第52話 見えない領域
シルバムのギルドから、Cランク認定試験の打診があった。
タカオ、サーク、バルド、リアンの4人で受けた。結果は即合格だった。
Cランクになったその日の午後、掲示板を確認した。
シルバム北東方面の採取依頼が複数並んでいた。それぞれ別の素材を指定しているが、採取地点が近いエリアに集中している。まとめて受注すれば効率がいい。報酬はやや高めに設定されていた。
「人が入らない場所だ」
バルドが地図を見ながら言った。
「危険な魔物がいる可能性がある」
「それでも受けるか」
「全員で向かえば問題ない」
俺も同じ判断だった。6人編成で動けば、多少難易度が高い場所でも対処できるので、まとめて受注した。
翌日、6人で北東の方向へ出発した。
まずはある程度近くまではニアとゾマに乗って移動する。
ある程度近づいたところで、目的の植物を求めて獣道を進む。ニアが上空から先行して確認しながら進んでいく。ゾマは少し後ろに控えながら、危険感知を維持していた。
採取は順調に進んだ。指定された素材のうちいくつかは、道沿いの草木で見つかった。俺が植物知識を使いながら確認していくと、どんどん袋に入っていく。
「これ、用途が分からない植物だな……」
俺は1種類の葉を摘みながら言った。植物知識がレベル3あるが、この形状の葉には見覚えがなかった。依頼票には「特定の染料の原料になる」とだけ書いてある。
「持って帰ればええんやろ?」
ニアが上から言った。
「そうなんだが、知らないものを摘んでいると気になる」
「タカオ様は、細かいで」
ニアが言った。俺は苦笑しながら袋に入れた。
午後になって、目的地付近に入った。
空気が変わった。木々が密集して、日差しがほとんど届かない。地面がじっとりと湿っていて、苔が厚く積もっている。視界が狭い。5メートル先の木の向こうが見えない場所もあった。
「くまなく探す必要がある」
俺は言った。残りの採取素材が、この深い森の中にあるらしい。
「手分けするか?」
バルドが言った。
俺は少し考えた。視界が悪い場所での分散は、通常なら効率化になる。ただ、こういう場所には何かいる可能性がある。
「もう少し様子を見てから判断しよう」
全員で固まって進んだ。
その時、背中に衝撃が来た。
鋭い痛みが走った。石の刃のようなものが背中をかすった感触だ。振り返った。何もいない。木々が静かに並んでいるだけだ。
「タカオ様!」
サークが俺の背中を確認した。傷は浅い。リジェネレーションをかけるほどではない。ヒーリングで十分だ。
「大地魔法……でも姿が見えない」
リアンが周囲を見渡しながら言った。
ストーンエッジだ。地面から石の刃を出す大地属性の攻撃魔法。俺もサークの習得候補として調べたことがある。使った者の姿が見えないということは、遠距離から、あるいは隠れたまま使っている。
「分断はなしだ。警戒して進む」
俺は全員に言った。
何かがいる。ただし見えない。
さらに進んだ。
気配はある。サークの気配感知が何かを拾っている。ニアの危険感知も反応しているらしく、「なんか変や」と上から言ってきた。しかし、どこを向いても姿が見えない。
5分ほど歩いたところで、俺は気づいた。
景色が同じだ。さっき通った気がする木の並び方だ。同じ苔の形をした岩がある。
「……サーク、ディテクトマジックをかけてくれ」
「かけています」
少しして、サークが言った。
「一帯に強い魔力反応があります。大地系です」
リアンが眉を寄せた。何かを考えている顔だった。
「……これは大地魔法7レベル、メイズウッズかもしれない」
「何だ、それは」
「森の中で迷い続ける魔法よ。一定の範囲内で、どこを向いても同じ場所に戻ってくる。外からは普通の森に見えるけど、中にいる人間は出られなくなる」
「使えるのは何レベル以上だ」
「7レベル魔法だから……術者は49レベル以上ってことになるわね」
場が静かになった。
49レベル以上。俺の現在のレベルより遥かに上だ。前回の医師より格上の存在がこの森にいる可能性がある。
「消せるのか?」
俺はリアンに聞いた。
「キャンセレーションなら可能性はあるけど……相手が格上ならほぼ無理」
「ニア」
「なんや」
「今の話、聞いてたか」
「なんとなく。森の中で迷い続けるって言うとったな」
「そうだ。どう思う」
ニアが少し間を置いてから言った。
「ほな、上に出ればええやろ?」
俺は少し考えた。メイズウッズは森の中で迷わせる魔法だ。森の外、つまり上空に出ることができれば、その効果の外に出られる可能性がある。
「試してくれ」
ニアがスカイウイングで上昇した。木の梢を抜けて、空に出た。少しして声が降りてきた。
「普通に見える。上は問題ない」
「俺たちは直進する。誘導してくれ」
「わかった」
しばらく進んだ。
やはり同じ場所に戻っていた。俺には感覚があったが、ニアが上から確認してはっきりした。
「……同じところ回っとるで」
「確定ね」
リアンが言った。
「ニア、外から声で誘導してくれ。ウィンドトークが使えるか」
「使えるで」
ニアが上空から俺たちに向かってウィンドトークを発動した。声が直接耳に届く感覚があった。
「今、少し右にずれとる。もっと左、そこ、今真っ直ぐや」
ニアの声を頼りに進んだ。同じ場所に戻る感覚が来ても、ニアの指示に従って向きを修正した。少しずつ、確実に外側に向かっていった。
木々の密度が薄くなった。日差しが見えた。
森を抜けた。
「出られたな」
バルドが言った。短い言葉だったが、安堵が混じっていた。
開けた空間があった。
森の外側に、広場のような場所がある。木が途切れていて、空が見えた。地面に岩が点在していた。
「なんや、あれ……」
ニアが上から言った。
中央に、それがあった。
岩の塊だった。高さが7メートルほどある。人工的な形ではなく、不規則に岩が積み上がったような見た目だ。ただし、何かが違った。表面が微かに動いているように見える。
「複数の魔力反応が混ざっています」
サークが言った。ディテクトマジックを維持しながら岩を見ていた。
「……高位の大地精霊よ」
リアンが言った。声のトーンが変わっていた。
「サモンエレメンタルⅥ。それも、複数の強化魔法がかかった状態」
強化魔法が乗っている高位精霊。それが俺たちの前に立っていた。呼び出した術者の姿はない。
地面が震えた。
岩の塊が動いた。ゆっくりと、しかし確実に、こちらに向いた。石が削れる音がした。
「……来るぞ」
俺は言った。
周囲の地面を見た。どこかに術者がいる。姿が見えない。ストーンエッジを背後から使った者が、今もどこかにいる。
岩の精霊が腕を持ち上げた。




