第60話 構造の根と追う鼻
扉から出てきた用心棒たちが、俺たちを取り囲もうとしていた。
倒れた調査員2人。壁に張り付いたハミルトン。正面に並ぶ用心棒が7、8人。まだ増えている。奥から足音が続いていた。
「バルド、正面」
「わかってる」
バルドがすでに動いていた。
サークが炎の精霊を召喚した。リアンが光の精霊を出した。2体の精霊が前に出て、バルドの左右に並んだ。
俺はまずハミルトンと倒れた調査員に向かった。トリートメントを使う。範囲回復だ。3人同時に効果が届いた。調査員の1人が目を開けた。もう1人はまだ動けない状態だったが、呼吸が安定した。ハミルトンが壁から離れた。
「下がっていてください」
「……わかった」
ハミルトンが後ろに下がった。
前線では戦闘が始まっていた。
バルドが正面の用心棒に突っ込んだ。1人を吹き飛ばして、2人目の武器を弾いた。精霊が左右から援護した。炎の精霊が用心棒の1人に触れて、悲鳴が上がった。光の精霊が別の1人を押しのけた。
奥から増援が来た。数で押す構成だ。1人1人は強くない。ただし数が多い。このまま消耗戦になれば、じわじわと削られる。
「サーク、スタンスローターを」
「いきます」
サークが魔法を発動した。範囲麻痺だ。前線の用心棒たちが一斉に動きを止めた。足が止まり、武器を持つ手が固まった。バルドの前に固まっていた3人が、そのまま崩れるように膝をついた。
「今だ」
バルドが動いた。動けない相手を順番に制圧していった。リアンが後衛の魔法使いに向かって光魔法を放った。後衛が壁の後ろに隠れようとしたが、光の精霊が先回りした。
スタンが解けた者から順番に対処した。レベル差がある。用心棒たちはCランク以下だ。1人1人は問題ない。ただ囲まれて数で来られると面倒だったが、サークのスタンスローターがその懸念を消した。
最後の1人が武器を下ろした。
「降参だ」
用心棒側が折れた。
全員を拘束した。
ハミルトンと調査員の無事を改めて確認した。調査員の1人はまだ立てない状態だったが、命に別状はなかった。もう1人が意識を取り戻して、周囲を確認していた。
「当主はどこだ」
バルドが拘束した用心棒の1人に聞いた。男が視線だけで奥の部屋を示した。
奥に進んだ。部屋の中に、太った中年の男が隅で縮こまっていた。商会の当主だと名乗った。
「依頼通りに買い集めただけだ」
当主が最初に言った。
「主犯じゃないということか」
「そうだ。指示を受けて動いていた。利益の8割はうちに入るが、残りの2割を情報屋に渡す約束だった」
「情報屋というのは誰だ」
「名前は知らない。コードネームしか聞いていない」
「何と言う」
「……アーキテクト、と」
俺は横でリアンとサークが反応したのを感じた。俺も同じだった。アーキテクト。そのコードネームは以前どこかで聞いたような気がしたが、今すぐは結びつかなかった。
「どんな指示を受けていた」
「買い占めの対象と量、買い取り価格の上限、売らずに抱える期間。全部指示通りに動いた。市場の操作自体の設計はあちら側がやっていた」
「ハミルトンへの噂は」
「情報屋側がやったことだ。うちは関係ない。ある日気づいたら噂が広がっていた」
サークが小声で俺に言った。
「ヴェイン商会は指示通り動いていただけですね」
「そうだな」
「バルド、黒幕は逃げたってことだ」
「わかってる」
「その情報屋、顔は覚えているか」
俺は当主に向かって言った。
「……いや……それが……」
当主が少し間を置いた。
「毎回、少しずつ変わるんだ」
「変わる?」
「会うたびに顔が違う。体格も。声だけが同じだった。最初は別人かと思ったが、話す内容と声が同じだから同一人物だとわかった」
「少しずつ変わる?」
サークが繰り返した。
「そんなことある?」
リアンが言った。
「あるな」
バルドが言った。
全員がバルドを見た。
「変装で顔は変えられる。体格も、うまくやれば誤魔化せる。プロがやれば別人に見える。5年間、同じ商会と取引を続けながら一度も顔を特定させなかったなら、相当な腕だ」
「変装の技術ということか」
「どっちにしても」
バルドが続けた。
「顔で追う相手じゃねえ」
「……つまり、見つけ方を変えないといけないってことか」
俺は言った。
「情報屋から買い取ったものとか、接触に使ったものは残っていますか」
サークが当主に向かって言った。
当主が少し考えた。
「本人のものは何も残っていない。ただ、打ち合わせで使っていた部屋がある。椅子や机に何度も触れているはずだ」
「案内してもらえるか」
部屋に入った。普通の応接室だ。椅子が2脚、机が1つ。特に変わったものはない。
サークが部屋の中を歩きながら、鼻を使って確認した。しばらくして言った。
「匂いがあります。人間の匂いだけではなく、何か特定の素材の匂いが混じっている。おそらく変装に使う道具か薬品類です」
「追跡できるか」
「試してみます。最も新しい匂いを追えば、最後に来た時の経路が辿れる可能性があります」
部屋を出る前に、ハミルトンが調査員に向かって言った。
「この規模の買い占めを監査役が見逃しているのはおかしい。ギルド内部の監査役にも確認を取る必要がある」
俺はハミルトンに向かって言った。
「その監査役も怪しいかもしれない。調査するときは十分な戦力を連れて行ってください。1人や2人では危険です」
「……わかった」
ハミルトンが神妙な顔で答えた。
今回のヴェイン商会だけで終わる話ではない。アーキテクトが5年間動いていたということは、それだけの期間、誰かが内側から協力していた可能性がある。商人ギルドの監査役がその1人だとすれば、次の火種がそこにある。
「1番新しい匂いを追跡します」
サークが静かに言った。
応接室から出て、廊下を歩きながら、サークが匂いを辿り始めた。鋭敏感覚がレベル9ある。一度覚えた匂いをどこまで追えるかは、やってみないとわからない部分もある。ただ、手がかりがこれしかない以上、やるしかない。
建物の外に出た。サークが外の空気を確認した。
「この方向です」
サークが1つの方向を向いた。
追跡が始まった。




