第56話 最善と次善の間で
バルドたちはゾマに乗って別の依頼に出ていた。
ハイルセンのギルドで、俺とサークとニアの3人で掲示板を確認していると、1枚の依頼票が目に入った。
「……護衛付き採取で200ゴールド?」
Cランクの採取依頼の相場は100ゴールド前後だ。その倍の金額が書いてある。依頼内容を読んだ。南の離島の絶壁に生える希少薬草、アンセリカの採取。依頼人はハミルトンという名前だった。
植物知識を使って思い出す。アンセリカ。強力な解熱効果を持つ薬草で、特定の絶壁環境にしか育たない。極めて希少で、通常の市場にはほとんど出回らない。
「急を要する案件か」
そう判断して、依頼人に会いに行くことにした。
ハミルトンは有力商人だった。
ギルドの応接室で会った。年齢は40代ほどで、体格がいい。商人らしい落ち着いた雰囲気の男だったが、目の下に隈があった。眠れていないのだとわかった。
「頼む……金はいくらでも出す……!」
俺たちが座るより前に、ハミルトンが言った。
話を聞くと、10代の娘が高熱で危篤状態にあるという。普通の解熱薬が効かない。医者にも診せたが原因がわからないまま、熱が下がらずに日数だけが過ぎている。アンセリカの強力な解熱効果に最後の望みを托しているということだった。
「一度、娘さんを診てもいいですか」
俺は言った。
ハミルトン邸に案内してもらった。寝室に横たわっている娘は、確かに高熱だった。顔が赤く、呼吸が浅い。
キュアディジーズをかけた。
娘の顔色が少し落ち着いた。体温が下がったのを触れてわかった。呼吸が深くなった。
「……」
ただ、俺の中に引っかかりがあった。
完治ではない。症状を一時的に抑えているだけだ。根本の原因に触れた感覚がない。
それでも今は時間を作ることが先決だ。
「一時的に症状を抑えました。ただし根本的な治療にはなっていません。急いで動きます」
「ありがとう……!」
ハミルトンが俺の手を握った。
3人でハミルトン邸を出て、そのまま移動を始めた。
南の島方面への飛行は、途中でスカイウイングを使いながら休憩を挟む形で進めた。ニアが長距離移動できる状態を保ちながら、効率よく距離を稼いだ。
南の離島に着いたのは翌日の昼前だった。
絶壁が続く地形だった。海に面した崖が連なっていて、アンセリカはその絶壁の岩肌に生えるらしい。地面からでは届かない高さだが、ニアの飛行があれば問題ない。
「視認で探してくれ」
「わかった」
ニアが低空を飛びながら、絶壁の表面を確認していった。
「……あったで」
しばらくして声が来た。
ニアが示す方向に向かった。絶壁の中腹、手が届かない場所に、白い花をつけた薬草が群生していた。アンセリカだ。
「よかった、あったか」
俺が言いかけた時、ニアがもう一言言った。
「……人もおる」
絶壁の上に出ると、先客がいた。
冒険者風の男が2人、すでにアンセリカを採取していた。装備から見てDランク前後だと思う。俺たちに気づいて、警戒した顔をした。
「それを譲ってもらえないか」
俺は直接言った。
「悪い、こっちも依頼なんだ」
男が答えた。
「事情を話す。俺たちは高熱で危篤状態の子供のために来た。普通の薬が効かなくて、アンセリカが必要なんだ」
男たちが視線を交わした。しばらくして、一方の男が言った。
「……こっちも同じだ。妻の高熱治療のためだ」
沈黙があった。
お互いに、同じ理由で来ている。どちらも正規の依頼を受けている。
「……それでも無理だ」
男が言った。声に申し訳なさが混じっていたが、決断は変わらなかった。
「妙に報酬が高くてな。急に依頼が出たんだ」
その言葉が耳に残った。急に出た高額依頼。それはこちらも同じだ。
「……今なら、いけるで」
ニアが小声で俺に言った。
俺はニアが何を言おうとしているのかわかった。数の差でいえば、俺たちの方が戦力がある。無理やり取ることも、できなくはない。
「規約違反になります」
サークが静かに言った。
俺は少しの間、2人の冒険者を見た。向こうも事情がある。正規の依頼で動いている。俺たちと同じだ。
「……やめよう」
俺は言った。
2人の冒険者が、少し表情を変えた。何かを言いたそうだったが、黙って頷いた。
他に群生がないか探した。
絶壁を一帯確認したが、見つからなかった。アンセリカは希少だ。あの1箇所だけだったのかもしれない。
