第49話 蘇る命
ニアとバルドが、地面に横たわったまま動かない。
俺はその事実と向き合いながら、頭を動かした。感情は後でいい。今は時間がない。
「レイズデッド。24時間以内なら蘇生可能」
リアンの言葉を繰り返した。
だが、問題がある。
「……だけど、俺のレベルはまだ16だ」
俺は言った。
「5レベル魔法は使えない」
レイズデッドは加護魔法の5レベルだ。使うにはレベルが25が必要だ。今の俺には届いていない。
「シルバムに使い手がいるかもしれないでしょ」
リアンが言った。迷いのない声だった。
「いなければスクロールよ。スクロールなら多少レベルが足りなくても使えるわ」
「スクロールがあるのか」
「あるかどうかは行ってみないとわからない。でも……これだけの敵を倒したのよ?」
リアンが俺を見た。
「レベルが上がっているはずよ。確認してみなさい」
俺は善行ポイントの本を出した。自分のステータスを確認した。
数字が変わっていた。
「……22だ」
加護魔法のレベルが22になっていた。
「3足りない」
5レベル魔法を使うには25が必要だ。あと3レベル足りない。
「惜しいわね」
リアンが言った。ただし諦めた声ではなかった。
「分担しよう」
俺は判断した。
「ニアとバルドを運ぶより、術者を連れてくるか、スクロールを買ってくる方が速い。リアンとゾマでシルバムへ行ってくれ。術者がいれば連れてくる。いなければスクロールを買う」
「分かったわ。行ってくる」
リアンがゾマに向かって走った。ゾマが体を低くして、リアンを乗せた。森の上を越えてシルバムの方向へ飛んでいった。
俺とサークが残った。それとニアとバルドの体と、縛り上げて猿轡をした医者が。
待つしかない時間があった。
俺は本を開いて、改めて自分のステータスを確認した。加護魔法がレベル16から22に上がっていた。6レベルも一度に上がったのは初めてだ。ポケットが17+1から23+1になっていた。善行ポイントも9.75から19.75に増えていた。
「……6レベルも上がるとは思わなかった」
「それだけの敵だったということです」
サークが静かに言った。
確かに。女魔術師、コア装置、そして医者。複数の強敵を相手にして、アンデッドの群れを止めた。今回の戦いは、これまでと規模が違った。それが数字に反映されている。
「サークはどうだ」
「確認します」
サークが自分のステータスを確認した。少しして、首を傾けた。
「気になることがあります」
「何だ」
「大地魔法が4レベルに上がっています」
「使ってないのにか?」
サークは今回の戦いで大地魔法を使っていない。にもかかわらず、4レベルに上がっているのは、おかしい。
「ディテクトマジックの影響かもしれません」
サークが考えながら言った。
「共通魔法のディテクトマジックを今回の戦闘でかなり多用しました。共通魔法のディテクトマジックの分が大地属性のレベルに1部配分された可能性があります」
「経験の振り分けか」
「推測ですが。魔法の経験が単一のスキルだけでなく、関連する系統にも影響する仕組みがあるのかもしれません」
俺は頭の中でそれを整理した。使わなくても、関連する行動で間接的に上がる可能性がある。それが確かなら、スキル構成の考え方が少し変わる。
「……何か来ます」
サークが突然言った。
俺は立ち上がった。周囲を見た。森の木々が静かだ。風もない。しかし、サークの気配感知が何かを捉えている。
「どこだ」
「わかりません。ただ……」
サークがバークスキンを自分にかけた。警戒のサインだ。
俺はディスペルマジックを準備しようとして、ポケットが変わっていることを思い出した。今の構成で何を持っているか確認した。リジェネレーションを全部使った。今は魔法が残っていない。
何も、できない状態だ。
一瞬の出来事だった。
地面から何かが出てきた。姿が見えなかった。気配だけがあって、次の瞬間に医者の体を貫いた。
医者が声を上げる間もなかった。
