第46話 欺かれた核心
魔力の流れを追いながら、奥へ進んだ。
サークがディテクトマジックで方向を確認し、俺たちはそれに従って移動した。アンデッドは相変わらず現れた。倒しても復活する。ただ、数が増えることはなかった。
それが引っかかった。
もし俺たちを排除したいなら、数を増やすか、強い個体を出すはずだ。そうなっていない。
「排除目的ではありません。遅延です」
サークが歩きながら言った。
足止め。こちらの進行を遅らせることが目的で、倒すつもりがない。それはつまり、奥に何かがあって、そこに到達させたくない者がいるということだ。
俺は足を速めた。
急に、静かになった。
さっきまでいたアンデッドが、どこにも見えない。音がない。霧だけがある。
「……さっきまでの気配、急に薄なった」
ニアが言った。
「切り替わった……?」
リアンが周囲を見回した。
俺も同じことを感じていた。戦闘が続いていた状態から、何もない状態へ。急すぎる変化だ。撤退したのか、それとも別の何かに切り替わったのか。
「ニア、危険感知はどうだ」
「おる……けど、見えへん」
見えない。だが感知している。透明化の魔法か、あるいは別の何かか。
全員が足を止めた。
来た。
横からだった。茂みの向こうから、アンデッドの群れが現れた。今まで相手にしてきた数の比ではない。10体、20体、それ以上かもしれない。
「数が増えた!?」
バルドが言った。
俺も一瞬そう思った。しかしサークがすぐに言った。
「……違います。密度がおかしい」
群れが動いてくる。バルドが剣を構えた。俺はサークの言葉を受けて、手を止めた。
確かに、何かがおかしい。群れの動きが、均一すぎる。個体ごとの差がない。
バルドが1体を斬った。手応えが薄かった。斬られた個体が、まるで霧を切ったような感触で動き続けた。
「手ごたえがないということは幻影系の魔法かも」
リアンが言った。
「1帯に魔力を感じます」
サークが言った。
「幻影系でも上位かもしれないわ」
上位の幻影魔法。それを使える術者がいる。ということは、この場に誰かがいる。アンデッドを動かし、幻影を展開し、俺たちを混乱させている誰かが。
霧の中から、声がした。
「ここまで来るなんてね」
女の声だった。
その声に、聞き覚えがあった。山岳調査の依頼でアンデッドと遭遇した洞窟の中で、テレポートで逃げた女魔術師の声だ。
「その声は……やはりお前か」
俺は霧に向かって言った。
笑いに近い音がした。姿は見えない。
「あなた達、ここで終わりよ」
声の方向が定まらない。霧の中で反響している。
「この先には触れてはいけないものがある」
守っている。
その言葉が頭に残った。この女魔術師は何かを守るためにここにいる。依頼を受けているのか、自分の意思でいるのか、それはわからない。ただ、奥に何かがあることは確かだ。
ライトニングが来た。
横から飛んできた。俺の隣を通り抜けて、後ろの木に当たった。発生源を見ると、アンデッドの1体が手を上げていた。
アンデッドがライトニングを使った。
そう見えた。だが、俺はそれが違うと直感した。アンデッドに魔法を使う能力はない。術者が何かをしている。
2発目が来た。今度はリアンに向かって飛んだ。リアンが横に飛んで避けた。3発目がバルドに当たった。バルドが体を揺らしたが、倒れなかった。重装備が衝撃を分散した。
「ニア、ゾマ以外は2、3発食らえば気絶する威力だ」
俺は全員に言った。
「散開しながら避けろ。術者の位置を探す」
しかし霧の中では位置が掴めない。ライトニングが飛んでくる方向も、毎回違う。アンデッドに見せかけているから、どれが本物かわからない。
「上取るで!」
ニアが言った。
スカイウイングで上昇した。木の梢を抜けて、霧の上まで出た。
俺は下でライトニングを避けながら待った。サークが俺の隣でディテクトマジックを維持している。バルドが前衛で盾代わりになりながら、ゾマが魔法で横から牽制していた。
