第61話 変装の裏と操る者
サークが先を歩いた。
ヴェイン商会を出て、匂いを辿りながら進んでいく。俺たちはその後ろに続いた。通りを抜けて、路地を曲がって、また通りに出た。
辿り着いたのは商人ギルドだった。
「ここか」
「匂いがここで強くなります。何度もこの建物に入っている」
ハミルトンが受付に向かった。
「吟遊詩人が来ていないか?ここ最近で」
受付の担当者が記録を確認した。
「該当する者はいませんね」
ハミルトンが俺の方を見た。
「先ほど言った塗料の匂い……すでに変装していた可能性が高いです」
サークが言った。
「別人として出入りしているのか」
「吟遊詩人の格好では来ていない。商人として、あるいは別の何かとして入っていた可能性があります」
商人ギルドだ。1日に出入りする人間の数が多い。商人、使用人、冒険者、行商人。それだけの人間の中に、複数の姿で混じっていれば特定は難しい。
「同一人物が複数の姿で動いているということか」
「変装を前提とした行動パターンです。顔で追うことは最初から想定されていない」
バルドが言っていた通りだった。顔で追う相手ではない。
ハミルトンがギルドマスターに連絡を取った。事態を説明して、監査役への確認を依頼した。ギルドマスターが承認して、調査員と用心棒数人が同行することになった。
「腕がないなら足手まといになる」
バルドが用心棒たちを見ながら静かに言った。
俺も同じことを思っていた。ヴェイン商会では不意打ちがあった。今度も同じような展開になる可能性がある。戦力として機能しない人間が増えると、守る範囲が広がって動きにくくなる。
ただし、ギルドとしての正式な調査である以上、調査員は必要だ。用心棒は最悪、下がってもらえばいい。
「センスエネミーを使う」
監査役の部屋に向かう前に、俺は全員に言った。
「敵意のある者を感知する魔法だ。部屋に入った瞬間に使う」
「合図はどうする」
「反応があれば何もしない。反応がなければ手を握って腕を曲げる。そちらが安全のサインだ」
全員が頷いた。
監査役の部屋は商人ギルドの2階にあった。
ドアをノックして入った。
中に男がいた。40代ほどで、細身だ。書類を広げていたが、俺たちが入ると顔を上げた。驚いた様子がなかった。
俺はセンスエネミーを発動した。
反応があった。
俺は何もしなかった。それが合図だ。
「監査は何をしていた?」
ハミルトンが正面から聞いた。
「問題がなかったから何もしなかった」
男が答えた。声が落ち着いていた。余裕がある。こちらが何かを知っているとわかった上で、それでも動じていない。
「ヴェイン商会の買い占めについては」
「把握していない。報告が上がっていなかった」
「報告が上がらなければ見逃すということか」
「それが監査の仕組みだ。報告があれば動く。なければ動かない」
しらを切っていた。ただし、嘘をついているというより、言葉を選んで事実を避けていた。
「証拠を提示する」
俺が言った瞬間だった。
部屋全体に魔力が広がった。
一瞬で判断した。麻痺魔法だ。
ハミルトンが崩れた。調査員が倒れた。用心棒たちも次々と膝をついた。リアンが壁に手をついて、そのまま座り込んだ。
俺は足が重くなる感覚があったが、踏みとどまった。バルドが体勢を低くして耐えた。サークが4本足で踏ん張った。
「動けるか」
「問題ない」
「私も」
3人は立っていた。麻痺への耐性は個人差がある。俺たちは今まで様々な魔法を経験してきた分、耐性がついているのかもしれない。
奥のドアが開いた。
2人出てきた。前衛らしき体格の戦士と、後ろに続く魔法使いだ。
「バルド、前衛を」
「わかってる」
バルドが戦士に向かった。剣と斧がぶつかった。互角だった。やや不利な感触だとバルドの動きでわかった。ただし崩れてはいない。
