第5話 護衛の依頼
掲示板は壁一面を覆っていた。
紙の大きさこそ揃っているものの、新しいものの上に古いものが重なっていたり、端が剥がれかけているものもある。近づいて読もうとすると、文字の大きさも書き手によってまちまちで、走り書きみたいなものから、几帳面に整えられたものまであった。
俺とサークは並んで、端から順に眺めていった。
討伐依頼は領主が特別に依頼を出していた。
最近ゴブリンの出現が多くなったという事で、ゴブリン退治を推奨しているのだ。
条件は単純だ。証明として右耳を持ち帰る。報酬は一匹につき十シルバー。
俺は少し計算した。
昨日確認したところ、この世界の通貨は大まかに、100ブロンズで1シルバー、100シルバーで1ゴールドという換算らしい。宿の一泊が1ゴールドだったから、1シルバーはその百分の一だ。
「10匹倒して、やっと一日分の宿代か……」
声に出ていた。
サークが横で言った。
「都合よく見つかればいいですが……探すのは非効率ですね」
正論だった。ゴブリンを求めて森を歩き回って、そのまま何も見つからないことだってある。昨日みたいに街道で遭遇するのはたまたまで、毎日あることじゃない。
それに、昨日の戦闘で俺は棍棒一発もらって膝をついた。5匹のゴブリンの内、サークが3匹眠らせてくれなければ、どうなっていたかわからない。
「討伐は、向こうから来た時に対処する方針でいいな」
「その方が現実的だと思います」
積極的に狩りに行ける実力がないというのも、正直なところだった。
薬草採集の依頼があった。
指定の薬草を一束持ち帰る。報酬は50ブロンズ。
「……半シルバーか」
ゴブリン一匹の五分の一だ。安全な分だけ、単価は低い。
「生活費にもならないな」
「安全ですが、長くは続けられませんね」サークが言った。「これだけで暮らすためには、毎日相当な量を採集しないといけない計算です」
俺も同じことを考えていた。軌道に乗るまでの繋ぎにはなるかもしれないが、主力にはならない。
採集と討伐の紙を一通り見終えて、隣のブロックに移った。
護衛依頼は種類が多かった。
商人の荷物護衛、旅人の同行、物資輸送の警戒。出発地と目的地の組み合わせが様々あって、報酬も距離と危険度によってかなり開きがある。
見ているうちに気づいた。
「やけにハイルセン行きが多いな」
紙の殆どが、目的地にハイルセンという地名を含んでいた。
「大きな町なんでしょうか」サークが言った。
「エミリーに聞いてみるか」
カウンターに戻ると、エミリーが別の冒険者の対応をしていた。少し待って、空いたタイミングで声をかけた。
「ハイルセンという町について教えてもらえるか」
「交易都市です」エミリーが答えた。「この地域では一番大きな町で、商業の中心になっています。アールストンはハイルセンとシルバムの中継地点にあたるので、ハイルセンへの行き来は多いですね」
「シルバムの町は?」
「シルバムは鉱山都市として栄えています。アールストンの北にあって、ハイルセンとも交易が活発です」エミリーが地図を取り出してカウンターに広げた。
「この地域の主要都市はハイルセンで、シルバムが鉱物の供給を行っています。アールストンはその中間の中継点ですね。
地図を見ると、位置関係がわかった。シルバム・アールストン・ハイルセンがほぼ一直線に並んでいる。そして、ハイルセンから東西に主要街道が走り、ハイルセンの南側は海になっており、ハイルセンは港町にもなっている。」
「アールストンは中間地点でしかないから、シルバムからの護衛はそのままハイルセンまで行くんですね」
サークが地図を見ながら言った。
「一度移動するのもアリだな」
ハイルセンに行けば、仕事の幅が広がるだろう。アールストンでできることをやりながら、いずれそちらに移ることも考えていいかもしれない。
「参考になった。ありがとう」
「いえ」エミリーが地図を片付けながら言った。「何かあればまたどうぞ」
掲示板に戻って、残りの護衛依頼を見ていた時だった。
「タカオ様、これ……」
サークが一枚の紙の前で止まった。
「グルックさんです」
俺は近づいて確認した。
依頼人の名前にグルック・マルセという名前があった。昨日の商人だ。目的地はハイルセン。出発は明後日。報酬は約10ゴールド。
「他より少し安いですね」
サークが正直に言った。確かに同じハイルセン行きの護衛で、他は12から15ゴールドのものが多い。
「それでも十分だろ」
俺は紙を外した。
「……それに、縁があるしな」
昨日助けた相手が出してる依頼だ。報酬より先にそっちが目に入った。それだけのことではあるが、それだけのことでいい気がした。
エミリーにグルックの住所を確認して、向かった。