「あいつや!動きがおかしい!」
ニアの声が上から降りてきた。
「どれだ!」
「左の茂みの手前、ゾンビに見える1体。他と動きが違う。首の向きが変わっとる。周りを見とる目や」
俺は言われた方向を見た。アンデッドが複数いる中に、確かに1体だけ動きの質が違うものがいた。他のアンデッドが俺たちに向かってくるだけなのに、その1体だけが時折周囲を確認するような動作をしていた。
「サーク」
「本体を固定します」
サークがシャインフラッシュを発動した。
強烈な光が1帯を覆った。アンデッドたちが動きを止めた。幻影も一瞬揺れた。そして、俺が見ていた1体から、短い悲鳴のような声が上がった。
光の中で、女の姿が浮かんだ。
「今だ!」
俺はウィークを叩き込んだ。サークがライトニングを放った。リアンもライトニングを重ねた。
女魔術師が光の中でよろめいた。目が見えていない。魔法を放とうとして、方向が定まらないでいた。
バルドが地を蹴った。
一撃だった。
女魔術師が倒れた。幻影のアンデッドが一斉に消えた。霧の中に、本物のアンデッドだけが残った。
「……まだ終わってへん」
ニアが上から言った。
俺は周囲を見た。女魔術師は倒した。幻影は消えた。しかしニアの危険感知がまだ何かを捉えている。
「奥を見てくれ」
「わかったで」
ニアがさらに奥の方向を確認した。
「サーク、魔力の流れはどうだ」
「……あれです」
サークが一方向を示した。
霧の中に、何かがあった。地面に半分埋まった形で、人工的な形をしているものがある。近づいて確認すると、石と金属で作られた構造物だった。表面に複雑な紋様が刻まれていて、魔力が滲み出ている。
「これか」
「魔力を発生させているものだと思います」
俺はディスペルマジックをかけた。変化がなかった。直接魔法で解除できる仕組みではないらしい。
「物理的に壊す」
バルドが鞘を使って叩いた。ゾマが爪で引っ掻いた。しばらくして、構造物が崩れた。
アンデッドの1部が止まった。動きが鈍くなって、その場に崩れ落ちた個体がいくつかある。
「これで終わりか?」
俺は言った。
「……まだおるで」
ニアが答えた。
「復活……してる」
リアンが言った。
倒れていたアンデッドの1体が、またゆっくりと動き出していた。止まった数の方が多いが、全滅ではない。
「……違います」
サークが確信のある声で言った。
「これは囮です。どこかに、本体があるはず」
さらに奥から、魔力の気配がした。
さっきまで感じていたものより、重い。密度が高い。
「まだあるのか……」
俺は言った。
「さっきより嫌な感じや」
ニアが言った。ニアが「嫌な感じ」と言う時は、危険感知が強く反応しているということだ。
全員で奥を見た。霧の向こうに、まだ何かある。
「ちょっと待って」
リアンが倒れた女魔術師の傍に屈んだ。
「この杖と指輪は魔法がかかっているわ。あと、スクロールも持っている」
確認しながら続けた。
「売ればそれなりの金額になるはずよ。持って行って、終わったら売却金額を分けましょう」
「さすが、ちゃっかりしてる」
俺は苦笑した。
「冒険者はこれくらいじゃないと生き残れないぞ」
バルドが真顔で言った。
リアンが装備を回収している間に、俺は全員の状態を確認した。バルドが受けたライトニングの痕に、ヒーリングをかけた。リアンの腕にもかけた。
だが、もう回復魔法は残っていない。
予備に開けておいた枠にヒーリングを1回用意してかけるのがせいぜいだ。
これで回復魔法は全部使い切っていた。
「回復魔法を全部使い切った。もう回復はできない」
俺は全員に言った。
「一旦撤退して、魔法を取り直そう」
全員が黙って頷いた。
奥には、まだ本物がある。ニアの危険感知がそう言っている。ただ、このまま進むのは無謀だ。戦力が整ってから戻る。それが正しい判断だと思った。
俺たちは来た道を引き返し始めた。霧の中に、本物の魔力がまだ残っていた。




