第64話 分岐する権力
王都での情報収集は、冒険者ギルドから始めた。
ハイルセンやシルバムと違って、王都のギルドは規模が大きい。受付が複数あって、依頼の種類も多い。冒険者の数も多い分、情報の密度が高い。雑談の中に、ここでしか聞けない話が混じっている。
バルドが古顔の冒険者と話し込んでいる間、俺は受付近くの掲示板を見ながら耳を立てていた。リアンは別のテーブルで情報屋らしき人物と話していた。サークは外で待機している。王都のギルドにも入れるが、大型の従魔は目立ちすぎる。
2日かけて情報を集めた。商人からも話を聞いた。王都で力を持つ人物について、複数の名前が浮かび上がってきた。
夜、郊外に戻った。
ニアとゾマが待っていた。ニアが首を伸ばして俺たちを出迎えた。
「どうやった?」
「3人、名前が上がってきた」
集めた情報を整理しながら話した。
1人目はグレアム・ハーヴェイ。騎士団の隊長で、竜王制度に反対する嫌竜派の代表格だ。裏でドラゴンの処分に関与しているという噂がある。
2人目はダリウス・ヴェルナー。宮廷魔術師団の中で調整役を担っていて、各勢力との折衝能力が高く発言力が強い。
3人目はオーウェン・クレスト。実務能力に優れた文官で、政策決定に深く関与している。
「3者とも強い影響力を持っているが、内部では権力闘争がある」
「誰が優勢なんや」
「グレアムとダリウスが優勢とされている」
「影響力が強そうなのはこの3人だな」
俺は言った。
「1人ずつ調べるか」
バルドが言った。
「単独行動は危険です。2手に分かれるのが妥当かと」
サークが言った。
「明日から分担しましょう」
リアンが言った。
分担を決めた。俺とサークでグレアムを調べる。バルドとリアンでダリウスとオーウェンを担当する。ニアとゾマは王都外で待機しながら、竜舎の様子を遠くから確認してもらう。
翌日から動いた。
グレアムの調査は、騎士団関係者への聞き込みが中心になった。直接接触するには段取りが必要だ。まずは周辺から情報を集める。
騎士団の酒場で耳にした話、引退した騎士から聞いた昔の事情、ギルドで顔の広い冒険者が知っていた噂。それぞれを突き合わせると、グレアムという人物の輪郭が見えてきた。
「グレアム個人の思想というより"派閥"だな」
俺は整理しながらサークに言った。
「どういうことですか」
「過去にドラゴン勢力が強大化した時期があったらしい。その頃、騎士団の立場が相対的に低下した。竜騎士や守護竜が力を持つにつれて、普通の騎士の役割が小さくなった。その反発から嫌竜派が生まれた。グレアムはその系統を受け継いでいる現代の代表だ」
「個人的な怨恨ではなく、組織としての立場の問題、ということですね」
「そうだ。ドラゴン排除の噂はあるが、それも組織の方針としての範囲に収まっている可能性が高い。単独の黒幕というより、構造的な問題だな」
夕方、バルドとリアンの報告を聞いた。
「ダリウスは表向き不審な動きなし」
バルドが言った。
「オーウェンの方が怪しいわね」
リアンが続けた。
「どんな情報だ」
「政策を強引に通した形跡がある。ハイルセンの監査役への便宜供与に関連する記録が商人ギルドに残っていた。それと、過去に女性問題をもみ消した件が複数ある」
「脅されている可能性もあるな」
俺は言った。
弱みを握られている人間は、動かしやすい。オーウェン自身が悪意を持って動いているのか、誰かに強制されて動いているのかで、対応が変わってくる。
「竜舎を見てきたよ」
ゾマが言った。
「どうだった」
「2頭しかいなかった」
俺は少し驚いた。
「守護竜選定の時はもっといたはずだぞ」
「うん。バルモスと、もう1頭だけだった。以前は17頭いたって、ニアが言ってた」
ニアが頷いた。
「わいが選定受けた時も、もっとおったで。17頭は正確かどうかわからんけど、今より全然多かった」
17頭から2頭。その差が何を意味するのか、今すぐは判断できない。グレアムが関与しているという噂の内容が、数字として見えた気がした。
翌日、オーウェンの深掘りを続けた。
政策の履歴と、それに関わる利害関係を調べた。誰が得をして、誰が損をしているか。表向きはオーウェンが主導したように見える政策が、実際に誰の利益になっているかを追った。
「……おかしい」
俺は資料を見ながら言った。
「何がですか」
「オーウェン本人の利益が少ない。強引に通した政策の恩恵が、オーウェンの側にほとんど落ちていない。利益が偏っているのはダリウス側だ」
「誘導されている?」
サークが言った。
「オーウェンが動かされているとしたら、動かしているのは別の誰かだ」
「証拠はないけど……辻褄は合う」
リアンが言った。
疑いの矛先がダリウスに移動した。ただし、これはまだ状況証拠の積み重ねだ。決定打がない。
「怪しいとわかっても……」
俺は言いかけた。
「証拠なしで宮廷魔術師を倒しに行く方法は――」
その瞬間、何かが起きた。
頭の中で、思考が一瞬途切れた。めまいに近い感覚があった。立っていたが、足元が一瞬定まらない感じがした。痛みではない。眠気でもない。何かが引っかかったような、そんな感触だ。
「……なんだ、今の」
俺は小声で言った。
「どうかしましたか」
サークが俺を見た。
「いや、何でもない。少し疲れたかもしれない」
気のせいかもしれなかった。ここ数日、動き続けていた。王都への移動から調査から、休む間がなかった。
俺は頭を振って、続けようとした言葉を思い出した。
「……いや、証拠を集めるのが先だな」
俺は言った。
「無理に動けば墓穴を掘る。ダリウスへの疑惑は出てきた。ただし確認できていない。焦らず積み上げていく」
「そうですね」
サークが頷いた。
夜の郊外に、風が流れていた。
ダリウス・ヴェルナー。宮廷魔術師団の調整役。表向きは折衝能力の高い有能な魔術師。その裏に何があるのか、まだ見えていない。
ただ、近づいてはいる気がした。




