第48話 死を弄ぶ者
翌日先に進む。
森が、急に開けた。
木々が途切れて、円形の空間が現れた。自然にできた開けた場所ではない。木が等間隔に切り倒されていて、地面が整地されている。人工的に作られた空間だ。
中央に、それがあった。
石と金属で組まれた構造物。昨日壊したものより遥かに大きく、複雑だ。複数の魔法陣が床に刻まれていて、それぞれが線で繋がっている。魔力が構造物全体を循環していた。青白い光が脈打つように揺れている。
「……これや。本体」
ニアが低く言った。
昨日の装置が囮だったのが、今ならわかる。あれはこれを守るための偽物だった。
装置のそばに、人が立っていた。
白い上着を着た男だ。年齢は40代ほどに見える。眼鏡をかけていて、手に書類のようなものを持っている。医者のような姿だ。俺たちが現れても、慌てた様子がなかった。ただ、静かにこちらを見ていた。
「ここまで来ましたか」
落ち着きすぎていた。追い詰められた者の顔ではなかった。
「お前が元凶か」
俺は言った。
「元凶?違いますよ」
男がわずかに首を傾けた。
「これは"進歩"です」
「死は克服されるべき現象です」
男が言った。声は穏やかだった。まるで講義をしているような口調だった。
「痛みも恐怖も排除された完全な存在。それを作るのが私の役目です」
「……人を材料にしてか?」
俺は言った。行方不明の冒険者たちのことを思いながら。
「必要な犠牲です」
男が答えた。迷いがなかった。
それ以上話す必要はなかった。この男と俺の間には、埋まらない距離がある。
「全員、構成通りに動け」
まずリジェネレーションだ。
俺は全員に順番にかけていった。6人分、3レベル魔法を6回。1回ごとに魔力を確認しながら丁寧にかける。これで俺の魔法は空になる。この後は何もできない。それでいい。最初の一手に全部を突っ込むと決めていた。
その間に、周囲が動いた。
アンデッドが出てきた。昨日とは違う。数が多い。茂みの中から、地面の下から、次々と現れた。本物の群れだ。
「バルド、頼む」
「任せろ」
バルドが前に出た。リアンがホーリーウェポンをバルドの剣にかけた。バルドが薙ぎ払う。アンデッドが倒れた。しかし予想通り、また起き上がってくる。
「サーク、装置の確認を」
「ディテクトマジック、かけます」
サークが発動した。しばらくして言った。
「装置がある限り無限です」
わかっていた。コアを破壊しなければ終わらない。
ニアが医者に向かってガストウィンドを放った。強い風が医者を直撃した。
「効いてないで」
ニアが困惑した声で言った。
医者は体をわずかによろめかせただけで、平然と立っていた。何らかの防御が働いている。
「サーク、リアン、精霊を出せ」
2人が同時にサモンエレメンタルⅡを発動した。炎の精霊と光の精霊が現れた。アンデッドの群れに向かっていく。精霊の攻撃はアンデッドに有効だ。数を押さえ込む形でカバーしてくれた。
その間に医者からライトニングが飛んだ。サークに向かって来た。サークが横に体を動かして半分を躱したが、残りが直撃した。
「このままでは数に押される」
バルドが薙ぎ払いながら言った。アンデッドを倒しても倒しても、同じペースで起き上がってくる。精霊が助けているが、それでも追いつかない。
「ライトニングを何度も食らったらもたないわ」
リアンが言った。
長期戦は負けだ。コアを壊すしかない。しかしコアに近づくためにはアンデッドの群れを抜けなければならず、医者のライトニングも飛んでくる。
ゾマが動いた。
「フォッグクラウド」
医者の周囲に濃い霧が発生した。医者の姿が霧に包まれて見えなくなった。
「これで魔法は飛んでこなくなるよ」
ゾマが言った。
「だけど、こちらからも攻撃できない」
沈黙が一瞬あった。
次の瞬間、医者が霧から出てきた。攻撃するために姿を晒した。ライトニングを構えていた。
「ニア、今だ」
ゾマも同時に言った。
「まかせといてな」
ニアが霧の中に飛び込んだ。
「待て」
医者の声がした。しかし遅かった。
ニアの体が霧の中で動いた。視認スキルで位置を把握しながら、巨体を全力でぶつけた。コア装置に直撃した。激しい音がした。魔力の流れが乱れた。もう一度。また一度。
装置が崩れた。
「アンデッドが復活しなくなった」
バルドが言った。
起き上がりかけていたアンデッドが、そのまま動かなくなった。精霊が残っていた個体を片付けた。群れが、止まった。
「コアが……」
医者の声が変わった。穏やかさが消えていた。
ニアが霧の中から出てきた。装置の残骸を踏みながら。
「デス」
医者が言った。短い言葉だった。
黒い光が、ニアに向かって飛んだ。
ニアの体が、ズドンという音と共に倒れた。
「ニア!」
俺は駆け出した。
バルドが俺より先に医者に向かっていた。剣を振り下ろした。しかし、刃が弾かれた。
「ストーンスキンよ。攻撃し続ければ消えるわ」
リアンが叫んだ。
「そんな暇を与えるとでも?」
医者がバルドに向けて言った。
「デス」
黒い光がバルドに飛んだ。バルドが倒れた。
俺は止まった。
リアンの声が来た。
「行くわよ」
シャインフラッシュが炸裂した。
医者が目を押さえた。その数秒の間に、俺とサークが動いた。医者に体当たりする形で組みついた。腕を押さえた。ゾマも来て、体を下から抑えた。
医者が腕を動かそうとした。できなかった。
属性魔法ではない魔法は、腕の動作が必要だと以前に学んでいた。腕が抑えられれば、魔法が使えない。
「縛れ」
リアンが縄を取り出した。手際よく医者の腕を縛り上げた。ゾマが足も押さえた。
医者は抵抗したが、体格で勝てる相手ではなかった。
戦闘が、終わった。
俺はニアの元に向かった。
大きな体が、地面に横たわっていた。動いていない。呼吸がない。
「ニア」
答えがなかった。
バルドの方も見た。同じだった。心臓が動いていない。
俺は2人の前で止まった。頭の中が空白になった。さっきまで動いていた。ニアが「まかせといてな」と言っていた。バルドが薙ぎ払いながら前線を支えていた。
それが、ない。
「何やってるの。急ぐわよ」
リアンの声が来た。
俺は顔を上げた。リアンが真剣な顔でこちらを見ていた。
「加護魔法の5レベルにレイズデッドがあるでしょ。24時間以内なら蘇生可能なのよ」
「本当に?」
「自分の系統の魔法くらいもっと調べなさい」
リアンが言った。
俺は立ち上がった。
「とにかく、ゾマにも協力してもらって、ニアとバルドを運ぶわよ。あと、こいつも突き出さないとね。装備はぎ取っておきましょう」
リアンが医者の装備を確認し始めた。サークがゾマと一緒にニアの体を動かす準備をした。
俺は一度だけ、ニアを見た。
24時間。その間に、レイズデッドを使える誰かに辿り着かなければいけない。
「急ごう」
俺は言った。




