第53話 守る者の領域
バルドが斧を振り下ろした。
岩の精霊の側面に、フルスイングで叩き込んだ。金属と岩がぶつかる重い音がした。
精霊は揺れなかった。
バルドの斧が弾かれた。反動でバルドの体が流れた。その瞬間、精霊の腕が動いた。横薙ぎの一撃がバルドの胴体に入った。
バルドが吹き飛んだ。数メートル先の岩に背中から叩きつけられて、そのまま地面に落ちた。
「バルド!」
「生きてる」
バルドが立ち上がろうとしながら答えた。声がかすれていた。ヒーリングをかけながら、俺は状況を確認した。
一撃で前衛が吹き飛んだ。
ニアが背後から突進した。体長5メートルの体重を全部ぶつける形で精霊の背中に当たった。
精霊が動じなかった。
ニアが押し返された。自分より大きな壁に当たったような感触だったと、後で言っていた。押し倒そうとしたが、サイズの差ではなく重さの差が問題だった。岩の塊が相手では、体当たりで崩せない。
「物理は通らないのか」
俺は言った。
「ダメージを与えているかどうかもわからない状態です」
サークが言いながら、ライトニングを放った。青白い光が精霊に直撃した。表面の岩が少し剥がれた気がした。しかしそれが有効なのか、ただ見た目が変わっただけなのかが判断できなかった。
「ゾマ、幻影は使えるか」
「精霊には効かないんだよね」
ゾマが申し訳なさそうに言った。
「幻影は相手の認識に働きかける魔法だ。精霊は人間のような認識の仕方をしていないから、惑わせることができない」
「わかった。別の手を」
「水の精霊を出してみる」
ゾマがサモンエレメンタルⅠを発動した。小さな水の精霊が現れた。岩の精霊に向かっていった。
一撃だった。
水の精霊が粉砕された。一瞬で、水の粒が散った。
全員が黙った。
俺はディスペルマジックを使うことにした。
強化魔法がかかっているなら、それを剥がせれば戦況が変わる。ポケットに1つ入れていた。発動した。
精霊の表面の魔力が、少し揺れた。何かが解除された気配はある。しかし変化が見えない。
「効いていますか」
サークが聞いた。
「1つは解除したと思う。ただし多数かかっているなら、1つ剥がしてもあまり変わらない」
「それに、今日分は1回しか用意していない」
今のポケット構成では、ディスペルマジックを1つしか入れていなかった。使い切った。
リアンが精霊に向かって光魔法を複数打ち込んでいたが、精霊の動きに変化がなかった。決定打がない。全員に有効打がない状態だ。
「長引けば俺たちが先に倒れる」
俺は言った。
「試してみたいことがある」
俺はニアに向かって言った。
「ストレングスをかける。それで精霊を押さえ込めるか試せ」
「やってみるで」
ニアにストレングスをかけた。ニアの体が一回り大きくなる。ニアが精霊に向かって体を当てた。ゾマが左側から加わった。
今度は少し動いた。精霊が体勢を変えようとした。
「バルド、加勢できるか」
「できる」
バルドが回復した足で精霊の右側に回り込んで体を当てた。
3体がかりで押していた。精霊が踏みとどまろうとした。地面が削れた。
バルドが弾かれた。精霊の腕がバルドを押しのけた。次にゾマが崩れた。2体が離れた分、残ったニアに全部の重さがかかった。ニアが踏ん張っていたが、単独では支えられなかった。
「ニア、離れろ」
「撤退しましょう」
リアンが言った。
「召喚精霊は時間で消えるわ。今は有効打がない。消えるまで待って、それから考えましょう」
合理的だった。感情を切り離した判断だ。
「ニア、時間を稼いでくれ」
「任せてな」
ニアが精霊の正面に立った。ガストウィンドを放って注意を引いた。精霊がニアに向きを変えた。その間に、バルド、ゾマ、リアン、サークが後退した。俺も下がった。
全員が十分な距離を取ったのを確認してから、俺はニアに合図した。
「戻れ」
ニアがスカイウイングで上昇した。精霊が腕を伸ばしたが、届かなかった。ニアが俺たちの頭上まで移動して、降りてきた。