縛り上げられたまま、医者が倒れた。動かなくなった。
気配が消えた。
俺とサークは動けなかった。何が起きたのか理解するのに数秒かかった。
「口封じか」
俺は言った。
「そのようです」
サークが静かに答えた。
医者が生きているうちに何かを話す可能性を、誰かが潰した。こちらの存在は把握されている。それでも俺たちは狙われなかった。
「俺たちは狙われなかった」
「戦力が読めないため回避した可能性があります」
サークが言った。
「さっきの戦闘を見ていたとすれば、こちらの戦力はわかるはずだ。それでも直接当たってこなかった」
「慎重なのか、あるいは今は目的を果たしたので引いたのか」
「どちらにしても、まだいる」
俺は周囲を見回した。気配はない。しかし、さっきまで確かにいた。
「また来るかもしれない。警戒を続けるぞ」
「はい」
俺とサークは背中合わせの形で、周囲を監視し続けた。
約1時間後、空から翼の音がした。
ゾマが降りてきた。リアンが背中から飛び降りた。
「失敗の可能性も考えて、レイズデッドのスクロールを3枚買ってきたわ」
「シルバムにあったのか」
「高レベル魔法のスクロールを扱っている店があったの。1枚160ゴールドで、3枚で480ゴールド。半額ずつ出し合いましょう」
俺は240ゴールドをリアンに渡した。痛い出費だが、今は必要なものに使う時だ。
「それと、医者の件だけど」
リアンが医者の遺体を見て、表情を少し変えた。
「口封じ、ね」
「ああ」
「証拠として遺体は持って帰らないといけないわね。厄介だけど」
「それは後で考える。先にこちらだ」
俺はスクロールを1枚取り出した。
バルドの傍に膝をついた。スクロールを開く。文字が浮かび上がった。魔力を注ぎ込みながら、指示に従って発動した。
光が広がった。
バルドの体が動いた。胸が上下し始めた。目が開いた。
「……」
バルドが体を起こそうとして、俺の腕を掴んだ。俺が支えた。バルドは少しの間、何が起きているのかを把握しようとしていた。
リアンが駆け寄った。バルドの肩を掴んだ。
バルドが、リアンを見た。
2人がそのまま、何も言わずに抱き合った。
俺はそっと視線を外した。サークも同じようにしていた。
次のスクロールを手に取った。
ニアの前に立った。体長5メートルの体が、地面に横たわっている。さっきまで「まかせといてな」と言っていた。装置に体当たりして、それで倒れた。
俺はスクロールを発動した。
光がニアの体を包んだ。
尾が動いた。翼がわずかに広がった。首が持ち上がった。
「……怖かったで」
ニアが言った。
かすれた声だった。
ニアが俺の方に首を寄せてきた。俺は手を伸ばして、その首に触れた。鱗の硬い感触がある。
「大丈夫だ。よくやった」
俺はそれだけ言った。
守れた、という感覚が、じわりと来た。
前世では、大切なものを守れないまま死んだ。ロックも、父も、最後に看取ったのは俺だったが、守れたとは言えなかった。
今回は戻ってきた。それでいい。
「スクロールが1枚残ったな」
俺は言った。
「どうするの」
「共同資産にしよう。誰かが死んだ時のために持っておく。個人のものにしない」
リアンが頷いた。バルドも頷いた。ニアは首を上下に動かした。
「それがいいと思います」
サークが言った。
俺はスクロールを自分の荷物にしまった。緊急用の資産だ。使わないで済むのが1番いい。
「帰ろう」
俺は言った。
医者の遺体をゾマに運んでもらう。証拠として必要だ。ギルドに報告して、行方不明の冒険者の件と合わせて確認してもらわなければいけない。
ニアはまだ本調子ではなかった。飛行はできるが、戦闘は無理だ。バルドも同じく、動けるが全力ではない。
森を出ながら、俺は口封じに来た存在のことを考えた。
気配が消える前の一瞬、何かを感じた。重い存在感だった。俺たちより格が上の何かだという感覚が、皮膚に残っていた。
それが何なのかは、まだわからない。
ただ、こちらを見ていたのは確かだ。




