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第58話 市場の歪み(後編)

 数日後、ハミルトンから連絡が来た。

 ギルドで依頼を確認していた午前中だった。ハミルトンが直接来て、開口一番に言った。

「……まただ。薬草の仕入れが止まった」

 顔色が悪かった。一度落ち着いた時の表情とは違う。

「また価格が上がっているのか」

「それだけじゃない。今度は流れ方がおかしい。輸送中に消えている。高額の採取依頼分は届くが、通常のルートが完全に止まっている」

「サーク、前回の採取から日数はどれくらいだ」

「5日です。前回入れた分はもうはけているはずですが、それにしても早すぎます」

「供給は回復したはずなのに……」

 俺は少し考えた。

「前回とは違うな。今度は"流れ"がおかしい」

 前回は採取現場の問題だった。誰かが先に刈り取っていた。今回は現場ではなく、市場に入ってくる途中で消えている。採取から販売までの間のどこかに問題がある。


「今まで薬草はどこから仕入れていますか」

 俺は聞いた。

「採取専門の薬師たちから直接買っている。彼らが山や森に入って集めてきたものを、うちが引き取る形だ。ところが、今は全然入ってこない」

「近場の薬草は確かになかった」

 サークが言った。前回の採取で確認している。

「薬師に直接話を聞きたい。紹介してもらえますか」

「わかった。案内する」


 ハミルトンの紹介で、薬師の1人と会った。

 小柄な中年の女性で、薬草の扱いに慣れた手をしていた。工房の中は薬草の匂いが満ちていた。

「最近、ハミルトンさんへの納品が減っているそうですね」

 俺は言った。

「薬草? 今はハミルトンさんよりも高く買ってくれるところがあるからね」

「依頼で採っているわけではなく、売り先を変えたということですか」

「そう。別に依頼で動いているわけじゃないから、売り先は自由だよ。仲間内で情報を回して、値段の高いところに持っていく」

「今はどこに売っているんですか」

「それは教えられないね。競争になる」

 薬師は笑って、それ以上は言わなかった。

 俺は礼を言って工房を出た。


 歩きながら、頭の中で整理した。

 薬師たちは騙されているわけでも、脅されているわけでもない。自分の判断で、より高値をつけた相手に売っている。それは正当な行動だ。

「……誰かが買い占めている?」

 俺は言った。

「市場での価格操作、ということですか」

 サークが確認するように言った。

「ああ。採取は問題なく行われている。薬師たちは薬草を持っている。ただし全部、ある1点に流れている。そこから市場には出てこない。結果として供給が止まって価格が上がる」

「意図的に作り出した不足、ですね」

「そうだ」


 ハミルトンに報告した。

「買い占めの可能性が高いです」

 ハミルトンが眉を寄せた。

「……なるほど」

 少しの間、黙って考えていた。

「構造として、こういうことだな」

 俺は続けた。

「高値で買い占める。市場から消す。在庫不足で価格が上昇する。その後、高値で販売するか、あるいは市場そのものを支配する」

「供給も流通も"操作されている"ということか」

「はい」

「では、どうする」

「対策はシンプルです。市場に供給を叩き込む」

 俺は言った。

「大量に採取して、一気に放出する。価格崩壊を狙います。買い占めが成立するのは市場から薬草が消えているからです。大量に出回れば、高値での仕入れを続ける意味がなくなる」

「前回より大規模にやる必要があるな」

「バルドたちにも協力してもらいます。全員で動けば、前回の倍以上は確保できる」


 バルドとリアンとゾマを呼んで合流した。

 6人全員での採取は久しぶりだった。ニアとゾマの飛行力を組み合わせて、前回よりさらに遠方まで足を伸ばした。2日かけて動き回り、採取量は前回の2倍以上になった。

 山のような薬草を持ち帰った。


 ハミルトンが一斉に放出した。

 本来の通常価格をわずかに上回る形で市場に大量に出した。飛ぶように売れた。他の商人たちも価格を下げざるを得なくなった。翌日には薬草の価格が急落していた。

「これで買い占めの意味が崩れるな」

「そうなればいいが」

 ハミルトンが少し渋い顔をした。

「どうした」

「調べが進んで、買い占めていたのはヴェイン商会のようだとわかった」

「ヴェイン商会」

「中規模の商会だ。最近になって急に動きが活発になっている。うちとも以前は取引があったが、ここ数ヶ月でやり方が変わった」


「妙な噂が広がっている」

 翌日、ハミルトンがまた来た。今度は険しい顔だった。

「どんな噂だ」

「ハミルトン商会が薬草を買い占めている、という噂だ。市場操作の黒幕だと言われている」

 俺は黙った。

「……逆に疑われていますね」

 サークが言った。

「情報が操作されているな」

 俺は言った。

 ヴェイン商会が買い占めをやっていた。俺たちとハミルトンがそれを崩した。ここまでは動きとして見えている。しかし、その直後にハミルトンが黒幕だという噂が流れた。誰かが意図的に情報を出したのだと考えれば筋が通る。

「価格操作がばれた後に、責任を別の人間に押し付ける動きだ」

「私への信用が落ちれば、今後の市場での影響力が削れる。次の手も打ちにくくなる」

 ハミルトンが静かに言った。長年商人をやっている人間の判断だった。

「情報源を探さないといけない」

 俺は言った。

 物の流れを断つだけでは終わらない。情報が操作されているなら、その出所を特定しなければ同じことが繰り返される。

 ヴェイン商会。買い占め。情報操作。

 1つ1つのピースは見えてきた。しかしまだ、全体の形がわからない。


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