「……代替でいく」
俺は言った。
アンセリカほどの効果はないが、解熱に使える薬草を探した。周辺に生えているものを植物知識で確認しながら、使えそうなものをいくつか採取した。最善ではない。しかし何も持ち帰らないよりはいい。
ハミルトン邸に戻ったのは翌日だった。
娘の状態を見ると、キュアディジーズの効果が薄れていた。熱が戻っていた。ハミルトンが俺たちの顔を見て、持っている薬草の量を見て、表情が崩れた。
「そんな……!」
「アンセリカは入手できなかった。代替の薬草を持ってきた。完治は保証できないが、投与してみる」
薬草を煎じて娘に飲ませた。熱が少し下がった。ただし軽減だけだ。根本の治療にはなっていない。
俺は娘の状態を改めて観察した。
何かが引っかかっていた。
「サーク、ディテクトマジックで確認してもらえるか」
「分かりました」
サークがディテクトマジックを発動した。しばらくして、眉を寄せた。
「……魔法反応があります。強いです」
「病気じゃない……?」
俺はディスペルマジックをかけた。変化がなかった。キュアポイズンもかけた。やはり変化がない。
魔法反応があるが、俺の手持ちで対応できる種類ではない。
「解析が必要か」
アナライズマジックは6レベルの魔法だ。俺のレベルではまだ届かない。スクロールなら使えるが、価格が320ゴールドになる。
「……割に合わない」
俺は言いかけて、止まった。
割に合わないという言葉が、自分の口から出たことに少し引っかかった。子供が危篤状態にある。それに対して割に合わないという発想が出てくることが、正しいのかどうか。
ただし、今の俺には手段がない。マーフォークの長老のところへ行けばアナライズマジックを使ってもらえる可能性があるが、時間と距離が問題だ。物理的に難しい。
「今日は症状を抑えるだけにする」
もう一度キュアディジーズをかけた。熱が下がった。延命だ。根本の解決ではない。
「今夜、考えます」
ハミルトンに言って、邸を出た。
宿に戻ると、バルドたちが先に戻っていた。
俺は状況を説明した。リアンが真剣な顔で聞いていた。
「……それ、普通じゃないわよ」
リアンが言った。
「一緒に来てもらえるか」
リアンを連れてハミルトン邸に戻った。
リアンがディテクトマジックを発動した。娘の状態を確認した。
「呪い系統ね」
リアンが断言した。
「病気じゃない。呪いがかかっている。熱はその症状の1つだわ」
「解除できるか」
「リムーブカースよ」
俺は少しの間、黙った。
「……覚えてる」
25レベルになった時に取得した。持っている。ただし。
「だが、今日の魔法は使い切った」
今日1日の戦闘と移動と施術で、ポケットが全部埋まっている。今から使うことはできない。
「明日ね」
リアンが言った。
「娘さんの状態はキュアディジーズで保てるわ。一晩は大丈夫」
翌朝、もう一度ハミルトン邸へ向かった。
俺はリムーブカースを発動した。
娘の体から、何かが剥がれる感覚があった。魔法反応が消えた。サークがディテクトマジックで確認して、「なくなりました」と言った。
続けてキュアディジーズをかけた。
娘が深く息を吸った。顔色が変わった。熱が引いていくのが触れてわかった。
「……助かった……!」
ハミルトンが娘の手を握りながら言った。声が震えていた。
帰り際に、ハミルトンが報酬を出した。
「400ゴールドです」
「依頼の倍か」
「アンセリカを見つけられなかったにもかかわらず、娘を救っていただいた。足りないくらいです」
俺は受け取った。
所持金が増えた。ただ、それより残ったものがあった。呪いをかけた者がいるということだ。誰が、何のためにハミルトンの娘に呪いをかけたのか。ハミルトンに心当たりを聞いたが、わからないと言っていた。
「……誰かに見られとる気がする」
ハミルトン邸を出た後、ニアが言った。
俺は周囲を見た。通りに人はいる。ただ、特に怪しい者は見えない。
「どのあたりだ」
「わからへん。どこかにおる感じがするんやけど、場所が特定できひん」
サークも気配感知を使って確認したが、はっきりした反応はないと言った。
俺は歩きながら、自分の感覚に意識を向けた。
何もわからなかった。ただ、ニアの危険感知がレベル12ある。そのニアが感じた気配だ。気のせいではないかもしれない。
今日はそれだけだった。