「サーク、魔法使いを」
「バーニングストライク」
サークが魔法使いに炎魔法を叩き込んだ。継続炎ダメージが入る。それと同時に、魔力魔法の使用が封じられる。魔法使いが苦悶の声を上げた。手から魔力が漏れて、次の魔法が形にならない。
「ウィーク」
俺はバルドが戦っている戦士にウィークをかけた。相手の力が落ちた。バルドの動きが楽になった。
監査役が動いた。
アイテムを取り出した。俺に向けて投げてきた。直撃した瞬間に、体に炎が広がった。
燃えている。
ただし魔法ではない。アイテムの効果だ。魔力魔法による拘束ではないため、体は動く。
俺は一瞬だけ考えた。
このまま離れれば燃え続ける。誰かにエイドをかけてもらえれば消えるかもしれないが、今は全員が別の相手を抱えている。
俺は監査役に向かって走った。
体当たりに近い形で組みついた。燃えている体で、監査役を抱え込んだ。
「離せ」
「嫌だ」
継続ダメージが俺にかかり続ける。監査役も炎に触れる形になった。監査役が身をよじった。魔法を使おうとしたが、腕が俺に押さえられていた。
「終わりました」
サークの声がした。
魔法使いが倒れた。サークがすぐに俺の方へ向いた。シャインヒールをかけてくれた。炎のダメージが和らいだ。
バルドが戦士を制圧し終えた。
俺とサークで監査役を押さえた。腕を固定した。それで終わりだった。
全員を拘束した。
麻痺から回復を待ちながら、俺は監査役を見ていた。男は抵抗をやめていた。捕まったことを受け入れている顔だった。
「動きが速いな」
監査役が言った。
「アーキテクトはもういないか」
俺が聞いた。
「ここには来ていない。ヴェイン商会で会ったのが最後だ。もうとっくに逃げているだろう」
「ユリコを知っているか」
少しの間があった。
「知らない。ただ」
男が続けた。
「私は"資金源"だったらしい。向こうは私の事をマニピュレーターと呼んでいた。向こうから話があった。市場操作で得た資金の1部を、定期的に渡す代わりに、政治的な便宜を受け取る仕組みだった」
「お互いを利用していたということか」
「そういうことだ。ユリコという名前は知らない。ただ、あちら側には政治に干渉できる何かがいる。それだけはわかっていた」
俺は整理した。マニピュレーターは市場操作で資金を生み出す役割だった。ユリコ側はその資金を受け取りながら、政治的な便宜を提供していた。相互利益の関係だ。どちらかが従属しているわけではなく、使い合っていた。
「仕組みを崩された時点で終わりだ」
男が静かに言った。
感情がなかった。諦めているのではなく、計画が崩れたという事実を受け入れているだけだ。計画型の人間の顔だった。
「口封じに注意してくれ」
俺はハミルトンが麻痺から回復してから、向かって言った。
「ヴェイン商会の当主も、この監査役も、生きているうちに証言してもらう必要がある。前にシルバムで医師を始末した存在がいる。今回も動く可能性がある」
「わかった。人を増やして見張らせる」
ハミルトンが神妙な顔で頷いた。
ギルドマスターに引き渡しを終えて、俺たちは外に出た。
空が夕方の色になっていた。
アーキテクトは逃げた。マニピュレーターは捕まった。市場の操作は止まった。一区切りだ。
ただし、アーキテクトがいる。変装を駆使して動く相手だ。顔で追えない。次に現れた時、どんな姿で来るかわからない。
サークが俺の隣を歩きながら言った。
「匂いは覚えています。また嗅いだ時にはわかります」
「それが頼りになるな」
「次は逃がしません」
俺はそれを聞いて、少しだけ安心した。
空の色が暗くなっていく。アーキテクトがどこかにいる。ユリコがどこかにいる。まだ見えない相手が、まだそこにいる。




