第71話 ゾマの独白(ゾマ視点)
ダリウスとの戦いが終わった夜、僕はずっと気になっていることがあった。
戦闘中に気づいたのだ。タカオさんたちに、強い魔法がかかっている。ディテクトマジックで見た時、4人全員のまわりに茶色いオーラが浮いていた。薄くはない。かなり強い。
でも、タカオさんは「今は戦いに集中しろ」と言った。確かにそうだ。あの状況で余計なことを考える余裕はなかった。だから僕は黙っていた。
問題は、戦闘が終わってからも、誰もその話をしなかったことだ。
おかしい。
翌日、タカオさんたちがダリウスの事後処理で動き回っている間に、僕はもう一度ディテクトマジックをかけてみた。
ニアには何もかかっていない。僕にも何もない。
でも、タカオさん、サーク、バルドさん、リアンさん。4人全員に、あの茶色いオーラがある。
夕方、リアンさんに聞いてみた。
「ディテクトマジックの光の色で系統がわかるよね。茶色いオーラってどんな魔法?」
「それは契約魔法ね。相手を契約の通りに動かしたり、特定の行為を禁じたりする魔法よ」
「リアンさんに、その魔法がかかってるんだけど」
「そんなはずは――」
リアンさんが、苦しそうに顔をゆがめた。一瞬だけ。ほんの一瞬で、すぐに表情が元に戻った。
「……ちょっと疲れたみたい。もう寝るわ。お休み」
そう言って、部屋の中に引っ込んでしまった。
絶対におかしい。
翌朝、タカオさんたちはまた王都の方へ出かけていった。バルドさんの後ろ姿が見えなくなったところで、僕はニアに声をかけた。
「ニア、昨夜のことを話すね」
「なんや、改まって」
ニアは大きな翼を折りたたんで、僕の方を向いた。僕は昨夜見たことと、リアンさんの反応を順番に話した。ニアは最後まで黙って聞いていた。
「そりゃ大変やわ。わいも今夜確認してみるで」
「ありがとう。一緒に見ていてほしかった」
その夜、改めてリアンさんに聞いてみた。今度はニアも隣にいる。
「ねえ、契約魔法に反する行為をするとどうなるの?」
「契約次第だけど、苦痛でその行為ができなくなるのが多いわね。あるいは、その行為をしていたことを強制的に忘れさせてしまうとか。まあ、色々ね」
「なんでそんなこと聞くの?」
「実は、リアンさんにその魔法がかかっているんだけど」
「そんなはずは――」
また同じことが起きた。リアンさんが一瞬だけ顔をゆがめて、すぐに元の表情に戻る。
「……ちょっと疲れたみたい。もう寝るわ。お休み」
部屋に消えていった。
「ニア、見た?」
「怪しいで」
ニアの声が低くなった。珍しい。
僕は頭の中を整理した。
「つまり、自分に契約魔法がかかっていることを知ってはいけないか、解除しようと考えてはいけない、ということだと思う」
「ゾマ、すごいな。わいにはさっぱりや」
「4人全員が同じ効果にかかっているとすると……」
「すると?」
「自分たちでは解除することができない」
自分が契約魔法にかかっていると認識した瞬間に、その記憶が消える。解除しようとした瞬間にも、同じことが起きる。つまり、かかっている本人が自力でどうにかすることは、構造上不可能だ。
「どうするんや?」
僕はしばらく考えた。
「明日、タカオさんに、タカオさん以外の25レベル以上の加護魔法の使い手を連れてきてもらうように頼んで」
「わいがか?」
「うん。その返答を、僕がディテクトマジックしながら見たいんだ」
「わかったで」
翌朝。タカオさんが出発しようとした時、ニアが声をかけた。
「あのな、タカオ様、頼みたいことがあるんやけど」
「なんだ?」
「25レベル以上の加護魔法の使い手を連れてきてほしいんや」
「俺は25レベル以上あるぞ」
「タカオ様以外の使い手を連れてきてほしいんや」
「なんでだ?」
「ゾマが頼んでくれって言うさかい」
タカオさんがこちらを向いた。僕はディテクトマジックをかけながら、タカオさんの様子を注意深く見た。
反応しない。
ニアの要望に対して、タカオさんのオーラは変化しなかった。他の術者を連れてくること自体は、契約で禁じられていないらしい。
「ゾマ、なんで25レベル以上の術者が必要なんだ」
「タカオさんともう1人の25レベル以上の術者が揃ったら、ユリコを倒せる技を思いついたんだ。だからお願い。今はまだ話せないんだ」
その瞬間、タカオさんが苦しそうに眉をひそめた。
「あれ? なんの話だったっけ?」
やはり。ユリコについて考えることも、禁じられている。
「25レベル以上の加護魔法の術者をもう1人連れてきてって言ったんだけど」
