なら、今日行く」

 ゾマが真っ直ぐに言った。

「理由は?」

「罠が失敗した。俺たちが状況を整理していることも、おそらくわかっている。時間が経てばこちらの準備が整う。しかも、今日は町中の調査をしていた。なら戦闘魔法は少ないと判断できる。だから、戦闘準備が薄い今日を狙う」

 部屋の中が、また静かになった。

 俺は全員を見回した。サーク、リアン、バルド、ゾマ、ニア。それぞれの顔を見て、俺は口を開いた。

「どうする?」

 選択肢は3つある。

 迎撃準備を整えて待つか。一時的に宿を変えて撤退するか。あるいは逆に、罠を張るか。

 全員の視線が、俺に集まった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。