第65話 証拠と圧力、そして夜の気配
オーウェン・クレストに会う方法を全員で話し合った。
正面から接触しても、警戒されて終わる可能性が高い。文官の重鎮だ。会いたいと言っても、簡単に通してもらえる相手ではない。
「弱みを使う」
俺は言った。
誰も反論しなかった。状況が状況だ。丁寧な手順を踏んでいる時間はない。女性問題のもみ消し。その記録が商人ギルドに残っていた。それを使う。
「仕方ないわよ」
リアンが言った。
「必要なことだ」
バルドが言った。
翌日、オーウェンの執務室への面会を申し込んだ。
受付に書状を渡した。内容は簡潔に書いた。政策の件でお話ししたいこと、それと過去の件についても、と1行添えた。
その日の午後、面会の返答が来た。
通された部屋は、小さな応接室だった。オーウェンがすでに座っていた。60代の男で、白髪が多い。顔に疲れが出ていた。
「何の用だ」
「あなたが無理やり通した政策についてお聞きします。これらは自分の意志でやったのですか?」
オーウェンが眉を寄せた。
「どういうことだ?」
「あなたが通した政策で、あなたに恩恵のある者が少ない。むしろ、宮廷魔術師のダリウスに恩恵が集中している」
オーウェンが少しの間、黙った。俺を見る目が変わった。驚いているというより、確認しているような目だった。
「そこまで分かっているなら、直接ダリウスに聞いてくれ。恐らく、あんたの予想は当たっている」
あっさりと言った。隠すつもりが、もうないのだとわかった。
「それで聞きたいことは、今動こうとしていることがあるかだ」
バルドが言った。
「そ、それは……」
オーウェンが口ごもった。
「不倫の件をばらされたくなければ、その案件について正確な内容を出してもらうわ」
リアンが静かに言った。声のトーンは落ち着いていたが、内容は明確だった。
「ダリウスが圧力をかけている証拠をくれればいい」
俺は続けた。
「あんたに損はないはずだろ。あんたはダリウスに使われている側だ。証拠が出れば、あんたへの圧力も消える」
オーウェンが長い息を吐いた。
「わかった」
オーウェンが引き出しを開けた。書類を取り出した。
「ダリウスから受け取った指示書だ。捨てろと言われたが、捨てなかった。いつか使えると思っていた」
俺は受け取って確認した。ダリウスの名前と署名がある。具体的な政策の指示内容が書かれていた。オーウェンへの圧力をかけた事実が、文書として残っていた。
「これで十分だ」
「……ダリウスを潰してくれ」
オーウェンが静かに言った。
「やってみる」
証拠を手に入れた後、次の手を考えた。
これをどこに持ち込むか。ダリウスに直接突きつけるのは悪手だ。証拠を持っていると知られれば、口封じに来る。かといって冒険者ギルドに持ち込んでも、宮廷内部の問題には手が出せない。
「内部から崩す」
俺は言った。
「ライバルを使うか」
バルドが言った。
「そうだ。宮廷魔術師団の中で、ダリウスと対立している人間がいる」
情報収集の中で名前が出ていた人物がいた。マーリンという宮廷魔術師だ。ダリウスとは権力的な競合関係にあって、折り合いが悪いとされていた。
マーリンへの接触は、ギルドの伝手を使った。
翌日、王都の一角にある宮廷魔術師団の別館で、マーリンと会った。40代の男で、目つきが鋭い。俺たちを警戒しながらも、話は聞く姿勢だった。
「実は、ダリウスについて」
俺は書類を取り出した。
「これは」
「ダリウスが文官に圧力をかけた指示書です。政策決定を誘導していた証拠になります」
マーリンが書類を手に取った。目が動いた。内容を読み込んでいる。
「これを私に買えと?」
「いえ。ダリウスの失脚まで行ってくれるなら、差し上げます」
マーリンが俺を見た。少しの間、何かを測るような目をしていた。
「わかった。内部調査を起こしてダリウスを追い詰める」
「それで十分です」
俺たちは直接ダリウスと敵対していない状態を保ったまま、駒を動かした。
翌日の夕方、バルドが報告に来た。
「ダリウスに監視がついた。宮廷内部で調査が始まったらしい。立場が不安定になっている」
「動いたか」
「マーリンが早かった。証拠があれば躊躇しなかった」
俺は頷いた。計画通りに動いている。ただし、それだけでは終わらないとわかっていた。
「……これで終わる相手じゃない」
俺は言った。
郊外に戻ったのは夜遅かった。
ニアとゾマが待っていた。焚き火の近くで、全員が寝る準備をしていた。
静かな夜だった。王都の灯りが遠くに見える。風が草を揺らす音だけがある。
俺は横になりながら、今日の動きを頭の中で整理していた。オーウェンから証拠を取った。マーリンを動かした。ダリウスに圧力がかかり始めた。
次の手が来るとすれば、早い。
そこまで考えたところで、眠りに落ちた。
「タカオ様、起きてえな。敵やで」
ニアの声で目が覚めた。
どれくらい眠っていたのかわからない。まだ夜の中だ。
「何かが近づいてくるで」
「急いで起こさないと」
ゾマの声もした。
俺は体を起こした。眠気が一瞬で飛んだ。周囲を確認した。焚き火が弱くなっていた。全員がまだ寝ている。
「方向は」
「東。複数や。速い」
俺は立ち上がった。
「全員起きろ」