「そうか。……それじゃあ、一応探してみるけど、期待しないでくれ」
「お願いね」
タカオさんが行ってしまってから、僕は静かに考えた。
契約魔法をかけたのは誰か。ユリコについて考えることまで禁じているとなると、ユリコ本人か、ユリコと深く関わる者の仕業だろう。そしてタカオさんたちが王都で初めて動いた時に、何かに触れたはずだ。
その日の夜、タカオさんが戻ってきた。
「ゾマ、悪い。いるにはいたんだけど、全員冒険に出ていて今王都にいなかった」
「帰ってきてからでいいよ。でも必ず連れてきてね」
「わかった」
「あと、そうそう。王都で自分の名前を書いたことってあるの? サークが肉球の印鑑を押したりとか」
「初日に図書館で調べものをした時かな」
「そうなんだ、ありがとう」
図書館。初日。
間違いない。その時に契約魔法をかけられた。申請書と見せかけた魔法書類に名前を書かされたのだ。サークが印を押したことも、法的な意味で契約の成立に含まれたのだろう。
あとは、術者が来るのを待てばいい。
数日後、タカオさんが声をかけてきた。
「ゾマ、Bランクパーティーの方に来てもらったよ。加護魔法使いのホーリーさんは25レベル以上だよ」
同行してきた女性が、こちらを見て小さく会釈した。
「ホーリーさんと少し話をさせてほしいんだけど」
「俺じゃなくて?」
「うん、ちょっと順番があってね」
タカオさんは首を傾けながらも、少し離れた場所に下がった。ホーリーさんが僕の前に来た。
「どうしました?」
「実は、タカオさんたちが契約魔法にかかっているんだ。かかっていることを知ったり、解除しようとすると、直前の記憶が消えてしまうんだ。だから、リムーブカースで解除をお願いしようと思って」
ホーリーさんは少し驚いた顔をしたが、すぐに真剣な表情になった。
「ちょっと待って、ディテクトマジックをしてみるから」
しばらく沈黙が続いた。
「……かなり強い魔法がかかっているわね。タカオさんに言わないまま解除すればいいのね」
「うん。お願いします」
ホーリーさんがリムーブカースをかけた。
タカオさんのまわりのオーラが、すっと消えた。
成功だ。
「タカオさん、今まで契約魔法に縛られていたのだけど、覚えある?」
「いや、全然」
やはり記憶には残っていない。でも、もう縛られていない。
「バルドさん、リアンさん、サークにもかかっているからリムーブカースで解除して。本人に魔法がかかっていることを知らせないようにして」
「今日はリムーブカースを持ってないな」
「ホーリーさんは?」
「1つしか持っていません」
スクロールは、今使ってしまった。残りの3人分は今日は無理だ。
「それじゃあ、何も知らせずに1日待って」
翌日の朝、タカオさんのポケットが回復したところで声がかかった。
「全員の呪いを解くぞ」
1人ずつ、丁寧に。サーク、バルドさん、リアンさん。3人のオーラが順番に消えていった。
全員の契約魔法が解除された。
「ホーリーさん、ありがとうございます。助かりました。十分なお礼をしますので」
タカオさんたちとバルドさんたちから、リムーブカース4回分として合計640ゴールドがホーリーさんたちに支払われた。
「ゾマ、よく気づいたな」
タカオさんが、僕を見てそう言った。
「だって、魔法にかかっている話をすると、直前の記憶が飛ぶんだもん。怪しすぎるって」
「ゾマ、助かったわ。ありがとう」
リアンさんが静かな声で言った。いつもより少しだけ、声が柔らかかった。
「でね。契約魔法にかかったのは、王都初日の図書館での申請書だと思う。魔法で契約魔法をただの申請書に見せかけていたものに、名前を書かされたんだと思う」
「俺は名前を書いていないが」
サークが言った。
「名前を書いた用紙に、肉球で印を押したよね?」
「それは……」
「それで契約魔法は成立しちゃうんだよ。契約魔法について認識したり、解除しようとしたり、ユリコについて考えると記憶が飛ぶよう仕掛けられてた」
「という事は、契約魔法を仕掛けたのは」
タカオさんの声が低くなった。
「ユリコの可能性が高いと思う」
しばらく、誰も喋らなかった。
「明日、図書館をもう一度調べよう。みんな、あの時の受付の顔を覚えているか?」
「俺が匂いを覚えていますので大丈夫です」
サークが静かに、でもはっきりと答えた。
「よし、明日、図書館に乗り込むぞ」
タカオさんの声に、今までとは違う響きがあった。怒りではない。でも、もう迷わないという意志のようなものが、確かにそこにあった。
僕は小さく息を吐いた。
気づいてよかった。