アールストンの市場から少し外れた通りに、こじんまりとした商家があった。看板に商会の名前が出ている。扉を叩くと、中からドタドタと足音がして、勢いよく扉が開いた。
「おお!」
グルックが俺の顔を見るなり、顔をほころばせた。昨日の泥は落ちていたが、あの丸顔の人の良さそうな表情はそのままだった。
「受けていただけるんですか、助かります! 本当に助かります!」
中に通された。
話を進めながら、グルックが言った。
「宿はどちらに?」
「麦穂亭だ」
「では今日から出発まで、うちに泊まっていただきましょう。部屋は余っていますから」
「それは悪い」
「昨日の礼もあります」グルックが首を振った。「受けていただいた上に宿代まで取るのは、さすがに気が引けます」
サークがちらりと俺を見た。俺は少し考えて、頷いた。
「では、お言葉に甘える」
「ぜひ」グルックが嬉しそうに笑った。
助けた相手の家に泊めてもらうというのは、なんとも回り方がいい。善行ポイントの話ではなく、ただそういうものだと思った。
夕食を食べながら、グルックから旅程を教えてもらった。
「本来ならハイルセンまで四日の行程なんですが、今回は五日かかります」
「遠回りするのか」
「山越えを避けるんです」グルックが少し顔を曇らせた。「以前はゴブリンが出るという話でしたが……最近は行方不明者も出ているそうで」
「行方不明者」
「山道を通った商人や旅人が、何人か戻ってきていないと。ゴブリンだけではない何かがいるのか、あるいは別の理由なのか、まだはっきりしないんですが」
俺はサークを見た。サークも俺を見ていた。
「山越えは避けた方がいい」
「ええ。多少時間がかかっても、安全な道を行くつもりです」
グルックが地図を広げて説明してくれた。
一日目は街道を進んで村で一泊する。二日目と三日目は山の迂回路を通る。本来ならこの区間は一日だが、回り道をするため二日に分けることになる。三日目の終わりにまた村に着く。四日目に平地の街道を進んで野営。五日目にハイルセン到着、という段取りだ。
「野営は二日目と四日目ですね」とグルックが言った。
「わかった」
行方不明者、という言葉が頭に残った。ゴブリンだけでない何かがいる可能性がある。山道を避けるとはいえ、野営の夜は気を抜けない。
グルックに借りた部屋に戻って、サークと向き合った。
「整理しておこう」
「はい」
「俺のポケットはヒーリングとブレスで二つ埋まってる。お前は?」
「スリープが二つとファイアボルトで、三つです」
「ポケット三つあるのか」
「はい。俺は属性魔法の炎が2レベル光が3レベルありますので」
そういうものか、と思った。俺はレベル1で二つだが、サークの方がレベルが高い分ポケットも多いということだ。改めて能力差を確認した気分だった。
「他には何の魔法を使えるんだ」
「サンダーとライトも使えます。ただ状況によって使い分けています」
「スリープが複数使えるなら、それを多めに持っていく方がいいな」
「そうですね」サークが頷いた。「不意に複数来た時に、まとめて止められる方が安全です」
「お前がスリープで数を減らして、俺がサークにブレスをかけて、必要なら近接でフォロー。怪我をしたらヒーリングで回復する。」
「わかりました」
戦い方の形が、少しずつ見えてきた気がした。攻撃は主にサーク。俺は後ろから支援して、接近されたら対処する。今の実力では、それが一番現実的だ。
「五日間、頼む」
「はい」サークが短く答えた。
翌朝、夜明け前に目が覚めた。
グルックの家の窓から外を見ると、空がまだ暗かった。町の灯りはほとんど消えていて、遠くで鳥が一声鳴いた。
支度をして外に出ると、グルックがすでに馬車の準備をしていた。荷台に積み込まれた木箱が何段か積み上がっていて、それを縄でしっかりと固定していた。
「お早いですね」グルックが言った。
「習慣だ」
病院に通っていた頃は、早起きが続いた。朝一番のバスに乗って、仕事に行って、夜遅くに戻る。そういう生活が長かったから、体が染みついている。
馬車は二頭立ての中型だった。グルックが手綱を持って御者台に座る。俺とサークは荷台の後部に乗り込んだ。幌が張られているので、外の様子は幌の端から覗くか、後ろの開口部から見ることになる。
「後ろを頼みます」とグルックが言った。「前は俺が見ます」
「わかった」
サークが鼻を上げた。
「前の方は俺が匂いで感知します」
俺は後ろ、サークは前方の気配。自然に役割が決まった。
馬車がゆっくりと動き出した。
石畳の振動が背中に伝わってくる。アールストンの門を抜けると、舗装が土に変わって、揺れが増した。
幌の隙間から外を見ると、空が白んでいた。
五日間の旅が始まった。