全員が揃った。精霊が追ってこないことを確認してから、息を整えた。
「……変だな」
俺は言った。
「本気で殺しに来ていない点ですか」
サークが静かに言った。俺が考えていたことを先に言葉にした。
「そうだ」
整理してみると、いくつかのことが気になった。最初のストーンエッジは軽い傷しか負わせなかった。メイズウッズは出口のない迷宮ではなく、上に出れば突破できる設計だった。精霊は物理的に吹き飛ばしてきたが、デスのような即死魔法を使ってこなかった。
「あれだけの術者なら、もっと強い手段を持っているはずだ。それを使っていない」
「警告に見えます」
サークが言った。
「ここに入るな、という?」
リアンが続けた。
「排除ではなく、追い返すことが目的だとすれば」
「話せるかもしれない」
俺は言った。
「なら、話しかけてみる」
精霊が消えるまで待った。サモンエレメンタルは時間で消える。待っている間に、全員の傷をヒーリングプラスとヒーリングで処置した。バルドの打撲が1番ひどかったが、骨は折れていなかった。
精霊の気配がなくなった。
俺は全員に合図して、開けた空間に戻った。
岩の塊はもうなかった。地面に砕けた岩の破片が散らばっているだけだ。周囲に人の気配はない。しかし、誰かがどこかにいる。それはわかっていた。
「聞こえるか!」
俺は大声で言った。
「俺たちは採取目的だ!この場所の採取依頼を受けて来た。終われば帰る!応じるなら合図をくれ!」
沈黙があった。
風が木を揺らした。鳥の声がした。何も起きなかった。
30秒ほど待った。
木陰から、声がした。
「……そんな雑草に価値があるのか」
低い声だった。男の声だった。
「まあいい。それだけなら見逃す。終わったらすぐに立ち去れ」
条件が出た。採取だけが目的なら、それ以上の敵対はしないということだ。
「ニア、地面の様子はどうだ」
「地面から何か出てきて、すぐ潜ったで」
ニアが上から言った。
地中を移動している。地面の下に潜んで、必要な時だけ顔を出して魔法を使っている。だからずっと姿が見えなかったのだ。
「わかった。採取して帰る」
俺は声の方向に向かって言った。
「急いで探すぞ」
全員で残りの採取素材を探した。
「……視線を感じます」
サークが小声で言った。
「わかってる。気にするな。目的に集中しろ」
どこかで見られている。地面の下から、俺たちの動きを把握しているのだと思う。変な動きをしなければ攻撃はしてこない。その判断を信じて作業を続けた。
リアンが草の根元を確認しながら進んでいた。バルドが周囲の安全を見ながら動いた。
「これだ」
俺が最後の指定素材を見つけた。確かに、見た目はどこにでもある草と変わらない。
「ただの雑草にしか見えんな」
バルドが言った。
「そうだな。ただ、依頼に書いてある特徴と一致している」
全部の採取が終わった。
「目的は達成した。帰る」
俺は大声で言った。
答えはなかった。しかし、周囲の気配が少し変わった気がした。
「ニア、ゾマ、乗せてくれ」
全員が2手に分かれて、ニアとゾマの背中に乗った。スカイウイングで上昇して、森の上を空路で帰った。地上で追ってくる気配はなかった。
シルバムに戻ってギルドで報告した。
依頼達成の確認が取れて、報酬が入った。
「200ゴールドか」
俺は受け取りながら言った。
「……妙な依頼だったな」
採取素材は確かに取れた。依頼として完了した。ただし、その過程で起きたことは普通ではなかった。高レベルの術者が地中を移動しながら森を守っていた。精霊を召喚して強化魔法をかけて俺たちを追い返そうとした。しかし殺しには来なかった。
誰かが何かを守って、あの場所に潜んでいる。
ただ、何者かなのかはさっぱり分からなかった。
「次の依頼を見るか」
バルドが掲示板に向かって言った。
「ああ」
俺は立ち上がった。
あの場所に何があるのか、まだわからない。それだけが、引っかかったまま残っていた。




